男の話

シエラの腕のなかには真っ白なベビー服を纏った赤ちゃん。
小さな手足をしきりに動かし、父親に似たブルーのつぶらな瞳がデンゼルたちをじっと見つめていた。
「かわいい~!」
口々にそう言うデンゼルとマリンにシドは胸を張りながらえらそうに言った。
「あったりめーよ! なんてったってオレ様の子だからな!」
バレットのことを散々親バカだと言っていたシドも実際に自分の子どもを持つとこんなものだと、クラウドとティファを苦笑させた。


「いいな~、赤ちゃん」
自分よりも小さな赤ん坊を見つめて、そのやわらかい頬を指でそっと撫でながらマリンが呟いた。
そうしてから思い立った面持ちでカウンター席に座るクラウドに駆け寄り、その服裾をツンツンと引っ張る。
「ねえクラウド、わたしも赤ちゃん欲しいな~」
まるでそこらに売っているおもちゃをねだるようにマリンは言った。
そうしたマリンのおねだりにクラウドは少々困った顔をする。
いくら欲しいと言われても、こればかりはそう簡単に“はい、どうぞ”などと言って渡せるものではない。
そう思いながら、クラウドは顔を少し赤くしてカウンター内にいるティファをちらりと見る。

授かれるものならば授かりたい。
長年の恋心を募らせて、今やっとひとつ屋根の下で共に生活をするようにまでなった彼女との赤ちゃんを……
けれど自分ひとりがそう思っていても、相手がそう思ってくれなければどうしようもないのだ。
そうした相手であるティファはかなりの恥ずかしがり屋だ。
未だキスひとつで顔を真っ赤にする。
そんな彼女と赤ちゃんをつくるような行為……いや、それだけのための行為じゃないが、とにかくそうしたことに積極的ではない彼女を誘うだけでも大変なのだ。
そんな恥じらいをいつまでも忘れない彼女のことはもちろん好きなのだが、もう少しだけ積極的になってくれてもいいかなとも思う今日このごろ。
そうした思いを視線に乗せてクラウドはティファを見つめた。
カウンター内でシドたちに出す珈琲の準備をしていたティファは、ほんのりとその頬を染めた。
それはあきらかにマリンとの会話とクラウドの視線を意識した証し。
にもかかわらず、ティファはクラウドと頑なに目線を合わせようとしなかった。
クラウドは寂しさ含んだため息をひとつ吐いてマリンに言う。
「マリン、それは俺じゃなくてティファに言ってくれ」
―― っ!? クラウドっ!!」
とうとう顔を真っ赤にしてしまったティファがクラウドを責めた時、シエラの抱く赤ん坊が泣き声を上げた。
「あらあら、オムツかしら?」
赤ん坊をあやしながらそう言うシエラにティファはカウンターから出て言った。
「シエラさん、どうぞ二階を使って」
「ありがとうティファさん。それじゃ遠慮なく」
ティファはそのままシエラを二階へと案内し、デンゼルとマリンもそのあとに続いた。
そして店のなかに残ったのは男ふたり――



「おいクラウド、おまえ、ティファに相手してもらってないのか?」
女、子どもがいなくなったと同時に、シドはとなりに座るクラウドの肩に腕を回してニヤリといやらしく笑った。
先程のふたりのやり取りをそばで見て、シドはクラウドが夜の生活に満足していないのだと読んだ。
そして今、そのクラウドがそれを否定しないところを見ると、どうやらそれが答えのようだとシドはさらにその顔を下世話にニヤつかせる。
「おい、正直に言ってみろよ」
男同士のくだらない詮索が始まる。
好奇心と優越感。
それらを露骨に表わせて顔を寄せてくるシドにクラウドはため息をついた。
「……俺は少ないほうだと思うんだ」
「何回くらいなんだ?」
クラウドの不幸感漂う様子はすぐさまシドを食い付かせた。
恋愛に関して焦れったいほどの奥ゆかしさを見せるティファのこと。
そしてまた自分の目の前にいるこの男も無理強いはしない――というよりも出来そうもないタイプの男。
好きな女と同じ屋根の下で暮らしながら手が出せない。
そんな状況はさぞかし拷問だろうとシドは同じ男として少しばかりクラウドに同情した。
そう思うシドにクラウドはボソリと言う。
「ん……四、五回くらい、かな」
「月にか?」
性欲あり余る二十代。
月に四、五回では少なかろうとシドは哀れみを一層強くしてクラウドを見る。
しかしそのクラウドは首を横に振って言った。
「いや、週に」
シドは思わず、飲んでいた珈琲を吹き出した。
「バ、バカか、おめーは! そんだけヤれば十分だッ!!」
一瞬でもかわいそうだなんて思ったことをひどく後悔する。
しかもこの男は言うに事欠いて「そうか?」などとすっとぼけた顔で言ってのけるのだ。
そんなクラウドの碧い瞳を見ながらシドは冷や汗を垂らした。
「おい、ソルジャーになるには性欲まで強化されるのか?」
そう言ってる自分もバカバカしいと、シドは顔を赤くするクラウドを横目に煙草を吸い出した。
そして少しの沈黙の後、シドが煙を吐き出すとともにボソリとひとりごとのように呟く。
「やっぱ、年の差ってやつかな……」
それには今度はクラウドが食い付いた。
「シドたちは?」
「ん? んー……いや…」
シドにしては珍しく歯切れの悪い言い方。
クラウドは不満で口を尖らせる。
「なんだよ、俺にだけ言わせて。……俺らよりももっとか?」
「バ、バカ! おまえみたいな性欲おばけと一緒にすんじゃねえ!」
思わずそう怒鳴ったそんな時――


「あら、やっぱり煙草は止めてないのね」
二階から降りて来たティファが、今日初めて見る慣れ親しんだ姿に苦笑して言った。
「あ、ああ、こればっかりは止められねえな」
もっとも子どもができた今、吸うのは部屋ではなく外ではあったけれど。
「体に良くないんだし、これを機に禁煙すればいいのに」
そう言うティファをシドはまじまじと見つめ返し、その顔をほんの少し色づかせた。
先程の話から、かつての仲間のリアルな夜の生活を想像してしまい聞かなければよかったと後悔する。
そんなティファを見ていると、心なしか肌の色艶が良いようにも見えるし、かと思えば目の下に寝不足によるクマがあるようにも見える。
そうした視線に気づいたティファは微妙な顔つきで自分を見るシドに苦笑した。
「なあにシド。私の顔になにかついてる?」
「あ、いや、その……おめーも大変だな」
結局シドは、クラウドの底なしの性欲に付き合わされているかわいそうなティファ、という結論に達してそう言った。
意味が分からずきょとんとするティファと同時に、シドはカウンターの下でクラウドからの足蹴りを喰らう。
何事にも加減というものを知らないクラウドからの足蹴りにシドは呻いた。
「何しやがんだ! てめえはよ!」
「余計なことを言うからだ」
そうして睨み合うふたりにはじめはオロオロしていたティファも、次第にこの男たちが子どものような罵り合いを始めたので呆れた顔になる。
旅していた頃と何も変わってないじゃないと、成長しない男ふたりにティファは一喝してこの騒ぎを収束させた。



「ねえシド、久しぶりなんだし今夜はうちに泊まっていったら?」
ティファからの勧めにシドは少し考えてから首を振った。
「いや、ありがたいが今日は止めとくぜ」
「どうしてよ?」
「恨まれっからよ」
「誰に?」
聞かれてシドはちらりとクラウドに目をやる。
そのクラウドはつい先程ティファに怒られたこともあっておとなしくしている。
でもその目はしっかりと余計なことは言うなと威圧的だ。
シドは苦笑し、そして言った。
「発情しっぱなしの狼に」



「なあシエラよお、若いっていいな」
家への帰り道、シドは男同士の話を思い出しながらそう呟いた。
突然切り出された話はシエラにとって当然意味のわからない話。
きょとんとした顔をシエラに向けられて、シドは照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、なんでもねえ。こっちの話だ」
答える間もなく自己完結されてシエラはクスクスと笑う。
そうして腕に抱く、その最愛の人との間に生まれた我が子に微笑みかけながら言った。
「おかしなお父さんですねー」
産着を着た我が子に話しかける妻の姿。
そんな心和む情景にシドはその顔つきを穏やかにする。
「なあ、シエラ」
「なんですか、あなた」
「いや、そのーなんだ……」
そう言って長らく口ごもったあと、シドはぼそっと言った。
「……二人目欲しいな」
腕のなかの子をあやしていたシエラは驚いた顔をとなりを歩く夫に向ける。
その夫は遠くの空を眺めていた。
そうした横顔から照れくさそうにしているのが見て取れて、シエラはやさしい微笑みを浮かべて言った。
「あなたの子どもなら、二人と言わず三人四人と欲しいです」
妻からの返事をシドは空を見上げたまま聞いた。

見事な茜色に染まる夕焼け空。
今の自分の顔色と同化してくれるそれにほっと一息つきながら、我が家へと続く道をゆっくりと歩いた。


2007年シド誕生日記念小説です。
タイトルはACの中で彼が言った私のお気に入り台詞から。
シドはスケベな話をしてもいやらしさがないと思うのはシド好きな私の欲目かな?

(2007.02.22)
(2018.10月:加筆修正)

Page Top