ストライフデリバリーサービス

「はぁ~……」
この日、何度目かになるユフィのため息が開店前のセブンスヘブン内に響く。
カウンター席に座り、両腕を伸ばして突っ伏しているユフィにティファは苦笑しながらその頭をちょんと小突いた。
「いつまでも意地張ってないで、あやまってくれば?」
「……ヤダ、あたし悪くないもん」
そう言ってテーブルから上げた顔は口を尖らせたふくれっ面で、ティファをまた苦笑させた。
「……ガキ」
ボソリとそう呟いたのはユフィのとなりに座るクラウドだ。
ユフィは聞き捨てならないと先までのふくれっ面をどこかへやり、代わりに目くじらを立ててクラウドに噛みついた。
「ちょっと! そのセリフ、あんたにだけは言われたくないねっ!」
そう言われた途端、今度はクラウドがムッとする。
ティファは睨み合うそんなふたりを前にして、どちらも大差ないとばかりにふたりを制する形で割って入った。
「ほら、クラウドも茶化さない。ねえユフィ、ヴィンセントは案外なんとも思ってないかもよ?」


ユフィとヴィンセントはケンカをしたらしい。
らしいと付けたのは、ここにグチをこぼしに来たユフィが詳しい内容を語らないからだ。
けれど、ふたりをよく知るティファにはユフィがひとりで意地を張っているだけなのではないかと思ってそう言ったのだ。

「それは言えてるかもな。あのヴィンセントのことだ何が原因なのかすらわかってないかもしれない」
クラウドもティファの言うことに同調した。
そうしたふたりの言い分にユフィはふてた顔をする。
そんなことはユフィ自身がいちばんわかっているのだ。


些細なことがきっかけのケンカ。だけどそう思っているのはたぶん自分だけ。
相手のヴィンセントはクラウドたちが言うようにケンカしたとも思っていないのだろう。
だから尚更ユフィはひとりでカッカしているこの状態に苛立ちと虚しさを覚えるのだ。
大人の余裕を持つヴィンセントといつまでも子どもっぽい自分。
それは旅を共にしていたときにも感じてはいたが、旅を終え、恋仲の関係になった今は特にそう感じる場面が増えて、それがまたユフィの密かなコンプレックスとなっている。
それを改めて認識してしまったユフィが再びため息をつきそうになったそんな時、ティファがあっと小さな声を上げた。
そんなティファを見ると、何かを閃いたのかその大きな瞳をパッと輝かせてひとり嬉しそうに笑っている。
そうしてから今度はその顔をクラウドに向けて手招きをし、ティファは内緒話をするみたいに耳を寄せたクラウドにこっそりとささやいた。
「ね、いい考えでしょ?」
こっそり話を終えてからそう同意を求めるティファにクラウドはふっと笑う。
「ああ、いい考えだ」
「じゃあ早速、ね?」
ティファがそう促すとクラウドはうなずいて立ち上がり、そしてそのまま店を出て行った。
その間、すっかり蚊帳の外状態だったユフィは面白くないとばかりに口を尖らせる。
「ちょっとー! ふたりでコソコソとなんなのさ」
そう言うユフィにティファは苦笑しながらカウンターを出て、ふくれっ面の彼女を席から立たせた。
「ほら、ユフィも表に出て」
「はあ!? な、なんだよ! あたしを追い出す気?」
「いいからいいから」
ティファはブツブツ文句を言うユフィの背中を押しながら店の表に連れ出す。
そうして出た店の前では、フェンリルに跨がったクラウドが携帯を片手に会話中だった。
―― ああ、わかった。すぐに向かう」
話を終えたクラウドはパタリと携帯電話を閉じる。
そうしてからふくれっ面で立っているユフィにゴーグルをかけながら言った。
「ほら、乗れよ」
無愛想に顎で後部席を指し示す。
ユフィはムッとしたように眉を吊り上げた。
「はあ!? なに言ってんの?」
そう言ってツンとそっぽを向いたユフィにクラウドはため息をついた。
「俺はこれから仕事だ。ティファもいまから店を開けるんだからおまえの相手はしてやれない。そんなおまえを俺が家まで送ってやるんだ。ありがたく思え」
「え~!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
まだまだ話し相手になって欲しいと思っていたユフィは、となりに立つティファに救いを求める。
やさしいティファなら無下に追い返したりはしない、そう思っていたのに……
「ごめんねユフィ。また今度、遊びに来てね」
申し訳なさそうに、けれどもはっきりとお別れのあいさつをされた。
肩をがっくりと落としたユフィは仕方なくフェンリルの後ろに跨がる。
そうしてから目の前にある背中に八つ当たりの言葉を浴びせた。
「ちょっとクラウド! ちゃんと安全運転してよね!」
「……うるさい。振り落とされたくなかったら黙ってろ」
ユフィの挑発にクラウドはいちいち乗ってムッとする。
それがまるで兄妹喧嘩のようなやりとりみたいでティファを毎回苦笑させていた。
「気をつけてね」
「ああ、行ってくる」
自分の時とはあきらかに違うクラウドのやさしい態度に、今度はユフィがムッとした。
「あたしのときとずいぶん態度が違うじゃん」
「あたりまえだ。ほら、行くぞ」
バッサリとそう言い捨てて、クラウドはユフィを乗せてフェンリルを走らせた。



フェンリルに乗せてもらうのは今回が初めてだったユフィは、風を切る爽快感にすっかり機嫌が直る。
そうした中、ふと自身の違和感にも気づいた。
乗り物に乗ると必ずあるはずの不快感。
胃の中のものが迫りあがってくるようなむかつきが今はまったくないことに気がついたのだ。
そしてまた、目の前にある背中の人物も自分と同じ苦しみを知る者。
その彼も不快感なさそうに普通に運転をしている様子から、ユフィは受ける風に負けないように声を張らせて聞いた。
「ねえークラウドー、あんた乗り物酔い治ったのー?」
ちょうど赤信号に引っかかり、クラウドはフェンリルのスピードを落としながら応えた。
「いや、治ってない。だけどバイクだと外気を直に感じるからか酔わないな」
そう言いながらクラウドはフェンリルが停止すると同時に後ろへと振り返った。
「気持ち悪いのか?」
乗り物酔いの辛さを知る者ならではの気遣うような心配する声。
そうする彼にユフィは首を振った。
「ううん、酔ってないよ。そっかー、風に当たってるから酔わないんだ」
再びフェンリルが走り出す。
乗り物に乗っていながら不快感を伴わないその初めての感覚が心地良くて、ユフィは流れる景色を嬉しそうに眺めた。
そんなユフィの様子を背中で感じたのか、クラウドの少し得意気な声が風に乗ってユフィの耳に届く。
「気持ちいいだろ?」
「うん! 最高だね!」
素直に述べた感想は、その快適な乗り物の持ち主を微笑させた。



憎まれ口を叩きあうことなく、穏やかに過ぎる時間。
しかしこのふたりにそうした時間は長く続かなかった。
それまでおとなしくしていたユフィが今度は周りの景色に違和感を抱き始めたのだ。
「……ねえクラウド、この道、なんか違くない?」
「……」
聞こえているはずなのに、クラウドはなにも答えてくれない。
「ねえってば!」
もう一度、今度はさっきよりも大きな声でクラウドに聞いたが、やはり返事はなかった。
そんなふうに黙ったまま運転を続けるクラウドにユフィは不審感を抱く。
直後、そんなユフィの顔がハッと強張った。
「クラウド! もしかしてヴィンセントのとこに向かってない!?」
「……」
変わらず無言を貫き通すクラウドの態度に、ユフィは自分の言ったことが当たっているのだと確信した。
まんまと騙された怒りがふつふつと湧いてきて、ユフィは目の前にある背中を何度も叩きながら大声でわめいた。
「ヤダヤダ! 止~め~ろ~!!」
さすがのクラウドも運転中にそんなことをされたら黙ったままではいられず、
「ちょ、ユフィ! 危ないからやめろ!」
そう制したものの、息巻くユフィは聞く耳を持たない。
「うるさい! さっさと止めろ! このチョコボ頭!!」
「なんだと!?」
「いいから早く降ろせ!」
加減を知らないユフィからクラウドは身体をぐらぐらと揺さぶり続けられる。
そうされるたび、フェンリルは蛇行運転となった。
そんなままならない運転にクラウドも次第に苛立ち、思わずチッと舌打ちをする。
そしてクラウドは強行手段に打って出ることを決意。
体勢を立て直し、自分が持っている技量をフルに活用してフェンリルを一気に目的地まで走らせた。



「……荷物を届けに来た」
なんとか無事に辿り着いた先で、馴染みの赤いマントを纏ったかつての仲間にクラウドがそう言った。
疲労感を隠しもしない配達人と、そうさせたであろう原因の荷物。
大体の察しがついたヴィンセントはふっと苦笑した。
「ああ、すまなかった」
配達人に謝意を示してから、ヴィンセントはその後ろに跨がるユフィに視線を移す。
そんな視線を避けるようにユフィは慌ててそっぽを向いた。
「……おい、いつまで乗ってるつもりだ? さっさと降りろ」
先程までの恨み辛みをたっぷり込めて、クラウドは低い声で後ろに跨ったままのユフィにそう言う。
けれど、返ってきたのは憎たらしい減らず口。
「ヤダね。あたし荷物じゃないもん」
「おまえな……、今度は本気で振り落とすぞ」
クラウドがそう言うと、それまで黙って見ていたヴィンセントがユフィの両脇に手を差し入れて、その身体を事もなく持ち上げた。
「ちょ、ちょっと!? 何すんだよ!」
突然のことにユフィは足をバタバタとばたつかせて抵抗してみせたが、それも空しくヴィンセントの肩にあっさりと担ぎ上げられる。
「は、放せってば!!」
真っ赤な顔をして怒鳴るそれを無視して、ヴィンセントは言った。
「クラウド、これは私の大切な荷物だ。丁寧に扱ってくれ」
そう言ったヴィンセントに目を丸くして驚いた顔をするクラウドだったが、すぐにその顔をニヤリとした意味深な笑みに変える。
「ああ、そうだったな。壊れ物注意といったところか?」
「いや、それを言うなら、取扱危険、だな」
的を射たそれにクラウドはクッと肩を揺らせて笑い出す。
そしてそれを言った本人もまた、そんなクラウドと一緒になって笑った。
そうした男ふたりの盛り上がる姿はユフィをますます不機嫌にさせる。
「ちょっと! あたしを無視して盛り上がるな~!!」
そう訴える声をヴィンセントはやはり軽く聞き流した。
「ありがとうクラウド。ティファにもよろしく伝えてくれ」
暴れるユフィをしっかりと担ぎながらそう言うヴィンセントにクラウドは軽くうなずくと、再びエンジンをかけてフェンリルを走らせた。


去って行く配達人を見送りながら、ヴィンセントは未だ自分の肩の上で暴れるユフィを今度は腕の中に抱き下ろす。
そうする体勢は世間で言うところのお姫様抱っこだ。
そうされて顔を真っ赤に染めたユフィを見て、ヴィンセントはふっと笑う。
「さて、どうしたら私の大切な荷物は機嫌を直してくれるのか」
「……だから、あたしは荷物じゃないってば」
その声に今までのような迫力はもうない。
そんなユフィにヴィンセントは甘やかに微笑んだ。
「幸い時間はたっぷりとある。とことんおまえの話に付き合うぞ、なあユフィ」


2006年ヴィンセント誕生日記念小説です。
メインのはずの彼が最後にちょろっとしか出てきませんが、それでもこれはヴィンセント誕生日記念小説です。
クールな彼を書くのは私には難しいよ(泣)

(2006.10.13)
(2018.11月:加筆修正)

Page Top