ないしょ

「ティファとクラウドは子どもの頃から一緒だったんだよね?」
開店前のセブンスヘブン。
カウンター内で仕込み作業をしていたティファにテーブルを拭いていたマリンがそう聞いた。
唐突な質問をティファは不思議に思いながらも、作業をしつつマリンに答える。
「そうよ。家がお隣り同士だったの。幼なじみっていうのよ」
「じゃあ、昔からクラウドのこと好きだったの?」
作業する手が一瞬で止まる、ティファには恥ずかしいと思える質問。
そう聞いてきたマリンにティファは少しだけ赤くした顔を向けて苦笑した。
「なあに、突然そんなこと聞いたりして」
マリンはカウンター席に座って台ふきんを横に置き、両の手のひらでほおづえをつきながらニコニコと笑った。
「ふたりの昔の話、聞きたいんだもん」
「あ、それオレも興味ある」
それまでモップで床を拭いていたデンゼルまでもがその床拭きを止めて、マリンと同じようにカウンター席でほおづえをついて話を聞く体勢をとった。
好奇心で目を輝かせるそんな子どもたち。
ティファは困ったように笑いながら言った。
「小さい頃はクラウドとほとんど遊んだことがないから、ふたりに聞かせるような思い出話もあまりないのよ」
家が隣り同士だったのに?と驚くふたりに、ティファはくすっと笑った。
「ほら、クラウドはああいう性格でしょ?」
そう言うと、デンゼルたちは今のクラウドをそのまま子どもにした姿を想像して、ああ……と納得した声を出した。
「じゃあその頃はクラウドのことなんとも思ってなかったの?」
「そうね~、変わった子だなって思ってたかな。―― あっ! これ、クラウドには内緒よ」
いたずらっぽく微笑みながら人差し指を唇にあててウィンクをする。
そうした楽しい秘密の共有にデンゼルとマリンはくすくす笑ってうなずいた。
「じゃあ、クラウドのことはいつ好きになったの?」
「ソルジャーになりたいって村を出てから気になるようになったかな……」
クラウドとの大切な思い出――
星空の下で交わした約束の給水塔を思い出しながら微笑んだ。
そんなティファを見て、マリンはカウンターに身を乗り出す。
「クラウドのどんなところが好き?」
「んー……不器用でひねくれてて、ちょっと面倒くさい性格してるけど……」
負の部分を茶目っ気を出しならがティファはそう言う。
けれどそう言ったあと、今度はその顔をふわりとやわらかい笑顔に変えた。
「でも、そういうところをすべてひっくり返しちゃうくらいとてもやさしいところ、かな」
クラウドのやさしさはいつのときもティファを支え守ってくれた。
そして今、一緒に暮らすようになって日々そのやさしさを感じている。
そうした毎日はティファを幸せな気持ちで満たしていた。
クラウドを想って甘やかな気持ちに浸っているティファをデンゼルとマリンは楽しげに見つめる。
そんな視線に気づいたティファは、恥ずかしさで顔を赤くしながらパンパンと手を打った。
「ほらっ、お話はもうおしまい!」



夜、デリバリーの仕事を終えたクラウドはデンゼルとマリンの三人で夕飯の食卓を囲んでいた。
店に出ているティファが事前に用意してくれている夕飯を子どもたちと食べながら、その日あった出来事などを聞く。
そうした食卓で……


「ねえクラウド、クラウドとティファは幼なじみなんでしょ?」
マリンは昼間ティファから聞いた話を今度はクラウドに聞いた。
「ああ。それがどうかしたのか?」
そうした問いかけはやはり唐突で、クラウドもティファ同様、不思議に思いながら聞き返した。
そんなクラウドに今度はデンゼルが聞く。
「昔からティファのことが好きだった?」
―― っ!?」
クラウドは食べている物を喉に詰まらせそうになって派手に咳き込む。
「な、なんなんだ、急に」
動揺を露わにしながらグラスに入った水を飲み、そう聞いたデンゼルを見る。
デンゼルは必要以上に慌てるクラウドが可笑しくて、笑いながら「いいから、いいから」と言った。
そんなデンゼルを横目に見ながらクラウドは少しの間、考えを巡らせる。
そうして、この場にその相手がいないことでポツリと正直に答えた。
「……ああ、好きだったよ」
それを聞いて、デンゼルとマリンは意外とばかりに顔を見合わせた。
あまり一緒に遊んだことがないぐらいだから、クラウドもティファのことをお隣りの女の子ぐらいにしか見ていないと思っていたのだ。
「ふ~ん、クラウドは小さい頃からティファのことが好きだったんだ」
「……クラウドは?」
食べ終わった食器を片付けようとしていたクラウドは一瞬手を止め、そう言ったマリンを見て聞き返す。
ティファとの内緒話がバレそうになるのを感じたデンゼルは慌てて違う質問をした。
「じゃ、じゃあさ、ティファのどんなところが好き?」
クラウドは集めていたフォークを盛大に滑らせた。
派手な音をたてて散らばったフォークを前にして、耳まで赤くした顔でデンゼルたちを見る。
「ほ、本当にさっきからなんなんだ?」
動揺を隠しきれないまま食器をシンクへと運び、洗い始めるクラウドの後をデンゼルたちはぴったりと張り付く。
「ねえねえ、ティファのどこが好き?」
「おしえろよ、クラウド」
クラウドは返事に困ったといった顔で食器を洗っていた。
聞くまでは頑として離れないとばかりのふたりをちらちらと見ながら、でも最後は観念したようにぼそりと応える。
「ティファはその……可愛いだろ?」
ティファの好きのところなんて、それこそあげだしたらキリがない。
そしてそれを律儀に答えようものならませた子どもたちのこと、この先ずっとそれをネタにからかうに決っている。
だから語彙力のないクラウドはすべてを総じてそう言った。
そんなクラウドの同意を求めるような、ひとりごとのように呟いた言い方はデンゼルたちを大きな声で笑わせる。
「クラウド、かわいいー」
「顔が赤いぞ、クラウド」
ふたりに冷やかされて、クラウドはただただ居心地の悪さを感じながら恨めしげに呟く。
「俺をからかってるのか?」
ひとしきり笑ったあと、そうしたクラウドにマリンがごめんねと謝る。
そうしてから、ニコニコと笑いながらクラウドを見上げて言った。
「じゃあクラウドにいいことおしえてあげる」
マリンはクラウドにしゃがんでとジェスチャーをする。
クラウドがそれに従って目線を合わせるように屈むと、マリンは後ろ手に組みながら満面の笑みで言った。
「あのね、ティファが言ってたよ、クラウドのやさしいところが大好きって」
本日最大の不意打ちを食らったクラウドは、顔を真っ赤にしてすくっと立ち上がる。
そして口元を片手で覆い隠し、デンゼルたちからの視線を避けるようにふいと横を向いた。
そんなふうにわかりやすく照れるクラウドが可笑しくて、デンゼルとマリンはまたしても大笑い。
クラウドはとにかくこの場から逃げたいと、あちこちに視線を彷徨わせる。
そして壁に掛けてある時計に目が止まり、それがちょうど店が閉まる時間帯だったこともあって、これ幸いとばかりにデンゼルたちに急いで言った。
「お、俺は下に行って閉店の手伝いをしてくるから、ふたりともちゃんと歯を磨いて時間になったら寝るんだぞ」
するとデンゼルがニヤリと笑う。
「クラウド、やさしい~」
「バ、バカ! そういうんじゃない」
やさしいところが好きと言われたから手伝いをしに行くと言ったわけではない。
実際、いつも閉店作業を一緒にしているからそう言ったのだが、今日はあまりにもタイミングが悪かった。
今もなお、冷やかし足りないとするデンゼルたちをどうにか振り切って、クラウドは足早に階下へと向かった。



客のいなくなった店内では、ティファが使用したグラスなどを洗っていた。
先の照れもあってクラウドはすぐに声をかけられず、カチャカチャと手際よく洗うティファの姿を見ていた。
すると、気配に気づいたティファがクラウドへと振り返り、やわらかに笑う。
「もっとゆっくり休んでていいのに」
いつも通りにやってきたクラウドにそう言った。
クラウドは頬をかきながらそうしたティファのとなりに立つと、ふきんを手に取り、洗い終えたグラスを拭き始める。
「ん、十分休んだから」
目線も合わせずにそう言うクラウドにティファはくすっと笑い、ありがとうと礼を言ってから再びグラスを洗い始めた。


ふたりにとって、ゆっくりと話をすることができるこの時間。
いつもなら他愛もない話をしながら片付けをしていくのだが、今日はふたりとも口数が少ない。
ティファは昼間の子どもたちとの会話を思い出してクラウドを意識し、クラウドもまた、つい先程までの子どもたちとのやりとりでティファを意識していたからだ。
そうしたなんとなく漂う気恥ずかしい雰囲気のなか、階段を駆け下りてくる足音をふたりは耳にする。
振り返ると、やっぱりと思う子どもたちの姿がそこにあった。
「ティファー」
店の中までは入って来ないで階段のところからそう呼びかける。
呼ばれたティファは「どうしたの?」と聞き返すと、デンゼルとマリンが互いに顔を見合わせ、そして声をそろえて言った。
「クラウドがね、ティファのことかわいいってさ!」
途端、ティファは顔を真っ赤にし、クラウドはその横でグラスを落としそうになって慌てる。
そんなふたりをデンゼルとマリンは満足そうに見てから、「おやすみなさーい」と言って階段を駆け上がった。
あとに残されたのは羞恥から互いに顔を合わせられない大人ふたり。
恥ずかしくて身の置き所がないとするティファのとなりで、クラウドはいたたまれないとばかりに片手で目を覆い隠してぼそりと言う。
「な、なんかごめん……」
ティファが顔をあげると、クラウドは耳まで赤くしていた。
それを目にしたティファは思わず、ふっと笑みをこぼす。

子どもたちが言ったそれは悪口ではなく、むしろ褒め言葉。
それを意図せず告げ口されて自分も相当恥ずかしいはずなのに、気を遣ってごめんと謝るクラウドはやっぱりやさしいとティファは思った。

「ううん……ありがとう、クラウド」
そう言われてクラウドがちらりと目をやると、ティファは桜色に染めた顔で照れくさそうに笑っていた。
かわいいとしか言いようがないその笑顔。
クラウドはもう赤面する顔を隠しもせず「……まいった」とぼやき、ティファをさらに笑わせた。


9999打のキリリク小説です。
ACで子供たちを絡めた明るいクラティというリクエストを頂いて書いたお話です。
デンゼルとマリンにからかわれるのは日常茶飯事なクラティとか妄想すると楽しい。

(2006.01.21)
(2018.11月:加筆修正)

Page Top