好きって言って

仕事の書類に目を通していたクラウドは控えめにドアをノックする音に顔を上げる。
振り返ると、開かれたドアからティファが顔だけをほんの少し覗かせた。
「クラウド、いま少しいいかな?」
そう聞く声はいつもより少しだけ元気がない。
クラウドは手に持っていた伝票を置いて、心配する顔をティファに向けた。
「どうした?」
「う…ん、あのね、クラウドからもらったネックレスが壊れちゃって……」
申し訳なさそうに、ティファは手に持っていたネックレスをクラウドに見せた。

細いシルバーのチェーンに小さな赤い石を付けたシンプルなネックレス。
それはクラウドがティファに贈った最初のプレゼントだった。
女性用のアクセサリーを選ぶのも、またそれを贈るのも初めてだったクラウドは、このネックレスに決めるまで悩みに悩んだことを思い出す。
けれどそうした甲斐あって、ティファはすごく喜んでくれた。
あのときの嬉しそうな笑顔をクラウドは今も忘れることはない。
そうした思い出のネックレスを手にしたクラウドは、彼女が言う壊れたという部分を確認にし、そしてその目元をほっとしたように緩めた。
「鎖が外れてるだけだ。これならすぐに直せるよ」
「ほんと?」
ティファの暗く沈んでいた顔が一変して明るく輝く。
その笑顔をもっと明るくさせたくてクラウドは言った。
「ああ、いま直してやる」
クラウドは机の上に広げていた書類を端に寄せてスペースを確保すると、机の下に置いてあった工具箱を開ける。
そしてその中から細かい作業に適したペンチを取り出してネックレスを直しはじめた。
ティファはそばにあるベッドに腰をおろす。
そうして黙々とネックレスを直し始めるクラウドの横顔をそっと見つめた。



細かな作業に集中するその横顔はとても真剣で、元々が精悍なその頬のラインをよりシャープにみせた。
ティファはそのままクラウドの顎のラインから首、肩、そこから伸びる筋肉質な二の腕を順に眼で追っていく。
そして小さなネックレスをより小さく見せる大きな手を見つめた。
筋張った手の先にある長い指先は細い鎖を相手に奮闘している。
そうしたクラウドの手をティファはじっと見つめた。
クラウドの手には男の色気があるとティファはいつも密かに思って見ていた。
だから日常の何気ない動きでも、つい見惚れてしまうことが多々ある。
そうしたクラウドの手の動きの中でも、ティファがいちばんドキドキとさせられるのは自分に触れてくるときの手だ。
髪を撫でるときも、頬をそっと包むように触れるときも、いつもやさしい動きをする。
愛の言葉を滅多にささやかないクラウドだから、よけいにそうした手のしぐさから彼の愛情を感じて嬉しくなるのだ。
でも――



「ねえ、クラウド」
―― ん?」
作業に集中しているクラウドはそこから目を離さずに声だけで返事をする。
ティファはそのまま続けた。
「私のこと、好き?」
途端、クラウドの手元が派手に揺れた。
小さな部品がその動きで散らばらなかったことに胸をなで下ろしながら、クラウドは少し赤くした顔をティファを向ける。
「な、なんだよ、いきなり……」
クラウドの動揺して顔を赤くする姿はティファにも伝染る。
「だ、だって……」
ティファはそう言って口ごもったあと、ちらりとクラウドの顔色を窺いながら小さな声で続けた。
「あんまりクラウドから言われたことないから……」
か細く消えていく語尾とともにティファはうつむき、そうするティファをクラウドは困ったように見つめた。


クラウドに想いがないわけじゃない。
ただ言葉にするのが苦手なのだ。
だけど言葉にできない分、クラウドはクラウドなりに態度で気持ちを示していたつもりだった。
「言葉にしないとダメか?」
困った顔でそう言われてしまうと、ティファも困った顔をするしかない。
「ダメってわけじゃないけど……」
中途半端に語尾をかき消したその言い方は、ティファがあまり納得してないことを表していた。
クラウドはさらに困った顔をする。
と、そのクラウドがふとあることに気づいた。
「そういえば俺もティファからあんまり言われたことない、よな?」
「え?」
今度はティファが狼狽える。
するとクラウドはそうしたティファを見て意地の悪い笑みを浮かべると、いま座っているデスク用の回転椅子をくるりと回してティファへと向き直った。
「聞きたいな、ティファからのその言葉」
片肘をついてにやりと笑うクラウドに、ティファは赤く染めた頬をぷくっと膨らませた。
「ず、ずるいよクラウド、話をすり替えて」
そう言って怒るティファをクラウドは苦笑いでごまかして、再びネックレスを直しはじめた。


結局なんだかんだと最初の質問から上手くはぐらかされたなと、ティファは作業に戻るクラウドを見つめて思った。
そういう言葉を常に欲しいわけではない。
クラウドがそうしたことを苦手としていることはよくわかっているつもりだし、そんな言葉を聞かなくとも大切に想ってくれていることは伝わる。
けれど、たまにはそれを言葉で聞きたいと思うことは欲張りなのだろうか?
ティファがそう思ったそんなとき、
「なあ、ティファ」
名を呼ばれて顔を上げると、そのクラウドは変わらず手元のネックレスに集中したままだった。
そんな姿をぼんやりと見つめ続けていると、クラウドは手元から顔を上げることなくぽつりぽつりとしゃべり出した。
「その……ティファはそういう言葉を声にして聞きたい…んだよな?」
改めてそう聞くクラウドの頬は心なしかほんのりと赤い。
きっとこういう会話すらも恥ずかしくて避けたいと思っているのが見て取れた。
けれども、このまま話を終わらせるのは彼なりに申し訳ないとも思っているのだろう。
だからこうして照れくささを押しやって確認しているのだ。
そう思ったら、ティファはやっぱりそんなクラウドの不器用さを愛おしく思えてならない。
だからティファも気恥ずかしさを押しやって、素直な気持ちを声にして伝えた。
「うん、だって好きなひとにそう言われたらやっぱりうれしいもの」
そんなやわらかい声にクラウドが顔を上げると、ティファは頬を染めながらふわりと笑っていた。
互いの目と目があってそのくすぐったいような感覚にクラウドは再びネックレスに視線を落とし、ティファは自分の膝元に視線を落とした。
「そっか……」
「そうよ……」
そんな短い言葉のやりとり。
結局のところ、確認だけして終わってしまった感じだったが、それでもティファは妙な達成感に満たされていた。
自分の気持ちを少し打ち明けて、そして知ってもらうことで満足できたのかもしれないと思った。
部屋のなかは穏やかでやわらかな空気に包まれていて、そうした中でクラウドはネックレスを直すことに集中し、ティファはそんなクラウドを静かに見守った。



「よし、直った」
そう言ってクラウドが嬉しそうに顔を上げて立ち上がり、ベッドに座るティファのとなりに腰をおろす。
「ティファ、後ろ向いて」
クラウドに言われるまま、ティファはその彼に背を向けるようにして座り直した。
そうするティファの目の前に直したばかりのネックレスが垂らされる。
「髪を横に流して」
クラウドがネックレスをかけてくれるのだとわかって、ティファは自分の髪を一纏めにしてサイドに流した。
髪のガードをなくしたティファのうなじにすうっと空気が触れる。
と同時に、普段あまり晒すことのないうなじをクラウドに見られているのだと思うと、緊張感でティファの身が心持ち硬くなった。
首筋に控えめにあたるクラウドの手を感じて鼓動が高鳴る。
時間にすればそれはほんの数秒程度のことだったけれど、ティファにはとても長く感じられた。

クラウドの手の温もりが首筋から離れ、代わりにネックレスの無機質な感触が肌に落ちる。
止め金が付けられたことがわかるとティファの緊張は一気にゆるみ、無意識に息を潜めていた反動は大きな吐息で表れた。
そしてネックレスを直してくれた礼を言おうとクラウドの方へ向き直る。
しかしそれよりも早く回されたクラウドの腕でティファはその動きを封じられた。
後ろからの抱擁。
自分の背中にクラウドの逞しい胸板を感じて、ティファの鼓動は先のとは比べものにもならない速さで高鳴りはじめた。
そうしたティファの耳にクラウドの低くささやくような声が触れる。
「一回しか言わないからな、ちゃんと聞いてろよ」
そう言われてクラウドの抱きしめる腕に一層の力がこもり、そして――

―― 好きだ」
短くも力強い言葉。
首筋にクラウドの唇が触れ、肌には熱い息がかかる。
そして耳にはクラウドからの言葉がいつまでも木霊する。
先までの会話を気にしてくれてたのだろうことは明らか。
だから尚更そのひと言に込められたたくさんの想いと彼のやさしさを感じて、ティファは温かな幸せで体中が包まれていくのを実感する。
そうして何度もその言葉を噛みしめながら伝えた。
「うん、―― ありがとう」



「俺がいいって言うまでそのままな?」
長い間抱きしめられていた腕が緩んだと同時にクラウドからそう言われた。
ティファはこくりと首を縦にしてうなずく。
それからややしてベッドの軋む音。
そして背後にあった重みがなくなった。
クラウドがベッドから立ち上がったことはわかったが、それからの彼の気配がわからなくてティファはクラウドに聞く。
「クラウド、もういい?」
するとわずかの間をおいて「……ああ」という短い返事が聞こえた。
ティファがそっと振り返ると、クラウドはこちらに背を向けるようにしてデスクの側に立っていた。
そして取って付けたように書類をパラパラと捲っている。
そうするクラウドの後ろ姿を見て、ティファの顔にふっと笑みが零れる。
クラウドの表情は見えなかったけれど、その首筋と耳が真っ赤になっていることに気付いてしまったのだ。
ティファはその広い背中にそっと手を添えて、そして頬を寄せる。
「ティ、ティファ!?」
そんな上擦った声にさらなる愛おしさを感じて、ティファは腕を回してクラウドにぎゅっと抱きついた。
「クラウド、好きよ」
直後、バサバサッと書類が床に滑り落ちる音。
そんな音を聞きながら、ティファは笑みを零す。



たくさんの言葉はいらない
欲しかったのはあなたからのたったひと言―― 好き


クラウドとティファの言葉少ない感じの会話に萌えます。

(2006.05.18)
(2018.11月:加筆修正)

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