love & peace

「ティファ、いっしょにお風呂入ろ!」
ソファに座って雑誌を読んでいたティファの膝にマリンは甘えるように抱きついた。
時計にチラリと目をやったティファは、早く早くと急かすマリンに笑顔で答える。
「そうね。そろそろ入ろっか」
読みかけの雑誌を閉じ、マリンに急かされるまま立ち上がってから側にいたデンゼルに目を向けた。
「デンゼルは?」
それにいち早く反応したのは聞かれたデンゼルではなく、同じくリビングで寛いでいたクラウドだ。
読んでいる新聞越しからチラリと様子を窺うクラウドを知ってか知らずか、デンゼルは無表情に首を横に振った。
「……オレはいいよ」
「そう。じゃあお先に」
言ってティファはマリンと共にバスルームへと向かった。



華やかな女性陣の笑い声がなくなったリビングには、時計の秒針とクラウドの新聞紙を捲る音だけが静かに響く。
そうした中、デンゼルがボソリと呟いた。
「クラウド、まさかマリンが羨ましいだなんて思ってないよな?」
ややして聞こえた新聞紙越しの咳払い。
図星だったのをごまかすようなその咳払いに、デンゼルはため息とともに「やっぱりな」と呟いた。
「……男なんてそんなものだ」
開き直りとも取れるクラウドのそんな言い訳が可笑しくて、デンゼルは少し笑った。
けれどすぐにその幼い表情から笑顔が消える。
デンゼルは新聞を読むクラウドの横顔を窺うようにそっと見つめた。
「なあクラウド、オレ……」
ためらいがちな言い方がクラウドの目を新聞紙から上げさせた。
デンゼルはうつむき、ソファに座る足をぶらぶらと揺らせながら言おうか言うまいか迷う素振りをみせている。
「どうしたんだ?」
クラウドがそう促すと、ちらりと見るデンゼルと目が合う。
そうしてから、やはりためらいがちではあったが言葉は続いた。
「う…ん、オレ、最近マリンがどこに行くにもオレに付いてくるのが少しイヤなんだ……」
そう言ったそばからデンゼルは自分の言いもらしを後悔した。
性格の悪い奴だとクラウドに思われたかもしれない。
そう思うと、デンゼルは顔を上げる勇気が持てずにただじっと自分の膝を見つめた。
そうするデンゼルの耳に聞こえたのは、新聞を折りたたむ音とクラウドのやさしい声。
「どうしてそう思うんだ?」
おそるおそる顔を上げるとクラウドは笑っていた。
怒っているでも、また軽蔑するでもない表情にほっと息をつく。
そうしてからぽつりぽつりと話し始めた。

「オレさ、たくさん友だちできたんだ」
星痕が治ってからのデンゼルは本来の元気で活発な男の子に戻っていた。
家に閉じこもることもなく、外で遊びまわることが増え、そして自然と近所にいる同年代の子たちと仲良くなっていた。
「今、その友だちといろんなところに遊びに行くのが楽しくてさ」
それを思い出しながら話すデンゼルの瞳はいきいきとしていた。
しかしその楽しげな表情は長くは続かず、少しずつその顔が曇りだす。
「だけど、マリンが一緒だとそういった遊びができないんだ」
「マリンがその仲間に入ったらダメなのか?」
「ううん、ダメじゃないよ。普通の遊びならいいんだ。だけど今オレたちがしてる遊びは、ちょっと危険な探険だから……」
クラウドはその“ちょっと危険な探険”を想像して笑った。
自分が子どもだった頃にした神羅屋敷の探険を思い出したのだ。
「マリンはまだ小さいし、女の子だから……」
「デンゼルはやさしいんだな」
クラウドにそう言われて、デンゼルは首を横に振った。
「やさしくなんかないよ。だってオレ、そういった遊びに女の子は邪魔だって思ってるんだもん」
心の隅にあった本音をポロリとこぼす。
「でも、マリンを危険な目に合わせたくないとも思ってるんだろ?」
そう聞かれてデンゼルはうなずいた。
それも正直な気持ちだったからだ。
マリンは自分にとって妹みたいな大切な存在。だから危ないことには巻き込みたくなかった。
けれど、友だちとドキドキするような遊びもしたい。
そうした葛藤があって、デンゼルはここ最近マリンに対して冷たい態度を取ってしまうこともしばしばあった。

そんなデンゼルの頭をクラウドはクシャクシャと撫でる。
「あまり気にするな。女の子と遊ぶよりも男同士でいるほうが楽しいと思う時期は誰にでもある」
今がそういう年頃なのだろうとクラウドは思った。
「男同士で遊びたいからって言えば、マリンはちゃんとわかってくれると俺は思うけどな」
クラウドからのそうしたアドバイスと心のなかで思っていたことを打ち明けたことで幾分気持ちが楽になったのか、デンゼルの表情は話し始めたときよりも明るくなっていた。
そんなデンゼルにクラウドは少し意地悪く笑う。
「マリンだけじゃなくて、ティファと一緒にいるのもイヤなんだろ?」
言い当てられたデンゼルは顔を赤くする。
そんなわかりやすい反応にクラウドは苦笑した。
そして笑われたデンゼルは頬を膨らませる。
「そうだよ。さっきだってさ、ティファはオレも一緒にってお風呂に誘ったろ? それってオレのこといつまでも子ども扱いしてると思わない?」
ティファから見れば、デンゼルはまだまだ子どもなのだから仕方がないとクラウドは苦笑する。
けれど、それをデンゼルに言うつもりはなかった。
子どもでも男としてのプライドはある。
クラウドは同じ男として、その気持ちを無視するような真似はしたくなかった。
「今だけだ。そのうち一緒に入ってくれって頼んでも断られる」
「クラウド、それ自分のこと言ってるの?」
「……一般論だ」
そう言って再び新聞をひろげたクラウドにデンゼルはニヤニヤとした視線を向ける。
「クラウドのスケベ」
新聞紙越しから聞こえたコホンという咳払いにデンゼルは更に笑った。



「ねえ、ティファ」
「ん?」
「デンゼルはわたしのこと嫌いになっちゃったのかな……」
湯船に浸かりながら、おもちゃのアヒルを弄るマリンが元気なく言う。
同じく向かい合わせで湯船に浸かっていたティファはやさしい声で聞き返した。
「どうしてそう思うの?」
「最近ね、デンゼルが一緒に遊んでくれないの。男の子たちといっしょにいるときのほうがわたしといるときよりも楽しそうなの」
チャプチャプと湯船を揺らせるマリンは寂しい顔をする。
「今デンゼルたちは探検ごっこしてて、わたしもついて行きたいって言ったらダメだって言うの。それってわたしのことが嫌いだからかな……」
そうしたマリンにティファはううんと静かに首を横に振った。
「デンゼルはマリンのこと嫌いになったわけじゃないわよ」
「ほんと?」
「うん、本当。きっとね、今は男の子同士で遊ぶのが楽しいのよ」
そういう経験はティファ自身もしてきた。
女というだけで遊びから仲間外れにされて悔しい思いをしたこと。
そうされても、負けず嫌いな性格だったから無理やりついて行って遊びに参加したことなど。
そんな昔の思い出話をしてあげると、マリンは楽しそうに笑った。
「それにデンゼルはマリンのことを大事に思ってるから、その”探検”には連れて行きたくないんじゃないかな。それって女の子として大事にされてるってことだと思うよ」
するとマリンは小さな眉間にしわを作って、その顔に少しだけ不満の色をみせた。
「わたしね、守ってもらうよりもティファみたいに強くなりたいの」
「ええっ? 私?」
「そう。わたしもティファみたいにかっこいい強い女になるんだもん」
それにはさすがにティファが苦笑する。
「あんまり強すぎるのもどうかと思うけど。かわいい女の子って見られなくなっちゃうよ?」
「でもクラウドはティファのことかわいいって思ってるよ」
マリンのこういう大人顔負けのセリフにはいつもかなわないと、ティファはまた苦笑した。



ティファたちと入れ替りに、今度はクラウドとデンゼルがお風呂に入る。
その風呂場の中でも男同士の話は続いた。
「オレもクラウドみたいに強くなりたいな」
髪を洗うクラウドの大きな背中をデンゼルは湯船に浸かりながら眺めていた。
「俺は強くないよ」
「強いじゃないか。あんな大きな剣を振り回してモンスターをバタバタ倒してさ」
デンゼルはクラウドみたいになりたいと常日頃からそう思っていた。
髪を洗い終えたクラウドが湯船に入ると、浴槽の湯が大きく揺れて中の湯が一気に溢れて流れ出す。
そんな大きく鍛えられた身体もデンゼルには羨ましかった。
そのクラウドが濡れた髪を両手でかき上げながら言う。
「なあデンゼル、本当の強さって力じゃないと俺は思うんだ」
デンゼルにはクラウドのそう言った意味が少し分からない。
それでどう返事していいのか分からないで口をつぐんでいると、クラウドはそのまま話し続けた。
「たとえば、守りたいものがあればそれだけで人は誰でも強くなれると思う。それは男でも女でも大人でも子どもでも誰でも」
そう言うクラウドをデンゼルはただ黙って見つめた。
「俺は今までそういう人たちにたくさん助けられてきた。だから俺もそうできる強い人間になりたいといつも思ってるよ」
「どうしたらそんなふうになれる?」
「そうだな……」
そう言ってクラウドは遠くを見つめるような眼をする。
その瞳はデンゼルから見てもわかるぐらい、とてもやわらかだった。
「自分にとってなにが一番大切でそれを自分はどうしたいのか。それを見つけられた時、きっとなにかが大きく変わると俺は思うんだ」
そう考えることができるクラウドをかっこいいとデンゼルは思った。
きっとクラウドはその一番大切なものが見つかって、自分がどうすべきなのかわかっている。だからこんなにもやさしい表情をしながら言えるんだと思った。
そんなやさしさと強さを持った憧れの存在に、デンゼルはもっともっと近づきたいと強く思った。
そうしたデンゼルからの熱い眼差しがクラウドにはかなり気恥ずかしい。
照れくささからニヤリと笑ってデンゼルに言った。
「どうだ、かっこよかったか?」
「うん。スケベじゃなかったらもっとかっこよかったけどね」
「デンゼルはわかってないな。男はみんなスケベな生き物なんだ」



お風呂から上がると、リビングではマリンがティファに髪を結ってもらいながらアイスを食べていた。
「あーずるい! オレもアイス食べたい」
口を尖らせるデンゼルにティファとマリンはクスクスと笑う。
「デンゼルの分もちゃんとあるよ」
マリンにそう言われて、デンゼルはすぐに冷蔵庫へ向かおうとした。
けれど、それよりも早くティファに呼び止められる。
「デンゼル、先に髪をちゃんと乾かさないとアイスはお預けよ。ほら、こっちに来て」
頬を膨らませながらもデンゼルは素直にティファのそばに行き、その髪を拭いてもらう。
いつもならその行為が小さい子ども扱いをされているみたいでイヤだったけれど、今日はなぜだか心地良く感じた。
うん、こうして素直になるのもいいものかもしれない――
デンゼルの心の内にやさしい気持ちが生まれる。
そうしたデンゼルの視線の先に見えたのは、ニヤリと笑っているクラウドの顔。
気持ちを読まれたみたいで悔しくなったデンゼルは、そんなクラウドに少しイジワルをしようとティファに言った。
「ねえティファ」
「ん?」
「クラウドも拭いてもらいたそうな顔してるよ」
からかうことでささやかな仕返しをした。
しかしそれは同時にティファをからかっているのと同じで、顔を真っ赤にして動揺するティファの髪を拭く手が少し手荒になった。
「ク、クラウドは自分でできるからいいの! はい、もうアイス食べていいわよ」
ティファに背中をポンと押されてデンゼルは冷蔵庫へ向かう。
その途中クラウドに目をやると、髪を拭いてもらえなかったことがショックだったのか少し落ち込んでいるように見えた。
しょうがないなとばかりにデンゼルはクラウドに声をかける。
「クラウドー、なにがいい?」
すると、デンゼルのすぐ後ろまで来ていたティファが迷わず一本のアイスを手に取って言った。
「クラウドはレモン味、よね?」
そう言ってクラウドに微笑みかける。
さり気なくフォローすることを忘れないティファをデンゼルは尊敬の眼差しで見つめた。
「この家で最強なのはティファかもね」
「なんの話?」
「ううん、なんでもない」
そう笑って言ってからデンゼルはマリンに目を向けた。
「マリン、このあいだ言ってた本、一緒に読んでやるよ」
「ほんと!?」
そんな子どもたちふたりの楽しげな様子をクラウドは手渡されたレモン味のアイスを食べながら嬉しそうに見つめる。
「なあティファ、今度四人で温泉でも行かないか?」
「温泉!? 行きたい行きたい!」
そう歓喜の声を上げたのは、クラウドの話を聞き逃さずにいたデンゼルとマリンだ。
「クラウド、本当に連れてってくれるの?」
目を輝かせて聞くマリンにクラウドは大きくうなずく。
「ああ、みんなで大きなお風呂に入ろうな」
「うん!」
そんな会話をデンゼルは横で聞きながら、ニヤニヤとした顔をクラウドに向けた。
「本当はティファと一緒に入りたいからだろ?」
となりで顔を真っ赤にするティファを意識しながら、クラウドは制裁とばかりにデンゼルのアイスを一口横取りして言う。
「家族がもっと仲良くなるためだ」


ほのぼの平和なストライフ家。

(2006.07.14)
(2018.11月:加筆修正)

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