好きだから

モヤモヤとする気持ち
チクチクと痛む心
じわじわと広がる不安
そんな負の感情がまた私を襲う



ランチタイムで賑わう昼間のセブンスヘブンは、アルコールを扱う夜とは違って女性客が多い。その中でも特にOL層が多いのは、この付近にオフィスが多く点在するからだろう。
そうした客たちの限られた時間の中で、いかに手早くおいしい料理を提供できるかがこのランチタイム営業においては重要なポイントとなる。
だから今は他のことを考える余裕や見る余裕なんてあるはずもない。
それなのに、私はめまぐるしいほどの忙しさの中であっても、目だけはチラチラとある一点を追っていた。

クラウドに話しかける女性客。
本業であるデリバリーがない日のクラウドはオーダーを取ったり、出来上がった料理を運ぶウェイターとして店に出て手伝いをしてくれる。
愛想がないのは百も承知。
けれども猫の手も借りたい今、そんな贅沢は言ってられない。
はじめは皆、そんな無表情なウェイターに驚く。
けれど、彼は表情が乏しいだけで態度が悪いわけではない。だから客たちはすぐにクラウドのことをこういう人なのだと理解してくれた。
そんな心広い客に助けられている―― というのは建て前で、実のところは彼のその整った顔立ちがかなりプラスに働いてくれているに違いないと私は密かに思っているのだ。
現に、当の本人は気付いていないが彼目当ての女性客は結構多い。
積極的なアプローチを目にしているわけではないけれど、女の勘でそう感じた。
だからもしクラウドにもっと話しかけやすい雰囲気があったのなら、皆アクションを起こしていただろうと思う。
けれど皆が皆、消極的なわけではない。
中には積極的な女の人もいるわけで、今クラウドに話しかけている女の人がまさにそれだった。
ここ最近、毎日のように来店する彼女。
会社のOLさんなのか、小綺麗な身なりに知性が漂う美人なひとだ。
そんな彼女はクラウドのいる日は長居をするし、彼を呼び止める回数も多い。
そしてそうする彼女の存在は私を必要以上に不安に煽った。



昼休みもそろそろ終わりという頃、客足も減った店内に彼女はまだいた。
忙しなく動いていたクラウドを呼び止めてゆっくりと話ができる、彼女にとってはそういう時間でもあった。

「ねえクラウドさん、私いま占いにハマってるの」
皿を下げに来たクラウドに彼女は微笑みながらそう言った。
そうした話題を振られて、それに対してなんと答えていいのかわからないといった様子のクラウドが「……そうなんですか」と当たり障りなく応える。
でも彼女はそんなクラウドの態度にもめげずに続けて言った。
「占ってあげる」
言って彼女は黙々とトレーに皿を乗せていたクラウドの手を掴んだ。
急に手を掴まれたクラウドは戸惑った顔をしている。
そんなクラウドに彼女はクスッと笑った。
その微笑みは女の私から見てもゾクッとするような色っぽさ。
そして彼女はクラウドの手に触れながら自分の手をそっと添えた。
「クラウドさんの手、キレイね」
この瞬間、私は彼女に強い嫌悪感を抱いた。

大剣を握ってきたクラウドの手は大きくて逞しい。
けれど彼女の言うように、すっと伸びた長い指がとても綺麗なのだ。
力強さと男の艶さを兼ね備えたクラウドの手。
私に触れるときのその手はとてもやさしくて温かく、そうした手から彼の普段あまり口にしない想いが伝わって私を満ち足りた気持ちにさせてくれるのだ。
だからその手に安易に触れる彼女を私は嫌だと思った。
見ていたくないそんな光景からすぐに目を逸す。
そんな心の動揺は、私が手にしていたグラスを床に落とさせた。
派手に割れたそんな音は、店内にまだ少し残っていた客と自分が最も気にするふたりの視線を集める。
しかしそんなアクシデントがあっても、彼女の手がクラウドの手から離れることはなかった。
皆の視線が自分に集中する恥ずかしさと、それよりも勝る嫉妬が私の顔を熱くさせる。
「ご、ごめんなさい」
驚かせてしまったことを皆に詫びてから、割れたグラスの破片を拾おうとしゃがんだ。
そんなカウンターの内側で、店の中にいつものざわめきが戻ったのを耳にしながら砕け散ったグラスの破片を拾うでもなくただ見つめる。
今また立ち上がれば、またあの光景を目にしなければならない。
そう考えると気は重く、できればこのままずっとカウンターの内に身を潜めていたいと思った。
そうした私の頭上から、「大丈夫か?」と声が降ってきた。
顔を上げるとクラウドがカウンター越しに身を乗り出して心配する顔を覗かせている。
様子を見にきてくれたことが嬉しくて、いじけるようにしていた私はすぐに立ち上がった。
大丈夫、と笑顔で応えようとしたその時、クラウドの肩越しに見えた彼女の表情が浮き足立つ私に冷水を浴びせた。
クラウドとの会話を中断させられて不満の色を濃くしたその表情。
そんな感情を隠しもせず、ストレートにぶつけてくるその視線が痛かった。
「だ、大丈夫。私ちりとり取ってくるから」
心配顔のクラウドにそう言って、逃げるように店の裏へと引っ込んだ。



段ボールに入った食材や酒瓶が置かれた狭い通路を通り、勝手口に向かう。
そうして目的のものであるちりとりを手にしたものの、私はそこからどうしても動くことができなかった。
今頃、店の中ではクラウドが彼女に手相を見てもらっているかもしれない。
彼女の色っぽい姿に心を動かされているかもしれない。
醜い嫉妬、酷い独占欲。
そのどれもクラウドには絶対に知られたくない。
でも今店に戻れば、私はそんな感情をうまく隠すことができないと思った。
小さなため息を吐く。
私はいつからこんな卑しいことを思うようになってしまったのか。
再びため息をついたそんな時、勝手口のドアが開き、そこからクラウドが顔を覗かせた。
「ティファ、客いなくなったから準備中の札に変えたぞ」
ランチタイムが終われば、店を一旦閉めて夜に再び店を開ける。
そのことを告げるクラウドの報告は、あの彼女も帰ったのだということを意味していた。
心のうちに広がる安堵感。
そんな自分の気持ちに正直な感情も今の私にはとても醜いと思えた。
「……どうした?」
心配そうにするクラウドの顔。
私はあわてて笑顔を取り繕った。
「う、ううん、なんでもない。は、早く片付けなきゃ……ね」
あからさまに不自然な態度の私にクラウドは不可解な顔をする。
これ以上都合が悪い何かを詮索される前に、私は彼を残してひとりさっさと店の中へ戻った。



割れたグラスがそのままになっているその場に立つと、後ろをついてきたクラウドに小さく笑われた。
「だけど、ティファがグラス割るなんて珍しいな」
店の手伝いをしてくれるクラウドは何度か皿やグラスを割っている。
だから彼はただ純粋にそのことを言っているのだとわかってはいた。
けれど、私はグラスを落としてしまうほど嫉妬して動揺していたことを彼に悟られてしまうのではないかと懸念して、あわてて話題を変えた。
「て、手相見てもらった?」
原因がそれであるにもかかわらず、まるで気にしてないとばかりに私は自分を偽って知りたくもないことを聞いた。
そんな突飛な話題の振り方はクラウドを一瞬きょとんとさせた。
ややして、小さく息をついて彼は言う。
「ああ、見てもらったよ」
そう聞いた途端、無理して作った私の笑顔は脆くも崩れた。
「そう……」
やっと出たその一言は自分でも驚くほどに暗く沈んでいた。
作り笑顔を浮かべる気力もなくて、そんな顔を見られまいとグラスの破片を拾うために屈む。
そうする私にクラウドは話を続けた。
「けど、あれならケット・シーの占いのほうがマシだな」
「え?」
含みを持たせた言い方に顔を上げると、クラウドが私と同じように屈んだところだった。
「危ないから俺がやる」
グラスの破片を拾うことを制されたが、先の言い方に気を取られていた私はその制止に気づかず、割れた破片を触った。
瞬間、指に小さな痛みが走る。
―― っ!」
破片で傷つけたその指先から血が少し滲み出す。
顔をしかめた私にクラウドは小さくため息を零した。
「本当に今日はどうしたんだ?」
クラウドは少し呆れたようにそう言ってから、私の頭を大きな手でポンポンとして立ち上がる。
そして一度その場を離れ、救急箱を持って再び私の前に屈んだ。
クラウドに手を掴まれ、血の滲む指先に消毒液を浸したコットンを当てられる。
私が大好きな大きな手。
その一連の動き。
それらを眺めながら……


「ねえ、クラウド」
「なんだ?」
「……好き、だよ」
想いを伝える私に彼は絆創膏を巻きながらニヤリと笑って言った。
―― 知ってる」


やきもちティファと余裕ぶっこきクラウド。

(2007.04.01)
(2018.10月:加筆修正)

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