いつも傍にいたから

きっかけは、ほんの些細な出来事。
時間が経った今は、なにが原因だったのかすらよく覚えていない。
ただ、彼女が涙を零さないように唇をきつく噛みしめていた姿だけは鮮明に記憶していた。
なぜティファにあんな顔をさせてしまったのだろう――
今はそんな後悔ばかりが自身を責める。
喧嘩をして、ティファがこの家を飛び出した三日目の朝。
いつもなら朝食の準備を手際よくしている彼女。
その彼女の姿がないキッチンは、閑散とした物寂しい空気だけが流れている。
そんな部屋のあちらこちらに彼女の姿が幻のように現れては消えていた。

「ティファが出て行って三日だよ?」
そう声をかけられて振り返ると、幼いふたりの曇った表情。
今回の件で関係のない子どもたちにまでいらない心配をさせていた。
「迎えに行かないの?」
「……」
「クラウドの意地っ張り」
デンゼルとマリンは呆れたように、ため息まじりの一言を呟いて部屋を後にした。


一人になったキッチンでクラウドもため息を吐く。
ティファの居場所は知っていた。
ロケット村のシドの家だ。
ティファが出て行ったその日のうちにシドと結婚したシエラから連絡があった。
はじめのうちは居場所も確認できたし、意地もあって自分からは折れないつもりでいた。
だけど今は迎えに行って謝りたい気持ちはあるのに、どんな顔をして会いに行けばいいのかわからなかった。
そしてそれは時間が経てば経つほど難しいことのように思えて、そんな自分は幼い頃のように素直じゃなく、後悔しているのにくだらないプライドが邪魔をしていた。
「……男らしくないな」
一人そう呟いて自嘲した。



ティファがいない間、デリバリーは一時休業にしていた。
まだ幼いデンゼルとマリンを家に残しておくことは出来なかったからだ。
セブンスヘブンも彼女が出て行ってから一度も開けていなかったが、今日から営業を再開するつもりでいた。
料理を出すことは出来ないけれど、酒とつまみぐらいなら提供することは出来るだろうとクラウドは思った。


三日も臨時休業にしていたからか、店を開けたと同時に馴染みの客たちが押し寄せた。
だがその客たちは店に入ると、驚いたような戸惑ったようななんともいえない顔をして立ち尽くした。
そりゃそうだろうとクラウドは思う。
皆が心待ちにしていた愛想のいい店主の姿はなく、代わりに無愛想な自分がカウンター内にいるのだから。
そのまま店を退散したかったであろう客たちは、クラウドを見ただけで店を後にするのはさすがに気が引けたのか、一応は席に着いた。
「……注文は?」
カウンター席に(おそらく間違えて)座ってしまった常客の男にクラウドがそう聞くと、その客は身体を浮かせるほどのびびった様子をみせた。
それを見たマリンがクラウドに注意する。
「クラウド! そんなに怖い顔してお客さんを睨まないでよ」
クラウド自身、睨んでいるつもりはなかった。
でも、だからといってニコリと接客スマイルももちろんしていない。
「あ、いや大丈夫だよマリンちゃん。えっと、じゃあ酒だったら何でもいい……です」
妙にかしこまった言い方をする客を変な奴だと思いながら、クラウドは手軽なビールを出した。
そしてその一部始終をそばで見ていたデンゼルは頭を抱え込んでいる。


店を開けてしばらくした頃、クラウドはあることに気づいてその顔を不機嫌にした。
いつもならカウンター席なんてほぼ満席状態なのに、今日に限っては必要以上にビクビクしながらビールを飲むこの客だけ。
そうした状況は、ティファ目的の客たちがいかに多いかという事実を改めてクラウドに認識させたのだ。
そのあまりにも面白くない現実にクラウドは心穏やかではない。
そんなクラウドにカウンター席に座ってしまった哀れな男がおそるおそる声をかける。
「あの……ビールのお代はここでいいですか?」
「ああ、もういいのか?」
ついさっき来たばかりだろと思うクラウドに、その男はとうとう声を裏返らせた。
「は、はいっ! も、もう大丈夫です!」
そう言って金を置き、転げるようにして店を後にする。
そんな男を見ながらクラウドが「変な奴だな」ととなりにいたデンゼルにそう言うと、幼い彼はため息をつきながら、その男を哀れむように見送っていた。
「クラウドが怖い顔してるからだよ」
「……悪かったな。この顔は元からだ」
マリンと同じことをデンゼルにも言われて、クラウドはふてくされ気味に返した。
するとデンゼルは、クラウドがよくする肩を竦めるポーズをして言う。
「違うね。クラウドは知らずのうちにお客さんたちを威圧してるんだ」
痛いところをつかれて返す言葉もないクラウドにデンゼルはさらに追討ちをかける。
「クラウドに接客業はむいてないよ。だから早くティファ迎えに行ってくれよな」
そう言われた時、やたらと脳天気な声が店内に響いた。


「やっほ~! クラウド、ひっさしぶり」
ユフィだった。
続いてヴィンセントも姿を見せる。
カウンター内にクラウドがいることについて、さして驚く様子を見せないふたり。
すでにシド辺りから情報が入っているのだろうということは明らかで、クラウドは深いため息をついた。
そんなクラウドを見て、ユフィが早速ちょっかいを出す。
「あれれ? クラウド元気ないじゃん」
そう言ってカウンター席に座るユフィを周りにいた客たちはヒヤヒヤしながら見守っていた。
そんな客たちの反応は至極当然。
あのクラウドに軽口を叩く女なんてそうそういないのだから、気を張り詰めるのも仕方がないことだった。
しかしクラウドは、ただでさえ少ない客たちがさらに退きそうな気配にユフィを睨みすえる。
「営業妨害しに来たのなら帰れ」
「営業妨害してるのはクラウドのほうでしょ!」
間髪入れずにマリンがそう言うと、ユフィはもちろんのことヴィンセントまでもが声をたてて笑った。
クラウドは体面がよくないこの状況を咳払いでごまかしながらボソリと言う。
「……酒しか出せないぞ」
「クラウドオーナーにお任せしまーす」
茶化すユフィにクラウドは眉間にしわを寄せながら、そんなふたりに適当な飲み物を用意する。
酒を期待していたであろう未成年のユフィにはジュースを、そしてヴィンセントにはやはり手軽なビールを出した。
そうして出された物をおとなしく飲むふたりは、それ以降なにもしゃべらない。
そんなふたりが“なにか”を言いに店にやって来たことくらいは、鈍感だと自身でも認めるクラウドでもわかる。
「……説教しに来たんだろ?」
投げやり気味にそう言って横を向いたクラウドに、ヴィンセントとユフィは顔を見合わせて苦笑した。
「別に説教をしに来たわけじゃない。ふたりの問題に口を出すほど、お節介ではないつもりだが?」
「じゃあ、からかいに来たのか?」
あくまでもネガティブなことしか言わないクラウドに、それまでおとなしくしていたユフィが我慢できずに口を開いた。
「クラウドはほんと暗い考え方しかできないんだね」
それにはヴィンセントと、そしてそんな三人の会話を遠巻きに聞いていた数少ない常客たちも笑った。
客も少なく、またこれから展開されるであろう話をデンゼルたちに聞かれたくなかったクラウドは、ふたりにもう上がっていいと伝えた。
そして店のマスコット的存在のデンゼルたちが唯一の救いだった客たちも、ふたりがいなくなったのをきっかけに一人二人と退散して行く。
店内がヴィンセントとユフィだけになったところで、クラウドは早々に店を閉めた。



「ティファがそばにいないなんて、初めてのことではないのか?」
ようやく本題に入ったことを感じて、クラウドの表情は固くなる。
「なあクラウド、おまえにとって彼女はどんな存在なんだ? ただの幼なじみか? 共に戦ってきた仲間か? それとも……」
最後の言葉は声に出さずにヴィンセントは口を噤む。
そのどれも当てはまっているようで当てはまっていないヴィンセントの問いに、クラウドは無意識に呟いた。
「いちばん……」
―― 傍にいて欲しい大切な人
他の誰でもない。誰もティファの代りになんてなれない。
クラウドにとって彼女はそうした存在だ。
「答えは出ているのに、どうして自らそれを求めにいかない」
「……」
「ただ待っているだけでは何も変わらない、のだろ?」
その言葉にクラウドはハッと顔を上げた。
ただ見ているだけ、声をかけられるのを待っていただけの過去の自分。
そうした弱い自分をたくさん悔いたはずなのに、また同じ過ちをしようとしていた。
傍にいるのが当たり前すぎて忘れていた気持ちを思い出した今、自分がするべき行動は自ずと出ていた。
クラウドの瞳に力強い輝きが戻る。
「デンゼルたちを頼む」
クラウドはヴィンセントたちにそう言い残して、店を飛び出した。


ややして響いたフェンリルのエンジン音。
じきにその音も遠ざかると、ヴィンセントはとなりに座るユフィに微笑んだ。
「よく我慢していたな」
「だって、あたしが口挟むと話がややこしくなるんだろ?」
「その通りだ」
「な、なんだよ! 即答かよ!」
頬を膨らませて抗議するユフィにヴィンセントは苦笑した。
「なあユフィ、やはり私たちは根っからのお節介なのだろうか?」
そう聞くヴィンセントに、ユフィはニヤリと意味ありげに笑った。
「そりゃお節介にもなるよ。なぜかあたしの周りには世話のかかる奴らばかりがいるからね」
「それは私のことを言ってるのか?」
ヴィンセントがそう聞くと、ユフィは両腕を頭の後ろに組みながら悪戯っぽく笑った。
「とーぜん!」


21000打のキリリク小説です。
ティファを待つクラウドというリクエスト頂いて書いたお話です。
設定としてはDC後。DCネタの“お節介”を入れたかったのでヴィンユフィ登場です。
蛇足になりますが、クラウドほど意地を張らないティファはすぐに家に帰るつもりだったけど、シドがクラウドを懲らしめるために引き止めてますw
しかしなかなか迎えに来ないのでこっそりヴィンたちにお節介をさせに行かせました。

(2006.04.21)
(2018.11月:加筆修正)

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