秘密のキス

シトシト降り続く雨。
急な雨に復興作業は中止となり、皆で広い大地をハイウインド目指して歩く。
前を歩く仲間たちの色とりどりの傘が雨で煙る灰色の世界に色を差す。



「今日の夕飯はなに?」
傘を持つクラウドがそう聞いてきた。
「なに食べたい?」
私が聞き返すと、彼はふっと笑って言った。
「シチューがいい」
野菜を大きめに切ってグツグツ煮込んだシチューは彼の大好物。
「うん、じゃあ今日はシチューにする」
言って彼を見ると、その彼の右肩が雨でだいぶ濡れていた。

私たちは一つの傘をさしながらふたりで歩いていた。
自分の左肩は濡れていない。
頭上にある傘に目をやれば、その傘はずいぶんと私のほうに傾いている。
「クラウド、濡れてる」
傘を持つクラウドの手を取って、そっと傘を正した。
それなのにクラウドは自分の右肩へチラリと目をやってから、せっかく正した傘をまた私のほうへ傾ける。
「俺は大丈夫だから。それよりもティファに風邪引かれたら困るから」
どこまでもやさしいクラウド。
その彼に風邪を引かれたら私も困る。
だから私は再び傘を押し返した。
そんな感じで一つの傘は右へ傾いたり、左へ傾いたり。
繰り返される行為に私たちは次第に可笑しくなって、どちらからともなく笑った。

「これじゃあ、キリがないね?」
そう言うと、クラウドは悪戯っぽく笑った。
「ティファがもう少し俺に引っついてくれたらお互い濡れないんだけどな」
その一言で私の顔は一瞬で熱を持つ。
すでにクラウドとの距離は十分に近い。
「……これ以上は引っつけないよ」
するとクラウドは傘を左手から右手に持ち替えて、空いた左手で私の肩を抱き寄せた。
「じゃあこうすればお互い濡れないな」
さらに縮まった彼との距離。
左肩には彼の大きな手。
そして顔を覗き込むようにして確認してくるクラウドの碧い瞳。
嬉しいけれど恥ずかしい。
「みんなにまたからかわれるよ」
前を歩く仲間たちに見られたら、からかわれるのは目に見えてわかる。
そう懸念する私にクラウドはちょっと笑った。
「じゃあ、こうしよう」
そう言って、傘を少し前方に倒した。
前を歩く仲間たちの姿は視界を遮る傘で見えない。
「な、見えないだろ?」
クラウドの得意気な笑顔に私もつられて笑う。


「ティファ……」
名前を呼ぶ声がやさしい。
そんな声を出す時の彼の碧い瞳は決まって甘やか。
ドキッとする間もなく、私は身体を捻って顔を寄せてきたクラウドにキスをされた。

耳を打つ雨音が遠くに聞こえるような甘いキス。
仲間たちの視線から隠れるようにするキスは、一つの傘が作り出した二人だけの秘密のキス。


相合い傘で隠れてキス。ベタなシチュエーションが大好きです。

(2005.10.29)
(2018.11月:加筆修正)

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