一緒に大空を

「シエ~ラ! 茶出すくらいでなんでそんなに時間がかかるんだ!?」
シドの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。
そんな怒鳴り声をうけたシエラは、キッチンから申し訳なさそうに顔をだして告げた。
「ごめんなさい。ちょっと珈琲豆が足りなくて……」
そうした返答にシドはさらに苛立ちながら、吸っていた煙草を乱暴に揉み消した。
「だったらボサッとしてねえでさっさと買ってこい!」
「そうね。皆さんすみません、もう少しだけお待ち下さい」
そう言って頭を下げ、買い物に出ようとするシエラをティファが慌てて呼び止める。
「シエラさん、そんなに気を遣わないで」
「ありがとうティファさん。でも大丈夫、すぐ買って来ますから」
おっとりとした笑顔とやわらかな口調。
そうしたシエラの様子はシドにさらなる青筋を立てさせる。
「シエ~ラっ! 無駄口はいいから早く買ってこい!」
シドに急かされて慌てて買い物に出るシエラをティファが気遣わしげな顔で見送る。
その玄関ドアが静かに閉まると、ティファは柳眉を逆立てながらシドに向き直った。

「ちょっとシド! なんなの、あの言い方!」
美人が怒るとなかなかの迫力で、それまでふんぞり返っていたシドだったが、これには少しばかり動じた。
「な、なんでぃ」
「あれが奥さんに対しての言い方なのかって言ってるのよ!」
シドは旅が終わったあと、シエラと結婚をした。
シドと出会った当初もシエラに対しての物言いや態度など目に余るものがあってとても驚いたが、それでも最後にはシエラを認めて結婚をするまでになった。
それなのに……
「結婚して少しは丸くなったかと思ったのに全然変わってないじゃない!」
ティファの憤りはおさまらない。
そしてそんなティファを加勢するようにユフィも憤然とした顔でシドを睨んだ。
「ほんとだよ! 大体なんだってそんなにえらそーなのさ!」



今日はかつての仲間たちがシド宅に全員集合している。
ひさしぶりの再会に皆なごやかに近況などを語り合っていた中、こうした事態が起こったのだ。
シドの横柄な態度はティファやユフィの女性陣のみならず、他の男性メンバーたちからも非難の目を向けられる。
そんな仲間たちからの冷たい視線を浴びてシドはかなり狼狽えながらも、それでも口だけは悪態をついた。
「なんでぃ、みんなして寄ってたかって、おめえらには関係ねえだろ!?」
開き直りとも取れるそんな態度のシドに、ユフィは冷ややかな一瞥をくれながら両腕を頭の後ろに組んで言った。
「妻にやさしくない夫なんて最っ低~」
「まったくだ。オレは自慢じゃねえが、そりゃミーナを大事にしてたぜ」
愛妻家のバレットがユフィに同意するようにそう言う。
「オイラも今のシドは乱暴すぎてあまり好きじゃないよ」
「いくら飛行士としての腕が高く、部下から慕われていてもさすがにあれでは……」
ナナキとリーブも交互に非難の言葉を浴びせた。
「亭主関白も度が過ぎるとただの利己主義者だな」
他人のことには滅多に口を出すことのないヴィンセントまでもがキツイ一言を浴びせた。
そうした皆からの遠慮のない物言いにはさすがのシドも少し落ち込む。
そしてそんなシドに最後は元リーダーらしくトドメの一言を刺そうとクラウドが口を開きかけた瞬間、シドはそんなクラウドにちらりと視線を走らせて言った。
「クラウド、おまえにだけはとやかく言われたくないからな」
女に冷たいなど以前の問題だと補足するシドに何も言わせてもらえなかったクラウドが落ち込む。
しかしティファがすかさず、そんなクラウドをフォローした。
「あら、クラウドはやさしいわよ?」
「それはティファ、おまえに対してだけだ」
ため息まじりにシドは言い返した。
これにはシドに同意だと、他の仲間たちは皆、無言でうなずきあう。
そんな仲間たちの反応にティファは頬を羞恥の色に染めながらも、コホンと軽く咳払いで場を仕切り直し、そして毅然とした態度でシドを指差した。
「とにかく! 今のシドじゃあそのうちシエラさんに愛想尽かされちゃうからね!」
「へっ! 出て行きたきゃどこへでも行きやがれってんだ」
完全に尻をまくってしまったシドに仲間たちはもう何も言わなかった。



皆が帰った夜、シドは飛空艇の設計図に目を通していた。
旅で酷使したハイウインドがかなりガタついていて、大規模な修理を必要としていた。
そしてそんな大掛かりな修理になるのなら、ついでに改造も兼ねたいとシドはここ数週間、設計図と頭をつき合わせる毎日だった。

「あまり根詰めると身体に悪いわよ」
シエラがそう言いながらコーヒーを机に置く。
そうしたシエラを見ながら、シドはふと仲間たちに散々言われた昼間のことを思い出した。

口の悪さは生まれつき。
だけど口にする言葉ほどに酷いことをしているつもりも、また悪意もシドにはなかった。
しかし仲間たちにあれほどまでに責められると、自分だけがそう思っているのではないかと自信をなくす。
「なあシエラよ、……おまえは、これで良かったのか?」
「ん?」
シドは”オレと結婚して良かったのか?”と聞いたつもりだった。
けれどそんな問いかけはあまりにも唐突で、しかもかなり端折りすぎていてシエラをきょとんとさせるだけだった。
「いや、なんでもねえ。忘れてくれ」
シドは頭をわしわしと掻きながら再び設計図に目を落とした。
そんなシドにシエラはふわりと微笑む。
「ねえシド、ちょっと散歩でもしない?」
自分の質問も突拍子ないと認めるが、更にそれの上をいくシエラの唐突な散歩発言にはシドも呆れる。
そしていつもなら”こんな時間になに寝ぼけたこと言ってやがんだ!”と言っているところだが、シエラがあまりにもやさしく微笑んでいたのでそんな言葉も出てこない。
完全に調子を狂わされたシドはため息混じりに持っていたペンを机上に放り投げると、煙草に火をつけながら玄関へと向かった。
「ほら、さっさと行くぞ」
そうしたシドの背中からシエラのクスクスと笑う声が聞こえた。



ロケット村の名物でもあった錆びて倒れかかっていたロケットも今はもうない。
それでも残された発射台を見上げるだけで、シドはかつて神羅がまだ宇宙開発に力を注いでいた熱き時代を懐かしく思い出していた。
夜空に無数に輝く星を見上げなら紫煙をくゆらせていると、となりに並ぶシエラがぽつりと呟いた。
「あの時、宇宙へ行った時、私の夢は叶ったって思ったの」
シエラはクラウドたちと宇宙へ行った時のことを言った。
「あなたのロケットの整備に携わって、あなたが宇宙に飛び立つ。それだけで私は嬉しかった。だけどあの時、一緒に宇宙に行けた。あなたと同じ景色を見ることができた。私はあの時のあなたの顔を忘れない」
そう言ってシエラは幸せそうに笑う。
「そして改めて思ったの。ああ、私はやっぱり大空を夢見るあなたが好きなんだって」
シエラはそう言うと、となりに並ぶシドをちらりと見た。
そのシドはただ黙って話を聞いている。
うんともすんとも言わずに夜空を見上げなら煙草を吸っていた。
そんな風に自分のことを言われているにもかかわらず素知らぬ態度を見せていたシドだったが、でもその目の端がほんのりと赤くなっていることがシエラを小さく笑わせた。
「だから、あなたから結婚を申し込まれた時すごく嬉しかった。これからはあなた自身のサポートをしていけることに喜びを感じたの」
シエラはシドの無骨な手をそっと握る。
「私はあなたからいろいろ言われるの嫌いじゃない」

うるさく言われるのはそれだけ期待されている証拠。
ロケットの整備時代もそうだった。
口はどんなに乱暴でも、心はとてもあたたかくてやさしい人。
そしてどんなに悪態をついても、決して人を見捨てることはしない人。
そんなシドだから一生ついていこうと決めたのだ。


それまで黙って話を聞いていたシドが大きく息をついた。
それはどこか安堵にも似たため息。
そうしてから、シドはニヤリと笑って言った。
「来客がある時は事前に珈琲豆のチェックくらいはしろよな」
そんな小言を言うシドの口調はやわらかい。
シエラは嬉しそうに微笑んで答えた。
「はい、そうですね」


2006年シド誕生日記念小説です。
シド大好きです。ほんとかっこいい。

(2006.02.19)
(2018.10月:加筆修正)

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