恋敵

僕にとってクラウドはあこがれの存在だ。
強くて、やさしくて、カッコいい。
自分から積極的におしゃべりをするタイプじゃないけれど、僕やマリンが話しかければちゃんと応えてくれる。
僕たちの今日一日こんなことがあったという報告は、家で一緒に過ごすことの少ないクラウドとの貴重な時間。
だからクラウドが帰ってくると、僕とマリンはいつも先を競うように取り合いをする。
そんなふうに先に先にと話しかける僕たちを見て、クラウドはいつも笑いながら「順番な」って言うんだ。
その時の照れくさそうで、でもうれしそうな顔。
その顔が見たいから、僕はマリンに先を譲ってもいい気持ちはあるのにわざとクラウドの取り合いをする。

そうしたクラウドは僕の友だちにも人気がある。
配達の仕事をしているクラウドの愛車は大きなバイクのフェンリルで、その重量感たっぷりのバイクを易々と乗りこなして走る姿にみんなが口を揃えてカッコいいとあこがれているんだ。
だからそんなクラウドと一緒に暮らしている僕のことを友だちはみな羨ましがる。
そんなとき僕はいつも誇らしい気持ちになるんだ。

それから、使っている姿はあまり見たことがないけれど、大きな剣を容易く扱っているのもすごいところだ。
剣の手入れをしているとき、一度だけ握らせてもらったことがあるけど、それは本当に大きくて、僕は持ち上げることも出来ずに本当にただ握るだけだった。
そんな僕を見てクラウドは笑って言った。
―― こんな物を持たなくてもいい世の中になるといいなって。
僕もいつかは大きな剣を……と夢見ていたから、その剣が必要なくなるのは困るなと思ったけど僕はうなずいた。
だってクラウドがそう言うんだから、きっと剣を持たない世の中になるのが一番なんだ。



そんな感じで僕はクラウドの言うことならどんなことでも聞いていたし、真似の出来ることなら積極的に真似ていた。
そうやって常にクラウドのことを意識して見ていると、自然と目に入るのがティファの姿だった。
クラウドのそばには大抵ティファがいたからね。

初めはなんとも思っていなかった。
だけど、いつからかな……
サラサラと揺れる長い髪。
ふんわりと香るやさしい匂い。
クスクスと楽しそうにする笑顔。
僕は目標とするクラウドじゃなくて、そのとなりにいるティファを見ていることのほうが多くなった。



ティファは明るくてとてもやさしい。
僕やマリンのことを常に気にかけ、なにをするにも僕たちを第一優先にする。
それはまるで母親のようだ。
だけどクラウドと一緒にいるときのティファはそれとは少し違う。
クラウドの言ったことにとてもうれしそうに笑ったり、顔を真っ赤にして照れたりするんだ。
そうする姿を見たとき、僕の心臓はわけも分からなくドキドキと早くなる。
そしてそんなティファと目が合うと、僕の顔はカーッと熱くなった。

―― ティファのことが好き?

この好きの意味が、マリンがクラウドやティファを好きというのとはちょっと違うと思った。その違う好きに罪悪感も感じた。
それはたぶん、クラウドの存在があったから。
ふたりはいわゆる”恋人同士”。
僕たちの前であからさまにいちゃいちゃすることはないけれど、でもふたりが出す雰囲気はあきらかに恋人同士のそれだ。
クラウドのことは変わらずあこがれていたし好きだったけれど、ティファと楽しそうにしているときのクラウドはあまり好きじゃない。
そんなときのティファも好きじゃなかった。
そして僕はいつからか、ティファにイジワルをするようになった。
イジワルをしてちょっかいを出すことでティファの気を引こうとしてたんだ。
そうすることでティファからお説教をされても僕はうれしかった。
だって、その時だけは僕はティファを独り占めできたから――




ベランダでティファの姿を見つけた。
洗濯物を干していたようだけど、いま見る姿はそれを中断して腰を屈めてしゃがんでいる。
床の一点をずっと見つめるその姿が気になって、僕はティファに近づいた。
「ティファ、どうしたの?」
振り返ったティファは少し困った顔をしていた。
「デンゼルは虫とか平気?」
「……? うん、別に大丈夫だけど」
「じゃあコレ、どっかに運んでくれる?」
ティファの指差す“コレ”を見ると、それは緑色の毛虫。
体を伸縮させながらゆっくりと移動しているそれをティファはどうしていいのかわかからずに、洗濯を中断してその毛虫とにらめっこしていたんだ。
それが可笑しくて僕は笑った。
「虫、苦手なの?」
「うん、だめ」
毛虫を取り上げてティファの目の届かないところへ退かしてあげた。
そうする僕を見てティファはほっと息をついて立ち上がると、洗濯干しの続きを始める。
「モンスターは退治できるのに?」
「そ、それとこれは全然違うのよ」
どう違うのか僕にはまったく理解出来なかったけど、顔を真っ赤にしながらうろたえるティファをかわいいと思った。
いつも思うけど、ティファの慌てたり困ったりしている顔は年下の僕から見てもかわいいと思う。
クラウドがよくティファをからかったりしているけれど、そうしたくなる気持ちが僕にはよくわかる。
きっとクラウドも僕と同じ。そんなティファを見たくてからかったりしてるんだ。


「ありがと、デンゼル」
洗濯物を干し終えたティファにそう笑いかけられてドキッとした。
最近はイタズラをして怒らせてばかり―― といっても僕がそんな顔をさせていたんだけど、だからティファから向けられたやさしい笑顔にドキドキしたんだ。
それと同時に頬がカッと熱くなった。
そんな赤くなった顔を見られるのがイヤで、僕はいつものイジワルでこの場をごまかそうと考えた。
「ねえ、ティファ」
「ん?」
何気なく僕を見るティファの目の前に、まだ近くにいた毛虫を差し出した。
不意に見せられたそれにティファは目を見張り、直後に悲鳴を上げた。
空になった洗濯かごを派手に落として慌てている。
僕は毛虫をもっと近づけた。
「ほらティファ見て。かわいいだろ?」
「や、やだ! かわいくない!!」
もげそうなくらいの勢いで首をぶんぶんと横に振る。
すでに逃げ腰状態だったティファに僕はもっと詰め寄った。
「ちょっと触ってみなよ、ほら」
「デ、デンゼルっ!!」
目と鼻の先まで迫った毛虫を見て、ティファはとうとう逃げ出した。
もちろん僕はすぐに追いかける。
僕のほうへと振り返りながら逃げるティファとの追いかけっこが楽しかった。


ベランダを出て階段を駆け下り、キッチンを回ってティファはリビングに逃げ込んだ。
かわいそうだから、そろそろ止めてあげようかな。
そう思いながらリビングに入ると、そこにティファにとっての助っ人が現れた。
自室から出てきたクラウドだ。
ティファはそのクラウドの背中に回り込み助けを求める。
僕の足は完全に止まった。
よりによってこんな時に登場しなくても……
ティファにとっての絶対的ヒーローの存在が僕をふてくされた顔にさせる。
クラウドはそんな僕と自分の背に隠れるティファを交互に見ながら聞いた。
「何してるんだ?」
「デ、デンゼルが毛虫を!」
さっきまでの楽しかった気持ちは急速に冷めて、なんだかどうでもよくなった。
僕は肩を竦めて手のひらを広げて見せる。
「な~に? ティファ」
「あっ……」
何も持っていない僕の手のひらを見て、ティファは力なくその場にへたり込んだ。
ベランダを出たときから毛虫は持っていない。
本気でイジメるつもりなんてなかったんだ。
「からかっただけだよ!」
そう言って、あっかんべーと思いっきり舌を出した。
助っ人の存在が僕にもっとイジワルで生意気な態度を取らせる。
もしクラウドが現れなければ、僕はいつものようにごめんねと謝っていた。
ティファはきっと頬を膨らませながらも、最終的には許してくれているはずだった。
ちゃんとティファと仲直りするはずだったのに……

僕に騙され、クラウドにまで助けを求めたことが恥ずかしくなったのか、ティファは真っ赤な顔をしてその頬を膨らませた。
「もう! 最近のデンゼルはイタズラばっかりなんだから! あんまりひどいとおやつなしにするからね!?」
近頃、頻繁にティファをイジメていたことも一緒にまとめて説教された。
おやつなんかいらないよ。
ティファをからかっているほうが僕はずっと楽しいんだから。
そんなことを考えながら、リビングを後にするティファの後ろ姿を見送る。
そうする僕のそばにいつの間にかクラウドが立っていた。
膨れっ面の僕を見て、クラウドは苦笑した顔で僕の頭をちょんと小突く。
「あんまりティファをイジメるなよ」
「……」

クラウドはきっとわかってるんだ。
どうして僕がティファにイジワルするのかを――
わかっていながら、僕がティファをイジメているのを見て見ぬフリしてたんだ。
なのに、今のこんな時にそんなことを言うなんて。

「クラウドだってティファをイジメてるじゃないか」
恥ずかしさと悔しさで僕はそう言う。
そんな僕に、クラウドは眉を少し上げてニヤリと笑って言った。
「俺はいいんだ」



クラウドは僕のあこがれ。そしてライバル。
好きなものまで真似したつもりはないんだけどね。


デンゼルの一人称、ACだと「オレ」だけど、心の声は僕なんじゃないかなと勝手に決めつけて書いています。すみません。
で、デンゼルにはこんな時期があってもいいと思う。
そして勢い余ってクラウドの気持ちも書いてみた。よろしければどうぞ→【おまけ】

(2007.11.03)
(2018.10月:加筆修正)

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