彼女のヒーロー

ザックスのソルジャー1stとしての初任務は二ブルへイムの魔晄炉調査。
近年増殖し続けるモンスターの異常発生の原因を究明するため、英雄セフィロスとともに派遣された。
容易いと思えたその任務にザックスは少しばかりの不満はあったものの、それでもやはり1stとして初めて活動できる興奮は大きくて、また同行する兵が親友のクラウドだったこともあって、ザックスは移動する車中でも終始高いテンションだった。
そしてそのテンションは、目的地である二ブルへイムに到着しても続いていた。
セフィロスから一通りの説明を受け、明日の魔晄炉調査までは自由にしていいとの指示が出てひとまず解散となったとき、ザックスはすぐさまクラウドに近づいた。


「なあクラウド、村案内しろよ。どこか面白いところないのか?」
クラウドの故郷はここニブルヘイム。
だからザックスにとって初めて訪れたこの地をクラウドに案内してもらおうと思ったのだ。
しかし、当のクラウドは久しぶりの帰郷だというのに暗鬱な表情。
それは移動の車中でもそんな感じだったのだが、クラウドは乗り物に酔いやすいタイプ。だからそれで沈んでいるのだと、この時のザックスはあまり気に留めていなかった。
けれどその憂鬱な感じは到着してからますます顕著に現れていた。
そんなクラウドが辺りをはばかるようにきょろきょろと視線を落ち着きなくして言った。
「この村に面白いところなんてないよ。ザックス、悪いけど俺、家に戻るから」
言うだけ言ってクラウドは足早にその場を立ち去ろうとする。
そうする背中にザックスは慌てて呼びかけた。
「お、おい、ちょっと待てよ、クラウド!」
すでに歩き出していたクラウドがピタリと立ち止まる。
そうしてからくるりとザックスに向き直り、少しきまり悪そうに言った。
「あと、ここでは俺の名前を呼ばないでくれ」
それだけ言うと、クラウドは人目を避けるようにして自宅に戻って行った。
そんなクラウドの後ろ姿をザックスはただ呆然と見送る。
そしてしばらくクラウドの言った意味をその場で考えてみたが、結局その真意をはかりかねた。
ザックスはため息混じりにひとりごちる。
「例の彼女、紹介してもらおうと思ったのに」



今回の任務に出る少し前、クラウドから無理やり聞き出した好きな女の子の話。
合コンに誘っても滅多に参加しないクラウドを変わった奴だと日頃から思っていたザックス。
女の子に興味がない男なんているはずがないと思っているだけに、クラウドのそうした態度はなおさら不思議だった。
それでなんとか口の堅いクラウドから話を聞き出せば、好きな女の子が故郷にいると言う。
親友が好きになった女の子にザックスは当然のことながら興味を抱いた。
そして今回の任務が偶然にもクラウドの故郷ニブルヘイムであり、且つクラウドも同行するとあって、どんな女の子なのか紹介してもらおうと思っていたのだ。
しかし当の本人がいないのでは話にならない。
当てが外れたザックスは仕方なくひとりで村の探索を始めた。
けれどクラウドの言うように、この小さな村では見どころのあるようなものはなにも見当たらなかった。
観光地ではないただの片田舎に娯楽を求めるのがそもそも間違いだったと、ザックスは深いため息をつき、ここは大人しく宿屋に戻ろうという結論に達する。
そうして宿屋に向かって歩き出したそのとき、密集する民家から少し離れた場所にある古びた大きな屋敷がザックスの足を再び止めた。
周囲の建物と比べて明らかに肌合いが異なるその屋敷。
異様さだけが目立つそれに興味を惹かれ、もともとが好奇心の塊でもあるザックスは迷うことなくその屋敷に近づいた。

「誰か住んでるのかな……」
人が住んでる気配が感じられないその館。
背の高い門扉の前でしばらく様子を窺っていたが、考えるよりも行動が持論のザックスは中に入ることを早々に決意する。
そうして門扉に手を掛けたその時……

「中はモンスターでいっぱいよ、ソルジャーさん」
不法侵入という後ろ暗さも手伝って、ザックスは突然のその声に必要以上に驚く。
慌てて振り返ると、そこには長い黒髪に紅い瞳を持つ女の子が立っていた。
にこにこと楽しそうな笑みをたたえながら、彼女はその紅い瞳を少しだけイタズラっぽく輝かせている。
「ソルジャーさんでも危険だと思うけど」
相当な破壊力を持つモンスターがいるのか、はたまた彼女がソルジャーの実力を知らないだけなのか。
無邪気な笑みをみせる彼女はおそらく後者だと思われて、ザックスはニヤリと笑み返しながら立てた親指を自分の胸に向けて言った。
「ザックス」
一瞬きょとんとした顔をする彼女だったが、すぐに意味を解したのかクスクスと屈託のない笑顔を見せる。
そうしてから右手を差し出して言った。
「私はティファ。よろしくね、ザックス」

年の頃なら自分よりも二つか三つ下と思われる彼女。
初対面でも気さくに話すザックスは、同じく人見知りをしない彼女ともすぐに打ち解けた。
そしてその彼女の好意で村を案内してもらい、最後に村全体が見渡せる小高い丘に案内された。



「ここは私のお気に入りの場所。ひとりになって考えごとをしたい時に来るの」
そう言ってティファは芝の上に腰を下ろし、膝を抱えるようにしながら遠くの山々を眺めた。
穏やかな風がそんな彼女の黒髪を靡かせて、幼さの残るその顔に少しの色香を漂わせる。
そんな表情を見て、ザックスは少しからかい気味に聞いた。
「考えごとって、例えば好きな男のこととか?」
聞かれてティファは、はにかみながらも素直にうなずいた。
白い頬をほんのりとさくら色に染めるそんなしぐさは、ザックスの周りではあまり見ることのないタイプ。
それがザックスにはとても新鮮に見えて、そんな彼女をかわいいと思った。
そのティファは少し慎重な面持ちをザックスに向ける。
「ねえ、ザックスはソルジャーなんでしょ?」
「まあね」
少し自慢げに胸を反らせてそう言うと、ティファはそれに対してちょっと笑んでから再び神妙な顔つきで言った。
「じゃあ、……クラウドって人、知ってる?」
ティファの口から出たごく身近な人物の名にザックスはドキッとする。
そして、その名を口にしたティファをまじまじと見つめた。
―― クラウドの好きな女の子は彼女かも知れない
そう思った時にはすでにザックスの口からは嘘の言葉がついて出ていた。
「ごめん、俺はそんな名前の奴は知らない」
「……そっかー」
ティファは傍目にもはっきりとわかるほど肩を落とした。
そのあまりの落ち込みようにザックスは心が痛む。
そして嘘をついた罪悪感も相まって、いつも以上におどけた口調で聞いた。
「もしかして、そのクラウドって奴がティファちゃんの好きな男?」
すると、ティファの暗く沈んでいた顔がパッと赤く色付く。
そして恥ずかしそうにしながらも、
「……うん。クラウドはソルジャーになるって言って村を出て行ったの」
そう言って、ティファはクラウドとの関係を話しはじめた。


「クラウドがね、約束してくれたの」
「約束?」
「うん。クラウドがソルジャーになって、もし私が困ってたら助けに来てくれるって」
それを聞いて、ザックスは村に着いてからのクラウドの不可解な行動にすべて合点がいった。
おそらくクラウドはソルジャーとして帰郷できなかったことを恥じたのだろう。
好きな子とそんな約束をしていたのなら尚更だったかもしれない。
けれど彼女なら、ソルジャーではない今のクラウドと再会したとしても、残念だとか軽蔑だとかせずに素直にその再会をよろこんでいたと思う。
たった数時間しか一緒に過ごしていないザックスがそう思うのだ。
それこそ幼少期から彼女を見ているクラウドならそんなこともきっとわかっていたはず。
でも、ザックスにはクラウドがそうした行動を取った気持ちが痛いほどよく分かる。
男としてのプライドがそうさせたのだ。
男なら誰だって、好きな女の子の前ではかっこよくいたいと思うものだから。

そう考えるザックスにティファは頬を染めながら話し続ける。
「離れてから私、クラウドのこといっぱい考えるようになったの。元気にしてるかな? とか頑張っているのかな? って」
クラウドがソルジャーとして活躍している記事が載っているかもしれないと、今まで読まなかった新聞まで読むようになったと彼女は言った。
それを聞いて、もしできるなら今すぐにでもこのことをクラウドに伝えてやりたいとザックスは思った。
おまえの好きな女の子はこんなにもおまえを大切に想ってるんだってことを。
クラウドはどんなによろこぶことだろうか。
こんなに近くにいるのに会うこともできない歯痒さを強く焦れったいと思った。
そしてそれと同時に、ザックスはクラウドのことを少し羨ましくも思った。


最近知り合った花売りの女の子。
今、ザックスがいちばん気になっている女の子だ。
ザックスとしては真面目にその彼女に求愛しているつもりなのだが、如何せんこの性格。いまいち信用されていないのが現実。
だから彼女もこんなふうに自分のことを少しでも考えてくれていたら最高だなと思った。

ザックスはそんなことを考える自身に照れくさくなって頬をポリポリと掻く。
そうしてからティファに向けて力強く言った。
「ティファちゃん、そのクラウドって奴はさ、きっと今頃がんばってると思うよ。その約束を守るためにね」
実際にソルジャーになろうと努力をしているクラウドを目の当たりにしているだけに、それだけは彼女にきちんと伝えてあげたかった。
そう思うザックスにティファはうれしそうにうなずく。
「うん。私も絶対そう思う」
彼女のクラウドに対する揺るぎない想いや信頼が垣間見えるその言葉。
そうした彼女は男から見ればとてもかわいくて、あのクラウドが好きになるのも仕方がないように思えた。
「ティファちゃんってモテるでしょ?」
最大の褒め言葉を述べたつもりのザックスだったが、当のティファにしてみれば話の前後に脈絡がなく、からかわれたのだと思ったのだろう。
その顔を真っ赤にして頬を膨らませながら言った。
「ザックスは女の人から軽い人って言われるでしょ?」
花売りの彼女と同じことをこの年下の女の子からも言われてしまい、ザックスはまいったとばかりに苦笑するしかなかった。



西に傾いた陽がニブルヘイムの山々を橙色に染め始める。
ティファは立ち上がり服についた草を手で払うと、となりに座るザックスを見て言った。
「明日はよろしくね」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げるザックスにティファは満面の笑みで続けた。
「ニブル山へのガイドは私。だから明日はモンスター退治よろしくね、ソルジャーさん」
おどけるようにそう言って、ティファはザックスに手を振り、丘を駆け下りて行った。
その彼女の跳ねるような元気な後ろ姿を見送りながらザックスは目を細める。


―― 大丈夫、それは君の近くにいるヒーローの役目
きっとあいつなら、どんなことがあっても必ず君を守ってくれるから


ザックスはクラウドにとってもティファにとってもいい兄貴っていうイメージ。

(2005.11.23)
(2018.10月:加筆修正)

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