相性占い

シャワーを浴びたクラウドが自室に戻ると、そのベッドの上ではティファが本を読んでいた。
ベッドヘッドに背もたれながらあまり浮かない表情で読んでいるのは、クラウドの遅めの夕飯のときに話のネタになった本だから。
クラウドは濡れた髪をくしゃくしゃと拭きながら、そんな彼女に声をかけた。
「まだ気にしてるのか?」
すると本から顔を上げたティファが恨めしげに「だって…」と口を尖らせる。

ティファが手にしているのは星座占いの本だ。
セブンスヘブンの常客によく当たるからと勧められて借りたらしい。
クラウドは小さくため息を吐き、髪を拭いたタオルを肩にかけながらベッドに腰を下ろした。
そして両肘を膝上に乗せた前傾姿勢で、ティファが手にしていた本を取りパラパラと適当に捲る。
「ただの占いだろ?」
「クラウドは気にならないの?」
気になるという同意が欲しそうなティファの聞き方。
けれど、クラウドは正直に自分の気持ちを声にした。
「うん、気にならない」
「相性悪いって言われてるのに?」
返ってきた返事に対して不服そうにそう付け足してきたが、それでもクラウドはやはり気にならなかった。
というか、元々が占いそのものをどこか胡散臭く思っているのだ。
大体この手の占いなんてただの統計学。論理的じゃない。
しかしそこまで言うと更にティファの反感を買いそうだったので、クラウドは曖昧な表情で頬をぽりぽりと掻いてごまかす。
そうするクラウドにティファはやはり不満そうに大きなため息を吐いた。

クラウドはティファが落ち込む原因となっているページに視線を落とす。
そこには獅子座と牡牛座の相性度30%と書かれていた。
つまりそれは獅子座のクラウドと牡牛座のティファの相性が30%ということらしい。
獅子座はこういう性格で牡牛座はこんな性格だからということがもっともらしく記載されている。
ティファ曰く、その性格分析が当たっていると言う。
だからこそ余計に落ち込んでいるのだが、クラウドのほうは”ふ~ん”と思う程度の内容。
星座ごときに自分の性格を決めつけられることがバカバカしいとさえ思っていた。
でもティファは気にして落ち込んでいる。
となれば、クラウドは放っておくことができないのだ。
「みんながみんなこれに当てはまるなんてことないだろ?」
「それはそうだけど…」
あまり納得がいってないようだ。
クラウドは小さくため息を吐いて、ならばと続ける。
「じゃあ聞くけど、ティファは相性が悪いって言われたら俺との付き合いをやめるのか?」
極論すぎるとクラウド自身わかっていたがあえてそう聞いた。
案の定、ティファは口を尖らせながらクラウドに反論する。
「もう! どうしてクラウドはそんな極端なことを言うの? 私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
そう言ってティファは困ったような顔でクラウドを見つめた。
そんなティファの表情や様子からクラウドは彼女が何を言いたいのか大体の察しはついていたのだが、ここはあえてティファの口から聞きたいと沈黙を通す。
そのクラウドがいつまでもわからないという素振りを続けていると、それに根負けしたティファが小さな声で呟いた。
「……好きな人と相性が悪いなんて言われたら誰だって落ち込むよ」
そう言ったティファは恥ずかしさからか、赤くなった顔を隠すように自分の両膝を抱え込むような体勢をする。
そうする姿にクラウドはふっと笑みを零した。

クラウドにとってはお遊び程度でしかない相性占い。
しかしティファはそれを真剣に受け止めて、その結果に落ち込んだりしている。
そんな彼女はクラウドから見れば、当然のようにかわいく見える。
またティファの口から出た”好きな人”という言葉はクラウドを調子づかせるには十分すぎた。
クラウドはうつむくティファの黒髪をやさしく撫で梳かし、そこから見えた小さな耳に自身の唇を寄せる。
そうされて身体をピクリと反応させたティファにクラウドは更に気を良くしながら囁いた。
「なあティファ、俺たちこっちの相性はいいと思うけど…」
そう言ってティファをベッドに押し倒す。
しかし寸前のところで、クラウドはティファから枕のパンチを受けた。
「もう! クラウドのばか!」
真っ赤な顔でそう言って、ティファは乱れた体勢を整えながらクラウドを睨んだ。
平手打ちこそ喰らわなかったものの、枕のパンチもそこそこ痛い。
クラウドは拒否されたことに不満の色を浮かべた顔で、ティファと同じように体勢を整えながらぼそりと呟いた。
「本当のこと言っただけなのに…」
「ク、クラウド!」
未だそうしたことに恥ずかしさを覚えるティファは真っ赤な顔でクラウドを制した。


クラウドは再び本を手に取って、該当ページにきちんと目を通す。
そのページには、牡牛座女性の頑固な性格と獅子座男性のプライドの高さが相性が合わない理由だと述べていた。
そしてご丁寧にも、長く付き合っていくための心構えみたいなものまで記載されている。
しかしそれを読み進めていくクラウドの顔は段々と険しくなっていた。
大体なんだってこんなに上から目線で分析やアドバイスをされないといけないんだ?
この本に俺のなにが分かるっていうんだ。
こういう決めつけが占いの嫌なところなのだとクラウドは不快感を露わにした。
それと同時に、ふと昔、母親にもこれに似たようなことを言われたことを思い出した。

―― あんたにはね、ちょっとお姉さんであんたをグイグイ引っ張っていく、そんな女の子がぴったりだと思うんだけどね

あれは魔晄炉調査で帰郷したときだ。
今思えば、都会で一人で暮らす息子を心配して母さんがそう言ったのだと分かる。
でも当時から好きだったのは年下のティファ。
そしてなによりソルジャーになれなくて合わせる顔もなかったから、そんな自分の不甲斐なさも手伝って尚更母さんの言葉を無関心を装って突っぱねたのだ。
その時の情けない気持ちを思い出してクラウドはため息を吐く。
「どうしたの?」
ティファの心配そうな顔。
そうした顔にクラウドは軽く笑って首を振った。
「いや、なんでもない」
母親にこんなことを言われたことがあるなんて今言ったら、ティファは更に落ち込むに決まってる。
知らなくてもいいことをわざわざ耳に入れてやる必要はないのだ。
クラウドにしては珍しく機転の利いた判断だった。
そんなクラウドの脳裏に今度は別の疑問が掠める。
ティファは普段の生活において、俺と相性が悪いと思うことがあるのだろうか?
いくら相性占いは信じないといっても、ティファ本人がそう思っているのだとしたらそこはちょっと問題だ。
「なあ、ティファは俺と相性悪いって思うことあるのか?」
些かの不安を抱きつつそう聞くと、ティファは首を横に振った。
「ううん、そんなこと考えたこともない」
そうした返答にクラウドはホッとする。
すると今度はティファが不安げな顔で言った。
「え、クラウドはそう思うことあるの?」
「俺も思ったことないよ」
するとティファは心から安堵した顔で嬉しそうに笑った。
それがあまりにも可愛くてクラウドは目を細める。
そうしてから、クラウドは今のこのやわらかな空気感にやっぱりこれだよな、と確信を得るのだった。

「なあ、ティファ」
「ん?」
「俺はティファと一緒にいるときがいちばん居心地がいいと感じるんだ」
唐突だったからかティファは一瞬びっくりしたような顔をした。
でもすぐに照れた顔でその頬をピンク色に染める。
そんなティファを見ながらクラウドは続けた。
「上手く言えないけど、ありのままの自分でいられるというか、無理をしなくてもいい安心感みたいなのがあって」
自分が口下手なせいもあって、ふたりでいるときもそんなに会話が多いわけじゃない。けれど、ティファとだと会話が少なくてもそれに対しての気まずさなどを感じることがないのだ。
それは旅の頃から感じていたことで、ティファと他の仲間たちとではやはりどこか違っていた。
俺はそれを昔からの顔なじみだからだと思っていた。
だけどたぶんそれだけじゃない。
確かに生まれ育った地域性みたいなものから、ティファとは価値観や考え方が似ている部分があるし、会話のテンポも似ている。
でもそれ以前に俺とティファは波長が合ってるんだと思う。
だから一緒にいて落ち着くんだ。
いや、もしかしたらティファが俺に合わせてくれているのかもしれないけど……
と、クラウドが思ったそのとき、

「よかった、クラウドがそう思ってくれてて」
ティファがホッとしたように笑い、そうしてから照れくさそうに続けた。
「私のテンポにクラウドが合わせてくれているのかなって思ってたから。だからそうじゃなかったんだって分かってうれしい」
クラウドは思わず苦笑した。
ほら、やっぱり俺たちは似ている。
これを相性がいいと言わずして何と言うんだ?
クラウドは改めてティファを見つめる。
「ティファ、俺はティファと相性がいいと思ってる」
言われてティファはこくんと素直にうなずいた。
そうしたティファの片頬をクラウドの大きな手が愛おしそうにそっと包む。
「ティファは俺がそう思ってるだけじゃイヤか?」
優しい眼差しと声音にティファはふるふると首を横に振った。
「ごめんね、つまらないことで落ち込んだりして」
「謝るようなことじゃない」
「でも恥ずかしい」
「俺はかわいいいなって思ったけど」
ティファが一瞬で固まる。
そしてその頬をじわじわと赤く染めながらうつむき加減で言った。
「……今のはちょっとクラウドっぽくないよね」
「……うん、実はちょっと無理した」
柄にもないことを言った自覚はあって、クラウドは素直にそれを白状した。
顔を上げたティファと目が合う。
そして二人同時に笑い出した。
「やだ、クラウド顔赤いよ」
「ティファだって真っ赤だ」
お互いに顔を赤くしていることが可笑しかった。
ティファは羞恥に染まった顔を見られないように、クラウドの首に腕を巻き付けてその逞しい胸のなかに顔を埋める。
そんなティファをクラウドはやさしく抱きしめた。
そうしたクラウドの耳にティファの声が触れる。
「ありがと、クラウド」
それに応えるように、クラウドはティファの頭をポンポンと撫でた。



「なあ、ティファ……」
「ん?」
クラウドはティファを抱きしめながら耳元でそっと囁いた。
「モヤモヤも解消できたことだし、」
「……うん」
「俺たちが抜群に相性いいこと、しよ?」
そう言うが早いか、クラウドはティファをベッドに押し倒す。
そんなクラウドの身体をティファは顔を真っ赤にしながら腕を伸ばして押し返した。
「も、もう! クラウドは!」
「な、なんだよ」
ティファをベッドに組み敷いた覆いかぶさるような状態でクラウドは不服そうに口を尖らせる。
そうしたクラウドを見上げるような形でティファは頬を膨らませた。
「どうしてそんないやらしいこと言うの」
「いやらしいか?」
自覚がないから首を傾げる。
「言い方がいやらしい」
言われて、クラウドは小さくため息を吐いた。
「ティファはちょっと潔癖すぎるぞ」
「クラウドが……えっちすぎるんだよ」
頬を染めて甘やかさを滲ませたティファの上目遣い。
先程と同じような状態でも今回は枕のパンチはない。
これらの状況にクラウドはニヤリと笑うと……
「それ、褒め言葉として受け取っておくよ」
そう言って、もの言いたげに口を開きかけたティファの唇を素早く自分の唇で塞いだ。


相性がいいというか、この二人は似た者同士かなと思う。

(2019.02.16)

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