女の子

風呂上がりのエアリスは、いつものように化粧台に座ってスキンケアを念入りに行っていた。
化粧水、乳液、美容液。
色や形の異なる数種類のボトルを開けてはその液体を肌にしっかりと馴染ませて、そして次のボトルをまた開ける。
いつもと変わらぬその行為を今日はとてもやりにくいと思うのは、先程から感じる不躾な視線のせい。

「ちょっとユフィ、そんなに見ないでよ。やりにくいじゃない」
彼女の遠慮のない視線に耐えかねて、エアリスはそう言った。
けれど、咎められたユフィは尚もエアリスを見続ける。
「ねえ、エアリスはなんでそんな面倒くさいこと毎日できるの?」
それは旅を共にするようになって、ユフィがいつも思っていたことだった。
エアリスとティファは毎日きちんと肌の手入れをしていた。
けれど当のユフィはそういうことはほとんどしていない。
手入れらしい手入れといえば化粧水だけだ。しかもそれすらしない時がある。
そんなユフィは面倒くさいことが大嫌いな性格だ。
「だって女の子だもん。お手入れはきちんとしないとね」
当然でしょ、とばかりにエアリスはそう答えた。
「でもさ、エアリスなんてそんなことしなくてもきれいな肌してるのに」
これも素直な感想。
女の子なら言われてうれしいそんな褒め言葉にエアリスは機嫌よく微笑んだ。
「ありがとう。でもね、こういうことは毎日の積み重ねが大事なんだから」
「ふ~ん、そんなもんかね」
聞いたほど関心を示すわけではないユフィにエアリスが苦笑した時、シャワー室のドアが開いてティファが出てきた。

白い肌は湯上がりでほんのりとピンク色だ。
そしてユフィの質問攻撃の相手はそんなティファへと変わる。
「ねえティファってさ、いっつも長風呂だよね? なにやってんの?」
「えっ!? な、なにって別に普通に入ってるだけなんだけど……私そんなに長いかな?」
長風呂だという自覚がなかったティファが困惑顔で聞き返す。
そんなティファにエアリスがくすくすと笑って言った。
「ユフィはね、わたしたちが面倒なことを毎日やってるって思ってるみたいなの」
エアリスは今までの会話の流れをティファに聞かせた。
そして事の経緯を解したティファはユフィに言う。
「こういう、きれいになりたいとかおしゃれするのって女の子として生まれた特権かなって私は思うよ」
「そうそう。女の子なら誰だってかわいいって思われたいじゃない」
エアリスも続けて同意する。
しかしユフィにはそんな二人の言うことがいまいちピンとこなかった。
かわいいとかきれいとか、そんなふうに思われたいなんて正直一度も思ったことがないのだ。
「う~ん、やっぱりよくわかんないよ……」
そうぼやくと、エアリスが少しばかりのいやらしい笑い方をして言った。
「まあユフィも恋でもすればちょっとはわかるかも、ね」
そんな色恋話はユフィのもっとも不得意とする話題。
ムズムズと空恥しい話になってしまったのを感じて、ユフィは顔をわかりやすいぐらい赤く染めて言った。
「冗談! あたしにはマテリアがあればそれだけでいいもんね」
ムキになってそう言うユフィにエアリスとティファは顔を見合わせて苦笑した。



翌日、次の目的地を目指すパーティー編成でユフィはクラウドとヴィンセントのパーティーに入ることになった。
幸いにも行く手を阻むモンスターは少なく、その道行きは穏やかで順調。
トラブルがないことはメンバーにとって最も良いことなのだが、しかしそれはそれでユフィにとっては退屈な時間でもあった。

「ねえクラウド、あたし疲れたよ。休憩にしようよ」
「まだ早い」
「なあヴィンセント、その長ったらしいマント邪魔じゃないの?」
「……邪魔ではないが?」
メンバーのなかでも特に口数が少ないこのふたり。
暇つぶしに話題を振ってもこのありさまでは、自称ムードメーカーのユフィもさすがにお手上げ。
文句のひとつでも言ってやらないと気がすまいとばかりに、ユフィはふたりの前に立ち塞がった。
「ちょっと! あんたたちさ、いい大人なんだから会話のキャッチボールでコミュニケーションを図ろうって気になんないわけ!?」
「…………」
そうした力説すらも無口で返す男ふたりにユフィは脱力した。
「うん、もういいや。あんたたちにそれを求めたあたしが悪かったよ」
クラウドとヴィンセントに楽しさを求めるのをあきらめたユフィは、そんなふたりの先陣を切るように歩き出す。
おしゃべりを楽しめないのならば、すんごいマテリアでも見つけて真っ先にそれを手に入れようと、ユフィはキョロキョロとあたりを見回しながら歩いた。
しかし、そんなふうによそ見をしながら歩くユフィの様子は傍目に見ても危なっかしく、それにはさすがのリーダーも口を出さずにはいられなかった。
「おいユフィ、ちゃんと前を見て歩け」
クラウドがそう注意する。
しかしユフィはそれを適当に聞き流した。
「へいき、へいき」
後ろを歩くクラウドを見向きもせず、手をひらひらと振ってそう応えると、ふたたび辺りに視線を動かしながらフラフラと歩いた。

「マテリア、落っこちてないかな……」
そう呟いたとき、後方からクラウドとヴィンセントの声が同時にあがった。
「ユフィ、危ない!」
ユフィは大きな樹の根に足を取られた。
反射神経がいい彼女は派手に転びはしなかったものの、樹の根を避ける際の咄嗟の行動で少しバランスを崩して足を捻った。
着地した足に激痛が走り、ユフィはその場にしゃがみ込む。
そんなユフィの元にクラウドとヴィンセントがすぐに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
身のこなしが軽いユフィがおかしな着地の仕方をしたことを見逃さずにいたクラウドが心配する。
そう聞くクラウドにユフィは足首を押さえながら言った。
「うん、へいき……」
言って立ち上がろうとしたが、足に痛みが走り、顔を苦痛に歪めて再びその場にしゃがみ込む。
そんなユフィと目線を合わせるようにヴィンセントが片膝をついて屈んだ。
「足を触るがいいか?」
改まってそう聞かれることがなんだか恥ずかしくてユフィは顔を赤くした。
「なんでそんなこといちいち確認するんだよ!」
しかしヴィンセントは至って普通だと言わんばかりに答える。
「一応、女姓だから聞いたのだが」
「な、なんだよ一応って……触りたければ勝手に触れば?」
一応でもなんでも女の子扱いされたことにユフィは気恥ずかしくなり、そんな気持ちを悟られないように頬を膨らませてそっぽを向き、ぶっきらぼうにそう言う。
そんなユフィの足首をヴィンセントが確認するように触った。
上下左右と慎重に触っていたヴィンセントが眉根を寄せながらクラウドを見上げる。
「捻挫しているかもしれないな」
それを聞いたクラウドは小さく息を吐いた。
そうして立ち上がったヴィンセントと共にこれからのことについて話し合う。
そんなふたりの様子にユフィは気が引けた。

クラウドもヴィンセントも責めるようなことはなにも言っていないが、しかし捻挫したことで要らぬ迷惑をかけたのは事実だ。
しかも歩き方を注意されていた手前、これ以上自分ことで足止めなどさせたくない。
ユフィは痛みをこらえて立ち上がった。
「ほら平気だってば。だからさ、早く行こう」
なんともないとユフィは虚勢を張る。
クラウドとヴィンセントが顔を見合わせた。
ふたりの目にはそれがユフィの痩せ我慢だということは明々白々。
だけど本人がそう言っている以上、なにも言うことができない。
クラウドとヴィンセントは仕方がないという表情でうなずき、とりあえずはユフィを気にしながらも出発することにした。



しばらくはなんとか普通に歩いていたユフィだったが、その足は次第に熱を持ち、加えて痛みもジワジワと増してきていた。
当然歩くスピードも落ち、ユフィを気遣っていつもよりもずいぶんとスピードを落として歩いていたクラウドたちとの距離はさらに広がるばかりだった。
そんなふたりの気遣いが見えるから、ユフィは余計に早く歩かなければと気ばかりが急く。
一方のクラウドとヴィンセントもそんなユフィをずっと気にしていた。
いつもならうるさいくらいよくしゃべる彼女が、遅れながらも何も言わずについてきている。
なんでもない時ほど人に頼ったり甘えたりするくせに、本当に困った時には頼ってこない。
そんなユフィにクラウドとヴィンセントは顔を見合わせてため息をついた。
そうしてから、クラウドが後ろを歩くユフィの所まで戻って言う。
「ユフィ、俺かヴィンセントどちらかの背に乗れ」
それはどちらかにおんぶされろとの意味で、ユフィは顔を赤くさせながらブンブンとその顔を横に振った。
「い、いいよ! おんぶなんてされなくても歩けるから」
「おまえがよくても俺たちがよくないんだ。おまえのペースに合わせて歩いてたら日が暮れるだろ」
この期に及んでも尚、意地を張るユフィに半ば呆れながらクラウドはそう言う。
「ほら、どっちの背に乗るんだ?」
拒否権など与えず再度聞く。
さすがのユフィもこの状況で文句やわがままを言える分際でないことはわかる。
ユフィはしばらく悩み、そしてぼそっと呟いた。
「……ヴィンセント」
指名されたヴィンセントはふっと笑みをこぼすと、ユフィの前に屈んで背中を向けた。
ヴィンセントの広い背中を前にしてユフィは一瞬躊躇する。
けれどすぐにあきらめと覚悟を決めて、その肩に腕を回して大きな背中に身を預けた。
ユフィが乗ったのを確認したヴィンセントがゆっくりと立ち上がる。
いつもよりも格段に高くなったユフィの視界。
そうした眺めのよい世界は、おんぶされているという恥ずかしさを簡単に吹き飛ばすぐらいの楽しさだった。
そんな様子のユフィを見ずとも、雰囲気でリラックスしていることを感じ取ったヴィンセントは小さく笑って言った。
「ユフィ、素直に人に甘えるのもそう悪いことではなかろう」
意地っ張りな自分を皮肉る言い方ではあったが、でもここは素直にうなずいた。
「うん、悪くない」
上機嫌なユフィに今度はとなりを歩くクラウドがにやりと笑う。
「なあユフィ、なんで俺じゃなくてヴィンセントなんだ」
普段エアリスやティファ絡みでからかわれてばかりのクラウドがここぞとばかりに意地悪な質問をする。
しかしそこはユフィ。
ヴィンセントには素直な態度を見せても、意地悪な奴にはいつもの調子で切り返す。
「クラウドにおんぶしてもらったら、エアリスとティファに恨まれちゃうからね」
一枚上手なユフィにヴィンセントは苦笑う。
そしてやはり口では負けてしまうクラウドはいつものように肩を竦めた。



日没前にはなんとか他のメンバーと合流できたクラウドたち。
おんぶされているユフィの姿を見た仲間たちの反応は様々で、バレットやシドのオヤジ組はドジを踏んだユフィをひやかし、ナナキとケット・シーは心配する声をかける。
そしてエアリスとティファは女の子らしく、ヒーローとヒロインという図を思い描いたのかキャッキャと楽しげにはしゃいでいた。
そうした皆の反応は、ユフィの顔を夕焼けと同じくらい真っ赤にさせた。


2005年ユフィ誕生日記念小説です。
キャラ的に性別を感じさせないユフィを女の子だと意識させてみたかったお話です。

(2005.11.18)
(2018.10月:加筆修正)

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