星は巡る

リビングに穏やかな陽射しが差し込む午後。
庭に面した大きな窓のそばでは、まだ生まれて間もない息子とその息子を寝かしつけるパパの姿。
昼寝用の小さなブランケットをかけて眠る息子に、パパの大きな手がやさしく添えられている。
そのパパは空いているもう片方の手を枕の代わりにしてうたた寝。
子どもを寝かしつけるだけのはずが、自分も一緒になって昼寝をする姿に思わず笑みが零れた。
そんなふたりを起こさないようにそっと傍に座る。
静かな寝息、同じリズムで呼吸する父と子の姿を見つめる。
窓から差し込む光でキラキラと輝く髪はパパと同じ鮮やかな金色。
羽のように長い睫毛に伏せられているその瞳はママと同じ紅茶色。
パパとママの遺伝子を受継いでいる我が子を見て、改めて自分たちふたりの子供なんだと実感する。



―― 精神エネルギーは巡っている
旅の間に聞いた言葉をふと思い出した。
そうだとしたら……
ねえ、エアリス。
あなたのエネルギーもこの子の中に息づいてるのかな。
窓から見える青い空を見上げて、あなたのやさしいやわらかな笑顔を思い浮かべた。



「……ん」
寝ぼけた感じの声にならない声。
その声の主を見ると、まだ焦点の定まらない寝ぼけ眼でぼんやりとしている。
そうしてから傍で眠る我が子を見て、ひとりごとのように呟いた。
「一緒に寝ちゃったのか……」
「気持ち良さそうだったよ、クラウド」
そうからかうと、クラウドは照れたように笑って静かに身体を起こした。
「……夢をみてたんだ」
「夢?」
唐突に語り出すクラウドに聞き返すと、彼はうなずきながらポツリポツリと話し始めた。
「……うん、あれはたぶん、ティファのお腹の中だろうな……」
そう言ってクラウドはまだ眠っている息子を見つめた。
「その中でこの子が生まれてくる準備をしてるんだけど、……たくさんの声が聞こえたんだ」
「声?」
「ああ。俺の知ってる声や知らない声。なんて言ってるのかまではわからなかったけど、たくさんの声がこの子に語りかけてた」
クラウドはそう言って碧い瞳を私に向けた。
「俺、その感覚がどこか懐かしくて、そして考えたんだ。ああそうか、これはライフストリームだって」
ついさっき同じことを考えていた私は少し驚きながらも、クラウドの話を黙って聞いた。
「ブーゲンハーゲンが言ってたろ? 星の命は巡ってるって。そしたらその声たちは……」
そうしてクラウドは再び、眠っている息子を見つめた。
「この子もその流れの中で生まれてきたんだなって思ったら嬉しくなった」
そう言ったクラウドの声はとてもやさしくて、そして私は涙を零した。


私たちの星を救う旅。
たくさん大切なものをなくしてしまったけれど、それは今こうして新しい命となって巡っている。
たとえそれが生きている者の都合のいい思想だったとしても――


突然涙を流した私に彼は驚き、それから少し困ったように笑んで涙を拭ってくれた。
「どうして泣く?」
やさしく問いかける声と涙を拭うあたたかい手。
余計に溢れてくる涙を止められなかった。
「クラウドからそう聞けたことが嬉しかったから、かな」
そう言った私をクラウドはやさしく抱きしめてくれた。
髪を撫でられ、背中をさすってくれる大きな手。
「ティファ、守っていこうな、―― ふたりで」
クラウドの言葉に涙が止まらず、ただうなずくのが精一杯だった。



「ふっ…ふぇ~ん」
小さな泣き声が部屋の中に響き渡る。
それを聞いてクラウドは小さく笑うと私の顔を覗き込んだ。
「ほら、ママが泣くから」
私は慌てて涙を拭い、泣き出した息子を胸に抱いた。
「ごめんね、もう大丈夫」
やわらかい小さな身体をやさしく抱きしめると、泣き声は次第におさまり、かわりに小さな手足をバタバタとさせる。
そんな我が子の姿を見たクラウドはやさしいパパの顔をして言った。
「なんだよ、ママに抱っこされた途端、泣き止むのか?」
現金な奴だと付け加えながら、そのやわらかな頬をツンと押した。
それに応じるようにキャッキャと動く息子に私たちは一緒に笑う。
「ティファ、うちの王子様が昼寝はもういいと言っているみたいだし、ちょっと外に出てみないか?」
そう言ってクラウドは、我が家でいちばんの権力を持つ王子を抱き上げ、高い高いをした。
「外に出かけるぞ?」
キャッキャとよろこぶ息子にクラウドは嬉しそうに笑った。



穏やかな陽気の中、クラウドに抱かれた我が子を見つめる。
春の緑風が金色の細くやわらかい髪をやさしく撫で、私と同じ色をした瞳は目に付くあらゆる物に反応を示していた。

ねえ、あなたの大きく澄んだ瞳から見るこの星はどんなふうに映っているの?
クラウドの腕をギュッと掴む小さな手。
その手であなたはこの先なにを掴む?
大切なものは世の中にたくさんあるけれど、その中にあるあなたのいちばん大切なもの。それをしっかりと掴んでなくさないで。
私たちはたくさんの愛情を注ぎながら、それをあなたに伝えていくから。



「ティファ、ここも新しい命がたくさん芽吹いてるな」
クラウドが眩しそうに辺りを見回した。
ニブルヘイムの町から少し離れた丘の上。
色とりどりの野の花たちが咲き乱れる光溢れんばかりの春の光景。
昔と変わったようで変わらない景色。
それはやっぱり星の流れ―― 循環。
こうして新しい命を育み、星は確かに巡っているのだ。


「ティファ」
春の風に乗って、やさしい声が私の耳に心地よく届いた。
その声に振りかえれば、大好きな笑みを称える私の大切な人。
クラウドが我が子を片腕に抱き直して、そして空いた手で私の頬を撫でるように包む。
くすぐったいその感覚に私が微笑むと碧い瞳が甘やかに輝いた。
そしてそのままゆっくりと顔を傾けてくるクラウドに私はそっと瞳を閉じる。
そうした途端、聞こえた我が子の声。
「……ふぇっ」
眉間に小さなシワを作り、小さな口はへの字型。
手にえくぼを作りながら、“もうすぐ泣きます”と言わんばかりの顔は、クラウドを苦笑いさせた。
「まだ泣くなよ?」
我が子にそう言ってから、途中で止められた続きを再開。
そっと唇を重ねた。

花の香りと我が子の甘いミルクの匂いに包まれての幸せな口づけ。
そのあとに続いた泣き声は……
私たちにとっていちばんの幸せの象徴。


星の循環をテーマにしてみた妄想。

(2006.04.01)
(2018.10月:加筆修正)

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