天体観測

数年に一度あると言われる流星群。
ラジオを聞きながら武器の手入れをしていたクラウドは、今夜がその日に当たることを知った。
(星が絶え間なく流れるのか……
 そんな光景を見たら喜びそうだよな)
クラウドは手早く武器や道具を片付ける。
そして部屋を出て急ぐ足が向かったのは厨房だった。
夕方のこの時間ならおそらく彼女はそこにいるだろう。
そう考えて厨房のある廊下の角を曲がると、野菜を刻む音が聞こえた。
その音で予想は確信へと変わり、クラウドの顔が無意識に綻んだ。
すぐには厨房に入らず、入り口でそっと中を覗く。
飛空艇内の狭い厨房でこちらを背にして野菜を切るティファの後ろ姿をみとめて、クラウドは自然と口角をあげた。
そして幸いにも厨房内には彼女しかいない。

「ティファ」
名を呼ぶと、ティファは作業を止めて振り返った。
振り向いた顔が笑顔だったことだけでクラウドの心は弾む。
そのクラウドは少し緊張しながらティファの隣に並ぶように立った。
「ティファは星とか好きか?」
唐突と言えなくもない聞き方だが、クラウドという人物をある程度理解しているティファはさして驚く様子を見せない。
やわらかい笑みを浮かべて頷いた。
「うん、好きよ」
「そうか。じゃあ流星群って知ってる?」
「流星群?」
漫画ならティファの頭上に疑問符が書き添えられただろう。
そんな顔をするティファを見ながら、クラウドは自分も先程知り得たばかりの知識を披露した。
「星がたくさん流れることをそう言うらしい」
「素敵だね」
クラウドは頷いた。
そしてここからが本題だと思うと、クラウドの顔が幾分緊張感でこわばった。
「そ、その流星群は数年に一度しか見られないんだ」
「うん」
「で、その数年に一度が今夜なんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、その……」
クラウドは口籠もる。
視線をあちこちと落ち着かなく彷徨わせ、口は開きかけては閉じるを繰り返した。
ティファにはなんとなくクラウドがこの後に言いたいことがわかってしまった。
でもそれを彼の口から聞きたくてじっと待つ。
そうした視線はクラウドを余計に緊張させた。
おそらく、ティファ以外の仲間たちなら「早く言えよ!」とクラウドを急き立てるだろう。
もちろんティファも切りかけのキャベツが干からびる前にその作業に戻りたかったが、それでも彼を愛おしく想う気持ちのほうが強いから根気よく待つ。
「よ、よかったら今夜一緒に見ないか?」
ようやくのこと切り出された誘いの言葉は少し早口。
ティファは頬に朱を注いで頷いた。
「うん、一緒に見よう」
嬉しそうに笑うティファを見て、クラウドはほっとしたように息をついた。
「じゃあ今夜、甲板で」
「うん」
ティファが頷いたのを確認して、クラウドは厨房を出て行く。
その背中にティファは声をかけた。
「クラウド」
呼ばれてクラウドは振り返る。
「ん?」
「誘ってくれてありがとう」
クラウドは一瞬にして耳まで赤くした。
そうしてから照れくさそうに頷くと、頬を掻きながら厨房を出た。
ひとりになった厨房でティファは笑みを溢す。
―― クラウドがとても好き
再開されたキャベツを刻む音は、さっきよりもずいぶんと軽やかなリズムだった。



甲板へと続く階段を上り、重い鉄の扉を開けると夜の風がティファを包んだ。
今は心地よいと感じるその風も、長い時間じっとしていると少し肌寒く思えるかもしれない。
ブランケットも持ってくればよかったかなと、手に持っているバスケットを見た。
ティファは一歩前に進み出てクラウドの姿を探す。
しかし甲板に彼の姿はなかった。
まだ来ていないことを少し残念に思ったその矢先、
「ティファ、こっち」
聞き慣れた声がティファの顔を輝かせる。
その顔のまま振り向くと、先程自分が出てきた扉の側面の壁を背もたれにしてクラウドは座っていた。
照れたように控えめに笑うその顔にティファも応える。
「待たせちゃったかな?」
「いや、俺もさっき来たところだ」
そう言ったクラウドは甲板の床上に毛布を敷いて座っていた。
彼の性格を考えると毛布などは敷かずにそのまま床上に座りそうなものだが、それがブランケットではなく毛布なのはどことなくクラウドらしい。
きっと自分のベッドから引っ張り出して持ってきたのだろう。
そうする姿を想像するとティファは微笑ましい気持ちになった。
そしてティファの視線の先に気づいたクラウドは少し照れくさそうに笑って言う。
「……身体を冷やすのは毒だから」
主語がない言い方だったけど、でもそれは明らかにティファを気遣ってのことだとわかる。
クラウドのこういう優しさが好きだと、ティファは改めて思った。
「私もいろいろ準備してきたの」
手に持っていたバスケットの中から保温水筒をちらりと見せる。
天体観測といえば温かい珈琲を飲みながら……という、ティファ自身の勝手なイメージでそれを用意したのだけれど……
「クラウドは珈琲よりもアルコールのほうがよかったかな?」
心配そうに伺うティファにクラウドはやわらかい笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、珈琲のほうがいい」
返ってきた応えにティファはほっとする。
そうしたティファにクラウドは自身の横の空いてるスペースを目で促した。
「ティファ、ここ」
「うん」
頷いて、ティファはクラウドの隣に腰を下ろした。
肩が触れるか触れないかの微妙な距離感。
付き合い始めて間もないふたりの初々しさが垣間見える、そんな距離感だった。


星空にほとばしる光の線が短い間隔で流れるのをふたりはずっと眺めている。
時折「すごいな」とか「きれいだね」の言葉を交わしてはいたけど、会話というほどではない。
星の美しさに圧倒されてふたりは言葉数が少ないのかというとそうでもなくて、実のところ意識は別のところにあった。
クラウドは左肩を、ティファは右肩を、相手の肩に触れそうで触れないその肩をふたりはそれぞれに意識していた。
好きだから触れたい。
互いにただ純粋にそう思っていても、そこに下心が完全にないとは言い切れないのがクラウドであって、単に恥ずかしくて寄り添う勇気が持てないのがティファだった。

「こんなにいっぱい星が流れていたら、今日は願い事がたくさん叶いそうだね」
流れ星に願い事をするとその願いが叶うという古くからある言い伝え。
それを信じるティファをかわいいと思いながらクラウドは聞いた。
「ティファはもう何か願った?」
「言うの?」
「聞きたい」
即答するクラウドにティファは笑う。
そうしてから、両の手をもじもじとさせながらポツリと言った。
「クラウドと、ずっとこうしていたいって……」
言われた彼は嬉しさと照れくささを入り混ぜた笑みを浮かべた。
「それ、もう叶ったな」
ティファも同じような笑みで頷いた。
「クラウドは何かお願いした?」
「ん、俺も同じ。ティファとずっとこうしていたいって」
「じゃあ、クラウドも叶ったね」
「ああ」
こそばゆい会話が続いた。
仲間たちがいたなら確実にアホらしいと呆れた顔をするだろうが、今ここにはふたりしかいないので問題なくまだ続く。
「他には?」
クラウドがそう聞いてきてティファは苦笑した。
「それだけで十分だよ」
本当にそう思っていた。
クラウドとこんなふうに一緒にいられるだけで十分幸せだと。
だけどクラウドのほうはもっと貪欲だった。
「こんなにたくさん星が流れてるのに願わないなんて損だ」
ティファはまた笑う。
「じゃあクラウドなら次に何をお願いするの?」
からかう感じが微妙に含まれた聞き方をされて、クラウドは軽く眉間にしわを寄せる。
それを見てティファは苦笑った。
本人に言ったら更に眉間のしわを深くするだろうから言わないけど、子供みたいに拗ねるクラウドをかわいいと思った。
そうしたティファの前でクラウドはボソッと呟く。
「……ティファと、手を繋ぎたい」
それを耳にしたティファは瞬時に顔を赤くした。
言った本人は恥ずかしさで目を合わせづらかったのか、夜空を見上げている。
ティファは座ってからずっと意識していたクラウドの腕をそっと見つめた。
触れそうで触れない腕、そしてその先の大きな手は心なしか所在なさげにしているように見えた。
そしてそれは自分の手も同じで……
ティファは勇気を振り絞ってその大きな手のひらに自分の手をそっと重ね合わせる。
クラウドの身体がピクリと反応した。
「……願い事、叶った?」
ティファがそう聞いてもクラウドは変わらず空を見上げたままだったが、重ねた大きな手は彼女の白い手と絡め合うようにしっかりと握りなおされた。
そして……
「ああ、叶った」
少しぶっきらぼうに聞こえるのはクラウドの照れ隠し。
絡めた手から感じる彼の熱や力強さがティファにそれを教えてくれた。
「……私の願い事も一緒に叶ったみたい」
照れた笑顔でポツリと言ったティファをクラウドは目尻に赤みを残したまま見つめる。
(それ、可愛すぎるだろ……)
反則技を決められて、クラウドは心の内で頭を抱えた。
そんな可愛いこと言われたら自分はもっと欲張りになる。
クラウドは繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
「もうひとつ、願い事してもいいか?」
星に願うのにどうしてティファの了承を得るのか。
だけどティファは緊張しながら頷いた。
「……うん」
一瞬の静寂のあと、クラウドがポツリと言う。
「ティファと、キスしたい」
ティファの鼓動が一際高く跳ねた。
そして熱くなった顔でクラウドを見ると、その彼は先とは違い真っ直ぐにティファを見つめていた。
ひどく真剣なクラウドの眼差しにティファはドキドキする。
そしてクラウドの言った願い事は自分の願い事とまた同じで……
ティファはクラウドに向けてゆっくりと瞼を閉じた。
そうしたティファからの合図にクラウドは喉を鳴らす。
繋いだ手にぎゅっと力が入り、そしてその緊張のままティファの唇に自身の唇を重ねた。
けど、その唇はすぐに離れた。
ティファが目を開けると、完全に離れたわけではなかったクラウドと至近距離で目が合った。
クラウドが照れくさそうに笑う。
釣られてティファも恥ずかしそうに笑みを溢すと、クラウドは繋いでいないほうの手でティファの柔らかな頬にそっと触れた。
「ティファ……」
クラウドはもう一度キスをした。
今度は少し長めに唇を重ねる。
優しさを感じる甘いキスに、ティファは心のうちでクラウドが好きと何度も呟いた。
そしてクラウドもまたティファが好きだと、触れている唇や繋いだままの手からそれを伝えた。
そんなふたりの頭上では星が絶え間なく流れている。
初々しいカップルの願いを叶えたことを喜ぶようにキラキラと――


初々しいふたりが好き。

(2023.01.29)

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