聖なる星に願いを

もみの木を華やかに彩るのは様々な形をしたオーナメント。
そのまわりに配された小さな電球がやさしい光を放ちながら、ゆっくりと点滅を繰り返している。
眺めているだけで童心に返るようなそんなクリスマスツリーをクラウドは心穏やかに目に映していた。

「デンゼルもマリンもすごく喜んでたね」
ティファはそう言いながら、入れ直した紅茶二人分を持ってクラウドのとなりに腰をおろした。
ダージリンの香りが暖かい部屋に満ちる。
「そうだな。あんなに喜んでくれるならもっと早く用意してやればよかった」
去年まではこの家になかったクリスマスツリー。
それを今年はクラウドが買ってきたのだ。
子どもたちはクラウドが想像していた以上に喜んだ。
昼間にみんなで一緒に飾り付けをし、そして寝る間際の先ほどまでデンゼルとマリンはこのクリスマスツリーを嬉しそうに眺めていたほどだった。
そうした子どもたちの姿を思い返しながら、ティファはツリーを見つめて微笑む。
「今年はなにをプレゼントしようか?」
子どもたちの喜ぶ笑顔をいちばんとするティファには、そうしたことを考えるだけでも楽しい。
あれこれとプレゼントとなる品を考えるそんなティファにクラウドはふっと笑みを零した。
「なあ、ティファ」
「ん?」
「ティファが今まで貰ったクリスマスプレゼントの中で、いちばん嬉しかったものってなに?」
唐突に聞かれたそれにティファは瞳を瞬かせる。
そうしてから、それを聞いてきた彼を見つめた。
やわらかな笑みを浮かべる彼を見て、ティファの中のあるひとつの懐かしい思い出が甦ってくるのを感じた。
ティファにとって、それはとてもとても大切な思い出。
「うん、私のいちばん嬉しかったプレゼントはね……」



 * * * * *


「ぜったいにいるもん!」
白い頬を真っ赤にしてそう言い切るのは黒髪の女の子。
その彼女の意見を否定するのはいつも遊んでいる男の子たち。
「サンタなんていないんだよ、ティファちゃん」
「そうだよ、サンタは架空の人物なんだから。そんなの僕たちよりも小さい子だって知ってるよ」
完全否定される言葉の数々に女の子―― ティファは、悲しくなって涙が出そうになった。
そうした今にも泣き出しそうな顔に気づいた男の子たちは、オロオロしながら互いの顔を見合わせる。
「あ、僕そろそろうちに帰らなきゃ」
「ボ、ボクも……またね、ティファちゃん」
泣かせるつもりはなかったものの、結果的に居心地の悪い雰囲気を作ってしまった男の子たちは皆、逃げるようにその場を立ち去った。
後に残されたティファはそんな男の子たちの背中を見つめながらポツリと呟く。
「……サンタさんはいるもん」
こぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえて、ティファは家へと身をひるがえす。
そうした視線の先に、金色の髪をした男の子がこちらを見るようにして立っていたことに今はじめて気がついた。

いつも自分たちを遠巻きにみている男の子。その彼の名はクラウド。
他の男の子たちはクラウドを変わった子と煙たがっていたが、ティファは自分の家のとなりに住むその彼を気遣って声をかけようとしたことがあった。
けれどそのとき彼に逃げられてしまい、それ以来ティファもなんとなく彼に近寄れなくなっていたのだ。

「クラウドもサンタさんはいないって思ってるんでしょ?」
また無視されるかもしれないと思う気持ちと、先の彼らと同じ男の子だからという気持ちがティファに素っ気ない言い方をさせる。
しかし彼はそうしたティファにぎこちない笑みを作って首を横に振った。
「俺は……いると思うよ」
そんな応えが返ってくるとは思ってなかったティファは、その顔をパッと明るく輝かせた。
「ほんと? 本当にそう思う?」
「うん。サンタクロースはいるよ」
そう言ったクラウドだったが、彼も他の男の子たちと同様サンタクロースは架空の人物だと分かっていた。
けれども、目の前にいる自分の好きな女の子がそう信じているのなら、それを否定する必要はないとクラウドは思った。
結果、それが後々クラウド自身を悩ます原因になるとは今のこのときは知らずに……
「そうだよね! サンタさんはいるよね! だってね、毎年クリスマスの日には靴下の中にちゃーんとプレゼント入ってるんだもん」
ティファの両親がこっそりとプレゼントを入れている姿を想像して、クラウドは笑った。
「そっか、じゃあ今年はサンタになにをお願いするの?」
「あのね、今年は星をもらうつもり!」
「えっ……ほ…し?」
目をパチパチと瞬かせるクラウドを気にも止めず、ティファは得意気に話を続ける。
「そう、空にある星。今年はそれを下さいってお願いするの」
「……」



緑豊かな自然に囲まれるニブルヘイム。
澄んだ空気の中、季節毎に見せる色鮮やかな景観は見る者を魅了させてやまない。
そのなかでも夜空いっぱいに光り輝く星は特別きれいだった。
そのきらめく星をプレゼントしてもらうつもりでいるティファは楽しみでしょうがないと顔を輝かせる。
しかしそれとは対称的にクラウドは困惑の表情を浮べていた。
いくらティファの両親が毎年彼女のためにリクエストしたものをプレゼントしていたとしても、星をあげるなんていうのは到底無理な話。
当日、星をプレゼントされなくてがっかりすることのないように、クラウドはやんわりと星は無理だと説明してみる。

「ティファ、星はみんなのものだからプレゼントにすることはきっとできないと思うんだ」
「う~ん。でもね、あんなにいっぱいあるんだもん。ひとつくらいなら大丈夫だと思う」
諦めないティファにクラウドはならばと頭に浮んだ仮想話を口にしてみる。
「そういえば聞いた話なんだけど、星は空にあるから輝くんだって。家の中だと形が消えてなくなるらしいよ」
「えー、そうなんだ…」
でたらめな話を一瞬も疑わず素直に信じるひとつ年下の彼女をクラウドはかわいいと思った。
そのクラウドの前で長いこと思い悩んでいたティファが突如その顔を明るくする。
「じゃあ私、今年は玄関のドアに靴下をさげることにする! そうすれば大丈夫だよね?」
「えっ!? あっ、うん。そう…だね……」
これ以上どんなウソを並べてもティファの考えは変わらないような気がして、クラウドはただうなずくことしか出来なかった。



「おかえり、クラウド」
「……ただいま」
ティファを上手く説得できずに重たい気分のまま帰宅したクラウドを見て、彼の母親はツリーの飾りつけの手を休めた。
「どうしたんだい、なんだか元気ないね」
「う…ん、なんでもない」
そうは言ってもやはり元気のない姿。
クラウドの母親は息子が喜びそうな話題を振った。
「そうだクラウド、今年はクリスマスプレゼント何が欲しい?」
何をお願いするではなく何が欲しいと聞くようになったのは、クラウドが小学校に上がったくらいの頃から。
サンタを信じない我が子を可愛くないとは思わないけれど、少し淋しいと感じるのは子どもを持つ親ならなんとなくわかるだろう。
クリスマスはそんなふうに夢をみるイベントでもあるとクラウドの母親は思っていた。
そんな母親の心中を知る由もないクラウドはポツリと呟く。
「……星」
「ん? なんだい、クラウド」
小さな声で呟いた言葉は母親の耳までは届かない。
クラウドは自分が零した言葉に少し笑って首を振った。
「ううん、なんでもない。プレゼント考えておくよ」



「どう考えても無理だよな……」
自分の家の裏手にある小高い丘から夜空を見上げながら、クラウドはひとり呟いた。
あの日からティファをがっかりさせない策をクラウドは自分なりにいろいろと考えていた。
しかしこれといった案が浮ぶこともなく、とうとうクリスマスイブを迎えてしまったのだ。
そんな悩みの種でもあった星。
イブの夜空を彩る星は普段の日よりも一際輝いて見えた。
クラウドはため息をついて立ち上がり、いつもより豪華な夕食を用意しているだろう母親の待つ家へと向かう。
その途中、となりに建つティファの家の前を通ると、その玄関のドアには白いフェルトで縁取られた真っ赤な毛糸の靴下がさげられていた。
夢と期待がいっぱい詰まった今は空っぽの靴下。
けれどそれは明日の朝になっても同じ状態であることは明らかで、何も入っていないそれを見て落ち込むティファを想像した。
その想像した顔に負けないくらいクラウドの幼い顔も暗く沈んだ。
そうした重い足取りのまま家のドアを開けると、香ばしいチキンの匂いが暖かい部屋のなかに満ちていて、元気のないクラウドをやさしく迎え入れた。
そんな部屋の中央にあるのはクリスマスの顔でもある大きなツリー。
―― あっ!」
クラウドが思わず声をあげて見た先には、ツリーのてっぺんに飾られた大きな星。
他の飾りと比べても一際大きくキラキラと輝くその星は、クラウドの顔をぱっと明るくさせた。
本物の星をプレゼントすることは出来ないけれど、あれなら……
あまり名案とはいえないけれど、でもプレゼントの入っていない空っぽの靴下よりは全然いいと思えた。
「クラウド、ご飯にしようか?」
「うん!」
クリスマスケーキを食卓の中央に置きながらやさしく微笑む母にクラウドはとびきりの笑顔でうなずいた。



 * * * * *


「じゃあ、その作り物の星がいちばん嬉しかったプレゼントなのか?」
「そう。いちばん嬉しかったプレゼント」
当時を思い出しながら、とても嬉しそうに笑うティファにクラウドは目を細めた。

あの日、母親が寝静まるのをベッドの中で待って、そして夜中にこっそりと起き出し、ツリーのてっぺんにあった星をティファの靴下の中に忍ばせたこと。
それが彼女にとっていちばん嬉しいと思うプレゼントになっていたと思ったら、クラウドはそれを密かに喜ばずにはいられなかった。
その星を贈ったのは俺だと言うつもりは毛頭ない。
まだサンタはいると信じていた幼いころの大切な思い出になっていればそれでいいと、クラウドは思った。

「でもその星は結局、作り物だったんだろ? 騙されたとは思わなかった?」
クラウドがそう聞くとティファはクスッと笑った。
「うん、ほんと言うとね、あの時はちょっとがっかりしたの」
そう言って、ティファはクラウドの大きな手をそっと握った。
「でもね、本当のことを知ったあの日から、私ずっとありがとうって言いたかったのよ?―― クラウドに」
「……えっ?」



 * * * * *


「おばさん、今年もケーキ作ったから食べて」
クリスマスには毎年、手作りケーキのおすそ分けをしてくれるとなりの家に住む女の子。
明るくて愛嬌があって、そして礼儀正しい女の子はロックハート氏自慢の娘さんだ。
そんな彼女にクラウドの母親はにっこりと微笑む。
「いつもありがとう、ティファちゃん。そうだ、たまには上がってお茶でも飲んでおいきよ。美味しい紅茶があるんだよ」
数年前に母親を亡くしているティファはクラウドの母親から本当の娘のように可愛がってもらっている。
そしてそんなティファも、料理を教えてくれたり相談に乗ってくれるクラウドの母親を自分の親のように慕っていた。

「おばさん、ツリーをちゃんと飾ってるんだね」
ティファが通されたリビングにはクリスマスツリーが飾られていた。
クラウドが村を出た今、この家にひとりで暮らす彼の母親。
そうした状況だと、クリスマスのようなイベントごとはついつい簡素になってしまうのではないだろうかと思ってティファは言った。
クラウドの母親は紅茶を淹れながら懐かしそうに笑って答えた。
「そのツリーはね、旦那がクラウドの生まれた年に買ってくれたものなんだよ」
クラウドの父親は彼が生まれて間もなくして亡くなった。
その父親が息子のために買ったクリスマスツリー。
そのツリーを囲んで家族三人でクリスマスを祝ったのはそれが最初で最後だった、とクラウドの母親は言った。
「あの人が唯一クラウドに贈ったクリスマスプレゼントだからね。二人がいない今でもこうして飾ってお祝いしたくなるのよ」
二人がいないから余計にかしら―― 最後にそう付け加えて苦笑った顔がティファには少し寂しそうに見えた。
そんな彼の母親を見るのが切なくて、ティファはやさしい思い出の詰まったツリーに再び目を向ける。

クラウドの家のクリスマスツリーを見るのは今日が初めてだった。
雪の結晶や星の形をしたオーナメントはすべてクリスタルでできていた。
光を受けてキラキラと輝くその珍しいタイプのオーナメントに、ティファはふと既視感を覚える。
そしてそれを眺めながら記憶を辿った。
そうするティファの思い出の時の針は、遠い昔のクリスマスの日でピタリと止まり、ハッと息を飲む。
このオーナメントと同じクリスタルの星をプレゼントされた、あの日のクリスマス。

「……ねえおばさん、このツリーのてっぺんに星はないの?」
クリスマスツリーのてっぺんにはトップスターと呼ばれる大きな星が大抵はついている。
ティファの家のツリーにもトップスターはある。
だけどクラウドの家のこのツリーにはそれがない。
ティファの心臓がドキドキと早まる中、クラウドの母親も遠い記憶を思い返し、そして苦笑いをした。
「本当はちゃんとあったんだけどね、クラウドが小学生くらいの頃だったかね、急になくなったんだよ」
不確かだったそれは、彼の母親の言葉で確信へと変わった。

当時、病気がちだったママに早く元気になってもらいたいと願いを掛けるつもりで本物の星をサンタクロースにねだったあのとき。
―― 空にある星はみんなのものだから
となりの家の男の子がそう言ったように、サンタが本物の星の代わりにイミテーションの星をプレゼントしてくれたのだと思っていた。
しかしその星をプレゼントしてくれたサンタクロースはティファのとても身近にいたのだという事実。

「まあ、クラウドがどこかに持ち出したんだと思うけどね」
あのとき何度聞いても知らないと頑なに口を閉ざす息子に根負けし、それ以上は追究するのを諦めたのだ。
それもまた今となってはこのツリーに纏わる懐かしい思い出となっている。
「ねえおばさん、……クラウド、元気にしてるかな?」
彼と給水塔で約束を交わしたあの日から、ティファの彼への想いは日に日に募っている。
そして今、その彼に会いたいと強く思った。
「どうだろうね、あまり連絡をよこさない子だから。でも、便りがないのは元気な証拠っていうからね」
そう言って、彼と同じ鮮やかな金色の髪を揺らせて彼の母親は穏やかな笑みをみせた。



 * * * * *


「そうか、バレてたのか」
クラウドは照れくさそうに苦笑した。
そうした彼をティファは愛おしく見つめる。
ティファの大切な思い出の中にはいつもクラウドがいる。
星空の下で交わした約束も、ピンチの時に助けに来てくれたあの時も。
そして、サンタクロースはいると信じていた幼い日の思い出にも。
そのすべては今となりにいる彼があってのものだ。

「なあティファ、今年はサンタになにを願うんだ?」
からかうような聞き方とは裏腹に碧い瞳はやさしい色をしている。
その彼にティファは少しだけイジワルな笑みをみせて言った。
「もう一度、星をお願いしてみようかな」
「おい、またサンタクロースを困らせるつもりか?」
相当思い悩んだに違いない小さなサンタクロースを想像して、ティファはクスクスと笑う。
そうしてから、ティファは碧い瞳に自分を映して言った。
「じゃあね、サンタさんからのキス……はダメかな?」
控えめにそう言ったティファの顔はみるみると赤く染まる。
そんな彼女にふっと甘やかな笑みを零したクラウドは、彼女の頬をやさしく包みながらそっと唇を重ねた。
「まだクリスマスじゃないよ?」
「……予行演習だ」
そのおかしな言い訳はティファを子どもみたいな笑顔にさせる。
笑われたサンタクロースは、そんな彼女に何度も演習を繰り返した。



クリスマスの日の朝。
ティファのベッドにさげられていた赤い靴下の中には、いつかの時と同じようにツリーのトップスターが入っている。
それをしたであろうサンタクロースは、彼女を抱きしめるようにして眠っていた。


2006年クリスマス記念小説です。
クラウドとティファ、ふたりを象徴するような星。
そんな星を絡めたクリスマスのお話です。

(2006.12.23)
(2018.10月:加筆修正)

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