kiss kiss kiss

「ティファ、キスしようか?」
「えっ?」
他愛もない会話をしていた時、クラウドが何の脈絡もなく突然そう言った。


ふたりだけしかいない閉店後の店のなかは、少しの甘やかさを漂わせた静かな空間。
そうした中でさらに甘やかな言葉を発したクラウドは、テーブルに片頬杖をついてじっとティファを見つめていた。
普段はそんなふうに聞いたりせずに、自然とそういう雰囲気になってキスをするのに――
そんなことを思いながら、ティファはいつもと違う展開いつも以上にやさしく笑みかけてくるクラウドにドキドキとする。
返事を待っていたクラウドはティファのどちらとも取れないリアクションを見てふっと笑うと、その身体を捻りながらティファの唇にそっと自分の唇を重ねた。
いつもと変わらないそのやさしいキスのあと、クラウドが少し笑って言う。
「たまにはティファからして?」
「わ、私から?」
動揺しながら聞き返すと、クラウドは軽くうなずいた。


自分からキスをしたことがないわけじゃないけれど、改まってそう言われると普段できていることがとても難しいことのようにティファは思えた。
そんなふうに戸惑い躊躇しているとクラウドが困ったように苦笑する。
「キスしたいって思ってるのは俺だけなのか?」
やさしい聞き方。けれど言ってることはとてもイジワルだとティファは首を横に振る。
「そんなこと、ない」
「じゃあ、して?」
少しの沈黙のあと、ティファは真っ赤にした顔でうなずいた。
そうしてから、となりに座るクラウドへと向き直り、おもむろにその両腕をつかむ。
「じゃあ、いくね?」
キスをするのに掛け声をかけられて、クラウドは思わず苦笑う。
そんなクラウドを見て、ティファは焦って聞いた。
「えっ? な、なに? なにか可笑しい?」
「あ、いや、可愛いなーと思って」
笑いを噛み殺したような顔でクラウドにそう言われた。
褒められたのか、からかわれたのか分からない言葉にティファはますます顔を赤くする。
「えっと……じゃあ…」
今度は小さな声でそう言って、ティファは改めてキスを待つクラウドの顔を見つめた。

伏せられた瞳を覆う長い睫毛。
スッと通った鼻筋。
形良い唇。
そのどれをとっても羨ましいぐらいに整った顔立ちを前にして、ティファはまたまごついた。
そんなとき、目を瞑っているクラウドの口角が笑いをこらえようとして震えていることに気づく。
「クラウド、また笑ってる……」
今度は拗ねた口調でそう責めた。
するとクラウドはもう我慢できないといったように肩を震わせて、そして珍しく声をだして笑い出した。
「いや、だって、ティファずっと震えてるから」
そう言うクラウドの視線の先をティファが追うと、それは彼の腕をぎゅっとつかむ自分の手。そこから震えているのが伝わっていたのだ。
言われて初めて気づいたそれに、ティファはつかんでいた手をあわてて引っ込める。
その慌てぶりがまたクラウドの笑いを誘った。


「そんなに緊張することないだろ」
「だ、だって、こんなの自然じゃないんだもん」
「じゃあ、ティファの言う自然なキスってどんなの?」
クラウドに絡まれてティファは困った顔をした。
言葉で言い表せないようなものが自然だと思うけれど、それを言っても今のクラウドは納得してくれないだろうなとティファは思った。
だから仕方なしに考えた挙句のシチュエーションを口にする。
「たとえば、さり気なくほっぺにするとか……」
そう言ってからすごく恥ずかしくなった。
言葉にしたことでさらに顔を赤らめたティファを見てクラウドはふっと笑み、無言で自分の右頬を突き出す。
それはまるでここへどうぞと言わんばかり。
そうするクラウドにティファは思わず笑ってしまい、その笑いが一気に緊張を和らげて、ティファは突き出されたその頬に自然とキスをすることができた。
「次はこっち」
嬉しそうにそう言って、クラウドは自分の左頬を指さす。
そのリクエストにもティファはすんなりと応えられた。
「今度はここ」
クラウドが指をさしたのは唇。
ティファはまた意識して一瞬止まってしまったが、それでも瞳をぎゅっと瞑りながらクラウドの形良い唇にキスをした。
でもそれは風が通り抜けるような一瞬だけの短いキス。
キスをされたことは分かっていたけれど、あまりにも短いそのキスに物足りなさを感じたクラウドは瞳を閉じたまますっとぼけて聞いた。
「ティファ、まだ?」
「し、したよ」
「ほんと?」
「ほ、ほんと!」
クラウドが片目だけを開けてティファを見ると、その彼女は耳まで真っ赤にしていた。
そのかわいらしさに免じてクラウドは二度目のキスを諦める。
そうして飲みかけだったアルコールを喉に流し込んだ。
そんな様子にティファがほっとしたのも束の間――

「ティファのキスはかわいいな」
頬杖をついて甘やかにこちらを見つめてくるクラウドに、ティファの鼓動はまた跳ね上がった。
アルコールのせいなのか、碧い瞳は潤んで艶やかに輝いている。
「クラウド、酔ってるでしょ?」
「酔ってないよ」
心外だと言いたげに苦笑うクラウドのグラスを取り上げてティファは立ち上がった。
「今日はもうおしまい」
恥ずかしさも相まって、ティファは飲んでいたテーブル席から逃げるようにグラスをカウンターへと下げる。
その瞬間、ティファは背後から逞しい腕に抱きしめられた。
それに驚く間もなく耳元でそっと囁かれる。
「ティファにお返ししないといけないよな」
含みを持たせた言い方にイヤな予感がして、ティファは上体をひねって振り返る。
案の定、クラウドは何かを企んでいるような顔をしていた。


こんな顔をしているときのクラウドには要注意。
大体がクラウドのペースに乗せられて振り回されるのがオチなのだ。
ティファはおそるおそる聞き返す。
「お、お返しって?」
「さっきのキスの」
こともなげにさらりとそう言うクラウドを見て、ティファは”ほらきた”と言わんばかりの顔をする。
そして無駄なことだと思いつつも懸命のその身体を押し返した。
「い、いいわよ」
「遠慮することない」
そう言って、クラウドはティファの身体を持ち上げる。
「ちょ、ちょっと! クラウドっ!!」
そうした咎める声をものともせず、クラウドは小さな子どもを背の高い椅子に座らせるみたいにティファをスツールに座らせた。
そして座るティファを囲うようにしてカウンターに手をつく。
「さて、どこにして欲しい?」
やり方は強引。なのに紳士よろしく丁寧に聞いてくる様がティファを笑わせる。
あきらめ半分、ティファはクラウドに言った。
「じゃあ、おでこ」
するとクラウドはかしこまって一礼し、ティファの前髪をそっと撫で上げて露わになった形良い額にキスをした。
ティファはクラウドにしてもらう額へのキスが密かに好きだった。
大きな手でそっと前髪をあげるしぐさも、やわらかく押し当てるようにする唇も、そのどれもが大事なものを扱うようにやさしい。
幸せだと感じるそのキスにティファが笑みを零すと、クラウドはそんなティファの両の頬にも順番にキスをした。
小鳥が啄むようなそんな口づけ。
「ふふ、くすぐったい」
首を竦めてくすぐったそうに俯いたティファにクラウドが名を呼ぶ。
ささやくようなその声で呼ばれてティファが顔を上げると、甘やかに見つめてくるクラウドの碧の瞳。
その瞳が一際艶やかにきらめいた直後、ティファはクラウドに唇を重ねられた。

互いのやわらかい唇の感触だけを味わうような、ただ重ねただけのキス。
やさしいそのキスは長く、次第にティファの呼吸をゆっくりと奪っていく。
その息苦しさに耐えかねてティファはクラウドの腕をぎゅっとつかんだ。
その合図を受けたクラウドがようやくのこと唇を離す。
「苦しかった?」
甘さを含んだ口調でそう聞いてくるクラウドにティファは力なくコクリとうなずいた。
甘美な世界に溺れかけて潤む紅い瞳にクラウドは目を細める。
「じゃあ、今度はこうしよう……」
言ってクラウドはティファの唇をそっと開かせて、そこに自分の唇をかぶせるようにしてキスをした。
しっかりと重ね合わせた互いの唇のなかで繰り返される舌の愛撫。
時折漏れ聞こえるティファの甘い吐息がクラウドをより刺激し、さらに深いキスへと誘った。



―― 続きは?」
長い長いキスのあと、そう聞くクラウドは甘やかでそして少ししたり顔。
どのアルコールよりも強力なクラウドのキス。
それに酔わされたティファは、その彼の腕のなかでもっと欲しいと小さくうなずいた。


タイトル通り、キスをいっぱいするふたりを書きたかっただけです。

(2007.01.15)
(2018.10月:加筆修正)

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