はじめてのおつかい

「ねえマリン、デンゼルどこに行ったか知らない?」
夕飯の支度をしていたティファは、そう言いながらリビングに顔を出した。
そのリビングの中にデンゼルの姿はなく、お絵かきをしていたマリンと久しぶりの休日をのんびりと雑誌を読みながら過ごすクラウドの姿だけがあった。
「デンゼルなら遊びに行っていないよ」
マリンにそう言われて、ティファは困った顔をした。
「どうかした?」
「う~ん、デンゼルにおつかい頼みたかったんだけど……」

ティファは今夜の夕飯であるロールキャベツの下準備を進めていたが、肝心のキャベツを切らしていたことにいま気付いたのだった。
今更メニューの変更をするにしても……と考え合わせていると、マリンがにっこりと笑みながらそんなティファの前に立った。
「わたしがおつかいしてきてあげる」
「マリンが?」
ティファは少し眉をひそめた。
というのも、デンゼルとふたりでおつかいに出したことはあっても、マリンをひとりでおつかいに出したことは未だなかったからだ。
心配顔をするティファの前でマリンは小さな胸を張る。
「わたしだってひとりでおつかいくらい出来るよ」
「う~ん……」
そう言われても尚ティファは返事を渋る。
そこへクラウドが雑誌から顔をあげて名乗りを上げた。
「俺が一緒について行こうか?」
それなら心配ないと顔を明るくしたティファだったが、それよりも先にマリンが首を横に振ってクラウドの申し出を否んだ。
「ううん、わたしひとりでおつかいしたいの」
マリンはいつもデンゼルのお供みたいにするおつかいに少し不満を持っていた。
「ね、ティファお願い。わたしひとりでおつかいしたいの。だってともだちはみんなやってるのにわたしだけができないなんてないよね?」
必死の懇願。
そのあまりの熱心さに心動かされる。
「じゃあ、マリンにおつかいお願いしようかな」
そう言うと、マリンは嬉しそうに「うん!」と大きくうなずいた。



「今回おつかいしてもらう物はキャベツよ」
ティファはそう言って、小銭用の小さなお財布をマリンお気に入りのおでかけ用バッグに入れてあげる。
「キャベツね? わかった」
おつかいの品を反復するマリンはひとりでするはじめてのおつかいが嬉しくてたまらないのか、とてもはしゃいでいた。
お気に入りのバッグを手に持ち、お気に入りの帽子を被って鏡の前で念入りにチェックしている。
そうする姿は小さいながらもやっぱり女の子でティファを微笑ませた。
「マリン、キャベツだぞ。キャベツはこれだからな?」
心配するクラウドは見本とばかりに野菜を手にしてそう言う。
けれど、クラウドの持った野菜を見たマリンは露骨に呆れた顔をした。
「クラウド、それレタスだよ」
「……」
未だ野菜を間違えるクラウドにティファは頭を抱え、自信満々でいたクラウドは恥ずかしそうにそのレタスをそっとしまった。



「マリン、外は車がたくさん通っているから気をつけて歩くのよ」
「はい」
「知らない人について行っちゃダメだぞ」
「うん、わかった」
「わからなかったらお店の人に聞くのよ」
「うん」
「怪しい人がいたらすぐに助けを求めるんだぞ。それから……」
ティファとクラウドから交互に注意事を並べ立てられて、それがまだまだ続きそうな気配にマリンがとうとう小さなほっぺを盛大に膨らませた。
「もう! ふたりともわたしをいくつだと思ってるの!?」



「じゃあ行ってきまーす」
元気よく出発するマリンの小さな背中を見送りながら、ティファがぽつりと呟いた。
「本当に大丈夫かな……」
街はずいぶんと落ち着き平和になったとはいえ、まだまだ物騒な事件もある。
小さなマリンにいつどんな危険が伴うかわからない。
「マリンは人懐っこいところがあるからな……」
そこが良いところでもあるし、考えようによっては悪い部分にもなりえるようなことをクラウドがぼそりと呟いた。
「……」
「……」
悪い方にばかり考えると不安は尽きず、それに耐えきれなくなった頃、ティファが言った。
「ねえクラウド、私やっぱり心配。今から追いかけて一緒に行ってくる」
そう言って、今にも出て行きそうなティファの腕をクラウドが慌てて掴んだ。
「ティファ、ちょっと待て」
心配する気持ちはクラウドも同じだ。
でもマリンがひとりでおつかいをしてみたいという気持ちは尊重したい。
そうしたクラウドが出した結論は――
「こっそり尾行するぞ」
マリンの自立心を損なわず、かつ危険から守ってやることのできる最良の手段にティファはすぐに同意した。



支度もそこそこ、ふたりはすぐに家を飛び出す。
程なくしてマリンの後ろ姿を見つけることができた。
マリンがティファの言いつけ通り、車に注意しながら道の端を歩いている姿を見て、ふたりは顔を見合わせてほっと胸を撫で下ろす。
その安堵感と同時に落ち着きを取り戻したティファは、クラウドの背中に担がれている大剣を目に映してその瞳を丸くした。
「ねえクラウド、なんで剣持ってるの?」
「いつモンスターが襲ってくるかわからないだろ?」
何をそんな当たり前なことを聞くんだ?と言いたげな目でティファを見、そうしてからクラウドはより一層周囲に警戒の目を光らせた。
そうしたクラウドにティファは少し呆れた顔で言う。
「……買い物は近所のスーパーよ?」
街外れの森中と違い、エッジにモンスターは出ない。
マリンを心配するあまりそんなことを忘却していたクラウドは、ティファにそう言われて少し赤面する。
しかしそんなクラウドも、ティファのポケットをちらりと見て言い返すのだった。
「そういうティファこそポケットからはみ出ているそれはなんだ?」
家を出るときに慌ててポケットに突っ込んだグローブに視線が注がれ、今度はティファが顔を真っ赤にした。
「こ、これは怪しい人がいた時のためよ」
危険と感じる対象こそ違えど、マリンを守るための武器を装備してきたことにふたりは顔を見合わせて苦笑した。
そうして大袈裟な装備で身を固めるクラウドたちは、マリンと適度な距離を保ちつつ、尾行を密やかに続けた。



特に目立った問題もなく歩いていると、マリンはすれ違った男に呼び止められた。
立ち止まったマリンに自分たちの姿を見られないように、クラウドとティファは素早く建物の陰に身を隠してその様子を窺う。
マリンを呼び止めた男の見た目年齢は、シドと同じくらいかそれより少し上かといった感じ。
会話をしている様子からマリンが嫌がっているようには見えなかったが、いつまでも足止めをさせるその男にクラウドは次第に不信感を募らせた。
「なんなんだアイツ、怪しい奴だな。よし! 俺が追い払ってやる!」
決断早く、背中に担いだ大剣に手をかけて出て行こうとするクラウドの腕をティファは慌てて掴み、その身を再び建物の陰に潜ませた。
「ちょ、ちょっとクラウド! あの人うちの店の常連さん」
「あ……そうなのか? 俺はてっきりロリコンの変態野郎かと……」
男の口髭が人相怪しく、クラウドにはひどくスケベそうに見えたのだ。
「もう! 見た目で人を判断しないの!」
クラウドがティファに小言を言われている間にその男はようやくマリンを開放した。
「じゃあなマリンちゃん、おつかい頑張れよ!」
「うん!」
「それから今度店に行ったら、オレとティファちゃんの仲うまく取り持ってくれよな!」
「は~い」
男の言うことを適当な返事で流す術を得ているマリンとは対照的に、クラウドはその顔をあからさまにムッとさせる。
「ほらみろ。やっぱりただのスケベ野郎じゃないか」
自分の目に狂いはなかったと、再び剣を片手に飛び出そうとするクラウドをティファが必死に引き止めていると――

「ふたりでコソコソ何してるの?」
背後からのよく知った声はクラウドとティファの身体をすばやく振り返らせた。
「デ、デンゼル!!」
必要以上な驚き方をするふたりをデンゼルは訝しげに見つめる。
「え、えーっと……」
「こ、これは……」
マリンの安全を見守るためとはいえ、尾行をしているとはさすがに言いづらい。
そんなふうにふたりがしどろもどろ口調で口ごもっていると、そのふたりの隙間から見えたマリンの姿にデンゼルは声を上げた。
「あ、マリンじゃないか」
そう言ってマリンの元へ駆けていこうとするそんなデンゼルをクラウドが慌てて引き寄せた。
「ま、待て! デンゼル」
「なにすんだよ! クラウド!」
後ろから羽交い締めにされてジタバタするデンゼルに、クラウドはいま自分たちがこうしている事情を説明した。
「へぇ~面白そう。オレも手伝うよ」
「遊びじゃないんだぞ?」
「そお? でもクラウドたちは遊んでるように見えるけど?」
そう言われてクラウドは威厳を保つための咳払いをひとつし、少々バツが悪そうな顔でデンゼルを見た。
「……尾行のことはマリンに内緒だからな?」
「りょ~かい!」
こうして今度はデンゼルを加えた三人の尾行が始まった。



目的地のスーパーへはなんとか到着し、マリンはまっすぐ野菜売り場へと向かった。
普通におつかいを終えそうな気配に安心していたクラウドたちだったが、そのマリンが山盛りに置いてあるキャベツを前になかなか動かない。
ひとつキャベツを手にしてはそれを戻し、また違うキャベツを持っては戻すの繰り返し。
たかだかキャベツひとつ選ぶのにあまりにも時間をかけすぎなマリンを見て、クラウドがボヤいた。
「マリンは何してるんだ?」
それにはデンゼルがため息混じりで答える。
「マリンはたぶんティファのまねをしてるんだよ」
「ティファの?」
「そう。ティファは野菜ひとつ選ぶのにいっぱい時間をかけるんだ。付き合わされるオレたちはたまったもんじゃないよ」
ここぞとばかりに不満を洩らすデンゼルと、言葉もなく自分を見るクラウドの視線にティファが顔を真っ赤にしながら弁解する。
「だ、だってほら、同じ値段ならよりいいものを選んだほうがお得じゃない?」
「……」
クラウドはデンゼルの言う“たまったもんじゃない”の意味を痛いほど理解していた。

旅の間、女の買い物というものをたびたび目にし、そのどれもがやたらと長かったことを思い出したのだ。
ポーションひとつ選ぶのにやたらと時間をかけるティファとエアリスに、当時のクラウドは密かに辟易していたのは内緒だ。

「ティファはきっといい主婦になるよ」
長い買い物をクラウドなりに良く言ってそう濁すと、デンゼルは納得いかないとばかりにその頬を膨らませた。
「え~そういう問題? クラウドは知らないからそんなこと言うんだ。すごいんだよ、野菜を選んでるときのティファの真剣な顔ったら怖いのなんのって…」
そんなデンゼルの力説は、ティファが背後からその口を両手で塞ぐという形で否応なしに強制終了させられた。



そんなことをしている間にマリンのキャベツ選びもようやく終わる。
あとは会計を済ませて店を出るだけだ。
そうしてスーパーから出てきたマリンは家に戻るだけのはずだったのだが、そのマリンは家とは反対の方向へと歩きだして三人を困惑させた。
「あら、マリンどこに行くのかしら?」
「ほんとだな」
不思議そうにするクラウドとティファのとなりで、デンゼルが「あっ!」と小さく声を上げる。
まるで心当たりがありそうなその様子にふたりが問いただすと、デンゼルはバツが悪そうな顔をして答えた。
「実はオレたちおつかいのあと、ときどき寄り道してるんだ……」
それにはティファが腰に手を当てて小言を言う。
「どうりでいつも帰りが遅いと思った!」
「だって……」
しゅんとするデンゼルにクラウドが聞いた。
「どこに寄り道してるんだ?」
「ん、ついて行けばすぐわかるよ」

そうしてデンゼルの言うままにマリンの後をついて行くと、一軒の家の前に着いた。
大きな家に相応しい立派な門扉の前で、マリンはしばらく中の様子を見ていた。
するとややして、庭のほうから大きな犬が尻尾を振りながらマリンの前に姿を現した。
「大きい犬なんだけど、おとなしくて人懐っこい犬なんだ」
デンゼルとマリンはその犬が大好きで、ときどきこうして様子を見に行くのだと言う。
家で動物を飼ってやれない事情がクラウドとティファを申し訳ない気持ちにさせた。
そんなふたりの耳にマリンの犬に話しかける声が聞こえてくる。
「今日はわたしひとりなんだよ。ひとりでおつかいしてきたの。すごいでしょ?」
するとその人懐っこい犬はマリンの小さな手をペロペロと舐めた。
「ほめてくれてるの? ありがとう。クラウドもティファもわたしがひとりでおつかいくらいできること認めてくれるよね?」
嬉しそうにそう犬に話しかけるマリンを見て、クラウドとティファはチクリと胸を痛めた。
幼いからと心配し過ぎるあまり、マリンに対して過保護になりすぎていたこと。
だけどマリンにはそれが頼りにされていないと悩ませる原因になっていたこと。
小さなマリンの大きな悩み――

「ティファ、デンゼル、帰るぞ」
クラウドのやさしい声にティファは微笑みうなずく。
「え、尾行続けなくていいの?」
そう聞くデンゼルの頭をクラウドはくしゃくしゃと撫でて言った。
「ああ、マリンはもう大丈夫だ」



「ただいま~」
大きな声で帰ってきた小さなおつかい人をクラウドとティファ、そしてデンゼルは笑顔で迎える。
「おかえりなさい、マリン」
「はいティファ。キャベツ買ってきたよ」
マリンがていねいに選んでくれたキャベツをティファは大事に受け取る。
「ありがとうマリン。とても助かったわ」
ティファにほめられたマリンは、リビングにいるクラウドとデンゼルのもとへ嬉しそうにかけ寄った。
そんなマリンにクラウドが言う。
「これからおつかいはマリンの担当だな」
「ほんと!?」
「ああ。マリンはひとりでちゃんとおつかいできたもんな」
クラウドからもほめられてマリンはとても嬉しそうな笑顔。
そうしたマリンにデンゼルはおつかいの先輩として一言アドバイスをする。
「マリン、寄り道はするなよ」
「えっ?」
きょとんとするマリンを横目に、クラウドはその手でデンゼルの口を塞ぐ。
もごもごと暴れるデンゼルに苦笑い、しばらくしてからその手をはなして、クラウドは身体を大きく伸ばしながら立ち上がった。
「さて、夕飯の前に風呂にでも入ってこようかな」
「わたしも一緒に入る!」
「オレも! オレも!」


浴室から聞こえる三人のにぎやかな声を耳にしながら、ティファはみんなが大好きなロールキャベツをたくさん作った。


某番組のタイトルまんまですwこの番組大好き。

(2007.07.23)
(2018.10月:加筆修正)

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