リングに込めた願い

どこまでも続く青い空。
その空に浮ぶ真っ白な雲。
新緑の葉を纏った木々の隙間から差し込む陽光はキラキラと野の花たちを照らす。
やわらかくゆるやかな風薫る五月。
―― ティファ、君はそんな季節に生まれたんだな



「呼び出しておいて、お昼寝?」
クスクスと笑う声が耳に心地よく響き、綴じていた瞼をゆっくりと開ける。
するとそこには、太陽を背にして覗き見るようにするティファの姿。
俺の大好きな笑顔。
その笑顔が眩しくて目を細める。
「気持ち良かったから、つい」
仰向けになって寝転んでいた上体をゆっくり起こすと、そんな俺のとなりにティファが腰を下ろした。
「ほんと気持ちいいね」
そう言って、青い空を見上げた彼女は満面の笑顔。

厳しかった旅を終えた今、彼女は少しずつ昔のように屈託のない笑顔をみせるようになった。
それが今はうれしくて堪らない。
彼女には笑った顔がいちばん似合う。
その彼女の笑顔を絶やさせないためなら、俺はきっとなんだってする。
今の俺ならなんでもできる――
そう思えるから。


「ティファ」
「ん?」
そんなふうに名を呼んでおきながら俺は言葉に詰まる。
伝えたい言葉はずっと前から考えていたのに上手く言えない。
でも、ティファはそうした俺をにこにこと笑みを浮かべて待っていてくれる。
口下手な俺のことを知る彼女のやさしさだ。
「……おめでと」
伝えたかった言葉だけを呟いた。
だけど言葉足らずなそれは、ティファに「ん?」と聞き返えさせる。
「……今日、誕生日だろ?」
そう付け足すと、ティファはすぐに嬉しそうに笑った。
「クラウド覚えててくれてたんだね。ありがとう」
そう言って白い頬をほんのりとピンク色に染めて、とてもとても嬉しそうに笑う。
センスのない祝いの言葉でも喜んでくれるのは、俺からの言葉だから――
そう自惚れてもいいだろうか。



うらうらと春の陽気あふれる午後。
あれから他愛もない話をし、その陽気に誘われてティファは大きな樹の幹に背を預けながら、うつらうつらと舟を漕いでいる。
不安定に揺れるそんな彼女の頭をそっと自身の肩へと引き寄せて、穏やかな寝顔を見つめた。

春風に揺らせた前髪。
伏せられた長い睫毛。
小さな寝息を零す赤い唇。
彼女を彩るすべてが愛おしくて、21年前の今日の日、彼女が生まれてきたことや今こうして彼女のいちばん近くにいられることを幸せに思った。
ティファの手を取り、そっと握る。
俺のそれと比べたらとても小さな手。
その白く細い指には、女の子が好んで飾り立てるような装飾品が一切ない。

『ティファはなんで指輪とかしないんだ?』
ピアスはする彼女だけど、指輪はつけない彼女にそう聞いたことがある。
そのとき彼女は恥ずかしそうに笑ってこう言った。
『格闘技に指輪は邪魔だから』
そのとき俺は、女の身でありながら過酷な戦闘に身を置かなければならなかった彼女の状況を複雑に思った。
彼女とは互いの腕を信じ、共に背を預け、闘いに挑める間柄ではあるけれど、でもできることならそんな危険な状況に彼女の身を置いておきたくないと考える。
そして、すべてを終えた今だから……


俺はポケットから小さな包みを取り出して、それをそっと彼女の手の中に収めた。
もう戦う必要はない。
もし仮にこの先そんな状況があったとしても、彼女にはグローブをはめさせず俺が剣を振りかざす。
俺が彼女を守ってみせる。
だから、その手に俺のピアスと同じ指輪を――
もう二度と、この小さな手で戦うことのないように願いを込めて。
それが俺から君への誕生日プレゼント。


2006年ティファお誕生日記念小説です。
AC始まる前の前向きなクラウドなら、こんなこと考えててもよさそうと思って書いたお話です。

(2006.05.01)
(2018.10月:加筆修正)

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