いちばん

クラウドの大切なもの
―― フェンリル
その収納スペースであるガレージはひんやりとした空気に包まれていて、カチャカチャと工具の音だけが静かに鳴り響く。
明かり取りの天窓から見える空は鉛色の雲に覆われた雪曇り。
今日辺り、この冬はじめての雪が降るとテレビの人が言っていた。



「クラウド、珈琲ここに置いておくね」
「ん、ありがと」
そう言って、再びフェンリルをいじり始めた。
以前はエンジニアの人たちとカスタマイズを重ねていたけれど、今は彼ひとりで細かい部分に手を加えている。
時間さえあれば、飽きることなく自分好みにカスタマイズする彼。
物事にあまり興味や執着をみせない彼だから、ここまで夢中になれるほどの趣味を見つけたことを素直にうれしく思う。
そしてそんな彼をそばで見ているのはとても楽しかった。
だけど――


「クラウド、寒いね」
「そうだなー……」
「雪、降るみたいだよ」
「ん~……」
彼に話しかけても返ってくるのは生返事ばかり。
愛車を弄る彼は真剣で、楽しそうで、私の存在を忘れてしまったみたいで――
地べたにあぐらをかいて座る彼をそっと見つめた。
「ねえ、クラウド」
「んー?……」
休まることのない手。
碧い瞳に映すのは、私じゃなくてフェンリル。
その横顔を振り向かせたくて、私は彼の頬にキスをした。
すると、さっきまで忙しなく動いていた彼の手がピタリと止まる。
そしてゆっくりと顔を私へと向けた。
途端、彼の頬にさっと赤みが差す。
そんな彼に私は聞いた。
「私とフェンリル、どっちが大事?」
ちょっとしたやきもちから出たイジワルな質問が彼を困った顔にさせた。
「……比べる対象がおかしいだろ?」
もっともな事を言う。
でも私はそんな言葉を聞きたい訳じゃないと首を横に振った。
「どっち?」
静かなガレージに張り詰めた空気が漂い、静寂さが一層増す。
彼の手の内ではペンチがクルクルと意味のない動きを見せていた。
それに視線を落としていた彼は小さな息をつくと、ゆっくり顔を上げる。
そして――

「ティファもフェンリルも同じくらい大事」
彼が長いこと考えてやっと出した答えに私は苦笑した。
私をなだめるために適当にごまかすということさえ出来ない不器用で正直な彼。
さっきよりも手に持つペンチを落ち着きなく弄る。
そんな姿がたまらなく愛おしくて、私は彼の背中にぎゅっと抱きついた。
「いじわるなこと聞いて、ごめんね」
すぐそばにある精悍な頬にキスをする。
「…っ! ティファ!?」
上擦った声とともに手の内から滑り落ちたペンチが床のコンクリートを打ち、金属音がガレージに響き渡る。
そうした彼は耳まで赤い。
私はそんな彼の大きな背中に自分の背中を合わせて座った。
「もう邪魔しないから、こうしててもいい?」
「あ、ああ」
返ってきた言葉数はやっぱり少ないけれど、でもちゃんと私に向けられたやさしい声の返事。
見えないあなたの顔を想像した。



きっと、まだ真っ赤だよね?
でもね、私も同じ。
だからしばらくこうして背中合わせでいさせてね。
私の背中に伝わる温もりであなたを感じているように、あなたの背中で私を感じて。
私がそばにいること忘れないで。
空から冬の天使が舞い降りたら、いちばんにあなたを呼ぶから。
そうしたらその碧い瞳に私を映して。
―― ね、クラウド


2006.12月の拍手お礼SS。
フェンリルをめちゃくちゃ大事にしてそうなクラウドにも、それにやきもち妬いちゃうティファにも萌える。

(2006.12.01)
(2018.10月:加筆修正)

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