笑顔をみたくて

「なあティファ、近くで猫の鳴き声、聞こえないか?」
閉店後のセブンスヘブン、帳簿をつけるティファの横でクラウドは口に運びかけたグラスをふと止めてそう言った。
かすかに聞こえるそれを確かめるように耳を澄ますクラウドを見てティファは小さく笑い、帳簿をつける手を止めた。
「実はね、今日デンゼルたちが捨て猫を連れて帰って来ちゃったの」
その猫が二階にいるのだとティファは言った。
「うちで飼うのか?」
「ううん。デンゼルたちに飼ってもいいかって聞かれたけど……」
飲食店でもあるうちでは飼うことが出来ないと、ティファは子どもたちにきちんと説明した。
「だけど、飼い主が見つかるまでは家で飼ってもいいって言ったの」
するとクラウドは在りし日のできごとを思い出し、その表情を懐かしいものを見るように和らげた。
そんなクラウドを見て、ティファは嬉しそうに笑みをひろげる。
「覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」



 * * * * *


「ねえパパ、どうしてもダメ?」
幼い娘の両腕にしっかりと抱え込まれた小さな子猫。
そんな娘の姿に父親は困った顔で言った。
「うちでは飼えないんだよ、ティファ。だから子猫を元の場所に返しておいで」
母親似の大きな紅い瞳に涙をいっぱい溜めながら、ティファはすがるように父親を見上げた。
「どうして飼っちゃダメなの? 私、ちゃんとお世話できるよ」
父親は小さくため息をつくと、ティファと視線を合わせるように屈んだ。
「パパはティファの悲しむ顔を見たくないんだ」
やさしい口調のなかにも有無を言わせない雰囲気は幼いティファでも感じ取れる。
大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちたのと同時に、ティファは子猫を抱えながら家を飛び出した。



泣きながらティファは家の裏手にある丘を登る。
その頂上にある大きな木のそばまで行くと、そこには子猫が入っていたダンボール箱が置かれたままだった。
ティファはその前にしゃがみ込むと、腕の中の子猫を見つめた。
ニャアと小さな声で哀しげに鳴く子猫は、まるで置いていかないでと言っているように聞こえる。
父親に言われたとおり子猫を手放そうとここまで来たが、弱々しく鳴く子猫を見ているとその決意は簡単に揺らぐ。
ティファはどうしていいのかわからずに、子猫と一緒に泣き出したそのとき――

「どうしたの?」
背後から聞こえた声にティファが振り返ると、そこには鮮やかな金色の髪を持つとなりの家の男の子が立っていた。
心配そうに見つめてくる男の子にティファは子猫をぎゅっと抱きしめながら言った。
「パパが、うちでは飼えないから返しておいでって。だけど、この子置いていかないでって鳴くの。だから……」
言ってるうちにどんどん悲しくなって、ティファはまた泣き出した。
すると金髪の男の子はそっとティファに近づき、腕のなかにいる子猫の頭を撫でる。
「いっしょに飼い主を探そう? だからもう泣かないで、ティファ」
「ほんと? クラウドもいっしょに探してくれるの?」
微かに見えた希望の光にティファは涙で濡らした瞳をクラウドに向ける。
それに応えるようにクラウドはしっかりとうなずいた。
「うん。今日はもう遅いから明日いっしょに探そう?」
そうして二人は明日までの子猫の隠し場所を考えた。
安全に一夜を過ごせる場所。
考えた末、二人はこの村で一番大きな建物、神羅屋敷に子猫を隠すことに決めた。
現在、廃墟と化している神羅屋敷はこの村の子供たちの秘密基地となっていた。



夕闇迫る中、クラウドとティファは神羅屋敷へ入って行く。
そしてたくさんある部屋の一つを選び、その埃をかぶった室内の目立たない場所に子猫の入ったダンボール箱を置いた。
小さな鳴き声をあげる子猫にティファは人指し指を唇に当てる。
「シーッ! おとなしくしてなきゃダメだよ。明日ちゃんとやさしい飼い主さん見つけてあげるからね?」
子猫に話しかけるティファを見て、クラウドはちょっと笑った。

いつも遠巻きで見る彼女は男の子と遊ぶ元気な女の子。
どんなときも笑顔で、クラウドは楽しそうに笑う彼女が好きだった。
でも今日はその彼女が泣いていた。
いつもは声をかける勇気が持てなくて見ているだけだったけれど、初めて見た泣いている彼女の姿に居ても立ってもいられなくて声をかけたのだ。

「どうしてティファのお父さんは子猫を飼っちゃダメって言ったの?」
「よくわからない。私の悲しむ顔を見たくないって言ってた」
それを聞いてクラウドは不思議に思う。
もし子猫を飼うことになったら、ティファは悲しむどころか毎日楽しそうに笑っていると思ったからだ。
神羅屋敷を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。
二人は明日の約束をしてそれぞれの家に帰った。



「今日はうれしいことでもあったのかい?」
夕飯の席でクラウドは母親からそう聞かれた。
「どうして?」
「ん、なんだか楽しそうに見えたから」
言われてクラウドは顔を少し赤くする。
今日のティファとの出来事は、知らずのうちにクラウドの顔を緩ませていた。
それをごまかすように、クラウドはティファのお父さんが言ったことの意味を母親に聞いてみた。

「ティファちゃんのお父さんの気持ち、お母さんはよくわかるよ」
話を聞き終えたあと、クラウドの母親はそう言った。
「どうして?」とクラウドが聞くと、母親は言葉を選びながらゆっくりと説明した。
「ペットを飼うと愛着が湧いてくるだろ? だけど生きているものには必ず死というものが訪れて、いつかはお別れをしなきゃならない。愛着があればあるだけそのペットが死んでしまった時の悲しみは大きい。もしペットを飼ってなければ、そんな悲しみを知らなくて済む。知らなくて済む悲しみなら最初から飼わない方がいい。ティファちゃんのお父さんはきっとそう思ったんだろうね」
クラウドは母親の言うことをなんとなく理解できた。
でも、少しばかりある不満を口にする。
「でもさ、そんなこと言ってたらペットなんて飼えないよ」
息子の言うもっともなことに母親は苦笑した。
「そうだね。親のエゴに子供を付き合わせちゃいけないね」
意味がわからずキョトンとするクラウドに母親はやさしく微笑んだ。
「クラウドも大人になったらわかるよ」



翌日、クラウドは冷蔵庫からミルクを持ち出して神羅屋敷へ向かった。
そして子猫を置いた部屋のなかに入ると、ティファはすでに来ていて子猫にミルクを与えていた。
「あ! クラウド、おはよう」
「おはようティファ。ティファもミルク持ってきたんだね。実は俺も」
そう言って手に持っていたミルクを見せるとティファは嬉しそうに笑った。
「同じこと考えてたんだね」
二人はクスクスと笑い合った。



子猫の朝食が終わるのを待ってから、二人は人通りの多そうな場所にあるベンチに座って子猫の飼い主を求めた。
一応人の往来はあるものの、そこを通る人たちは皆、幼い二人とダンボール箱に入った子猫をチラッと見てはそのまま通り過ぎて行く。
そうした繰り返しにティファは少し不安になった。
「あんまり見てくれないね」
クラウドも行き交う人の反応の薄さに少し不安を覚えたが、それ以上に不安そうな顔をするティファを元気づけたくて明るく振る舞う。
「大丈夫。まだこれからたくさんの人が通って見てくれるよ」
その励ましにティファは力を得たようにうなずく。
そうして持っていたバッグの中をゴソゴソと探り、そこからスケッチブックとクレヨンを取り出した。
「ねえクラウド、これに子猫の絵を描いて、飼い主を探してますってみんなにお知らせしよう」
ティファの提案にクラウドはうなずき、そして二人はそれぞれ猫の絵を描いた。



「できた!」
そう言って自分が描いた絵のスケッチブックをティファは満足げに見つめた。
そうしてから、となりでまだ描いているクラウドのスケッチブックを覗く。
「クラウドはできた?」
聞かれたクラウドは恥ずかしがって描いた絵を隠そうとする。
ティファはそんなクラウドの腕のすきまに顔を寄せて、そしてそこから見た絵にクスクスと笑いだした。
「クラウドー、それ猫じゃなくてトラだよ」
絵があまり得意ではないクラウドは笑われて顔を赤くし、そして少しすねたように口を尖らせながら言った。
「じゃあ、そういうティファのは?」
するとティファは”えへん”と威張らんばかりに、堂々と自信ありげにスケッチブックをクラウドに見せた。
それを見せられたクラウドは一瞬目を丸くし、そして吹き出す。
「ティファこそ、それは猫じゃなくて犬だよ」
あまりにも自信満々だったから、どれだけ上手に猫を描いたのだろうと思っていた。
だから見せられた絵の落差にクラウドは笑いが止まらない。
そんなふうに笑われたティファが顔を赤くしながら、その頬をぷくっと膨らませた。
「違うもん! 犬はね……」
そう言ってティファは犬の絵を描き始める。
二人は子猫の飼い主探しを忘れ、お絵描きにすっかり夢中になっていた。



「楽しそうね、お嬢ちゃんたち」
お互いの絵を見ては楽しそうに笑い合う、そんな幼い二人に老夫婦が声をかけてきた。
クラウドたちは急に恥ずかしくなって、モジモジと肩を小さくして縮こまった。
老夫婦はそんな二人に微笑んでから、ダンボール箱に入っている子猫をみて目を細める。
「あら、かわいい子猫ちゃんね。お嬢ちゃんたちの子猫なの?」
聞かれてティファは、ううんと首を横に振った。
「この子は捨てられてたの。私のお家で飼いたかったんだけどパパがダメだって言うから、だから……」
言ってるうちにティファの瞳は涙で溢れた。
そんな幼い少女の様子から事情を察した老夫婦は、顔を見合わせて微笑み合う。
そうしてから、バックから取り出したきれいなハンカチでティファの涙を拭ってやりながら言った。
「お嬢ちゃんさえ良ければ、この子猫、私たちが貰ってもいい?」
やさしそうな老夫婦の申し出にティファは顔を輝かせる。
「ほんと? 本当に飼ってくれるの?」
「ええ、ちゃんと大事にするからね」


大事に子猫を抱えて去って行く老夫婦をクラウドとティファはいつまでも見送った。
「よかったね、やさしい人にもらわれて」
クラウドがそう言うと、ティファは満面の笑みで大きくうなずいた。
「うん! クラウドいっしょに探してくれてありがとう」
こちらまでつられて笑んでしまう、クラウドが大好きな彼女の笑顔がそこにあった。



 * * * * *


「ねえクラウド、また猫の絵を描いて飼い主探ししよう」
デンゼルたちの部屋から持ってきたスケッチブックとクレヨンを掲げてティファは笑う。
あの頃と変わらない笑顔。
遠くからこっそり見ていた一つ年下の女の子は、今は毎日自分のとなりで笑っている。
クラウドはニヤリと笑った。
「ティファ、猫を描けよ」
「クラウドこそ、トラなんて描かないでよね」


翌日、絵を見たデンゼルたちに「僕たちが拾ってきたのは猫だよ!」と言われてればいい。

(2006.03.10)
(2018.11月:加筆修正)

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