千客万来

―― ジョニーズヘブン
この店名は大好きな彼女の店の名前に恵かってつけた名だ。
オレは今、その名を掲げてカフェを営んでいる。
かつての故郷、七番街から旅立って早数年。やっと見つけたオレのやりたいこと。
世間もオレ自身もいろいろあったけれど、今はこうして愛と安らぎを求める客たちに自慢の珈琲と憩いの場を日々提供している。
空き地を利用して作った店だから立派な店構えとはさすがに言いがたいが、今流行りのオープンテラス型カフェと言えば聞こえが良い。
何事も物は言いよう。
まあ、雨が降ったらオレの意思に関係なく臨時休業になる店だけど……
そんなこんなの店だけど、オレにとっては大切な店。
さて、今日はどんなお客さまがオレの愛情たっぷりなサービスを受けに来るのかな?



「いらっしゃいませ」
店に入って来たのは小さなかわいいお客さま。
「よおデンゼル。今日はマリンとデートか?」
わずか9歳という年齢にもかかわらず、どこか大人びた風情を漂わせるこの少年はオレの店の常連さん―― と、オレが勝手に決めている。
そのデンゼルの過去をひょんなことで知ってしまったその時から、オレはこの少年の良き相談相手になってやろうと心密かに誓ったのだ。
「こんにちは、ジョニー」
あいさつなしの少年の代わりにきちんとあいさつしてくれたのは、七番街の頃からの顔馴染みマリンだ。
このマリンも実年齢よりもかなりしっかりとした女の子。
いや、前々からきちんとした女の子だと思っていたけど、ティファちゃんと一緒に暮らし始めてからさらに礼儀正しさに磨きがかかり、そしてとてもかわいくなった。
そんなマリンとともにやって来たデンゼルは、当然のようにオレの厨房としている屋台からいちばん離れた場所に座る。
「なんだよデンゼル。もっとこっち来いよ」
店主のオレが言うのも悲しいが、席は選び放題に空いている。
「……いいよ、ここで」
子どものくせにニコリとも笑わない。
きっとあの愛想のなさは、クラウドみたいな奴と一緒にいることの弊害だな、うん。
「ご注文は?」
「わたし、オレンジジュース」
「オレはリンゴジュース」
かわいいお客さまのためにジョニー特製新鮮フルーツ搾りたてジュースを提供する。
「はい、お待ちどうさま」
それぞれのオーダー品と一緒にクッキーを置いた。
「これはサービスだ」
「わあ~! いいの?」
素直によろこぶマリンのかわいらしい笑顔。もっとサービスしたくなる。
満面の笑みでうなずくオレの前で、デンゼルはやっぱりその年齢に似つかわしくない落ち着いた一言を口にした。
「マリン、ティファから言われてるだろ。知らないおじさんから物もらっちゃダメだって」
ズッコケそうになったのは言うまでもない。
「おいおいおい、おじさんとはオレのことか?」
「そうだけど」
間髪入れずに言い返してくるから憎たらしい。
「あのな~オレこう見えても若いんだぜ? クラウドより少し上なだけだぞ」
胸を張りそう言ってやると、デンゼルはチラッとオレに視線を流した。
「……へえ~」
それだけかよッ!!
素気ない返事に一瞬子ども相手にムキになりかけたが、そこは大人の貫禄と自称接客のプロ。
頬を引きつらせながらも笑顔で対応する。
「それによ、知らない間柄でもないだろ?」
「そうだったね。クッキーありがとう」
やけに素直な反応はオレを拍子抜けさせた。
が、それを待っていたかのようにデンゼルにトドメをさされた。
「じゃあもう仕事に戻れば?」
「……」
邪魔なんだな? オレがとっても邪魔なんだな? わかりましたよ……
子どもといえども立派なお客さま。
オレはデンゼルたちの席を渋々離れ、厨房に戻ってこっそりとかわいいお客さまを見守る――
つもりでいたんだ、最初は。
だけど会話を盗み聞きするたび、ちょくちょく首を突っ込まずにはいられない実はとても寂しがり屋なオレ。
そうしたオレに嫌気をさしたデンゼルが怒って帰るという、いつもの懲りないパターンを今日もまた展開させた。
それでもデンゼルはなんだかんだでよく店に来てくれる。
だからオレはそんなデンゼルを弟のように思ってついついかまってしまうんだ。
そんな愛情深いオレをデンゼルのやつはからかうために来店していた、と知ったのはずいぶん後のことだったけどな……



そのデンゼルたちが来てから数日後の夕方。
そろそろ店を閉めようかと思ったとき、店の前に一台のバイクが停まった。
エンジンを切って降り立ち、店である敷地に足を踏み入れて来るひとりの男。
黒い服を身に纏いゴーグルをかけたその装いは、見るからに近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
一瞬ビビったオレだけど、その男の髪が鮮やかな金色でツンツンとした特徴のある髪型だったことにほっと安堵した。
「よお、クラウド! 久しぶりだな」
オレの永遠の恋敵、クラウドだった。
ゴーグルを取って露わにした瞳は昔と変わらず冷たく光る氷のような碧い瞳。
「もう閉店か?」
後片付けの作業をしていたオレを見て、クラウドはそう言った。
「あ? ああ、けどおまえならかまわないよ。珈琲でいいか?」
クラウドはふっと小さく笑んでうなずき、席に着いた。
「珍しいな、おまえが店に来るなんて。何かあったのか?」
「……べつに。ただ珈琲が飲みたくなっただけだ」
そう言ってクラウドは黙り込む。
それから続いた沈黙は、次第にオレを息苦しく感じさせた。


普段は軽快トークが自慢のオレ。
それがクラウドを前にすると饒舌になれない。
それは今に始まったことではないが、クラウドから滲み出ている他人を拒んでいるような雰囲気がオレを饒舌にさせないのだ。
しかしコイツがわざわざオレの店に足を運んでくれたのだから、そうしたらここはやっぱりオレの話術の見せ所。
無言で帰らせるつもりはなく、ならばまずは世間話でもと口をひらこうとしたその時、クラウドがポツリとしゃべりだした。
「この間、デンゼルたちにサービスしてくれたそうだな。礼を言う」
そう言ったクラウドの口調はクールな態度とは違ってずいぶんとやわらかい。
オレは知らずのうちに緊張していた体から余計な力が抜けるのを感じながら、いつもの調子を取り戻して聞いた。
「デンゼルに聞いたのか?」
「いや、ティファからだ。会ったら礼を言っといてくれと言われた」
それを聞いてがっくりする。
「なんだよ、どうせならティファちゃんから直接言われたかったぜ」
思わずポロリと零した本音にクラウドはその瞳を鋭く光らせた。
そうした眼は善人のオレから見たらほとんど凶器同然。
「に、睨むなよ。だけどさ、ほんとティファちゃんとは全然会ってないんだぜ。なあ、ティファちゃん元気なのか?」
オレがティファちゃんの顔を見たのは、コスタで偶然再会したあの時が最後だ。
「ああ、元気だ」
クラウドはそう言って珈琲を飲み、それからちらりとオレを見た。
「近くなんだから店に来ればいいだろ?」
確かに同じエッジに住んでいるのだから、会おうと思えば会えないわけではなかったが……
もの言いたげに口ごもるオレを見て、クラウドは言う。
「なんだ?」
「いや、その……店に行ったら、やっぱりおまえもいるんだろ?」
クラウドはたちまち目に角を立てる。
「俺がいたら、なにか問題でもあるのか?」
「そ、その目付きが怖いんだよ!!」
ティファちゃんに寄りつこうとする者を徹底的に排除しようとするかのようなクラウドの鋭い眼。
いやオレだって、ティファちゃんに手を出そうなんてこれっぽっちも思っちゃいない。だってティファちゃんが好きなのは、いまオレの目の前にいるこの生意気な男だってことは分かってるんだからさ。
さっきはクラウドがいるからなんて憎まれ口叩いてみたけれど、本当はティファちゃんに会ったらまた惚れてしまいそうだったからだ。
彼女の幸せを陰からそっと見守っている身としては、会いたいけど会えない―― そのジレンマと葛藤しているわけよ。

そんな繊細なオレの気持ちを知る由もないクラウドは小さくため息をついた。
「まあ、おまえがどうしようと勝手だが……」
そう言ったあと、その顔に意地の悪い笑みを浮かべる。
「そんなに何度も同じ女からフラれたいのか?」
なんだなんだ、その余裕綽々な態度は!?
それはみんなのアイドルだった彼女をいま独り占めしてる強気の余裕か!?
ニヤリと笑っているその顔にそう噛み付きそうになったが、勝敗は目に見えて明らかだから涙を飲んでおとなしくする。
無駄な戦いはしない主義と言う名のチキンハートなオレの前でクラウドは悠々と席を立ち、お代をテーブルに置いた。
「冗談だ。そんな悔しそうな顔するなよ」
そう言ってふっと笑う。
「珈琲美味かった。閉店間際に悪かったな」
憎たらしいことも言われたが、最後の顔があまりにもやわらかい表情だったことにオレは怒りも忘れて口をポカンとあける。
間の抜けた顔をするオレの面目を保つためにも言っておくが、ちょっと前のクラウドを知ってる奴だったらこんな顔になるのもうなずけると思う。
だって、昔のクラウドは髪型同様、ツンツン尖った性格だったのだから。
けれど、今そこにいるクラウドには昔のような高慢姿勢な態度は見られず、むしろ良識的な大人の振る舞いが垣間見えた。
もうすでに店を半ば出ていたクラウドの背中にオレは慌てて声をかけた。
「お、おう! またいつでも来いよな!」
振り向きもしなかったクラウドだったが、その背中は笑っているように見えた。



そんなことがあってから程なくした頃、今度はあのティファちゃんがオレの店にやって来たのだ。
「ジョニー、久しぶりね」
夢にまでみた彼女との再会。
久しぶりに見る彼女は相変わらず、いや前よりももっともっと可愛くて、オレはすっかり舞い上がった。
「ティファちゃん! 久しぶりだね、元気だった?」
昔の甘酸っぱい想いが甦り、オレは柄にもなく照れまくった。
そんなオレに彼女は花開くような笑顔をみせながら席に座る。
「うん元気よ。あ、この間はデンゼルたちがごちそうさまでした」
ペコリと頭を下げる彼女がなんとも可愛かった。
彼女のこういう礼儀正しいところも魅力のひとつなのだ。
「いや、あんなのなんでもないよ。それにこの間クラウドからも礼を言われたから」
「あ、クラウド忘れずにちゃんと言ってくれたんだ」
そう言ってティファちゃんは両手で口元を押さえてクスクスと笑った。
オレはその笑顔にチクリと胸が痛んだ。
彼女にとっていちばん大切な人。
そいつの話題になっただけでこんなにも幸せそうに笑うんだもんな……
今更ながらのそんな現実に気落ちしそうになって、オレは軽く頭を振って話題を変えた。
「今日は店、休みなの?」
「うん。これからクラウドと映画、観に行くの。クラウドがね珍しく外で待ち合わせしようなんて言うのよ」
それを聞いてオレはハッとする。
もしかしてクラウドの奴、オレがティファちゃんに会いたいって言ったから気を遣ってここを待ち合わせ場所にしたとか?
ま、まさかな! あいつがそんなことに気を遣うようなタイプにはみえねえ。
いや、でも待てよ。この間の奴の柔和な態度を考えると、あながちこの解釈も間違ってないかもしれない。
もしかしてあいつ案外いい奴?
クラウドのことを少し見直したオレはひとりニヤニヤする。
その直後、背後から聞こえた低く唸るような声。
「邪魔だ、そこどけよ」
振り返ると、眉を吊り上げて睨むクラウドの姿。
オレが思いっきり飛び退いたのは言うまでもない。
びっくりしすぎて息も切れ切れなそんなオレを横目で睨みながら、クラウドはゆっくりと席に着いた。

「お疲れさま。思ってたより早かったね」
「ああ、仕事がスムーズに片付いたからな」
短い会話だったけど、そこにふたりの世界を感じた。
とびきりの笑顔を見せているわけではないのに、どことなくやさしい表情を浮かべるクラウドとそれを満面の笑みで見つめ返すティファちゃん。
そんなふたりを前にして、オレは完全に蚊帳の外だった。
「ティファはレモンティーでいいんだろ?」
彼女の好みを把握しているとばかりな口振り。
それに対して嬉しそうにうなずく彼女。
羨ましくてオーダーを取るのさえ忘れる。
「……おい! レモンティーと珈琲」
クラウドの呆れた顔と声でハッと我に返った。
慌てて返事をし、厨房に戻ってふたりのオーダー品を支度する。
そうしながらもオレはしっかりとふたりを観察することは忘れなかった。


会話は主にティファちゃんが話題を振り、クラウドがそれに短い言葉で応えるような感じだ。
それを見て、オレはちょっとため息をついた。
ティファちゃん、男見る目ないよな~。
あんな“ああ”とか“うん”しか言わないような奴、一緒にいて楽しいのか?
そりゃあ確かに顔はちょっと……いや、だいぶカッコいい部類には入るけどさ。
けど、男は顔じゃない! 熱いハートとやさしさだ!
オレだったら毎日面白トークでティファちゃんを楽しませてあげる自信があるのに……
負け惜しみがかなり入り交じったそんなオレの見解だけど、ふとあることに気づいてしまった。
クラウドのティファちゃんを見る目がめちゃくちゃやさしいことに。
もちろんそれはオレなんかには一度も向けてくれたことがないような目だ。
しかもあいつ、彼女が視線を外した時にそんな目をしやがる。
目は口ほどにものを言う――
昔の人はよく言ったもんだとオレは思った。
口数多くないクラウドの彼女への愛情は、その目がすべてを語っていた。
彼女の幸せをいちばんに考えるオレにとって、クラウドがそれに値する人間かを見定めていたけれど、潔く認めることができる気がした。


「はい、お待たせ。そしてこれはサービス」
甘いふたりのテーブルにとろけるような甘さのチョコレートを置く。
「え、いいの?」
「うん、久しぶりにティファちゃんに会えて嬉しかったから」
「そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいな。ありがとう、ジョニー」
最高の笑顔にオレの顔は一瞬でだらしなく緩み、ついさっき誓った応援するという謙虚な気持ちも遠く彼方へ吹っ飛ばした。
クラウドがいようがいまいが、やっぱりティファちゃんはオレの永遠のマドンナだ!
デレデレとするオレをクラウドの奴が睨んで見ていたけれど、そんなものはティファちゃんの笑顔の前ではなんの脅威にもならない。
そしてそして、そんなオレをさらに浮き足立たせるティファちゃんの一言。
「ジョニーも私のお店に来てよ。私いっぱいサービスしちゃうから」
「ほ、本当!?」
「もちろん。だってジョニーは昔からの私の大事なお得意様だもん」
イヤッホー!!
聞いたか聞いたか、クラウド!
オレはな、おまえが現れるずっと前からの常連なんだぜ。
ティファちゃんにとってのお得意様なんだ!
そんなふうに喜びを露わにするオレを見て、クラウドはムッとしながら席を立った。
「ティファ、そろそろ行こうか」
あれ、もしかしてクラウドの奴、やきもち妬いてるのか?
それは火を見るよりも明らかで、クラウドは立ち上がったティファちゃんの腰に軽く手を添えるようにした後、ちらりとオレに視線を投げた。
まるでそれは羨ましいだろうと言わんばかりの態度。
しかし今のオレにはそんな見せつけるような行為さえもかわいく見えた。
普段から冷静を装い感情を表さないクラウドにやきもちを妬かせたということが、オレの自尊心を大きく満たしてくれたからだ。
所詮クラウドもガキだなと、オレは大人の余裕でそれを見守ってやる。
そのクラウドは先に店の外へと出たティファちゃんを確認してから、オレへと振り返った。
そうしてから、指を折り曲げるようにして”こっちへ顔をよこせ”とする。
そのしぐさと無表情さにオレは背筋に悪寒が走った。
顔をこわばらせながらそばに近づくと、クラウドはオレの耳元に口を寄せて低い声で呟いた。
「おまえがどんなにお得意様でティファから極上のサービスを受けてみたところで、」
そこで一旦言葉を区切る。
そうしてからニヤリと不敵な笑みを浮かべて続きを言った。
「ティファは俺のものだから」
最後の一言を言い終わったあとの鋭い眼光。
至近距離で見るそれは整った顔立ちの中で迫力倍増だった。
わ、わかってるよ! そんなこと!!
ちょっとぐらい優越感に浸ってみたっていいだろ!?
ていうか、さっきからオレの足をギュウギュウと踏み付けているそのバカでかい足を退けろッ!!
涙目になりながら無言でそう訴えると、クラウドはようやくのことその足を退けてふっと笑った。
「じゃあな、また来るよ。ティファと一緒に」
最後の言葉をわざわざ強調して言ったガキなクラウドにオレは思わず苦笑した。


まったくしょうがねえ奴だな。
乗り慣れている感じ漂う二人乗りする姿。
オレはそのバイクが小さく見えなくなるまで見送った。
また来いよな、オレの大事なお得意様。


プロローグ小説、デンゼル編に出てたジョニーの店が舞台の今回のお話。
当サイトも無事に一周年。
私にとってサイトに来て下さる皆様が極上のお得意様です。

(2006.09.23)
(2018.11月:加筆修正)

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