トライアングル

「ねえ、クラウドとティファって確か幼なじみなんだよね?」
旅の合間の休憩。
皆が遅めの昼食をとる中、ユフィも先に訪れた店で購入したサンドイッチを頬張る。
そうした視線の先には、同じくサンドイッチを食べながら地図を広げ、次の目的地までの道のりを確認するクラウドとティファの姿があった。
隣りに座るユフィにそう聞かれて、エアリスも同じく視線をそのふたりに移す。
「そう、みたいね。それがどうかした?」
「うーん、なんかさ、あのふたりって幼なじみっていうわりにお互い距離を置いてる気しない?」
言われて、エアリスは再びふたりを見る。
「……ぴったりひっついてるじゃない」
これからの予定を相談しているのか、クラウドとティファは顔を突き合わせる程度には距離が近い。
「そうじゃないよ。そういうんじゃなくて、なんていうか……」
的確な言葉が見つからないのか、ユフィは腕を組みながらうんうんと唸る。
エアリスはそんな彼女を見てくすっと笑うと、サンドイッチを口に運んだ。
「目では見えない心の距離、っていうのかな……」
クラウドとティファに幼なじみ特有の空気感を感じられなくてユフィがそう言うと、エアリスが驚いたというふうに眼を見張った。
「ユフィって意外と勘、鋭い?」
「えっへへ~まあね!……って、意外は余計だっての」
一瞬得意げに胸を張るも、素直に褒められてはないからそう言ったエアリスにツッコむ。
茶化してるのがバレたエアリスは「ごめんごめん」と苦笑った。
「ていうか、それってエアリスも同じこと思ってたってこと?」
「まあ、ね。でも……きっと、わたしたちにはわからないなにかがあるんだと思う」
そう言ったエアリスに一瞬切なげな雰囲気が漂ったのをユフィは見逃さなかった。


ユフィがこのメンバーと旅を共にするようになってすぐに感じた、クラウドとティファとエアリスの三角関係。
表情や態度にあまり変化がないクラウドはどう思ってるのかわからないけど、エアリスとティファはそのクラウドに対して好意を抱いているのは割とすぐに分かった。
だから今エアリスが切ない顔をしたのも、クラウドとティファふたりのみが知るという、そんな特別な関係性をうらやましく思っているんだとユフィは思った。
しかしそうした感情を抱いているのかどうか直接本人達に聞いたわけではない。
すべては憶測の域だ。
もちろん今まで何度か直接聞いてみたいと思ったことはある。
だけどさすがのユフィでも、野次馬根性丸出しで聞くには少し気が引ける話題だった。
でも、今なら話の流れ的に自然と聞けるような気がする。
そう思ったユフィは、エアリスの顔色を伺いつつ恐る恐る口を開いた。
「エアリスってさ、クラウドのこと好きだよね?」
遠慮がちに伺うようにするユフィを見て、エアリスは一瞬きょとんとした顔を見せる。
だけどすぐにどうしてユフィがそんな顔をして聞いてきたのかを解して、クスクスと笑って頷いた。
「うん! クラウドのこと好きよ」
隠すつもりなんて全然ないとばかりにあっけらかんと言う。
そんなエアリスを見て、ユフィはホッと一息ついた。
そして自分が無意識に緊張していたらしいことを喉の乾きで気付いて、オレンジジュースをごくりと喉を鳴らして飲む。
そうしてから、
「ティファも……クラウドのこと好きだよね、たぶん」
直接本人に聞いたわけではないから断定はできない。
だけど、ティファのクラウドに接する態度の端々にユフィはそんな雰囲気を感じていた。
これに関してはエアリスも本人ではないからはっきりと言い切ることは出来ない。
でもユフィと同じように思っていたので、「たぶん、ね」と苦笑いながら頷いた。
「じゃあふたりは、ひとりの男を奪い合うライバルってこと?」
「奪い合うって」
天真爛漫な彼女には、自分とティファがそこまでドロドロとした関係に見えるのだろうか?
ユフィの言い方にエアリスは思わず笑ってしまい、そして言った。
「わたしはクラウドも好きだけど、それと同じくらいティファのことも好き」
エアリスのそれが嘘偽りないことはユフィでも分かる。
ふたりが本当に仲がいいのは普段の行動でも明らかで、自分は興味がないから滅多に参加することのないおしゃれの話やスイーツの話など、ふたりが楽しそうにしているのをよく目にするからだ。
でも、同じ人を好きになってそれでもなんのわだかまりもなく仲良しだと言うのは少し綺麗事みたいに聞こえた。
女の友情、それにおける心理はもっと複雑だ。
だからちょっとだけ意地悪な質問をしてみたくなった。
「じゃあもしクラウドがどちらかを選んだら、そのときはさすがに友情にひびが入っちゃうんじゃない?」
恋愛なんて興味ないみたいな顔してなかなか鋭いと、エアリスは心中舌を巻いた。
でもその彼女が本音を聞きたがっているなら、彼女の望むとおりに綺麗事だけを述べるのをやめようとエアリスも腹を決める。
「そうかもね。もしクラウドがティファを選んだら、わたしはやっぱり悔しいと思うし落ち込むと思う。ティファとも今までのように仲良くなんてできないかもしれない」
本音で語り合うことを決めたエアリスの言葉はユフィにも真摯に伝わる。
だからユフィも誠実にそんな彼女の気持ちと向き合った。
「でも、ティファとずっと友達でいたいというのも本当。だから時間はかかるかもしれないけど、自分の気持ちにきちんと整理ついたら、わたしはふたりを祝福して、そしてティファとはまた仲良く遊んだりできると思うな」
自分ならできないと、ユフィは思った。
同じ人を好きになって、フラれた自分が今までのように仲良くできる自信がない。
たとえ表面上では平気を装えても、心の隅っこではきっと嫉妬や劣等感で薄汚い気持ちが渦巻くだろう。
でも、エアリスはきっとそれができる人。
彼女の全部を知ってるわけではないけど、そう思えた。
だからユフィは素直に頷く。
「うん、エアリスならできると思う。でも、ティファはきっと……」
ティファは基本明るくて行動力も普通にあるタイプ。
でも恋愛に関しては、びっくりするぐらい慎重というか臆病だ。
誰もが羨むぐらいの容姿を持つティファだから、それなりに恋愛経験もあるだろうと思ってた。
だから最初こそ、ちょっとしたことでいちいち顔を赤らめるティファを言葉悪く言うとカマトトぶっていると思ったぐらいだ。
でも、側で見ているうちにわかった。
あれは本気の恋愛奥手な人のそれだと。
「下手したら、クラウドがどちらか選ぶ前にティファは自分から身を引きそうな感じすらする」
消極的なティファの恋のライバルが積極的なエアリスなら、尚のことそう思えた。


「ユフィってほんと人間観察力すごいね」
ほぼ同じことを思っていたエアリスはひたすら感心した。
そしてその考察があながち間違いではないだろうとも思う。
ティファとは互いに恋のライバルだと明確にしあったことはもちろんない。
でも自分がティファもクラウドが好きだとわかるように、ティファのほうも自分がクラウドのこと好きなのを察していると思う。
そういうのはなんとなくわかるものだ。
それはいい。
いや、むしろ大好きな彼女と同じ人を好きになったことが嬉しいとさえ思う。
それは趣味や好みが似ているとも言えるし、そうした共通点が増えるのはそれだけで楽しいことだ。
ただ少し懸念するのは、ティファが自分に対して変な遠慮をするんじゃないかということ。
ティファはティファで自分の想いに素直に行動して欲しいし、自分もそうするつもりだ。
だけどユフィが言うように、ティファの性格を考えると、こちらがライバル宣言なんてしようものなら自分からさっさと恋の舞台から降りそうだと思っていた。
そうした状況で仮にクラウドと付き合えたとしても、それを素直に嬉しいと受けとれるだろうか?
きっとそうは思えない。
戦わずして得た勝利。
たぶん心のどこかでずっとしこりが残る。
そんなのはイヤだ。
だからこそ、ティファとは正々堂々と勝負したいと思っていた。


エアリスはティファを見つめる。
ちょうど打ち合わせが終わったのか、クラウドが広げていた地図を畳み、ティファは食べ終わったサンドイッチの包み紙などをきれいに片付けていた。
自分の分だけでなく、クラウドが食べたものもさり気なく片付けている様はとても自然で嫌味がない。
片付けてくれたティファに対してクラウドが礼を言ったのだろうか。
ティファはほんの少しだけ頬をピンク色に染めながら微笑んだ。
見ていたエアリスまでもがつられて微笑む。
そしてティファが席を立ち、歩き出そうとしたその時、椅子の脚に躓いたティファの身体が前のめりとなって転びそうになった。
見ていたエアリスとユフィが思わず、あっと声をあげる。
しかしすぐさまクラウドの腕が伸び、その腕にしっかりと支えられたティファはなんとか転ばずに済んだ。
一同が安堵の息をつく。
そうした中、クラウドに抱きつくような形となっていることに気づいたティファが飛び退くようにクラウドから離れた。
そうする顔は真っ赤だ。
「大丈夫か?」と声をかけるクラウドにティファは未だ赤い顔で頷いている。
そして助けてもらった礼もそこそこ、そそくさとその場を離れてゴミを捨てに行った。


「かわいいね」
その一連の流れを見て、エアリスがクスクスと笑う。
同じくその様子を見ていたユフィも頷いた。
「うん、かわいい」
クラウドをとても意識しているのが傍目にもはっきりと分かるそれが微笑ましくてかわいかった。
だけどそれはティファがクラウドのことを好きだとわかっている前提でみているから。だからそうした不器用さもかわいいと思える。
しかしクラウドの立場で見ると、どうだろうか。
ティファの行動は少し誤解を招きそうな感じではあった。
ティファが無意識にしていると思われる、想いを悟られまいとする行動。
恥ずかしさから目線を合わすこともできないでいるそれは、ともすると素っ気ない態度とも見え、相手のクラウドから見たら自分は嫌われているのでは?と勘違いするかもしれない。
案の定、残ったクラウドは去っていくティファの後ろ姿をなんとも言い難い顔で見、そうしてから小さくため息をついて席に座りなおした。
そうした様子は憂いに沈んでいるようにも見えた。


「ティファのああいうところかわいいけど、クラウドには誤解されてそうだよね」
思ったことをそう口にする。
「クラウドがそういうの察することができる男なら問題ないけど、でもクラウドってどっちかというと鈍そうだし」
エアリスが苦笑う。
つくづくユフィの洞察力に感心する。
みんなと一緒にいても仲間のことなんて興味ないみたいな感じの彼女だけど、人の本質的な部分はちゃんと見ていることが分かる。
これは彼女が持つ好奇心旺盛さの成せる業なのか。
なんにしても、これからはユフィを見る目がだいぶ変わりそうだとエアリスは思った。

「そういう点で言うなら、エアリスはかなり有利?」
エアリスのアプローチはとても分かりやすい、というか、そもそも好意を抱いていることを隠していない。
また、男を立てるのがとても上手くて、男メンバーたちがエアリスのそれで気分良くなっているのを度々見る。
そういうのを見るたび、男って単純なんだなって思ってることは内緒だけど。
そしてこれがエアリスの最大の武器とも言えそうなのが、相手の懐に入るのがとても上手いということだ。
これは男女問わずで、ふと気がついたら仲良くなっていたということをユフィ自身でも体験済みだし、他の仲間たちとの関係を見ていてもそう思う。
これらはもうエアリスの人徳だ。
そんなエアリスから積極的にアプローチされたら、恋愛すらも興味ないとか言いそうなあのクラウドでも心動かされるのでは?と、ユフィは思う。
エアリスはまた苦笑う。
「そうだといいけど。でも……」
そう言って、ひとりになってコーヒーを飲むクラウドをエアリスは見つめた。
その表情はまたどこか切なげ。
そうした顔をするエアリスを見てユフィが不可解に思っていると……
「でも、クラウドはわたしを選ばない」
「えっ?」
はっきりとそう言い切るエアリスにユフィは驚いた顔を彼女に向けた。
そんなユフィの表情に気づいたエアリスは一瞬寂しそうな顔をする。だけど次の瞬間にはもういつものやわらかい笑顔に戻っていた。
そして断言するような言い方をしてしまったことをごまかすように付け加える。
「たぶん、ね」
ユフィは俯いた。
なぜだか分からないけど、エアリスの言ったことは間違ってないように思えたのだ。
エアリスがどう思ってそう言ったのか真意は定かでないし、肝心のクラウドがどちらを好きかなんてもちろん知らない。
ティファに肩入れしてるというわけでもなく、またエアリスに魅力がないというわけでもない。
だけどユフィには確かに、クラウドとエアリスが付き合うというそんなビジョンが見えなかった。
「そんなの、まだ分かんないじゃん」
なんと応えていいのか分からず、でも黙ったままだとそれを肯定したみたいでユフィはわざと明るく振る舞ってそう言った。
でもエアリスにはきっとその気持ちも見透かされているのだろうと、言いながらユフィはそう思う。
案の定、エアリスがやわらかな笑顔で言った。
「ありがと、ユフィ」
その一言で、気を遣った発言だとエアリスにはバレていると悟った。
下手なフォローをして逆に気を遣わせてしまったなと少し落ち込む。
そうしたユフィにエアリスは明るく笑った。
「あ、もちろん、だからといって自分から身を引く気はないけどね」
いつものらしさが戻ったエアリスを見て、ユフィは少し安堵する。
そしてそれと同時に、なぜいつも前向きな彼女がそんな弱気な考えをするのかという疑問が湧いた。
「ねえ、……なんでそう思うの?」
エアリスはそう聞いてきたユフィを見、そしてその視線をクラウドに移した。
クラウドを見る顔は先にも見たあの寂しそうな微笑み。
あ、まただ、とユフィは思った。
どきどき、本当にどきどきエアリスはそうした顔をする。
そしてそれは大体がクラウドを見るときだということをユフィは知っていた。
でも、なぜそんな顔でクラウドを見るのかは知らない。
エアリスには何が見えて、何を思っているのか?
そう思うユフィの傍らでエアリスはクラウドを見つめながら言った。
「クラウドにはきっとバレてる」
「ん?」
「わたしが最初にクラウドのこと、どんなふうに見てたか」
返ってきた言葉もやはり意味がわからなくて困惑する。
でもエアリスはそれ以上話す気はないのか、クラウドから視線を外してユフィに笑みを見せた。
そうしてから、食べ終えたサンドイッチや飲み物のカップをまとめて立ち上がる。
「あ、それから最後に一言」
そう言って、エアリスはユフィに意味ありげに微笑んだ。
「クラウドって確かに鈍いところあるけど、変なところで鋭いよ」
「え?」
「さて、洞察力優れてるユフィに、これ分かるかな?」
まるで難解ななぞなぞを出したかのように、エアリスは少し得意げにそう言った。
ユフィは訳が分からなくてぽかんとする。
そんなユフィにエアリスはクスクスと笑った。
「今日はユフィと興味深い話ができて楽しかった。また聞かせてね、ユフィの人間考察」
最後にいたずらっぽくウインクをして、エアリスはやわらかな栗色の髪を揺らせて席を去って行った。
残されたユフィは少しだけ赤くなった頬をポリポリとかく。
それは自分も同じだった。
エアリスとふたりで話すということも、ましてやこんなに真面目な話をするなんて今までなくて、でもそれは思いの外、充足した楽しい時間だった。
自分の性格的にシリアスな雰囲気や話題は似合わないと決めつけていたけど……
うん、こういうのもたまには悪くないかも。
ユフィは新しい自分を見つけたような喜びで、思わず口元が綻ぶ。
それをごまかすように大きく伸びをしながら空を見上げた。
またエアリスとこうして話したいなと思った。
そしてその時までにエアリスが出した課題を解いてみせて、びっくりさせてやろう。
きっとエアリスなら今日みたいに、すごいすごいと楽しそうに笑って褒めてくれるに違いない。
ユフィはそんな想像をして、青い空に綻んだ顔を向けた。
だけど……
エアリスから真意を聞けることはなかった。



 * * * * *


「なんであたしなんだよ!」
前を歩くツンツン頭の男にユフィは噛み付かんばかりに言った。
「買い出し当番はクラウドだろ! あたし関係ないじゃん」


星を救う戦いを終えた今、クラウドたちはメテオの被害を受けた街の復興作業に日々追われていた。
誰に頼まれたという訳じゃないけれど、仲間内で自然とそういう流れになった。
これは強制じゃないからとリーダーのクラウドは言ったが、誰一人飛空艇から降りようとする者はいなく、それから皆で飛空艇を拠点に生活をしている。
そうした共同生活の中に置いて役割分担というものは必要で、あらゆるものが当番制となっている。
その中のひとつにあるのが買い出し当番。
今日はその担当がクラウドなのだが、なぜか休みのユフィが駆り出されるという今に至っている。


貴重な休みをクラウドの買い出しに付き合わされるユフィの不平不満は止まらない。
「あー! もしかしてあたしを荷物持ちにさせてこき使わせる気?」
飛空艇を出てからこんな調子で噛みつかれていたクラウドはずっと沈黙を通していたが、あまりのしつこさに辟易といったため息をついて言った。
「荷物は全部、俺が持つ」
「じゃあなんであたしが駆り出されてるのさ」
「……」
理由を聞くとクラウドはだんまりとする。
そんなクラウドを相手に喚き疲れたのか、ユフィはため息をついた。
けれどすぐにその顔をニヤリとさせながら、黙々と歩くクラウドの前にひらりと躍り出る。
「はっはーん、さてはあれかな。かわいいユフィちゃんと買い物デートしたかったとか?」
いつものようにおどけるユフィをチラリと見て、クラウドは真顔で言った。
「いや、そうじゃない」
ユフィは思わずズッコケそうになる。
「なんでそこだけ即答なんだよ!」
ムッとした顔で腰に手を当てて立ち塞がると、クラウドはちょっと笑って言った。
「勘違いさせたままだとかわいそうだと思ってな」
すっとぼけた顔でそう言うクラウドを見て、ユフィはいつまでも怒っている自分がバカバカしく感じた。
そしてため息とともに、今度こそ大人しくクラウドの隣を歩き始める。


本当の自分を取り戻してからのクラウドは、あらゆる面で変わった。
目で見える範囲だと、表情や態度、口調などが総じてやわらかくなった感じだ。
クール気取ってた最初の頃はいけ好かない奴と思っていたけど、今のクラウドは割と好きだなとユフィは思う。
そのクラウドをそんな風に変えたのは、ほかの誰でもないティファだ。
ティファの献身的で一途な想いがクラウドに本来の自分を取り戻させたのだ。
そしてそうした経緯を経て、ふたりは今収まるべきところに収まっている。


「それならあたしじゃなくてティファを誘えばいいじゃん」
ユフィがそう言うと、先まで笑ってたクラウドがふと顔を曇らせた。
もちろんユフィは見逃さない。
「なになに〜その顔。もしかしてケンカでもしちゃった?」
ひやかしのネタが増えたとばかりに、ユフィは黙るクラウドにニヤついた顔を寄せる。
「へえ〜、いっつもラブラブなふたりでもケンカなんてするんだ〜」
そうからかっても変わらず黙ったままのクラウド。
これは図星だと思ったユフィは、わざとお姉さんぶった口ぶりで言った。
「しょうがないな〜。じゃあこのユフィちゃんが一肌脱いで仲を取り持ってあげようじゃないの。さあ、まずは何が原因?」
今度は記者風にメモを取るマネをする。
そうするユフィにクラウドはポツリと言った。
「俺たちはそんな風に見えるのか?」
「は?」
言ってる意味がわからなくて聞き返す。
するとクラウドはユフィを見てもう一度言った。
「ユフィには俺とティファが付き合ってるように見えるのか?」
「はあ?」
意味がわからなさすぎて素っ頓狂な声が出る。
「見えるもなにも……付き合ってるんだろ?」
はっきりとそう言われたわけじゃないけど、ふたりが出す空気感は男女のそれだと恋愛経験のないユフィでもわかるし、おそらく他の仲間たちもそう思っているはずだ。
その証拠に、歳を重ね、それなりに人生経験を積んでいるオヤジたちが時折クラウドたちを下世話に冷やかす場面をよく見る。
何を今更なと言いたげにユフィがクラウドを見ると、そのクラウドは小さくため息をついて言った。
「わからない。……いや、俺はそのつもりだったけど、それは俺の勘違いだったのかもしれない」
ここにきて、ユフィはクラウドが今日の買い出し当番に自分を付き合わせた本当の理由を見た気がした。
ユフィは先までのふざけた態度を収める。
「何か……あった?」
心配そうな顔でそう聞くユフィに、クラウドはちょっと困ったように笑った。
「時々、ティファが俺を避ける」
「避ける?」
「仲間として話してるときは普通だけど、その…なんていうか……恋愛的な雰囲気になると逃げ腰になるというか……」
言いにくそうにそう言うクラウドにユフィは険しい顔をした。
「あんた、焦ってティファに変なことしようとして怖がらせてるんじゃないの?」
「違う! 俺はティファが嫌がることはしない」
きっぱりとそう言い切ったクラウドを見て、まあそうだろうなとユフィは素直に納得する。
クラウドは相手の気持ちを無視して事を進めようとするような男じゃない。
なら、なにが原因なのか?
再び疑問に思うユフィの隣でクラウドがポツリと喋り始めた。
「一緒にいて楽しそうにしていても、ふとした時にそれを抑え込むみたいなことをする」
そうする場面を思い起こしているのか、クラウドは一点を見つめながら独り言のように続ける。
「まるで浮かれる自分を自制するかのような……」
ユフィも考え込むように腕を組んだ。
クラウドの話を聞いていると、ティファは自分が今の幸せな状態でいることに罪悪感を感じているように思える。
ティファがそう自戒する原因があるとするなら……
「……アバランチでのことが原因じゃなくて?」
ユフィがそう言うとクラウドも頷いた。
「ああ、俺もはじめはそう思った。でもたぶん違う」
そう言って、クラウドはまっすぐ前を見据えながら続けた。
「確かに俺たちがしたことは許されることじゃないし、これから先も俺たちはそれを戒めに生きていかなければならない。それはティファもわかってるし、そういう覚悟はとうにできている」
ユフィは頷いた。
クラウドの言ったとおり、ティファは一度意思を固めたらそれを貫き通す強さを持っていると思う。
もちろんそう決めても時には落ち込んだりもするだろうけど、幸せから逃げるようなことはしないだろうなと思えた。
幸せから逃げるというのは、その戒めからも逃げていると同義になることをティファならわかっていると思うから尚更だ。
じゃあアバランチのことが原因でないなら他になにがあるだろうか?
再び考えるユフィにクラウドは言った。
「俺を避けるというよりも、なにかに遠慮してるような……」
それを聞いてユフィはハッとする。
そして思わず、そう言ったクラウドの腕を引っ張った。
「ねえ、ティファはいつからそんなふうになった?」
迫る勢いのユフィに面食らいながらも、クラウドは記憶を辿るように思考を巡らせた。
「いつからって言われると……たぶんあれは忘らるる都に行ってから、ぐらいか?」
間違いないと思った。
ティファはエアリスに遠慮してるのだ。


すべての戦いを終えた後、クラウドたちは皆で忘らるる都へ行った。
その目的はもちろんただひとつ。
今はいない、エアリスに報告をするため。
そこでティファは改めて、エアリスの死を実感したのではないだろうか。
もちろん忘れたことなんてなかっただろうけど、それでもやはりすべてを終えるまでは目の前のことで精一杯だったはず。
そうして最後の戦いも終えて少しは周りや自身のことを考える余裕ができた頃、忘らるる都に行った。
同じ人を好きになった大切な友達は想い半ばでこの世を去ってしまい、自分は生きて想い人と一緒にいる。
もしティファが、エアリスの命と引き換えに今があると考えてしまっているなら……
そんなティファの心中を思ったら、ユフィは苦しくて切なくなった。
そしてそれは沈んだ声となって現れる。
「たぶんティファは……エアリスに遠慮してるんだと思う」
ユフィがそう言うと、クラウドは不思議そうな顔をした。
「……なんでここでエアリスの名前が出てくるんだ?」
「……は?」
「え?……」
互いに短い言葉を発した後、顔を見合わせる。
ユフィはユフィで信じられないと目を見張り、クラウドはクラウドで理解できずにきょとんとした顔をする。
そうしてしばしの沈黙が続いた後、尚も信じられないとする顔のユフィがやや呆れた口調で言った。
「……あんたマジで言ってんの?」
あれほどわかりやすいエアリスのアプローチにまったく気づいていなかったとかありえるのだろうか?
いや、ありえるのだろう。
実際、目の前にいる男がわかってないのだから。
「だって、エアリスはクラウドのこと……」
好きだったんだよと言おうとしたけど、最後まで言うことは戸惑われた。
本人ではない自分が言うのは違うし、ましてやその本人はもうそれを口にすることもできない。
ふいにエアリスがいないことへの虚しさに襲われて、ユフィは俯いた。
悔しくて涙が出そうになって、それを堪えるためにぎゅっと拳を握る。
そうするユフィの頭にクラウドの手がポンポンとやさしく乗った。
慰めるようにする温かな手。
ユフィが顔を上げる。
クラウドは小さく笑って、そして言った。
「エアリスは俺を見てたんじゃないよ」
「えっ?」
「俺を通して大切だった人を見てたんだと思う」


―― クラウドにはきっとバレてる
わたしが最初にクラウドのこと、どんなふうに見てたか


エアリスが言った言葉をユフィは思い出した。
あの時はその意味がわからなかったけど、たぶんエアリスが言いたかったのはこれだ。
エアリスにとっての大切な誰かをクラウドに重ねて見ていた。
それをクラウドは感づいていた。
だからクラウドは自分を選ばないだろうと言ったのだ。
基本鈍感だけど、妙なところで勘が鋭いと言ったのもこれなら合点がいく。
でも……
エアリスがクラウドのことを好きだったというのは本当だと思う。
確かに最初は誰かを重ねて見てたのかもしれない。
でも、いつしかクラウド本人を好きになっていった。
だからエアリスは度々切ない顔でクラウドを見ていたのではないのか?
そこまで考えてユフィは小さく息を吐いた。
だけど、今それをクラウドに伝えたところでどうしようというのだ。
かえって話をややこしくしてしまうだけかもしれない。
それならこのまま何も知らないほうがいいのではと思えた。
ユフィは神妙な面持ちでクラウドを見る。
「ねえ、ひとつだけ聞いていい?」
「ん?」
「クラウドはティファのこと、好き?」
わかってはいたけど、クラウドの口からきちんと聞きたかった。
自分の耳でしっかりと聞いて、そうして今のふたりを見守りたいと思った。
エアリスがそう出来なかったかわりに……
聞かれたクラウドは一瞬驚いた顔をする。
だけどすぐにユフィは真面目に聞いているのだとわかると、それにきちんと応えようとその瞳に誠実さを映す。
「ああ、俺はずっとティファが好きだったよ」
真摯な眼差しとやわらかな声音から、その言葉以上にティファへの想いを感じた。
ユフィが嬉しそうに頷くとクラウドはさすがに照れたのか、耳を赤くしていた。
そんなクラウドの照れがユフィにも伝染って、ふたりで頬を赤くして照れ笑う。
「あたしちょっとティファと話してみるよ」
そう言ったユフィの声はやわらかだ。
それにつられたクラウドも普段ユフィと話す態度よりもずいぶんと柔和になる。
「そうしてもらえると助かる」
いつもなら憎まれ口を叩き合うことが多いふたりの間に珍しく穏やかな空気が流れた。


「あ、一応念のために確認するけど、今言ったことちゃんとティファに言ってるんだよね?」
「えっ?」
「……え?」
「…………」
既視感を覚えるこのやりとり。
クラウドの反応に嫌な予感しかしないユフィが恐る恐る訊ねた。
「まさかとは思うけど、ティファになにも言ってあげてないとか?」
「いや、その……」
責められそうな状況にクラウドはしどろもどろ。
しかしそうすればするほど、ユフィの目はだんだんとつり上がっていく。
「な、なんていうか……もう言わなくてもわかってるというか……」
クラウドはクラウドで精神世界ですべてをさらけ出したという思いがあった。
だからとりたてて言わなくてもティファにはすべて伝わっているだろうと思っていたことをユフィに打ち明ける。
「あきれた」
それを聞いたユフィの開口一番がこれだった。
こういうところがクラウドの悪い癖だと思った。
勝手な思い込みで言葉足らず。
もちろんクラウドの態度を見ていればティファが好きなんだということは誰が見ても一目瞭然なのだが、如何せん相手はあのティファだ。
自分に好意を抱いてるなんて思わないだろう。
いや、仮にクラウドからの好意を感じたとしても、はっきりと言われてなければ自分の自惚れで片付けてしまうのがティファなのだ。
要はクラウドの態度がなにもかも中途半端。
だからティファはエアリスに対して負い目を感じたりするのだ。
これはもう完全にクラウドが悪い。
「あのねこれだけは言っとくけど、ティファにそういう察しろ的なのは一切通じないからね」
ユフィは真剣に怒った。
「クラウドがちゃんと自分の気持ち伝えないと、ずっとこのままだよ」
説教されてしゅんとするクラウドにユフィは容赦なく続ける。
「ティファはたぶん……ううん、絶対自分からは言えない」
もともと受け身だからというのもあるけど、エアリスがいない今は余計に自分からクラウドにいくことはティファにはできない。
「だからクラウドからちゃんと言ってあげないとダメなんだよ」
最後は泣きそうな顔でユフィはそう言った。
ティファがかわいそうでならなかった。
さすがにここまで言われたら、いくら鈍いクラウドでもわかったのだろう。
涙を堪えるように唇を噛みしめるユフィの頭をポンポンと撫でる。
「わかった。ちゃんとティファに伝える」
優しい声だけど力強い意志を感じるクラウドの言葉。
ユフィは恨みがましい目でクラウドを見上げた。
「……絶対だからね」
ユフィのそうしたジト目に苦笑いながらも、クラウドは力強く頷いた。
「ああ、必ずだ」






「ティファが作るおにぎりサイコー!」
一口かじったおにぎりを天に掲げながらユフィは満悦する。
褒められたティファはクスクスと笑った。
「師匠の教えがよかったからね」
すると師匠は「まあね!」と得意げに胸を張って更にティファを笑わせた。


おにぎりはウータイのソウルフードだ。
だからティファはユフィに教えてもらうまでおにぎりを知らなかったし、ユフィもウータイ以外でおにぎりを目にすることがなかった。
そんな懐かしのおにぎりを久しぶりに見たのは、復興作業をしている時。
ウータイから来たという行商人がおにぎりの販売もしていたのだ。
その時に食べた久しぶりの故郷の味。
それ以降たびたびその味が恋しくなり、でもその行商人が他の地へ向かってからは食べられなくなって、でもおにぎりへの恋しさは変わらずで……
そしてついには、ウータイまで戻っておにぎりの材料となる米や海苔といったものを飛空艇に運び込むまでとなった。
最初は自分で作っていたユフィだったが、料理が好きなティファが作り方を教えて欲しいと言ってきたのでユフィはおにぎりの作り方を教えたのだ。
そのおにぎりは仲間内からも大好評。
また手軽に食べられるということもあって、外で作業するときのお弁当としてありがたがられた。
そして天気がよかった今日は絶好のおにぎり日和と、ユフィはティファを誘って外でのランチをしていた。


「はあ〜毎日こんな美味しいごはん食べられるなら、あたし真剣にティファをお嫁さんに欲しい」
満たされて膨れた腹を撫でながらユフィがそう言う。
手料理を褒められることの多いティファだが、そうした声は何度聞いてもうれしい。
満面の笑みがそれを物語っていた。
「あ、でもティファはクラウドのもんだからダメか」
言って、チラリとティファを見る。
するとティファの顔から楽しそうな笑みは消え、代わりに寂しそうな笑みとなった。
しかしそうした反応はユフィの想定内。
「クラウドと私はそんなんじゃないよ」
水筒からお茶を注ぎ、そのカップをユフィに渡しながらそう言う。
ユフィは受け取ったお茶を飲んでから、静かな声で言った。
「でもティファはクラウドのこと好きなんでしょ?」
「……」
「好きだから、あんなに一生懸命支えてきたんだよね?」
心壊れたクラウドをミディールで見つけてからのティファが献身的に尽くしてきたのをユフィは知っている。
それこそ自身の寝食を顧みずにずっと寄り添っていた。
それをクラウドに対する深い愛情と言わずしてなんと言うのだ。
だからライフストリームから帰還したふたりが、あたりまえに一緒にいることにユフィは心からよろこんだのだ。
それなのに……
「ティファはまた、自分の気持ちから逃げるの?」
うつむき加減になっていたティファは顔を上げる。
精神崩壊するクラウドを目の当たりにしたときの恐怖、喪失感、そして強い後悔。
あんな思いはもうしたくないとばかりにティファは首を振った。
―― 好き。でも……どうしたらいいのかわからない」
本音を口にしたその声は少し震えていた。
それはティファの苦悩を表しているようで、聞いているユフィまでもが辛くなる。
「そのままの気持ちを伝えればいいんだよ」
ユフィがそう言うと、ティファはまた首を振る。
「……できない」
「どうして?」
「……」
黙ってしまったティファを見つめる。
クラウドに対しての想いとエアリスに対しての遠慮。
ティファがそうした感情の間で身動き出来ないでいるのを感じた。
ユフィはティファが言えないでいる言葉を口にする。
「……エアリスに悪い気がするから?」
言い当てられて驚いたのか、ティファがはっとしたように目を開いた。
そうしてしばしユフィを見つめた後、伏し目がちに小さく頷く。
同時にさらさらとした長い黒髪がティファの横顔を隠し、それは泣いているように見えた。
「ねえ、ティファ」
ユフィがやさしく声をかける。
その声でティファが顔をあげたのを見て、ユフィは続けた。
「エアリスはクラウドのこと好きだって言ってたけど、それと同じくらいティファのことも好きって言ってた」
あの時、自分にそう話してくれたエアリスを思い浮かべる。
それは花のような笑顔。
ティファと話している時のエアリスはいつだってそんなふうに楽しそうに笑っていた。
「あたし思うんだけど、エアリスはティファと恋の話を楽しみたかったんじゃないかな。同じ人を好きになってその共通点を大好きなティファとともに分かち合いたかったんじゃないかなって」
エアリスを思わせる青い空を見上げながら、ユフィはそう言う。
そうしてからティファに視線を戻すと、そのティファの頬に一筋の涙。
それを見たユフィは慌てる。
「ごめんティファ。泣かせるつもりで言ったんじゃないんだ」
オロオロするユフィにティファはわかっているというように、うんうんと頷く。
けれど、そうすればするほど涙が止まらない。
そんなティファの頭をユフィはやさしくやさしく撫で続けた。
ティファの感情が落ち着くまでずっとそうしていた。


「クラウドが好きなのはエアリスなんだって、ずっと思ってた」
涙が止まり、小鳥のさえずりしか聞こえなくなった空間でティファがそう言った。
「だから……エアリスがいたら、クラウドは私とこうして一緒にいることはなかったんじゃないかって」
旅の合間に見たクラウドとエアリスが一緒にいる光景はいつも楽しそうに見えた。
一方的にエアリスに振り回されているように見えても、最終的にクラウドは彼女の言うことを聞く。
だからつまり、それはそういうことなんだとティファは思っていた。
「まあなんていうか、それは……」
すでにクラウドの気持ちを知っているユフィは曖昧に言葉を濁す。
今、自分がそれを言うわけにはいかない。
ユフィはジリジリとした焦燥感で辺りを見回した。
早く来い!
そう心のなかで呟いたその時、ユフィの視界に遠目で見てもはっきりとわかる金色のツンツンとした特徴ある髪型を捉えた。
こちらに向かって歩いてくる姿にひとまずホッと胸を撫でおろす。
そうしてユフィは立ち上がり、お尻についた草を払いながらティファに言った。
「ティファそれはさ、あのチョコボに言ってもらお」
「え、チョコ…ボ?」
「そっ! チョコボ!」
言ってユフィはまだ遠くの、でも着実にこちらに向かって歩くクラウドを指さす。
それを見とめたティファは驚いた顔。
そんな彼女にユフィは少し寂しそうに言った。
「悪い気がするなんて言ったら、エアリスかわいそうだよ」
「……」
「だからさ、ティファは自分の気持ちに素直な行動したほうがいいよ。そのほうがエアリスは絶対よろこぶから」
不安そうに見上げてくるティファに、ユフィは大丈夫と言わんばかりに大きく頷いた。
「じゃあね、ティファ」
「え!? ちょ、ちょっとユフィ!」
まさか置いていかれるとは思っていなかったのか、ティファの焦った声がその場を去るユフィの背中にかかる。
けれどユフィはそのまま歩みを進めた。
自分の役目はここでおしまい。
その後のことはあいつに任せて。
段々とそのあいつとの距離が近くなり、そして対面となった時、ユフィは相手の腹をパンチする真似をしながら膨れた顔で言った。
「遅い!」
「すまない」
そうしたクラウドの顔が緊張で強張っているように見えた。
ユフィはニヤリと笑う。
「あれ? もしかして緊張してる?」
「まあ、な」
素直にそう応えるクラウドにユフィは苦笑う。
「じゃ、後はよろしく!」
「ありがとな、ユフィ」
慎ましやかにクラウドがそう言う。
その彼にユフィはにんまりとした笑顔を返した。
「お礼はマテリアでお願いします」
「なげるのマテリアでいいか?」
「それ、あたしが最初から持ってたやつ!」
「そうだったか?」
すっとぼけた顔でそう言う。
本来ならおちょくられているとわかって文句のひとつでも言いたくなるところだけど、今はこのやりとりでクラウドが幾分普段の調子を取り戻したことに少しホッとする。
あまりに緊張されては、こちらも心配になってこのままクラウドの後をついて行きそうになるから。
まあ見守るというよりは、主にクラウドをからかうネタを見つけたくて……だけど。
そんなことを考えたら思わず顔がにやけてしまい、ユフィは早々にクラウドに背を向ける。
そうして去り際にひとこと。
「泣かせるようなことしたら、女ふたり分の制裁が待ってるんだからね!」
「ああ、肝に銘じておく」
背中に聞こえたしっかりとした返事にユフィは笑った。
そしてその顔を青い空へと向ける。
「だってさ。―― ねえ、ちゃんと聞こえた?」
緩やかな風がふわりとユフィを包む。

―― 聞こえたよ
彼女がうれしそうに笑ったような気がした。


ユフィを介したクラウドとエアリスとティファのお話。

(2021.07.04)

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