コンプレックス

こんなに大きくならなくてもよかったのに……
鏡に映る自分の姿を見て、ティファは小さくため息を零した。



寒かった冬の季節もようやく終わりを告げて、一気に春めいた陽気の今日。
ティファは春物の洋服を探しにユフィと一緒に街へ出ていた。
浮き足立つような気候も手伝って、ふたりはたくさんの店を楽しげに渡り歩く。
そうして入ったひとつの店で、ティファは春らしい色使いのワンピースに一目惚れした。
それは口の悪いユフィなら乙女チックと揶揄しかねないような華奢なラインのワンピース。
いつものティファでも自分にはこの手の洋服は似合わないと購入するには到らないような、そんなワンピースだった。
けれど今回はなぜか強く惹かれたそのワンピースを前にして、ティファは迷いに迷う。
店内をウロウロしてはまたその場所に戻り、未練がましくワンピースを見つめていた。そんな行為を繰り返しているうち、ユフィに試着を勧められた。
「似合うと思うよ」と言うユフィの言葉に乗せられて、ティファは試着室に入る。
けれど――
自分の大きな胸が邪魔をして、せっかくのかわいらしいワンピースがティファにはいやらしく見えてしまった。

「どお? ティファ着てみた?」
試着室の外で待つユフィの声が聞こえて、ティファは少しだけ開けたドアから顔だけを出して言った。
「うん、着てみたけどやっぱり私には似合わないかな……」
「え~? ちょっと見せてみなよ」
そう言いながらユフィにドアを強引に開けられて、ワンピースを着た全身を眺められる。
ティファはしげしげと見つめられる緊張感のなか、無意識に胸元に手を置く。
そうしてユフィからの言葉を待っていると、
「似合ってるじゃん!」
「……ほんと?」
いろいろな角度から眺めるユフィは、自分の勘が当たっていたことに満足そうにうなずきながら言った。
「ほんとだよ。そのワンピース、ティファに似合ってるよ」
お世辞を口にするような性格ではないユフィ。
そんな彼女からの似合うと言う言葉は素直に嬉しくて、ティファは購入してみようかなと気持ちが揺らいだ。
そう思ったとき、ティファは店にいた他の買い物客たちの視線を感じた。
試着した自分を見るその視線が胸に集まる。
それは特に何かを囁きあっている風でもなく、かといって嘲笑った視線を向けられているわけでもない。ただ胸元をじっと見られた。
そうした視線は、似合うと言われて少し浮ついていたティファを一瞬にして羞恥の色に染めあげた。
「やっぱり似合わないよ……」
見知らぬ人たちの心の声を先回りして呟くことで自分の心の傷を最小限に抑える。
戸惑うユフィにティファは笑ってごまかし、試着室のなかに戻った。



結局ワンピースを買うこともないまま店を後にして、ティファはユフィとカフェ屋に入った。
「気にしすぎじゃない?」
ワンピースを購入しなかった理由を聞かれてティファがそれを話すと、ユフィからはそういう答えが返ってきた。
ユフィの言う通り、ティファも気にしすぎだと思うところはある。
けれど、街を歩いていてもすれ違う人たちの視線は大体が胸ばかりなのは現実だ。
そんな口に出さずの視線は言葉にされるよりもストレートで、気にしないでいようと思うことのほうがティファにはとても難しかった。
そしていつしか、自分が買う洋服は胸を目立たせないものばかりを選んでいることに気づく。
周りを気にしすぎて本当にしたいおしゃれができないと、不満をためる自分がティファはいちばん嫌だった。

「胸が大きいことで悩むなんて、あたしからしてみれば羨ましいことだけど……」
言いながらユフィは自分の胸を悩ましげに触る。
そうしてから少しだけあきらめた感のあるため息をついて、残り少ないジュースを飲み干して言った。
「でもティファにとっては真剣な悩み、なんだよね」
気持ちを理解してもらえたことはティファの心の負担を軽くしたけれど、解決の糸口になるものは見つけられなかった。



「今日はユフィと買い物に行ったんだろ? 何も買わなかったのか?」
夜、配達の伝票を整理するクラウドに珈琲を持っていくとそう聞かれた。
「うん、かわいいワンピースはあったんだけどね……」
そう言って、ティファはまた自分の胸に手をあてる。
本当はとても気に入っていたワンピース。
それを悩みの種である胸であきらめたとはクラウドに言えなかった。
そんな風に俯いたままでいると、クラウドの座る回転式の椅子が音を鳴らした。
その音でティファが顔を上げると、机から向きを変えたクラウドが自分の膝上をトントンと叩いた。
「ティファ、ここ」
それは、ここに座って―― と促す意味のしぐさ。
ティファは一瞬で顔を真っ赤にする。
「や、やだ! 私、重いから」
そう言って逃げ腰になるティファの腕をクラウドは素早く掴んだ。
「重くない」
言われながらそのまま強引に腕を引っ張られ、ティファはその勢いのままクラウドの膝上に座らされた。
程よく筋肉の付いているクラウドの足は、ティファが横向きに座っても安定感を保っている。
しかし気恥ずかしさがティファを落ち着きなくさせる。
クラウドの上でモジモジとしながら小さな声で訴えた。
「ねえクラウド、恥ずかしいよ……」
けれどクラウドはそうした声に耳を貸さず、更にはティファの羞恥心をもっと煽るようなことを言った。
「なあティファ、ぎゅってしていい?」
―― っ!?」
驚くティファの返事を待たずに、クラウドはその身体を抱きしめる。
そうするクラウドの顔の位置はティファの胸。
「ク、クラウドっ!」
ティファは慌てて身体を離すように腕を伸ばすも、クラウドは抱きしめる腕の力を緩めることはせず、更にはその顔を胸に深く埋めてきた。
あまりの恥ずかしさにティファはクラウドの肩や背中を叩いて、そうする行為を責める。
そうされる中、クラウドは顔を少しだけ上げて小さく笑みながら言った。
「ティファの胸、大きくてやわらかいな」
好きな人からのその言葉は、今日のティファには一段と堪えた。
「気にしてるのに」
「うん、知ってる。だから言った」
いつものティファなら、そんなことを言うクラウドに頬を膨らませて拗ねるぐらいのリアクションを返していたかもしれない。
けれども、それすらも出来ないほど今のティファは落ち込んでいた。
そんなふうにうつむいたティファの頬にクラウドの大きな手が触れる。
やさしく撫でるように手のひらでティファの頬を包みながらクラウドは言った。
「いじめるために言ったんじゃない」
そのやさしい声につられて顔をそっと上げると、クラウドはやわらかに微笑んでいた。
「俺は好きなのにティファがそれをコンプレックスに感じてるのは悲しい」
自分が嫌だと思う胸をクラウドは好きだと言った。
その彼の碧い瞳をティファはじっと見つめる。
そこに偽りや慰めなどはなくて、ただただ彼のやさしさだけがあった。
ティファは嬉しくて、もう一度聞く。
「……好き?」
「ああ、好きだよ。ティファの全部が好きだ」
言われて、再びクラウドに抱きしめられる。
そんなクラウドの頭をティファはやさしい力で自らその胸に引き寄せた。
「なあティファ、そのワンピース、明日一緒に買いに行こうな」
ティファは屈託のない笑顔で大きくうなずいた。


クラウドはきっとこんな人。でもなんだかんだでおっぱい星人だとも思うw

(2007.03.10)
(2018.10月:加筆修正)

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