欲する男、溺れる女

強引だとわかっていても
自分勝手でわがままな行為だとわかっていても
彼女を強く求めて止まない、そんな夜――



クラウドからの熱い抱擁はティファを戸惑わせた。
”おかえりなさい”と”ただいま”のいつもの挨拶を交わしたあと、無言で近づくクラウドにティファはただただ後退りする。
その気迫に押されて壁に背がつき、逃げ場をなくしたときにはすでにクラウドに抱きしめられていた。
「ク、クラウド!?」
「……なに?」
耳を掠める熱い吐息がティファの口を一瞬噤ませたが、それでもなんとか冷静に言を返す。
「なにじゃなくて……」
「……イヤ?」
そう聞く声は低い掠れた声。
その艶っぽさと、その言葉に含まれている意図にティファはまた口を噤む。
そんなティファを見て、クラウドがふっと口角を上げて笑った。
「無言なのは聞き入れたと思っていいんだよな?」
相手を追い詰める言葉が容赦なくクラウドの口からついて出る。

ティファを抱きしめた瞬間から理性なんてものはない。
ふわりと香る彼女の匂い。衣服を纏っていながらも感じるやわらかな肢体、温もり。それら全てにクラウドの身体は正直に反応した。
「そんなこと……」
ティファはいつも曖昧に言葉を濁す。
“いい”とも“いやだ”ともはっきり言わない。
相手のことを考えるあまり自己主張できないでいるのだ。
そうわかっていながらも、そんな彼女の弱みにつけ込む自分は最低だとクラウドはいつも思う。
けれど、もう後には退けそうもない熱が穏やかではない手段を取らせる。
「そ、じゃあ身体に聞く」
「え?」
そう言って不意に顔を上げて隙を見せたティファの唇をクラウドは自身の唇で強引に塞いだ。
彼女の抵抗を許さず、身動きも出来ないほど強く深く胸に抱きしめる。
塞いだ唇からくぐもった甘い声が零れたのを聞き逃さず、次第に拒否感をなくす彼女にクラウドはさらに激しく攻め立てた。

そうした情欲な口づけにティファは立っているのも辛くなったのか、近くのソファに身体を崩す。それに合わせてクラウド自身の身体も沈めた。
纏う衣服ももどかしく服裾から白く滑らかな肌に直接手を這わせると、ティファはここで初めて抵抗の言葉を発した。
「やっ…こんなとこじゃ、いや」
震わせた小さな声の願い。
けれど、すでに時遅い。
―― ベッドまでもう待てない」
そう言い捨てて、再度、彼女の唇を塞いだ。
次第に淫らな二人の息づかいが薄暗い店の中に蔓延する。
時を忘れ、我を忘れて、甘美な情事に溺れた。



静寂さを取り戻した店内は、時計の秒針の音だけがカチカチと微音を発していた。
深い海のようなその空間で半端に服を乱し、気怠さを身体に残すティファの姿は、たった今放熱させた身体をいとも簡単に呼び覚ますほどに妖艶。
だけど、それと同時に罪悪感がクラウドを襲うのもまた事実で、それが声となって表れる。
「ごめん……」
「……謝るくらいなら最初からしないでよ」
当然の言葉が返ってきた。
「クラウドはいつも勝手。勝手で、わがままで、強引で……」
彼女の口から出る責め咎める言葉は止まらず、それはひどくクラウドの身に滲みた。
非難の色を濃くした紅の瞳を直視できずにうつむくと、少しの沈黙。
そして先程の責めたてる声とは打って変わって弱々しい声が続いた。
「でも、私は……そんなクラウドでも好きだから抵抗できない」
クラウドが顔を上げると、声と同じくらいの弱々しい表情の彼女。
その力ない顔に自身を嘲るような笑みを浮かべてティファは言った。
「簡単に溺れる私を軽蔑する? それとも都合のいい女だと思う?」
笑みを消し、真意を捉えようとまっすぐに見つめる強い瞳。
けれどそんな強い瞳とは裏腹に、乱れた衣服を胸元でかき合わせて強く握りしめる小さなそのこぶしは震えていた。
クラウドはたまらず、そんなティファを強く抱きしめる。
「一度もそんなふうに思ったことはない」
「それなら謝らないで。謝られると私は、ただの……」
それ以上、自身を卑しめる言葉を紡がせないようにクラウドは口づけでそれを止める。
ティファの震えた唇から不安が伝わり、それは言葉が足りない非情さをクラウドに痛感させた。
彼女なら理解してくれているという思い上がり。


「好きだから……どうしようもなく好きだからティファが欲しくなる」
理由は至って単純。それでもそれは偽りのない気持ち。
そうした告白は、不安を漂わせていた彼女の顔から小さな笑みを零れさせた。
そして頬を濡らさずに済んだ涙で瞳を潤ませてはにかむ。
そんな表情やしぐさひとつひとつがクラウドにはたまらなく愛おしく、その溢れる想いと比例するように欲情が湧き上がり躯をも求めて止まない。
足りることを知らない愛欲にクラウドはきつく眉根を寄せた。
「そんな顔するな……」
ひとりごとのように呟き、クラウドはティファの腕を掴んでそっとその顔を窺った。
「俺の躰がまたティファを欲しがってる。……もう一度いい、か?」
彼女は一瞬目を見開き、そうしてからクスクスと笑い出した。
「はっきり言えばいいってものじゃないんだから」
そう言った顔を真っ赤に染めて、今度は彼女から唇を重ねてきた。


ただ雰囲気で書いたお話。
あまり深く考えずにさらっと読み流してくれるとありがたい。

(2007.05.17)
(2018.10月:加筆修正)

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