小さな恋のものがたり

「ヴィンセントー、早く早く!」
先行くユフィに急かされて、ヴィンセントは苦笑いを浮かべた。
身軽な彼女はいつも行動が早い。が、
「ユフィ、そんなに急いだところでクラウドたちはおそらくまだ来ていない。ティファの手料理にはありつけないぞ」



今日はクラウドたちの家族サービスの日。
子どもたちとピクニックに行くから一緒にどうだと、ヴィンセントがクラウドから誘いを受けたのが三日前のことだ。
その日はヴィンセントが初めて携帯電話を所持した日で、その連絡をクラウドに入れたところこの誘いを受けたのだ。
携帯を所持したことを皆に知らせるなら、そのついでに他の仲間たちにも声をかけてくれとクラウドは言った。
滅多に連絡を取り合うことをしないヴィンセントが連絡をすれば、仲間たちも少しは安心するだろうというクラウドなりの心配り。
そう言われずとも、それを汲み取ったヴィンセントは素直に仲間たちそれぞれに連絡を入れた。
が、あれで皆なかなか忙しい日々を送っている。
そんな中、ユフィだけは喜々として参加を希望したのだった。
彼女も彼女なりに忙しい日々を送っているようだが、イベント事が大好きな性格。
たとえ用事があったとしても参加しただろと思うと、ヴィンセントは一人苦笑したのだった。


光を拒み、闇の中で自分の罪と一生向き合うつもりでいたのはほんの二年前のことだ。
けれど、今は太陽の光が惜しみなく降り注ぐ春の大地の上を歩いている。
それは旅を共にしたかけがえのない仲間との出会いがそうさせてくれた。
とりわけ、いま目の前にいる彼女はいろいろと世話を焼いてくれている。
元々、他人からの干渉に不慣れなこともあって、はじめこそ戸惑いがあった。
しかし彼女のそれは不思議と鬱陶しいと感じるものではなく、むしろその天真爛漫な明るさにずいぶんと助けられているということに気づく。
そして今は――
その歳の離れた彼女に興味は尽きないのだった。



「やっぱりクラウドは遅刻魔だ」
ヴィンセントの言うとおり、待ち合わせの場所にクラウドたちの姿はなくてユフィはそうぼやいた。
それでもそう言うほど気にしているふうでもなくて、座り心地のよさそうな場所を選んで腰を落ち着かせる。
足を投げ出し、気長に待つと決め込んだユフィのとなりにヴィンセントも腰をおろした。

「そうだヴィンセント、携帯持ったんだろ? ちょっと貸して」
言われてヴィンセントは素直にポケットから携帯を取り出してユフィに手渡した。
ユフィは受け取った携帯をひと眺めした後、カチャリと折りたたみ式のそれを開いてボタンを弄る。
「なにをしているんだ?」
「ん~、ちょっとね」
指を滑らかに動かし、あちこちのボタンを押しながらユフィが言う。
自分のそれとは格段に違う、指を動かすそのスピード。
ヴィンセントには何をしているのか見当もつかなくて、それが終わるのをただ黙って見守った。

しばらくしてユフィが「よし!」と呟きながら、満足そうな笑みで携帯を閉じる。
「はい、お待たせ」とともに返された携帯をヴィンセントは眺めた。
「なにをしたんだ?」
「着信音をね、ちょーっといじったんだ」
「着信音?」
「そ! あたしからの電話と他の人からの電話の区別がつくようにね」
つまりは、ユフィから電話がかかってきたら彼女専用の着信音が流れるという設定を勝手にされたらしい。
ともすれば自分勝手なそれも彼女がするとなぜだか憎めない。
とても満足気でいるユフィにヴィンセントはふっと笑った。
「それは助かる」
「だろ?」
「ああ。携帯を開けずともその着信音の時だけ無視すればいいんだな?」
「なっ!?」
彼女をからかうのは面白い。
コロコロと変わるわかりやすい表情が見ていてこちらを飽きさせないのだ。
そしてまた彼女は動作も機敏だ。
からかわれたことに対しての制裁とばかりに人に手をあげる。
それを食らう前に……
「冗談だ、悪かった」
先手を取って謝ると、ユフィは顔を赤くしながら頬を膨らませてぷいと横を向いた。
「ヴィンセントっていつからそういう冗談を平気で言うようになったわけ?」
からかわれた悔しさからの文句に、ヴィンセントは穏やかな微笑みで返した。



―― 妹に接するような感覚
ヴィンセントにとって自分はこんな感じなんだろうなと、考えてしまうことがユフィにはあった。
それは明るい表情が多いユフィの顔を曇らせる唯一の要因。
いつの頃からかヴィンセントを仲間ではなく、ひとりの異性として意識し始めたユフィにとって、彼が自分のことをどんなふうに見ているのかと考えると気分は落ち込んだ。
原因はわかってる。
それは仲間以上ではあったとしても恋人ではないからだ。

「ねえヴィンセント、あたしたちって他の人から見たらどんなふうに見えるんだろ……」
思わずポロリと零した本音。
言ってすぐにユフィはハッとする。
ヴィンセントの少し驚いた様子の顔に、自分はとんでもないことを口走ったのだとユフィは慌てた。
「あ、ごめん! なんでもない! 今のなし…」
「どんなふうに見られたいんだ?」
言い終わらないうちにヴィンセントから逆に聞き返された。
春のやわらかい風がヴィンセントの長い黒髪を揺らせる。
やさしく見つめてくる深紅の瞳にユフィの鼓動は高く跳ねた。
それに答えたら、ヴィンセントはあたしがそうなりたいと思うポジションに置いてくれるのだろうか?
やさしい眼差しにユフィは淡い期待を抱く。
「あ、あたしは……」
長い沈黙を破って、ユフィがそう口にした時――


「待たせたな」
ふたりの後方から聞き慣れた低い声が響いた。
人がいた気配に気づかないほど意識がヴィンセントのことだけに集中していたユフィは、ビクッと身体を震わせて背後を振り返る。
その声の主は、デンゼルとマリンを両脇に従えて立つクラウドだった。
話が確信に迫るのを遮られてどこかほっとしたようにするユフィと、それを見て僅かに目を細めたヴィンセント。
そんなふたりを見たクラウドは、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「……邪魔したか?」
クラウドの言った意味を解したふたりの反応はそれぞれ。
ヴィンセントはふっと苦笑いにも似た笑みをみせ、ユフィは顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「お、遅っそいんだよ! こっちはもうお腹ペコペコ!!」
明らかになにかをごまかしてのそれが可笑しくて、クラウドはヴィンセントと顔を見合わせながら苦笑した。



「携帯、持つようになったの?」
ユフィに急かされながらランチの準備をし、皆でティファの美味しいお弁当を食べながら談笑していたとき、ヴィンセントのとなりに座るマリンがそばに置いてあった携帯電話を見て聞いた。
「マリンに言われた一言が相当堪えたんじゃないのか?」
今時、携帯電話を持っていないなんて信じられないと言った、あの時のマリンを思い出してクラウドは苦笑した。
そしてマリンはクラウドの言ったそれを思い出し、「…あっ!」とこぼした口元を小さなその両手で覆いながらすまなそうにヴィンセントを見た。
そうした姿はさらにクラウドとヴィンセントの笑いを誘う。
話が見えないティファやデンゼル、ユフィのキョトンとした顔を見て、クラウドが事の成り行きを説明すると……
「なんだよ、あたしが散々携帯ぐらい持てって言っても聞かなかったくせに」
頬をおもいっきり膨らませてユフィが拗ねた。
それをなだめるようにヴィンセントはユフィの頭に手をやる。
「そうだったな、ユフィには毎日のように口うるさく言われていたな。すまない」
謝りながらもその顔はあまり悪いと思ってはいないらしく、むしろしつこく言われてまいっていたと言いたげにからかう。
そして子どもをなだめるように頭を撫でる。
そのどれもがユフィにはあまり面白くないものだったが、でもそれをイヤだと思わないのは他ならぬヴィンセントだからだ。
ユフィは赤くなった顔をクラウドたちに見られたくなくて、ブンブンと頭を振ってその手を払いのけるしぐさをした。
「子ども扱いするな~」
ヴィンセントはクツクツと肩を揺らせながら、「悪かった」とさらに苦笑した。

そうしたふたりのやりとりをじいっと見ていた少女がぽつり。
「ふたりは付き合ってるの?」
マリンのストレートな聞き方は皆の動きを止めた。
クラウドとティファは顔を見合わせ、デンゼルは対象となるふたりをマリンと同様じいっと見つめる。
ユフィがあたふたと軽くパニック状態に陥っているそばで、ヴィンセントだけが落ち着いた様子でマリンに聞き返した。
「なぜ?」
「ん、だってふたりともクラウドとティファみたいに仲良しな感じがしたから」
「我々もそんなふうに見えるのか?」
「うん、見えるよ」
満面の笑顔でうなずくマリンにヴィンセントはやわらかな笑みを返した。
「そうか、だとしたらそれは……」
言いながら、そのやさしい眼差しをゆっくりとユフィに向けて続けた。
「嬉しいことだな」



周りからどんなふうに見られようとも気にはしない。
けれど、いまとなりにいる彼女がそれを気にしているのなら、そう答えるのも悪くはないだろう。
闇に閉ざされた中で芽吹いた小さな恋心。
ゆっくりと大切に育んでいきたいと思わせる穏やかな想い。
そしてその未来は――
きっと明るい。


23000打のキリリク小説です。
AC後のヴィンユフィというリクエストを頂いて書いたお話です。
友達以上恋人未満みたいな微妙な関係がこの二人にはあってるかなと個人的には思うんだけど、どうだろう?

(2006.05.11)
(2018.11月:加筆修正)

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