彼シャツ

そばにあった温もりがなくなって意識が緩やかに浮上する。
重いまぶたを震わせながら眼をあけると、部屋のなかは薄暗く、窓に掛かったブラインドから差し込む細い光がまだ夜が明けたばかりだと物語っていた。
そうした光景をぼんやりとした頭で眺めるティファの耳に、衣擦れの音とともに聞き慣れた声。
「悪い、起こしたか?」
声のした方向へ目を向けると、クラウドがズボンを履いているところだった。
基本寝起きの悪いクラウドが自分よりも早く起きていることにティファは驚きつつも、上着は纏っていないその広い背中に問いた。
「あ…れ、今日仕事なの?」
昨夜に確認したときは確か今日はオフだと聞いたつもりだった。
「いや、シャワー浴びてくるだけだ」
言いながらクラウドはやわらかな眼差しを向けた。
「まだ早いからもう少し横になってるといい」
そうして少し間をおいてから、今度は意味ありげにニヤリと笑う。
「……疲れたろ?」
その一言はティファに昨夜のことを鮮明に思い起こさせた。
そして一気にその顔を紅潮させる。
クラウドはそんなティファの顔を見て満悦しながら部屋を出ていった。



ひとたび静かになった部屋でティファは暫し微睡むも眠気はとうになく、ややしてから身体を起こして大きく伸びをした。
そうしてからベッド周りに視線を落とす。
床に散らばった服や下着が目につき、それは昨夜の行為を彷彿させてティファの顔をまたほんのりと赤く色づかせる。
未だにこうしたことに慣れないティファはごそごそとシーツを身体に巻きつけて、ひとまずはすぐそばにあった下着を拾って身につける。
そうしてから今度はブラジャーを拾い、そして自分の衣服を順に拾っていった。
そうやって服を拾い集める中、ティファは自分のものではない黒のノースリーブの上着に目を留める。
それはクラウドがいつも着ているもの。
ティファはそれを手にとって、ほとんど無意識にその上着に顔を埋めた。
ほのかに香るクラウドの匂いにほっと息をつく。
そうしてからティファは手にした上着を見つめ、それからおもむろに纏っていたシーツを肌から滑り落とし代わりにクラウドの上着に腕を通した。
両腕を通し、前身頃をつなぐファスナーを上げ、長い髪を外に出すようにかきあげる。そしてクラウドの服を着た自分を姿見に映した。



丈はお尻がちょうど隠れるギリギリの位置、ノースリーブの袖口は自分にはやはり広すぎて横から見ると胸のラインなどが見えてしまう際どさだった。
クラウドが着ればちょうどいい大きさの服でも、自分が着れば服のなかで自分の身体が泳ぐ。
それはクラウドと自分の身体の大きさの違いを見せつけられたみたいで、ティファは改めてクラウドを男の人だと意識してしまい顔を赤らめた。
その恥ずかしさを隠すように立っている襟で自分の口元を隠すように掴む。
そこからまたクラウドの匂いを感じてさらにその顔を赤くした。
クラウドに抱かれているような擬似的な感覚。
そんなことを考える自分がとてもいやらしく思えた。

と、その時、僅かに聞こえた床のきしみと人の気配。
ティファはハッとしながらその方向へ振り返る。
そこには部屋のドアの柱に寄りかかるようにして立っているクラウドの姿があった。
腕を組みながらこちらを眺めているその姿は悠長な佇まい。
その雰囲気から、クラウドがたった今ここに来たという感じはしなかった。
いつから見られていたのか分からないけれど、恥ずかしいところを見られているということには変わりない。
「……あ、あの」
ティファは顔を真っ赤にしながらおずおずと口を開いた。
クラウドは変わらず無言のままだ。
「ちょ、ちょっとクラウドの服借りたの。……ごめん、ね」
そう言ってもまだ無言のままじっと見つめてくるだけの碧の瞳。
なにも言葉を発しないクラウドにティファは余計に焦る。
「あ、これ着るんだよね。すぐ脱ぐね」
クラウドがこの部屋を出たときと同じ半裸のままなのを見て、ティファは慌ててそう言った。
が、クラウドが見ている前で服を脱ぐことは躊躇われる。
でもだからといって、服を勝手に着ておきながら脱ぐからあっち向いててくれとはさすがに言いづらい。
そしてなにより、クラウドがずっと無言のまま冷静な態度でいることが自分の滑稽さをより際立たせているみたいでティファの羞恥心を余計に煽った。
こうした状況から一刻も早く逃げ出したかったティファは、ベッドの上に置いていた自分の服とブラジャーを手早く掴み早口で言う。
「わ、私もシャワー浴びてこようかな」
そうして部屋を出ようとするが、クラウドが依然としてドアの柱に寄りかかっているので出ることができない。
ティファは手に持っている衣類をぎゅっと抱え込むようにしてクラウドを見上げた。
「あ、あの……そこ通してくれる?」
遠慮がちにそう言うと、今まで無言だったクラウドがここにきてようやく口を開いた。

「ティファはさ……わかっててやってるんだよな?」
言いながら、ゆっくりと壁から身体を起こす。
出入り口から退いて道を開けてくれたのかと思いきや、クラウドは通せんぼをするかのように片腕を伸ばして再び出入り口を塞いだ。
「こんなことすれば自分が俺になにされるかとか」
「え?」
言ってる意味と通さないとするクラウドの言動がわからない。
しかしそうする行為にそこはかとなく感じるティファにとっての不穏な空気。
胸に抱え込むようにする衣服を持つ手に自ずと力が入る。
しかしクラウドはそうしたティファを気にするでもなく、足の爪先から上へと舐め回すように見てきた。
それはまるで仕留めた獲物をなぶる肉食動物そのもの。
ともすれば不快に感じるそんな視線も、クラウドのそれは妙に色っぽくてティファをドキッとさせた。
そうした気持ちを悟られまいと慌てて聞き返す。
「な、なにって?」
するとクラウドは部屋のドアをゆっくりと閉める。
そして鍵をカチャリと下ろしながらにやりと笑って言った。
「こういうこと」

ティファの鼓動がドクンと高鳴った。
この部屋で鍵をかけることの意味。
それは子どもたちに見られてはいけない行為をするということ。
そう言葉にしてきちんと決めたことではないけれど、いつしか二人の間にできた暗黙のルールみたいなものだった。
ようやく意味を解したティファは顔を真っ赤にして少し後ずさる。
「えっ、ち、違う。私そんなつもり……」
ないと言い訳する間もなく、ティファはクラウドに抱き上げられる。
いわゆるお姫様抱っこをされてティファは慌てた。
「や、やだっ! クラウド下ろして」
「ティファ、おとなしくしていたほうがいいぞ」
「えっ?」
「見えるから」
言われてクラウドの視線を辿ると、そこは自分の太もも。
クラウドの上着の丈がヒップラインぎりぎりだったのもあって、身を捩ったりすると下着が見えてしまうそんな際どさだった。
「まあ、まだ俺を誘い足りないっていうなら止めはしないけど」
追い打ちをかけるクラウドの言葉にティファはカアッと顔を真っ赤にする。
一瞬でおとなしくなったティファを見てクラウドは満足げに笑むと、ベッドに向かった。
そうしてティファを抱いたままベッドに腰を下ろす。
それは自分の膝上にティファを座らせているような状態。

「ねえクラウドお願い、もう下ろして」
恥ずかしさに耐えかねてティファは懇願する。
けれどクラウドにそれを聞き入れる様子は毛頭なく、この状況をひとり楽しんでいた。
「すぐ脱がせたらもったいないよな……うん、着衣のままってのもありだな」
こうなると後はクラウドのペース。
ティファはそっとあきらめのため息をつき、そしてポツリと言った。
「クラウドって草食系だと思ってた」
「ん?」
観念したのがわかったのか、そう聞き返すクラウドは至極満悦。
そんなあからさまな顔を見ていたら、相手のペースに飲まれて悔しいはずなのに怒れない。
自分はクラウドにとことん甘いなと思いながら、ティファはその彼に応えた。
「なんていうか、そういうことにあんまり興味ないタイプなのかなって」
こうした関係になる前のクラウドの印象を伝えると、クラウドはありえないだろうと言わんばかりに目を見開く。
「そんな男いるのか?」
「わ、わかんないけど……」
そう聞かれても困るとティファが自信なさげにする。
そんなティファにクラウドはニヤリと笑って言った。
「でもまあ、俺はティファを前にすると間違いなく肉食だけどな」
「もう! そんなに威張って言わないでよ……」
照れ隠しから真っ赤にした頬を膨らませて拗ねる。
そうした行動もクラウドにとっては格好の餌となっているとは、ティファは露とも知らない。
そんなご馳走を前にしていつまでも我慢できるはずもない狼は……
「じゃあ、もうそろそろおしゃべりはおしまいで」
「っ!」
ビクッとするティファにクラウドは今にも舌舐めずりをしそうな満足げな顔。
「美味しくいただきます」
甘い果実を食べるかのようにクラウドはティファに顔を寄せた。


狼クラウドは美味しく頂きましたとさ、という話。
以前にもクラウドの服を着たティファの話を書いたのですが、それを手直ししたものです。

(2021.04.17)

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