お酒の恐怖

クラウドたち一行はウータイにいた。
こんな片田舎に来たのも、すべてはお騒がせ娘ユフィのせい。
ユフィにマテリアを盗まれ、ウータイ中を駆け回り、しまいには敵であるタークスたちと手を組んで悪名高いコルネオを倒す。
そんな散々な一日だった。
急ぐ旅ではあったが、さすがに皆、疲労の色は隠せなく、それで仕方なく今夜はユフィの家で休むこととなったのだ。
そして明日からの旅に備えて、今日は早々に床に就いてもらうつもりでいたのに――



「おーい、酒がねえぞ! さっさと持って来やがれ!」
顔を真っ赤にしたシドが空になった酒瓶をブンブンと振りまわして叫ぶ。
早くに寝るつもりが、蓋を開けて見れば酒盛り大会。
そうした状況にクラウドは頭を抱えていた。

事の始まりはユフィの父親、ゴドーからの一席の申し出。
娘が迷惑をかけたお詫びにと宴の席を設けてくれたのだ。
もともとウータイは酒処で有名な地。
他にはない珍しい地酒も多く、酒好きが集まる一行にとってそれはそれは魅力的な街だった。
しかしこの一行、なかなかの酒癖の悪さを持つ集まりでもあって……



「頼むからみんな早く寝てくれよ……」
宴会場と化した大部屋の隅で頭を抱えてグチるのはリーダーのクラウド。
そんなクラウドのもとに千鳥足のユフィが近づいてきた。
「な~に一人で暗い顔してんのさ! リーダーが飲まないでどうすんだよ。さ、可愛いユフィちゃんが注いであげるから、さあ飲んで飲んで!」
真っ赤な顔のユフィはそう言って、空になっていたクラウドのグラスに酒を注いだ。
「おい、ユフィ。おまえ未成年だろ?」
クラウドは注がれた酒を一口飲み、そして限りなく冷たい眼差しを向けた。
しかし酔っ払いユフィにそんな冷ややかな視線はなんの効果もなく、ケラケラと笑われる。
「クラウド~、そんな固いこと言わないでさ、もっと飲みなよ~。そんでさ酔って陽気になってマテリアの1つや2つくれてやるくらいのこと言えないのー?」
今日散々な目にあったにも関わらず、それでも尚マテリアに執着をみせるこの小娘。
油断も隙もあったもんじゃないと、クラウドはユフィの前では絶対に酔っ払わないと心に固く誓った。


そんなユフィを放置して、クラウドはオヤジコンビのバレットとシドの所へ向う。
二人は馬鹿デカいジョッキで酒を浴びるように飲んでいた。
その顔は茹でダコ状態。
クラウドは深いため息を吐き、すでに聞く耳を持っていなさそうなふたりだったが一応声をかけてみた。
「明日からまたセフィロスを追う旅が始まるんだ。いいかげん寝てくれよ」
すると、バレットが勢いよくスクッと立ち上がる。
理解を示してくれたのかとクラウドが喜んだのもつかの間、すでに目が据わっていたバレットは大声で叫び出した。
「なにぃ~セフィロスだと! どこだ? どこにいるんだぁぁ? ウオォォォーッ」
そう叫ぶと同時に自慢の右腕の銃を天井に掲げて乱射を始めた。
それに続いてシドまでもが、どこから取り出したのか自慢の槍を持ち出して華麗なハイジャンプを披露する。
「このオレ様に向って来るたぁーいい度胸してるじゃねーか! ええ? ちくしょうめ!!」
バレットの銃乱射とシドの槍で天井に無数の穴が空きはじめ、クラウドは慌ててふたりを制した。
「や、止めてくれ! ここじゃない! ここに奴はいないから!!」
必死の形相で止めに入ったクラウドにオヤジふたりはキョトンとした顔をする。
そうしてから、ふたりは二カッと笑い合うとクラウドの肩をガンガンと叩いた。
「おいおいリーダーさんよ~、しっかりしてくれよ! まったく人騒がせな野郎だぜ」
「……おまえたちがな」
力なくぼやいたクラウドの声は、ガハガハと笑うオヤジたちの声にかき消された。


パラパラと落ちてくる天井の破片を頭にかぶりながら、クラウドはエアリスとナナキのもとに避難する。
オヤジたちとは違い、静かに飲んでいるふたりに助けを求めた。
「エアリス、みんなに早く休むよう注意してくれないか?」
「たまにはこういうのもいいじゃない。戦闘ばかりで緊張の連続なんだから、ね?」
にっこりと微笑まれて、クラウドは小さくため息をついた。
「そんな悠長なことを言ってられる旅じゃないんだ。俺たちは一刻も早くセフィロ……」
「だーかーらー! クラウドは頭が固いのよ」
「……へっ?」
エアリスの突然の強い口調で話を遮られたクラウドは驚きで目を見開く。
そんなクラウドを無視してエアリスは話を続けた。
「まったく! 二言目にはセフィロスセフィロスってバカの一つ覚えみたいに。だいたいね、クラウドは……」
グチグチと説教を始めるエアリスに恐れおののきながらも、クラウドはその顔色をそっと窺う。
いつもはやさしい色を放つその翠の瞳は完全に据わっていた。
震え上がるクラウドの膝上にナナキが前足を乗せてしなだれてきた。
「あのねクラウド。エアリスね、これ全~部一人で空けちゃったんだよ~」
そう言われて辺りを見まわすと、空になった一升瓶が4、5本転がっていた。
クラクラと軽くめまいを感じたクラウドにナナキは続ける。
「オイラびっくりだよ~。だからさ~、オイラもセトの名に恥じないようにいっぱい飲んだんだ! そしたら目がグルグルしてきたよ~」
最後にそう言って、ナナキはひっくり返った。
(……おまえも未成年だろ? ていうか、セトが泣くぞ)
クラウドは呆れたと言わんばかりに首を振る。
すると、その可憐な風貌には似合わないほどの酒豪だと判明したエアリスが再び絡んできた。
「ちょっとクラウド、聞いてる!? だいたいね~クラウドは……」
説教魔と化したエアリスに適当に相槌を打ちつつ、クラウドはなんとかその場を離れた。


「まったく、みんなどうなってるんだ?」
疲労困憊するクラウドは、部屋の隅っこにあったケット・シーの抜け殻ボディを八つ当たり気味に蹴り飛ばす。
そうしてから、先程から姿が見えない愛しのティファをさがした。

騒々しい部屋の中を見渡すと、その部屋の隅っこの方でティファとヴィンセントの姿を見つけて安堵した。
が、ホッとしたのもつかの間、そんなふたりの光景はクラウドをワナワナと震えさせる。
まるで人目を忍ぶかのように部屋の隅でヴィンセントに抱きつくティファの姿。
腕を絡ませて抱きつくその様子はクラウドを嫉妬の炎に包ませた。
(あの棺桶野郎め! 幼なじみの俺ですらまだやってもらったことがないのに!)
怒り心頭のまま、クラウドは脇目も振らずにふたりのもとへと足早に進んだ。
「おい、ティファに何をしている」
普段からクールを装うクラウドは、このような時でもそれを崩さないことを美学(笑)としているので、表面上はあくまでも冷静な男と見えるようにヴィンセントに声をかけた。
だが、クラウド以上にクールなヴィンセントはその鋭い視線に動じることもなく静かに答える。
「私からは何もしていない。ティファが自分から抱きついてきた」
そう言ってヴィンセントはフッと独特の笑みをこぼして続けた。
「どうやら彼女は酔うと抱きつく癖があるようだな。先程まではシドに抱きついていた」
「……(くっ! ヴィンセントとシドが羨ましすぎる!)」
悠々と構えるヴィンセントにクラウドは悔しさで歯ぎしりをする。
しかしそんな悔しさをぐっとこらえて冷静さを保ちつつ、ヴィンセントにしなだれるティファに声をかけた。
「ティファ、何してるんだ。眠いなら自分の部屋に戻るんだ」
するとティファは酔ってトロンとした瞳でクラウドを見上げた。
(か、可愛い……)
イケメンクール設定キャラを忘れて顔をだらしなく緩めてしまったクラウドに、ティファはパッと顔を輝かせた。
「あ~クラウドだ~。ねえ、部屋まで連れてって~」
甘えた声でそう言って、おっぱいをグイグイと押しつけながらクラウドに抱きついてきた。
クラウドはあまりの嬉しさにもう死んでもいいとさえ思う。
しかしヴィンセントの手前、冷静な表情は崩さずに言う。
「まったく、しょうがないな」
鼻の下を伸ばし、ティファを立ち上がらせようと腕を取ったその瞬間――
「とおぉーー!!」
気合の入ったかけ声とともに、ザンガン仕込みの強烈なパンチを食らって投げ飛ばされた。
一瞬何が起こったのか分からないクラウドにヴィンセントが言う。
「気を付けろ! ティファは自分からは抱きついてくるが相手が触れてくると殴ってくるぞ」
(そ、そういう大事なことはもっと早めに言ってくれ……)
女格闘家のパンチをまともに食らったクラウドは、自分の横で気絶しているシドを哀れむ。
(……おまえも被害者か)

さっきから踏んだり蹴ったりなクラウドは好き勝手にやる仲間たちにだんだんと腹が立ち始めた。
そして自分のやっている行為が虚しくなり、そこら辺にあった酒をガンガンと飲み始める。
「ちくしょう! リーダーの俺がなんでこんな目に合うんだ!」
ムカムカとこみ上げてくる怒りをクラウドは酒で流し込んだ。



翌朝、クラウドが目を覚ました場所は昨夜の舞台となった宴会部屋。
そのまま寝てしまったクラウドは二日酔いでガンガンする頭を抱えて食堂へと向う。
その食堂にはすでに仲間たちの姿があった。
いつもと変わらず賑やかな中にクラウドが顔を見せると、その空気がガラリと変わった。
一様に冷ややかな視線で見られてクラウドは戸惑う。
そうした中でもとりわけ女子三人からの目はあきらかに非難の色だった。
(な、なんだ? この嫌な空気……)
訳がわからずにいると、シドが煙草を吹かしながら呆れた口調でしゃべり始めた。
「クラウドよぉ、おめえはもう酒飲むな。ったく、あんなに酒癖が悪いとは思わなかったぜ」
クラウドが覚えている限り、酒癖が悪いのはあきらかにシドの方だ。
そのシドからなぜそんな言い方をされなければならないのかますます訳がわからなくなり、クラウドは助けを求めてティファを見た。
するとティファからは無情にもプイッとそっぽを向かれた。
「クラウドなんて嫌い!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そんなふうに慌てるクラウドのそばをケット・シーがピョンピョンと飛び跳ねながらやって来る。
「しゃーないですわ、クラウドさん。あんな姿でいたら……」
「あんな姿?」
「覚えてないんですか? ボクが朝、見かけたときにはクラウドさんスッポンポンな姿で寝てはりましたよ。あまりな姿にボクが洋服を着せましたわ」
「……ウ、ウソだろ」
信じられないとばかりに首を振るクラウドにバレットが白い目で追い打ちをかけた。
「まさかうちのリーダーが露出狂だとは思わなかったぜ」
仲間たちから聞かされる自分の醜態がクラウドには未だ信じられなかった。
だけど皆から嘘を言っている雰囲気は感じられず、たぶん本当のことなのだろうと落ち込む。
おまえたちもずいぶんな酒癖の悪さだったと言ってやりたかったが、どうせ覚えてないに決まっている。
そう、今の自分みたいに……


そんなクラウドのそんな落ち込みぶりを見てさすがに哀れに思ったのか、ヴィンセントがその重い口を開いた。
「そんなにクラウドを責めてやるな。言う程、おまえたちの酒癖も良いとは言えなかったが?」
ヴィンセントの言葉は皆をギクリと硬直させた。
「まずユフィとナナキ、おまえたちは未成年。酒癖どうのこうの以前の問題だ。それからバレットにシド。あの天井の無数の穴はおまえたちふたりがやった。エアリスは説教魔、ティファは抱きつき魔。みんな人のことをとやかく言えないくらい酒癖が悪い」
普段口数の少ないヴィンセントの言うことはどれも正論で、みんなの頭をうなだれさせた。
クラウドに至っては、まるで神様でも見るかのようにヴィンセントを拝んでいる。
昨夜は敵意むき出しだったことなど忘れて……
そんなことがあってから、クラウドたち一行は酒を一切口にせず、おとなしくセフィロスを追う旅を続けたのだった。


7は成人済キャラが多いところも好き。そしてみんな酒好きそう。

(2005.09.23)
(2018.11月:加筆修正)

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