おねだり

自分の後ろをついて来る足音。
前を歩く自分を追い越すわけでもなく、かといってそばに寄って並んで歩くわけでもない。
ただただ後ろをついて来る。
自分が立ち止まるとその足音も止まり、再び歩き出すとその足音も再び歩みを始める。
絶対に振り返らないと決めていたけど、その遠慮がちな足音に負けてしまい、ため息を吐きながら力なく振り返った。
「ついて来たらダメだって言ったろ?」
そうぼやいた相手はクゥーンと弱々しい声で鳴いた。
「うちでは飼えないんだ」
再三言って聞かせた言葉を見上げてくる子犬に向かって呟いた。



遡ること二時間前――
デリバリーの途中、休憩するために立ち寄った木陰。
そこにポツンと置かれていた段ボール箱の中に、この小さな犬が捨てられていたのだ。
褐色の毛並みをした子犬はパッと見、凛々しい顔立ち。だが、その顔立ちの中にある丸々とした大きな黒い瞳は、ただただ縋るように自分を見つめてくる。
その様子はあまりにも無垢で幼かった。
そして腹を空かせている様子に同情し、今日配達した先の客からもらった菓子を与えたところ、すっかり懐かれてしまったのだ。
家で飼ってやることができないくせに、へたにかまってしまったことを少し後悔したが後の祭り。
うちでは飼えないと言い聞かせて、後ろ髪引かれる思いでその場を離れても子犬はついて来た。
それを何度も繰り返し、さすがのクラウドもほとほと困り果てて、最後は絶対に振り返らないと心を鬼にしてそう決めたのに、それでも控えめについて来るこの子犬の足音に負けたのだ。



「連れて帰ってやりたいけど、うちじゃ飼えないんだ」
屈んで言い聞かせるように頭をやさしく撫でると、子犬は嬉しそうにくるんとした巻き尾をブンブンと振った。
そんな姿にクラウドは頭を抱える。
「飼えないって言ってるのによろこぶなよ……」
ペロペロと自分の指を舐め、縋るように見つめてくる子犬がどことなく寂しそうにする時のティファと重なった。
ティファがそんな顔をするとき、捨てられた子犬のようだとクラウドは思っていた。
だから余計にこの子犬を強く突き放すことができずにいたのだ。
見捨てることもできず、かといって家で飼うこともできない。
―― 飼い主になってくれそうな奴を探すか」
一度かまってしまった責任上、最後まで面倒をみようと再び立ち止まったその場所にあぐらをかく。
そんなクラウドの膝上に子犬は遠慮することなくぴょんと飛び乗った。
さっきまでは遠慮がちについて来るだけだったのに、再びかまってやると嬉々としてそばに近づく。
そんな人懐っこい子犬に苦笑しながら、クラウドは携帯電話を取り出した。
ひとまずは、かつての仲間たちにあたってみようとアドレスボタンを押した。



「とりあえず、ユフィあたりからいっとくか」
そう呟いて電話をかけようとしたが、直前でボタンを押す指が止まった。
「いやまてよ、アイツに飼わせるとおもちゃにされそうだよな」
そんなことをされては堪らないと、クラウドは子犬の頭を撫でながら次をあたる。
「シドに頼んでみるか」
そう呟いたが、またクラウドの手は止まる。
「……ヤニまみれにされるな」
そう言って、ヘビースモーカーであるシドを飼い主候補から外す。
「ヴィンセントだと棺桶に閉じ込めそうだし……」
アドレスを開く前からヴィンセントは却下される。
「バレットだと飼い主に似て狂犬になる可能性大だし、リーブだとWROの一員にしそうだし、ナナキだと間違って食べるかもしれないな」
もしも仲間たちがそばで聞いていたなら、間違いなく文句を言うであろうことを理由にクラウドは携帯をしまった。
結局のところ、たった数時間ですっかり子犬に愛着が湧いてしまい誰にも手渡したくなかったのだ。
そう気づいたら、クラウドはこの子犬を連れて帰ることしか選択の余地がなかった。
愛車に跨り、上着の中に子犬を入れる。
「おとなしくしてろよ」
上着のファスナーから顔を少し覗かせた子犬にそう言って、クラウドはフェンリルを走らせた。



半ば勢いだけで家まで連れて帰って来たけれど、いざ家に到着するとクラウドはやはり家の中に入ることを躊躇した。
飲食店をしている我が家で動物を飼うことは難しい。
そのことはデンゼルやマリンにきちんと言い聞かせているし、そんなふたりはワガママを言うことなくちゃんと理解もしてくれている。
なのに、大人の自分が情に流されて子犬を拾ってきたのだ。
「さすがに堂々とは帰れないよな……」
上着に入れたままの子犬にそう呟くと、よほど情けない顔をしていたのか頬をペロリと舐められて慰められた。
そんなことをうだうだと考えている内に時間は無駄に過ぎていき――

子犬がクゥ~ンと鳴けば、クラウドの腹の虫がグーと鳴った。
すでに時計は夕飯の時間をまわり、すぐ目の前の我が家では今頃ティファの美味しい手料理が食卓を彩っているだろう。
そう考えると、クラウドは家に入りたくても入れないこの状況に子犬を見て苦笑した。
「俺も捨てられた気分になってきた」
そんな時、クラウドの携帯が鳴った。
液晶画面に表示された名前はティファだ。
クラウドは通話ボタンを押す。
『あっ、クラウドお疲れさま。まだ仕事中?』
いつもならとっくに帰宅をしている時間。
現に仕事は終わり家の前にいるのだが、それを知る由もないティファは帰って来ない自分を心配していた。
「いや、仕事は終わったんだけど……」
歯切れの悪い言い方は更にティファを心配させた。
『なにかあった?』
「ん……」
『……? ねえクラウド、今どこにいるの?』
クラウドはごまかすわけにもいかず、正直に間の抜けた返答をした。
「……家の前」
『えっ!?』
耳を疑うようにして聞き返してきたティファにクラウドはもう一度言った。
「家の前にいる」
『……なんで入ってこないの?』
当然そう聞かれてクラウドはそれ以上何も言えないでいると、程なくして家族だけが出入りできる店の勝手口のドアが開いた。
そこからデンゼルとマリン、そして携帯を片手にしたティファが顔を出す。
そんな三人は目に映る光景に目を丸くした。
うなだれるクラウドと、その上着から顔を覗かせる子犬の姿。
呆気にとられた顔で言葉をなくす三人を前にして、クラウドはバツが悪そうにポツリと言った。
「……うちで飼えないだろうか?」
そうするクラウドはまるで叱られるのを覚悟で物を欲しがる子どもみたいな顔。
ティファは思わず吹き出す。
そんなティファの笑い声をきっかけに、目を丸くしていたデンゼルとマリンはクラウドのそばにかけ寄った。
そうして愛くるしい訪問者を見て無邪気によろこぶ。
そうした中、未だ可笑しそうに笑っているティファにクラウドは様子を窺うようにしながらもう一度聞いた。
「……やっぱりダメ、か?」
すると、デンゼルとマリンまでもがティファにおねだりを始める。
「ねえティファ、この子かしこそうだよ。きっとオレたちの言うこと聞いてくれるよ。だからうちで飼ってあげようよ」
「お店には出させないようにちゃんとしつけするから。ね、お願いティファ」
三人のおねだりはティファを半ば諦めた感の息をつかせる。
「ちゃんとお世話できる?」
すると三人の顔が一斉にパッと輝き、そして大きくうなずいた。
ティファはそんな三人に微笑んで、そうしてから新たに家族の一員となった子犬を家に招き入れた。



「名前、決めなきゃね!」
リビングに入って早々マリンがそう言うとクラウドは少し笑った。
「いや、名前はもう決まってるんだ」
「えー、なになに?」
「なんて名前?」
期待に満ちた顔で聞くデンゼルたちにクラウドは子犬に頬ずりしながら得意気に言った。
「ポチだ」
それまで目をらんらんと輝かせていたデンゼルとマリン、そしてティファまでもがクラウドの付けた安易なネーミングにその目を丸くする。
そしてデンゼルとマリンは呆れたように呟いた。
「……クラウドってセンスない」


クラウドは動物に懐かれるタイプだと思う。
ペロペロされて困った顔するクラウドに萌えたり。そして犬相手にしゃべるクラウドは見つけた時点ですでにポチと呼んでいるはずw

(2007.06.03)
(2018.10月:加筆修正)

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