手を伸ばせば届く距離

ティファが運転する横で、助手席に座るクラウドは緩やかに流れる景色を目に映していた。
ふと、神羅ビル脱出時のことを思い出して、思わずひとり苦笑う。
運転に集中していたティファだったが、そうしたクラウドの気配を感じたのか「どうかした?」と聞いてきた。
「あ、いや、神羅ビルを脱出した時のこと思い出してた」
「うん?」
それの何がおかしいの? と言いたげな雰囲気。
クラウドは笑い出してしまいそうになるのを抑えるように、窓枠に肘立てながら口元を手のひらで隠して言った。
「今日の運転は穏やかだなと思って」
途端、ティファの頬が赤くなる。
「や、やだ! 普段はあんな乱暴な運転しないわよ」
慌てて弁解するティファがおかしくて、クラウドは肩を震わせてくつくつと笑った。
彼女が普段から、あのようなダイナミックな運転をするとはもちろん真剣に思っているわけではない。
ただもしあの時、俺が彼女の運転する荷台に乗っていたのなら、自分は間違いなく吐いていただろうなと思ったらおかしくなったのだ。
ちなみに今日は酔い止め薬を飲んでいる。
「そういうクラウドだって、相当な運転だったよ」
いつまでも笑っていると、ティファが赤くした頬をぷっくりと膨らませてそう言った。
クラウドは、やりたい放題していた自分を思い出して苦笑する。
「ああ、確かにそうだったな」
結局のところ、人のことをとやかく言える運転を自分もしていなかったことを素直に認めた。

「でもあの時、クラウドがバイクを運転できるの知って驚いた」
「神羅に入ってすぐ車とバイクの免許を取らされたんだ。任務に必要不可欠だからって」
「そうだったんだ」
「俺もティファが車の運転できるの知って驚いた。こっちに来て免許取ったんだろ?」
「うん。セブンスヘブンの仕入れとか車があると何かと便利だったから」
共に必要に迫られての免許取得だった。
「でも免許取っておいてよかった。あの時の脱出もそうだけど、今みたいな状況でも役に立つもの」
そう言うティファにクラウドも頷いた。


ふたりは今、ロケット村へと車を走らせていた。
すべての戦いを終えた後、クラウドたちは飛空艇を拠点としながら復興作業の手伝いをしている。
そうした中、旅の間からずっと酷使していた飛空艇が一部故障してしまい、それらに必要な部品がシドの家があるロケット村にあるため、車の運転ができるクラウドとティファが取りに行くこととなったのだ。
本来なら必要な物を把握していて、且つ運転もできるシドが行くほうが遥かに効率はいいのだが、部品がない状況でも飛空艇内でやれる事があるシドが抜けるよりはクラウドたちが行ったほうがいいという判断となった。



「少し休憩にするか」
ロケット村まではまだ距離がある。
飛空艇を出てから半分ほどの距離を進んだところでクラウドはそう提案した。

道の路肩に車を止めてふたりは外に出ると、暑くもなく寒くもないちょうどいい風がふたりの身体を撫でる。
心地よいそれと座りっぱなしだったこともあって、ふたりは同じタイミングで両腕を上に大きく伸びをした。
目があって、同じことをしていることに思わず笑ってしまう。
「気持ちいいね」
「ああ、気持ちいいな」
共に気恥ずかしさを滲ませた笑みでそう言った。
運転をしていたティファは緊張とかもあったのだろう。
う~んと唸りながら、もう一度大きく身体を伸ばした。
猫のようなしなやかな肢体と風に靡くさらさらとした黒髪。
彼女は戦闘が終わった後にそうした仕草をよくしていた。
それはまるで一仕事終えた後の清々しさを全身で表していているようで、文字通り健康的で爽やかだった。
だけど、シチュエーションが違うだけでその見え方も違って……
今のこうした中でのそれはあまりにも無防備で、伸びをしたことで強調された胸にクラウドはドキドキとした。
そして今の自分はきっとひどくいやらしい目つきをしているだろうと自覚する。
クラウドは、彼女がそうした視線に気づいて蔑視な眼差しを自分に向けてくる前に、道路脇の下方にある小さな沢を指さした。
「あっちまで下りてみようか」
「うん」
満面の笑みで頷く彼女を見て、邪な想像をしたことへの罪悪感を抱きつつも、やっぱりティファはかわいいなとあたりまえのことを思った。


車道から離れた沢周辺は静かで、排気ガスがない分、空気も澄んでいた。
ティファが屈んで沢の水を手で掬う。
水が冷たく澄んでいるのを確認してから、それを一口飲んだ。
「冷たくておいしい」
そう言う彼女と同じように、クラウドも喉を潤した。
そしてティファは持っていたバックから水筒を取り出し、残っていた水を沢から離れた場所に捨てて、そうして空になった水筒に今度は沢の水を汲んだ。
「クラウドのも貸して」
同じように水筒の中身を入れ替えてくれるのだとわかって、クラウドは自分の水筒を差し出す。
彼女の親切に素直に甘えることとした。
クラウドは辺りを見回し、近くに座るのにちょうど良さげな石を見つけてそこに腰を下ろす。
そっと彼女を見つめた。

長い黒髪を耳にかける仕草や屈んで水を汲む姿勢などに女性らしい色気を感じて、クラウドはそんなティファを眩しそうに見つめた。
ティファには、かわいいときれいが同居していると思う。
普段の笑った顔やちょっとした仕草は可愛らしいという表現がぴったりとくるが、今の姿はきれいという表現がしっくりくる。
そして最近はその美しさにより磨きがかかっている気がする。
そんな彼女を見るたび、自分にはもったいないほどの存在だと感じて気後れしている。
それは昔、遠くから彼女を見ては密やかに胸を高鳴らせていた時と似ていた。
話しかけて仲良くなりたいのに、くだらないプライドが邪魔をしてそれができなかった幼い自分。
でも今はあの頃と違って、手を伸ばせば届く距離に彼女はいつもいる。


「はい、クラウドの」
そう言って、ティファは汲んだばかりの水筒をクラウドに差し出し、その隣に座った。
「ああ、ありがとう」
水筒を受け取るときに少し触れたティファの手がひんやりと冷たかった。
それがひどく心地よくて、クラウドは思わずその手を握る。
「ティファの手、冷たくて気持ちいいな」
手を握られたティファの頬はほんのりと赤い。
「さ、沢の水のせいかな」
握ったまま離されない状況に、ティファは恥ずかしそうに俯いた。
そうした反応があまりにも可愛くて、クラウドはすうっとその目を細めると同時にティファを引き寄せてキスをした。
やわらかな唇の感触と引き寄せた時に香ったティファの甘い匂い。
そして口づけた時に「んっ…」と控えめに漏らされた声に欲望がうずく。
引き寄せ掴んだ手はそのままに、もう片方の手で彼女の頬を撫でるようにしながら後頭部へ潜らせて、より密着するようなキスをした。
するとティファは、自由が効く方の手でクラウドの筋肉のついた太い二の腕にしがみつく。
それに気をよくしたクラウドは、さらに深くティファに口づけを送った。

顔を離すと、至近距離で視線が絡みあう。
恥ずかしさからか、ティファは赤くした顔をまたすぐに俯かせた。
そうしたティファにクラウドは目を細める。
「キスするの、久しぶりだな」
「そ、そうだっけ?」
飛空艇で仲間たちと共同生活をしている今、ふたりきりになるような場面があまりない。
冷やかしのネタにされるからという理由で、ティファがふたりになることを極力避けているというのも大きな原因としてあるのだけど。
それで不満はないのかと問われれば、不満だと答えるだろう。
許されるのなら、俺は四六時中でも彼女を抱きしめていたいぐらいなのだから。
でもティファは極度の恥ずかしがり屋だ。
そんな彼女の気持ちを無視してまで、自分の欲求を押し通すつもりはない。
だから今はあまり人目のつかない場所を見つけては、そこにティファを連れ込んで抱きしめたりキスをしたりしている。
まあそれはそれで、いけないことをしているような背徳感で少し興奮するのだけれど。

「俺は普段でももっとこういうことしたいんだけどな」
責めるのではなく、あくまで本心はこうなんだということを軽く零す。
するとティファは更に顔を赤くした。
「だ、だって……みんないるから」
返ってくる言葉はわかっていたから、クラウドは素直に頷いた。
しかし同時にニヤリと笑う。
「じゃあ今なら、いっぱいしてもいいってことだよな?」
ティファの言う「みんな」は今いない。
それを受けてティファは尋常じゃないほど狼狽えたけれど、周りに誰もいないのは確かだからかコクリと頷いた。
クラウドは破顔一笑どころか、誰もが見たことないほど緩んだ顔をする。
俯いていたティファにその締まりのない顔を見られずに済んだのはクラウドにとって幸いだろう。
クラウドは再び、ティファにキスをした。



ハンドルを握るクラウドの横顔をティファはそっと見つめる。
休憩の後の運転はクラウドがしていた。
あたりまえだが、荒っぽい運転はせずに快適なドライブは続いている。
端正な横顔がより引き締まってみえるのは、運転に集中しているからだろうか。
クラウドは本当にかっこいいなと、ティファは密かに頬を染めた。
そしてそれと同時に、先の休憩でのキスをも思い出す。
クラウドは言葉通りにたくさんのキスをした。
重ねるだけの軽いキスから、舌を絡め合うような深いキスまで。
クラウドと初めてキスをしたのは決戦前夜だ。
今までの互いの想いを知って自然とそうした流れになった、と思う。
思うとつけたのは、正直あの時のことは緊張しすぎてあまり覚えていないから。
私はこの歳になるまで、男の人と付き合ったことがなかった。

今までに好意を寄せてくれる男性は何人かいた。
けれど、「ふたりきりで過ごしたくなるような人」はいなくて、結局この歳まで男の人を知らずにきてしまったのだ。
だから当然、抱きしめられることもキスをするのもクラウドが初めてで……
好きな人にそうされることがこんなにも幸せなことだと初めて知った。
それは身も心も震えるような喜びで、感情が高ぶった私は泣いてしまった。
クラウドはびっくりしていた。
そしてしきりに謝ってきた。
きっとクラウドはこの時、自分がした抱きしめることやキスするという行為を私がイヤで泣いていると勘違いしたのだと思う。
だから私は正直に言った。
男の人と付き合ったことがないから、こういうことに慣れていないだけだと。
嬉しくて涙が出たのだと。
男慣れしていない自分が幼稚すぎて恥ずかしかったし、この歳で誰とも付き合ったことがないことを引かれるかもしれないと思った。
でも、クラウドの反応は私が想像していたものと違った。
この時のクラウドの顔はよく覚えている。
驚きと、それ以上に見せたのは嬉しさを滲ませた顔。
そんなクラウドから感極まった感じで強く強く抱きしめられた。
私は嬉しくて、抱かれた腕の中でまた泣いた。
クラウドも泣いていたように思う。
その時はキスだけで終わった。
いわゆる、最後の一線は越えていない。
そしてそれは今も現在進行形で――

クラウドはたぶん、その一線を越えたがっていると思う。
数少ない逢瀬の中で、たびたびそう感じることがあった。
でもクラウドは優しいから、私のことを気遣って強引なことはしてこない。
たまにキスで盛り上がり過ぎて止まらなくなりそうになっても、クラウドは無理にでも自身の身体を私から離して冷静になろうとしていた。
たぶんそれは女の私には想像もできないほど辛いことなんだろうと思う。
男性経験のない私だけど、そうした知識だけはあった。
ジェシーやそのお友達がいろいろと教えてくれたし、セブンスヘブンに来る馴染みの女性客たちが自分たちの彼氏とのあれやこれやを悩みと総して話してきてたから。
自分は耳年増なのだ。
だから経験はなくても想像はできる。
クラウドに抱かれることを嫌だとは思っていない。
最初はものすごく痛いとかの話を聞いているから、それに対しての不安や恐怖はある。
でもそれよりも……
ティファはハンドルを握るクラウドの手をそっと見つめた。
大剣を握ってきた力強い大きな手のひら。
しなやかな長い指と血管が浮き出ている手の甲。
そんなクラウドの手が自分の身体に直に触れるのだと思うと、恥ずかしさで頭がおかしくなってしまいそうだった。
いや、触られるだけじゃない。
一糸纏わぬ姿をクラウドに見られるのだ。
想像しただけでクラクラする。
どうして一番好きな人に一番恥ずかしいと思える姿を見せなくてはならないのだろうか。
ティファはぎゅっと目を瞑った。
想像だけでこのありさまだ。
実際にその時がきたら、自分は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
そんなことを考えていたら……

「ティファ、具合悪いのか?」
運転をしながらクラウドがそう聞いてきた。
気持ち落ち着かないでいるのが雰囲気で伝わってしまったのだろう。
クラウドは前方を注意しながらも、こちらを伺うようにする。
慌てて取り繕った。
「う、ううん、大丈夫だよ」
「……なら、いいけど」
クラウドはそれ以上は言わずに、また運転に集中した。
ティファはほっと息をつき、火照った頬を沈めるように緩やかな景色を眺めた。



メテオの被害をあまり受けていないロケット村は、以前と変わりなくのんびりとしていた。
本体がなくなって久しいロケット発射台の近くに車を止め、その近くにある作業倉庫のような建物へ入る。
中に入ると、男が多いエンジニアの中では異彩を放つシエラの姿があった。
そのシエラはすぐにクラウドとティファの姿を認め、気さくな笑顔で迎えてくれた。
「クラウドさん、ティファさん、お久しぶりです」
「シエラさんもお元気そうで」
シエラはシドの助手として働いていた女性科学者だ。
シドから厳しくあたられていた時期もあったが、今はその彼にも認められて公私ともにサポートを続けている。
そしてそのシドが留守の今も、ロケット村にいるエンジニアたちと共に大空を駆ける夢を持ち続けて、日々研究を重ねているようだった。
「話はシドから聞いてます。こちらで必要な部品を車に積んでおきますから、クラウドさんたちは今日はもうゆっくり休んでください」
「でも、これ……」
すでに用意されていた部品や機材に目をやり、そのどれもが重量がありそうでティファは心配する。
するとシエラはクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ。私がひとりでやるわけじゃないですから」
メガネの奥の瞳が人懐っこく微笑んだ。
クラウドとティファは顔を見合わせて、そうしてからその申し出に甘えることとした。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい。じゃあ明日、またこちらにいらしてください」
クラウドたちはもう一度礼を言って、そして倉庫を後にした。



買い物をしたり、ゆっくりと夕食の時間を過ごしてホテルに向かったのは、日も沈んだ夜だった。
出発前、シドが宿は予約しておくと言っていた。
地元だからいろいろと顔が効くのだろうと思って、クラウドはそのままシドに任せたのだ。
クラウドがフロントに名前を告げると、「お待ちしておりました」の笑顔とともに部屋へと案内される。
「こちらでございます」
そう言われて通された部屋は、清潔感のある明るいライトブルーの壁紙とナチュラルな木目調の家具で統一された少し広めの部屋。
「わあ、きれいな部屋」
ティファはそう言って、嬉しそうな笑顔をクラウドに向ける。
その笑顔に釣られたクラウドも小さく笑って頷いた。
部屋のインテリアにさほど関心はない。
だからティファが喜ぶならなんでもよかった、とは思ってても言わない。
部屋を案内した客室係が満足気な笑みで一礼する。
「ありがとうございます。では、ごゆっくりと」
そう言って部屋から出て行こうとする客室係に、クラウドとティファは「えっ!?」と驚く声を同時に上げた。
クラウドが慌てて客室係を呼び止める。
「い、いや、あの、俺の部屋は?」
焦りながらそう聞くと、客室係の男は不思議そうな顔をしてクラウドを見た。
「シドさんからは、お部屋をひとつとのご連絡でしたが……」
クラウドは苦虫を噛み潰したような顔で内心舌打ちをする。
下世話にニヤつくシドの顔が安易に想像できたのだ。
余計な気をまわされたことを忌々しく思いながらティファの様子を伺う。
案の定、彼女は真っ赤な顔で硬直していた。
その顔から、一晩を同じ部屋で過ごすことの意味を意識しているのはあきらか。
クラウドは客室係に聞いた。
「すまないが、部屋をもうひとつ用意してもらえないか?」
「申し訳ございません。今夜はあいにく満室でして……」
「……」
言葉を失うクラウドに客室係は申し訳なさそうに一礼して、静かにドアを閉めた。

ふたりきりになった部屋になんとも言えない空気が漂う。
そうした空気に耐えかねたのか、ティファが明るく振る舞って言った。
「満室ならしょうがない、よね。うん、私はクラウドと一緒でも大丈夫」
クラウドは頭を抱え込みたい気分だった。
ティファはよくても俺は無理だ。
ひとつしかないベッドの部屋でティファと一夜を過ごすなんて……無理だ。
ティファが嫌がることはしたくない。
でも俺は、ティファが嫌がるかもしれないことをずっと望んでる。
いつの時でも、心の奥底では貪欲に彼女を欲しがっているのだ。
そして今も、降って湧いたこの状況に密かに期待で胸がふくらむのを止められないでいる。彼女には理性的な自分を見せながらも、だ。
最低だなと自分でも思う。
でもどうしようもないほどティファを欲しがっているのもまた事実なのだ。
不意に、こうした状況を作った者への怒りが湧く。
「ちょっと出てくる」
クラウドは携帯片手に部屋を飛び出した。
焦る声でティファに名前を呼ばれたが、そのまま部屋を出てホテルを出た。
そして乱暴にシドの携帯を呼び出す。
数回のコール音の後、陽気な声音が耳に届いた。

「よお、クラウド。無事に着いたか?」
「どういうつもりだ」
シドのそれには応えずにクラウドは低い声で唸った。
「なんだよ、やぶからぼうに」
「どうして部屋がひとつなのかと聞いてるんだ」
興奮して声が大きくなってしまいそうになるのを抑えるようにクラウドは言った。
すると電話口のシドからは笑い声。
「なんでえ、そんなことかよ。まあ、オレ様からのサプライズってやつだな」
呑気なその声にクラウドはだんだんと腹が立ってくる。
いや、最初から腹は立っていた。
「余計なことするなよ」
「おまえ、なんで怒ってるんだ? むしろオレ様は感謝されてもいいぐらいだろ。皆に気を遣わずティファと思う存分ヤレるんだからよ」
「ふざけるな! 誰もそんなことは頼んでない」
「なんだよ、めんどくせえ奴だな……」
そうぼやくシドが頭をわしわしと掻いている姿が想像できる。
「青臭いこと言ってないで素直に愉しめばいいじゃねえか。……ん、それともなにか、クラウドおまえ、まさか童…」
クラウドは電話を切った。
「くそっ!」と汚い言葉を吐き、童貞でなにが悪いと心のなかで開き直る。
そうして頭を掻きむしりながら、その場にしゃがみ込んで深いため息をついた。
夜の少しひんやりとした風が、クラウドの中にあったいろいろな熱量を徐々に冷ましていく。
幾分冷静になったところで、ティファをひとり部屋に残したままだということを思い出した。
勝手に飛び出した俺を心配して、ひとり不安を抱えたまま部屋にいるに違いない。
クラウドはのっそりと立ち上がり、ホテルに入る。
ティファが嫌がることは絶対にしない。
もう一度、心にそう固く誓って部屋のドアを開けた。



「あ、クラウド」
ちゃんと戻ってきたことにホッとしたのか、最初泣きそうな顔で振り向いたティファが安堵したように笑った。
そうした顔に申し訳なさが募る。
「ごめん、ちょっと連絡したいことがあって出た」
「そっか。もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
互いに緊張しているからか、会話が少しぎこちない。
そしてどうしたって意識してしまいそうになるベッドを見ないようにしながら、クラウドはティファが座っているソファの方へと移動した。
ロングソファとシングルソファがあり、ティファはロングソファの端っこに座っている。
クラウドはシングルソファに座った。
座ってからも沈黙が続く。
いつもなら特に会話のない沈黙に居心地の悪さなどを気にするほうではないが、今のこれは正直ちょっとキツい。
この空気感にいつまで耐えられるのだろうか?
そんなことを考えたその時、ティファが遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、あのねクラウド」
「ん?」
「……シャワーどうする?」
「えっ!?」
過剰に反応する俺にティファは慌てて言葉をつなぐ。
「あ、あの、クラウド先に入る? それとも私が先に使ってもいいのかな」
「あ、ああ、俺は後でかまわない。ティファが先でいいよ」
そう言うと、ティファは素直にうんと頷いた。
そうして持ってきたバックの中からシャワーに必要なものを小さな袋にまとめて、そしてそれらを胸に抱え込むようにしながら立ち上がって微笑む。
「じゃあ、お先に」
そう告げて、ティファはシャワー室に入って行った。
ドアが閉まったと同時にクラウドは両膝に腕を付き、そのまま前のめりとなって深いため息をついた。

なにもかもが緊張する。
でもそれはきっとティファも同じだ。
いや、自分以上に彼女のほうが緊張しているのかもしれない。
俺がもっと余裕のある男ならこんな思いをさせずに済んだのに……
そう思ったら、自分の不甲斐なさに情けなくなった。
そうしたクラウドの耳にシャワーの水音が聞こえはじめる。
その音で今のティファの姿を想像してしまいそうになって、自身の脳内を恨むように眉間にしわを寄せた。
クラウドはテレビのスイッチを入れる。
水音が聞こえないように音量を上げ、見たくもないテレビを無理やり目に映し、雑念を追い払うことに専念した。



ティファは混乱しそうな……いや、すでに混乱している頭のなかを落ち着かせるように熱いシャワーを浴びている。
心臓は壊れそうなほどにずっとドキドキしていた。
そうした自分の緊張がクラウドにも伝染っているようで申し訳なくなる。
きっとクラウドも自分と同じで、ひとつの部屋で一夜を過ごすことを意識してしまっている。
だからせめて自分だけでも、なるべく意識しないように自然にしていようと思った。
でも意識しないようにするというのは結局意識してるのと同じことで、だからあまり意味がなかった。
とにかく今はシャワーを浴びることだけに集中する。
髪を洗い、身体を洗った。
身体を洗っている時、ふと自分の胸をまじまじと見下ろした。
好奇の目にさらされることが多かった大きい胸があまり好きではなかった。
その胸を泡にまみれた自分の手で包むように触る。
それをクラウドの手に置き換えた途端、一瞬で身体が火照るのがわかった。
こんなの、恥ずかしすぎる!
排水溝に流れていくシャワーの湯が視界に入り、自分も流れてそのまま消えてしまいたいと思った。

スキンケアをし、髪を乾かした。
そうしている間はホテル備え付けのバスローブを羽織っていたが、その姿で部屋に戻るのは躊躇する。
だから、自分が持ってきたパジャマがわりにしているTシャツとショートパンツに着替え直すことにした。
いつもなら寝るときブラジャーはつけないのだけど、今日はさすがにつけた。
控えめにレースが縁取られただけのシンプルな下着。
それを身に着けた自身の姿を鏡越しに見つめる。
動きやすさを最優先に、あとはレースやフリルなどが服に響くのを気にしていつもシンプルな下着を好んで買っていたけど……
「かわいい下着、買っておけばよかったな……」
ぼそりと呟いた言葉に自分でびっくりする。
そして気づいた。
自分がクラウドに抱かれる覚悟でいることに。
経験のないことに対しての漠然とした不安はあるけど、クラウドに抱かれることへの不安はない。
気持ちはすでに固まっていたのだ。
そう気づいたら、ティファは気持ちがスッと軽くなったのを感じた。
「なんだ、そっかー」
小さくこぼれ出た言葉と一緒にティファはひとり笑う。
今夜、クラウドはなにもしてこないかもしれない。
でももしクラウドとそういう雰囲気になったら、私はビクビクしたりせずに自分の心の思うままに彼に身を委ねようと思った。



ティファと入れ替わりで、クラウドは今シャワーを浴びている。
クラウドはただ無心で髪を洗っていた。
そんなふうに心を無にしないと、あれやこれやと要らぬことを考えてしまうからだ。
しかしそれでも、油断をするとすぐにティファのことで頭がいっぱいになった。
たとえば、シャワー室に入るときにすれ違ったティファから石鹸の清潔な香りがしたとか、長い髪を束ねてアップにしていたうなじの白さに目眩がしそうだったとか。
ふと、昼間の車のなかでのティファを思い出した。
自分が運転をして、彼女が助手席に座ってるときのことだ。
どことなくうわの空でボーっとしていたから、具合が悪いのかと心配して声をかけたけど……
火照らせた顔に熱っぽい瞳。
その色香にドキッとしたのだ。
そして、何を考えていたらそんな顔になるんだと想像しそうになった。
が、自分が運転中であることが妄想のブレーキとなって、その時は深く考えるまでには至らなかった。
でも、あの表情は……
ティファは沢でのキスを思い返していたんじゃないだろうか。
キスをした後のティファは、いつもそんな熱っぽい顔をしていたから。
でも、そうした雰囲気じゃなくてもそんなことを思い出したり考えたりするものなのだろうか?
男の俺はそんなことばかり考えているけど、女もそうなのか?
ティファもエッチなことを考えたりするのか?
いやらしいことを考えるティファを想像するだけで興奮する。
そんな俺は変態なのかもしれない。
不意に、下腹部の違和感を意識する。
見なくてもわかるそれに思わず舌打ちをした。
明日の朝まで何度これを抑え込まなければならないのかと考えたら、気が滅入りそうだった。


シャワー室を出ると、ティファはソファに座ってくつろいでいた。
先よりはリラックスしているように見えるその姿に少しホッとする。
そのティファの前のコーヒーテーブルには、ペットボトルのミネラルウォーターが置かれていた。
「クラウドも飲む?」
視線に気づいたティファがそう言って、部屋に備え付けの小さな冷蔵庫を開けた。
「それともアルコールのほうがいい?」
右手にミネラルウォーター、左手に缶ビールを持って聞いてくる。
それがまるでセブンスヘブンでオーダーを取っていたときの彼女みたいで、クラウドは小さく笑った。
「いや、水がいい」
そう言うと、ティファはうんと頷いて缶ビールを冷蔵庫にしまった。
受け取ったミネラルウォーターを飲んでソファに座る。
距離感はシャワーを浴びる前と同じで、ティファはロングソファに、クラウドはシングルソファに座った。
そしてまた無言が続く。

「なんか、おそろいみたいだね」
長い沈黙に耐えかねたのはやはりティファだった。
同じものを飲んでいるミネラルウォーターのことを言っているのかと思ったけど、見ている視線が違う。
「服、おそろいみたい」
言われて、自分が着ているTシャツとハーフパンツを見下ろし、ティファが着ているTシャツとショートパンツを見比べた。
パジャマ以外のものを寝間着とするなら、それほどパターンも種類も多くないだろう。
だからよくあるコーディネートと言ってしまえばそれまでなのだが、ティファが言うとそれは不思議と特別なことのように感じた。
示し合わせて着たわけではない普通のTシャツも、ティファがおそろいと言えばクラウドの中では誰がなんと言おうとおそろいだ。
それを世間一般ではバカップルと呼ぶことをクラウドは知らない。
「ほんとだな」
微笑ましくそう応えると、ティファは嬉しそうにはにかんだ。
そんなティファがかわいいなと思った。
抱きしめてキスしたいと思った。
それができる距離に彼女はいる。
でも、今それを実行してしまうと歯止めをかけられないのは確実で、だからぐっと堪えた。
「今日は運転もして疲れたろ? ベッドはティファが使って。俺はソファで寝るから」
起きて一緒にいる時間が長ければ長いほど抑えがきかなくなりそうで就寝を促す。
ティファは驚いた顔を向けた。
「え、そんな……自分だけベッドを使うなんてできないよ」
「俺なら大丈夫だから。だから気にせず安心して寝ていい」
ティファはブンブンと首を横に否んだ。
「そんなの無理だよ。それなら私がソファで寝る」
「なっ、なにを言ってるんだ。そんなことさせられるはずないだろう」
クラウドが少し怒った口調になる。
だけどティファも納得がいかないと語調を強めた。
「どうして?」
「どうしてって、そんなのあたりまえだろ。ティファをソファで寝かせて自分はベッドで寝るなんてできるわけがない」
「それは私だって同じだよ」
「……」
このままではずっと平行線。埒があきそうになかった。
大体のことには柔軟性のあるティファだが、こういう相手を気遣うようなやりとりの時はなかなか自分を曲げない。
クラウドは大きくため息をついた。
「わかった……なら俺もベッドで寝る」
もう半分やけくそだった。
クラウドはティファより先にベッドに入り、自分の腕を枕にするような形で外側を向くように横向きに寝そべった。



ティファは泣きそうな顔をしていた。
クラウドを怒らせてしまった。
でもそうさせたのは間違いなく自分だ。
素直に彼の好意を受け取らなかった自分が悪い。
だから、泣いて被害者ぶるのはずるいと思って泣くのを堪えた。
ベッドにのそのそと入る気まずさもあって、一瞬このままソファで寝ようかと思った。
でもそんなことをすれば、本気でクラウドを怒らせてしまうだろう。
ティファは自己嫌悪に陥りながらも、寝るために部屋の照明を落とした。
フットライトのぼんやりと明かりのおかげで部屋の状況がわかる程度に視界はきく。
なんなくベッドのそばまで移動した。
自分が立っている反対側では、クラウドがこちらに背を向けて横になっている。
そして自分が寝るには十分なスペースがそこにあった。
代わりにクラウドはベッドの端ギリギリで寝ている。
私に腹を立てても、それでもこうして私のことを考えてくれている。
クラウドの優しさを痛感した。
シーツを捲ってそろりとベッドの中へ入る。
そしてこちらに背を向ける広い背中を見つめた。
手を伸ばせ届く距離にクラウドはいるのに、心はとても遠くにあるように感じた。

私にベッドを譲って自分はソファで寝ると言ったのは、彼の男としての紳士的な優しさだ。
冷静になった今ならそう理解できる。
でも私はそれを意固地になって拒否した。
私がクラウドの男としてのメンツを潰した。
クラウドが怒るのも当然だ。
素直に甘えられない自分はかわいくないと思う。
きっとクラウドもそう思ったに違いない。
私、嫌われたかな。
そう思ったら、我慢していた涙が溢れた。
慌てて涙を拭う。
相手の優しさを傷つけたのは自分だ。
そんな自分が泣くなんてお門違いだ。
何度も自分にそう言い聞かせて、涙を引っ込める。
そんなことを繰り返していると……
「……おやすみ、ティファ」
クラウドの声が聞こえた。
背中を向けられたままだけど、そう言った声音は先程のとは違ってやわらかだった。
クラウドの優しさがまた胸に沁みた。
その感情のまま、大きな背中に抱きつきたかった。
でも意気地のない自分に出来たことといったら、その背中に向かって、
「うん、おやすみなさい、クラウド」
そう声をかけるのが精一杯だった。



ティファにおやすみなんて言ったけど、当然眠れるわけがなかった。
虚勢を張った背中は今の自分ができる精一杯の理性。
でも手を伸ばせば届く距離にティファがいると意識してしまうと、そんな自分の脆い理性などあっという間に崩れてしまいそうだった。
照明が落とされて静寂が広がる空間は、否が応でも神経が研ぎ澄まされる。
ティファの静かな呼吸音だけじゃなく、触れてもいないのに体温までもが敏感に感じ取れるようだった。

―― 眠れない
時間だけが無駄に過ぎていく中、ある考えがひらめく。
昔からある眠れないときの対処法、チョコボを数えるあれを思い出したのだ。
それで眠れた試しはないのだが、今は藁にでも縋りたい状況。
早速試してみる。
チョコボが一匹、チョコボが二匹、チョコボが三匹……
ダメだ。
なぜだか自分がいっぱいに感じて、それが気になって眠れない。
これでは逆効果。
チョコボじゃなくてもっとこう、いやらしいことも考えたくなくなるような、気持ちが萎えるような強烈なものを想像しないと……
咄嗟に思いついたあれを数えることにする。
バレットがひとり、バレットがふたり、バレットが……
……気持ち悪くなった。
自分のやっていることが馬鹿馬鹿しくなってため息をつく。
そしてやっぱりティファのことが気になって、様子を見るために首だけそっと向きを変えた。
そうした肩越しに見た光景に目を見張る。
「ティファ」
思わずそう声が出てしまったのは、眠っているとばかり思っていた彼女と目があったからだ。
ティファはバツが悪そうな顔で小さく笑った。
「眠れなくて……」
笑っているのにどことなく漂う寂しさ。
クラウドの庇護欲が突き動かされる。
肘立てた腕で身体の向きを変え、もう片方の手でシーツを持ち上げる。
「ティファ……」
こっちにおいでと誘う。
ティファは恥ずかしそうにしながらも、ゆっくりと身体を寄せてきた。
クラウドはそんなティファの身体をやさしく包むように抱きしめる。
ティファのぬくもりで自分の緊張していた身体のこわばりがゆっくり解けていくのを感じた。
安堵するような息をつくと、ほぼ同じにしてティファもほっとしたような息をついた。
そのタイミングにふたりで笑う。
「さっきは……ごめんなさい」
ティファが小さくなりながら謝った。
「気にしてないから気にするな」
「うん」
はにかんだ笑顔を向けられて、胸がぎゅっと痛いくらいに切なくなった。
「ティファ……」
自然と出る声のやわらかさに自分でも驚きながら、名を呼ばれて目線を合わせる紅の瞳を見つめ返す。
唇をそっと重ね合わせた。
ゆっくりとその柔らかさだけを味わうようなキス。
顔を離して、ティファの様子を伺う。
ほんのりと甘やかになった瞳は……たぶん嫌がっていない。
いや、嫌がるどころか、もっとと欲しがっているようにも見えたのは、俺の願望がそう見させているのか。
だけど……
「……クラウド」
ティファは俺の名前を呼んで、そして長いまつげを伏せながら顎を少し上げた。
キスの催促。
考えるよりも先に、自分の唇を押し当てていた。
角度を変えながら繰り返す口づけは、色欲をそそられた表れ。
そうした熱の息苦しさでティファが口を開いたとき、すかさず自分の舌を入れた。
逃げる舌を夢中で追う。
時折漏れ聞こえるくぐもった声。
俺のTシャツを必死に握りしめる手。
目尻に滲む涙。
そのすべてが俺の持て余す欲情を煽った。
ティファが着ているTシャツに手をかける。
するとティファがそうする俺の手を制するように掴んだ。
「あっ、ま、待ってクラウド」
性急に事を進めすぎただろうか?
心配になってティファを見る。
するとティファは小さな声で言った。
「……自分で脱ぐ、から」
脱がされるのが恥ずかしかったのか、ティファは赤くした顔で上体を起こす。
そして腕をクロスしてTシャツの裾を捲りあげた。
Tシャツの下から下着に包まれた柔らかそうな白い胸が露わになり、ティファが頭を抜いたところでその胸がぷるんっと魅惑的に揺れた。
俺は行儀わるくも生唾を飲み込んだ。
細い身体と反比例する豊かな胸は俺の目を釘付けにさせる。
下着だけの姿になったティファは、そうした不躾な視線を恥ずかしがりながらもじっと待っていた。
それに気付いて、慌てて自分もTシャツを脱ぎ捨てる。
上半身裸になった俺を見て、ティファは更に顔を赤らめて俯いた。
長い黒髪が白い肩を滑る。
薄暗い照明のなかで見るティファのそんな姿はあまりにも官能的だった。
欲望のまま押し倒したい衝動に駆られるも、そこをぐっと堪えてやさしく抱きしめる。
やはり緊張しているのか、触れるたびにビクッと震えるティファに伝えた。
「ティファ、嫌だと思ったら途中でもいいからちゃんと言って。俺が言うこと聞かなそうだったら殴ってもいいから」
俺は真剣に言ったつもりだったが、ティファはなぜか笑った。
そしてコクンと頷いたあと、俺の首に腕をまわして胸に顔を埋めた。
普段しない甘えてくるそんなしぐさにドキッとした時……
―― 好き」
とても小さな声だったけど、確かに聞こえた彼女からの言葉。
涙が出そうになった。
その高ぶった感情のまま、彼女を強く抱きしめる。
「俺も……ティファが好きだ」



穏やかで規則正しい寝息がすぐ隣にある。
すやすやと眠るティファの寝顔が愛おしくて、起こさないようにそっと額に口づけた。
今の静かな空間に身をおいていると、ほんの数時間前、同じこの部屋で熱に浮かされた濃密な時間を過ごしたことが夢だったのではないかと思う。
だけど、自分の背中にある彼女がつけた爪痕が夢ではないことを物語っていた。
この爪痕、一生消えなければいい……
そんなことを考える自分は相当イタい男だと、ひとり苦笑した。

ティファを抱く前から、罪悪感を抱えながらも彼女の裸を想像し、俺に抱かれる彼女の姿を妄想したことはあった。
でも実際、自分の目で見たティファは想像なんかと比べものにもならないくらい扇情的で、なにもかもが艶かしかった。
手のひらに吸い付く柔肌も、触れるたびに揺れ動く身体も、俺しか聞くことができない甘い声も。
何度となく俺の名前を呼ぶティファがたまらなく愛おしくて、五感すべてで彼女を感じて夢中で抱いた。

まだ伏せられたままのティファを見つめながら、ふと思う。
俺の目に映るティファはそんなふうにすべてが魅力的だったが、彼女の目に俺はどう映っていただろうか。
少し心配になる。
俺の興奮した息遣いはティファに恐怖心を与えていなかったか。
俺のものだと、独占欲を丸出しにした戯言に引いてはいなかったかとか。
確認したいことは山とあったが、たぶん彼女は全部に大丈夫だと笑って言うのだろう。
ティファの瞼がピクリと動いた。
その瞼が震えながらゆっくりと開いていく様を見守る。
ティファが今日一番はじめに目に映すのが俺だという幸せに自然と顔がほころびる。
状況を把握したら、ティファはきっと顔を赤らめて恥ずかしそうにするだろう。
そんなティファに俺は「おはよう」と朝のあいさつをして、そして今日の日が彼女にとって良き日となるよう願いを込めて、その額にキスをしよう。


初々しいふたりが好き。

(2021.08.07)

Page Top