恋煩い

ティファはみんなの人気者。
明るくて世話好きで誰に対してもやさしくて。
そんな彼女を独り占めしたいと大胆な野望を密かに抱く男が一人。
言わずもがな、打倒セフィロス軍団のリーダークラウドだ。
そんな彼のとある一日。



それはいつもと変わらない朝食風景から始まった。
「おはよう、クラウド」
寝起きの悪いクラウドはいつもいちばん最後に食卓へやって来る。
そんなクラウドに誰よりも早く朝のあいさつをしたのがティファ。
クラウドはその彼女におはようを返しながら、今日は良いことがありそうだと胸を躍らせた。
と、思ったのも束の間、
「うわっ! アチッ!!」
シドが飲んでいたスープをこぼして騒々しい叫び声を上げた。
(俺は良日確定だがシドは厄日か?)
なんの根拠もない優越感に浸りながらクラウドが哀れむようにシドを見ていると、
「大丈夫シド、火傷してない?」
シドのとなりに座っていたティファがナプキンを片手にすばやくその手やスープで汚れた服を拭いていく。
「……(ワザとだろ? ティファの気を引こうとしてワザとやりやがったな! このがに股オヤジめ!)」
そんなふうにムッとするクラウドをよそにシドは照れくさそうに頭をかいた。
「いや~すまねえな、ティファ」
「ふふふ、シドったら子どもみたい」
ティファに甲斐甲斐しく世話を焼かれてまんざらでもないのか、シドは他の仲間たちからのチャチャを受けながら照れ笑いをしている。
そんな和気あいあいとした中、クラウドだけがただひとり面白くなさ気にシドとは反対側のティファのとなりの席に座った。

宿屋の朝食はセルフサービス。
席につく前に自ら用意した朝食はトーストとサラダ、目玉焼き、そして淹れたて熱々の珈琲。
クラウドはその淹れたて熱々の珈琲を口に運ぶのではなく、自分の胸元に飲ませた。
「うおおおっ! 熱ッ!!」
当然である。
先程のシドよりも大袈裟に(半分マジで)叫ぶクラウドは仲間たちの視線を一手に集めた。そしてその中には当然ティファの視線もあって……
「やだ! クラウドまで大丈夫?」
ティファが慌ててシドから自分の方へと身体の向きを変えたのを見て、クラウドは内心ガッツポーズを決めた。
(作戦成功! さあティファ、俺の身体も遠慮なく拭いてくれ!)
目を瞑り、期待に胸を踊らせながらその瞬間を待つ。
「まったく世話が焼けるな」
そう言った声はティファしてはあまりにも低い。
クラウドはおそるおそる目を開けた。
そしてその目に、長い黒髪を揺らせながら丁寧に自分の手や身体を拭くヴィンセントの姿を映してぎょっとする。
(お、おまえに用はねえよッ!!)
ティファとお揃いのように長い黒髪と紅い瞳を持つヴィンセントに対して、日頃から一方的に修羅を燃やしていたので憎々しさ百倍だ。
そのヴィンセントはたまたまクラウドのとなりに居合わせて親切にしたまでのことだったのに、彼から言われようのない妬みを買っていることはまだ知らない。



騒々しい朝食を終えて、いつもならリーダーの特権をフルに活用してティファをパーティに入れて連れまわすのだが今日は旅の合間の休息日。
ひさしぶりの休暇に仲間たちは各々のんびりとした時を過ごしていた。
そんな中、ティファは天気がいいからと洗濯をしている。
こんな時くらい自分の好きなことをして休めばいいのに……と思いながら、クラウドは洗濯物を干すティファを少し離れた場所から凝視していた。
もちろん、自分が今朝ワザと珈琲を零したせいで洗濯量が増え、彼女の手間暇をかけさせていることには気づいていないのである。
そうしたクラウドの耳に派手な水音が聞こえた。
驚いてその音がした方向を見れば、池からナナキがずぶ濡れで這い上がってくるのが見えた。
じきにティファが乾いたタオルを手にナナキのそばに駆け寄る。
「どうしたの、ナナキ」
「へへ、オイラ、ちょうちょに夢中になって追いかけっこしてたら池に落ちゃった」
恥ずかしそうにそう言って、ナナキは濡れた身体をブルブルと振って水気を飛ばす。
ティファの手を借りないそんなナナキを見て、クラウドはひとり満足気にうなずいた。
(よしよし、いい心掛けだ。シドのようにティファの手を焼かすなよ)
何度も言うが、今朝そのティファの手をさらに焼かせたのは紛れもなくエラそうにしているコイツだ。
「もうナナキったらドジっ子さん! ほんとかわいいんだから。も~大好き!」
ナナキの愛らしい姿にキュンキュンしたティファは、そんなナナキを抱きしめる。
「えへへ。オイラもティファ大好きだよ!」
ぎゅっと抱き合う姿にクラウドの血管が1、2本軽くブチ切れた。
(あ、あのガキ犬め! な~にがティファ大好き、だ! 調子に乗りやがって!)
怒りでわなわなと震えるそんなクラウドの横をぴょんぴょんと跳ねるようにケット・シーが通りかかった。

「ちょっと待て、ケット・シー」
「はい、なんでっかクラウドはん?」
「俺の相手をしろ」
そう言いながらも、嫉妬でギラギラとした視線はナナキに向けられている。
スパイとして同行しているケット・シーだから、当然仲間の日頃の視察も怠りない。
そんなケット・シー秘蔵の“コイツは(いろんな意味で)危ないリスト”のトップに名を置いているクラウド。
何か企んでいるなと感じながらも、自分には害のなさそうな気配がケット・シーを素直に従わせた。
「はいはい、なんなりと。で、何をすればいいんですか?」
「トレーニングだ。俺に遠慮せず、おもいっきり体当たりしてくれないか?」
クラウドはそう言って池を背にして両手を広げ、ケット・シーの体当たりを迎え入れるような体勢を取った。
「はあ、でもいいんですか? クラウドさんのすぐ後ろ、池ですけど」
「ああ、かまわない。池に落ちないようにギリギリで体当たりを阻止する。これがトレーニングだ」
落ちる気満々なクラウドはやたら笑顔。
そんなクラウドを気味悪く思いながらも、逆らわない逆らわないと自身に言い聞かせてケット・シーは言った。
「ほな、行きますよ」
「さあ来い!」
さらなる笑顔。
ケット・シーは軽く助走をつけながら、そんなクラウドに体当たりをした。
「うおっ!!」

池に落ちるつもりで力を抜きすぎていたためか、クラウドは思いの外の強い衝撃にかなり遠くまで飛ばされて池に落ちた。
ティファがいるのは遥か先。
ちょっとばかりの計算違いも、水音を聞いて心配そうにこちらに顔を向けているティファの姿を見れば俄然やる気に変わる。
(さあティファ、今度こそそのタオルで俺の身体を暖めてくれ!)
そうしてティファのいる方へ泳ぎだそうとした瞬間、クラウドは腕を掴まれてその身体は宙に浮いた。
「へっ!?」
一瞬訳がわからず、間の抜けた声を上げながら自分を池から救い出す余計なお世話な主を見る。

「どーしたんだクラウド。泳ぐにはまだ早いぜ?」
バレットだった。
春が訪れたばかりのこの時期、バレットがそう言うのも当然でクラウドは愛想笑いで適当にごまかす。
「あ、ああ、ちょっとしたトレーニングだ」
するとバレットはその強面を嬉しそうに崩して、クラウドの肩をグラグラと脳が割れんばかりに揺らす。
「そーかそーか。いや実はオレも今トレーニングしてたところだ。気が合うな! だがな、泳ぐにはさすがにまだ早いぜ。風邪でもひいたら大変だ」
そう言ってバレットは、自分の首に巻いていたタオルでクラウドの頭をゴシゴシと力任せに拭いた。
「……(バレット、おまえ見かけによらず案外いいヤツなんだな……)」
ふんわりいい匂いのタオルで拭かれるはずだったそれは、汗臭いバレットのタオルで頭を揉みくちゃにされた。



作戦を練れば練るほど空回りしていることにようやく気づいたクラウドは木陰でひとりへこむ。
その木の上から……
「クラウド~、元気ないじゃん」
馴れ馴れしい口調で声をかけられた。
わざわざ見上げて確認するまでもないその声の主はユフィ。
「……まあな」
相手が相手なので粗雑に応える。
そうした対応をされても気にする様子もないユフィは、木の上から地へ降り立ち、クラウドのとなりに座った。
「あんなんでティファを振り向かせることなんてムリムリ」
「……」
どうやら事の一部始終をこの小娘に見られていたらしい。
一応、人並みの羞恥心というものは持っていたのか、顔を赤くするクラウドにユフィは耳打ちをする。
「ティファの好きな男のタイプ、教えてあげようか?」
聞き捨てならないそれにクラウドの身体はピクリと反応。
それまで適当に相手をしていたユフィにきちんと向き直ってエラそうに言った。
「教えろ」
「いいけど、ただでは教えないよ。情報料はちゃんと貰わないとね~」
「……マテリアだな?」
「お、さっすがリーダー! 話が早いね~」
調子よいそれにクラウドはため息を吐き、ゴソゴソと防具につけていたどうでもいいマテリアを差し出した。
「ほら、これでどうだ」
差し出されたマテリアを見て、ユフィはあからさまにムッとする。
「あのね~ティファ情報だよ。こんな陳腐なマテリアですんごい情報もらおうなんて世の中そう甘くないよ!?」
ユフィにだけは絶対に言われたくないセリフである。
しかしティファ情報を前に背に腹は替えられない。
クラウドはチッと舌打ちしながら、やけくそ気味に武器からマテリアを抜き取った。
「ほら、これで文句はないだろ? さあ教えろ」
差し出されたのはマスター召喚のマテリア。
最高レベルのマテリアを易々とくれたクラウドにユフィはニンマリと笑った。
「オッケ~、商談成立!」
そう言ってユフィはクラウドにティファ情報を教えた。
聞き終えたクラウドはニヤリとほくそ笑む。
「なんだ、そんなことでいいのか?」
「そうそう。クラウドにとっちゃ簡単なことだろ? さあほら、さっさとティファんとこ行った行った」
ユフィの言葉を背に、クラウドは意気揚々とティファの元へ駆けて行った。



「あらクラウド。さっきは大丈夫だったの?」
まだ洗濯の最中だったティファは近づいて来たクラウドを見てそう言った。
「あ、ああ。あんなのなんともないよ」
できれば早く忘れてもらいたい醜態。
その話題を変えたいと、クラウドはおもむろに自らの上着を脱ぎ捨てて上半身裸になった。
その突飛な行動にティファが慌てる。
「ちょ、ちょっとクラウド、なにやってるの!?」
「なにって見ればわかるだろ? 乾布摩擦だ」
ニカッと白い歯をみせて爽やかに笑った。
(どうだティファ惚れたか? 惚れただろ? 俺の無駄のない肉体美に!)
そう、ユフィは言ったんだ。
ティファは男の人の鍛えられた身体が大好きなんだって。だから乾布摩擦でもして、さり気なくアピールすれば完全にノックアウトだよって。
常日頃から筋力トレーニングは欠かさないクラウドにとって容易い御用とばかりに自分の肉体をこれみよがしに披露する。
しかしそんな自分をちょっと気持ち悪いものでも見るかのようにしているティファにクラウドは気づいていないのだ。
「そ、そう。……じゃあ頑張ってね」
「えっ? もう行っちゃうのか??」
「だ、だって……」
言いながら、ティファは目のやり場に困ったようにちらちらとクラウドを見た。
二十歳と言えども、まだまだ花も恥じらううら若き乙女。
特に恋愛とかのそうしたことに奥手なティファには、たとえ上半身だけでも裸の男をじっと見る余裕はない。
しかし残念なことに、そうした乙女心にいちばん鈍いクラウドにそれは伝わらない。
「もっと見てろよ。遠慮するなって」
ほらほらと言いながら、下手をすれば露出狂のごとく近づいてくるクラウドにティファはとうとう頬を膨らませた。
「い、いい加減にしてよ! クラウドのばか!!」
平手打ちこそ食らわなかったものの、愛するティファからのその一言は胸に痛い。
ユフィに教えられた通り(そこまでやれとは言ってない)したのに……と、自分の行き過ぎた行動は棚に上げてクラウドは落ち込んだ。



冷たい北風が吹きすさぶ中、惨めな思いでブルブルと震えながら上着を羽織っていると、そこにエアリスが大量の花を抱えてやって来た。
「あらクラウド、なにしてるの?」
今のクラウドにはやさしい笑みを称えるエアリスが天使に見える。
だから、ユフィに騙され(自分の行き過ぎたことがほぼ原因)、マスター召喚まで奪われ(自ら差し出した)、ティファに嫌われてしまった(トータルで自分がいちばん悪い)ことをペラペラとしゃべった。
それを聞いたエアリスは苦笑いながらクラウドを慰める。
「かわいそうなクラウド。じゃあね、わたしがもうひとつ、いいこと教えてあげる」
そう言ったエアリスが今度は聖母のように輝いて見えた。
「ありがとうエアリス! でも、ただで情報をもらうのも悪いよな」
するとエアリスはクスッと笑って言った。
「じゃあね、このお花、買ってくれる?」
エアリスとの出会いもそれであったことを懐かしく思い出しながら、クラウドはやわらかな顔つきでうなずいた。
「ああ、お安い御用だ。で、一本いくらだ?」
「一本、100000ギルよ」
「じゅ、100000ギル!?」
財布を取り出そうとポケットの中をまさぐっていたクラウドは顔を上げ、その破格値に我が耳を疑う。
そんなクラウドにエアリスは満面の笑顔でもう一度言った。
「そ! 100000ギル」
「ハ、ハハ……これまたエアリスは商売上手だな」
引きつり笑いでそう言うと、
「やだ~クラウドったら、そんな照れるじゃない」
(ほ、褒めてるわけじゃねえ!)
照れ笑うエアリスに密かにツッコむ。
しかし、気分をよくしたエアリスはさらに言った。
「何本いる?」
「いっ、一本でいいよ!!」
「あらそう、残念」
さっきまでは確かに天使に見えたエアリスが、今は心なしか悪魔のように見えた。
「エアリス、申し訳ないが、いま手持ちがこれしかないんだ……」
クラウドはなけなしの金を差し出すとエアリスは爽やかに言ってくれた。
「じゃあ、分割払いね」
「……」
安くなることをほんの少しでも期待したそれは見事に打ち砕かれた。

「あのねティファはね、ハグハグされるとくすぐったそうにするけど実は大好きなの」
「ハグハグ?」
エアリス用語にキョトンとした顔でクラウドが聞き返す。
「ほら、わたしがよくティファにぎゅって抱きつくでしょ? あれよ」
瞬間、クラウドの顔がパアッと晴れやかに、そして締まりなく崩れた。
いつも羨ましく見ていたエアリスの言うハグハグを脳裏に思い描いたのだ。
(そうか、ティファはハグハグが大好きなのか……)
すでにクラウドの意識はここにない。
礼もそこそこ、ティファの元へすっ飛んだ。
そんなクラウドを笑顔で見送るエアリスが、ふいに小首をかしげた。
「あれ? ハグハグってクラウドがしても大丈夫かな? ……う~んまあ、どうでもいいか!」
そんなことよりもエアリスは今日の思わぬ稼ぎに満悦しながら宿の中に戻った。

一方のクラウドは、池の周りを散歩するティファを見つけて鼻息荒く駆け寄る。
そしてその勢いのままハグハグを実行した。
「ティファーー!」
クラウドの急なそれに驚いたティファは当然の如く……
「いや──ッ! クラウドのエッチ!!」
防衛本能が働き、ザンガン仕込みの力技でクラウドを投げ飛ばす。
「うおぉ──ッ!?」
何がなんだか分からないままクラウドは奇声を発し、本日二度の池へのダイブを華麗に決めた。



夕食を終えて寛ぐ団欒の中にクラウドとティファの姿はない。
「いや~それにしても今日のクラウドは面白かったな!」
仲間たちは今日一日、クラウドの一部始終を見ていたのだ。
「あれだけあからさまだとからかいがいがあるぜ」
シドが煙草の煙りを燻ゆらせながら言う。
「みんな、あんまりクラウドを苛めちゃダメよ」
おそらく、本日一番のトドメをさしたであろうエアリスの自覚なさに、皆冷や汗を流す。
そうした皆の様子を知らずにエアリスは大事そうにマテリアを抱えるユフィに言った。
「ユフィ、そのマテリア、クラウドに返しなさいよ」
「え、やだよ。ちゃんと本人承諾の上でもらったんだから」
「騙した情報は正当じゃないわ」
「あたし騙してないもん。ティファ本当に言ってたんだから。男の人の筋肉ってドキッとするねって」
ユフィに偽りはない。
エアリスも耳にしたことあるそれに何も言えず言葉を詰まらせると、ユフィは続けた。
「乾布摩擦は言いすぎたかもしれないけど、そのあとの“ほらほら”はクラウドが勝手に暴走しただけじゃん。あれじゃただの変態だよ」
「確かにあれは変態だな」
バレットが速攻で同意する。
変態と言われたクラウドがこの先どんなに立派なことをやっても、この汚名だけは晴らせそうにもない。
そんな変態クラウドをみんなが思い出して笑う中、ナナキは心配そうにクラウドの部屋のある二階を見上げた。
「クラウド、大丈夫かな~?」
「まあね。この寒い中、乾布摩擦して二度も池に落ちたんだから、そりゃあ風邪ひいて熱も出すよ」
ユフィがやっぱり可笑しいと笑いながらそう言い、バレットはことごとく情けないリーダーの姿を思い出して嘆いた。
「だけどよ、そこまでやってアイツもやっと報われたんだからいいんじゃねーのか?」
「ですよね。ティファさんが付きっきりで看病してますから」
「まっ、そのティファがいちばんクラウドの気持ちに気づいてねぇんだから笑えるんだけどな」
「罪な女だ」
ヴィンセントのその一言にすべてが集約。
仲間たちは皆、クラウドを気の毒に思いつつも苦笑いをした。


22000打のキリリク小説です。
ティファ大好きおバカクラウドと愉快な仲間たちのギャグお話というリクエストを頂いて書いたお話です。書いてて楽しかったな。

(2006.04.26)
(2018.10月:加筆修正)

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