可愛いヒト

出発前の宿屋の一室。
「ティファ、かわいい~」
エアリスのはしゃいだ声に、同室のユフィがベッドの上からにじり寄った。
「なになに、どーしたの?」
「見て見てユフィ。ティファ、前髪切ったんだよ」
言われてユフィは視線を化粧台の鏡に映るティファに向けた。
「あはっ! ティファ、かわいいじゃん」
そんな笑い顔のふたりから鏡越しに自分の顔を見られて、ティファはぷくっと頬を膨らませた。
「ふたりとも人事だと思って……」
恨めしげにそう呟きながらティファは自分の前髪を触った。
それはいつもより少し短めの前髪。
伸びてしまった前髪を自分でカットしたのはいいが、思いのほか短く切り過ぎてしまいティファは後悔していた。
「どうしよう。こんなんじゃみんなの前に出られないよ」
ティファの泣き言にユフィは大袈裟だと苦笑う。
「大丈夫だって! ティファはいろいろと気にしすぎ」
「似合ってると思うけどなー」
ユフィとエアリスはそれぞれにそう言った。
ふたりが変なお世辞を言うタイプではないとわかっていても、それでもやっぱりティファの気分は沈んだ。



そんなやりとりがあった後にエアリスたちは集合場所であるロビーに行くと、すでに旅を共にする男性陣全員が顔を揃えていた。
「おめえら遅えぞ! ったく、女ってのはどうしてこうも時間がかかるんだ?」
開口一番、待ちくたびれてイライラした様子のシドが文句を言った。
それに対してエアリスは腰に手を当てて頬を膨らませる。
「女の子はいろいろと忙しいの!」
「そうだそうだ! オヤジと一緒にするな~」
大して身だしなみに気を遣うわけではないユフィだが、そこは同じ女子としてエアリスに加勢する。
こうした言い争いは日常茶飯事。
そんないつもの騒がしい光景のなかでティファだけが一人うつむき沈んでいた。
それに気付いたのはクラウド。
「ティファ、どうかしたのか? 元気ないな」
そばに寄ってそう聞くと、ティファは顔を上げないまま慌てて答えた。
「な、なんともないよ。うん大丈夫」
「そうか? ならいいんだけど……」
ぎこちない態度に少しの違和感を覚えながらも、クラウドはシドとユフィの仲裁に入り、そして静かになったところで今日の日程を皆に伝えた。

「じゃあ次の目的地までのパーティーを……」
そう言ってクラウドは、先ほどからずっとうつむきがちなティファをちらりと見る。
「第一ルートは俺とシド、そしてティファ。第二ルートを……」
聞きながら、ティファは密かにため息をついた。
力のバランスを第一に考えるパーティー編成で、ティファはクラウドと一緒になることはあまりない。
それを少しさみしく思っていたティファだったから、今回クラウドと一緒のパーティーになったことは本来なら喜ぶべきところだ。
けれど、今はクラウドと一緒に行動することをいちばんに避けたかったから気分は複雑だ。
そんな気分になるのは、もちろん切りすぎた前髪のせい。
すぐに伸びるわけではないけれど、せめて自分が見慣れるまではクラウドに見られたくないと思っていた。



それぞれのパーティーに別れて宿屋を後にする。
その移動の最中も、ティファはクラウドとシドの後ろをずっとうつむき加減で歩いていた。
常にそんな状態だから、途中出くわすモンスターとの戦いにも当然身が入らない。
いつもならキレのよい格闘術でモンスターを圧倒するティファが今日はらしくない行動ばかり。
しばらく黙って見守っていたクラウドとシドだったが、あまりにも続くそれにふたりは心配する声をあげた。
「おいティファ、どうしたんだ? 今日は全然集中力がねえぞ」
モンスターを片付けたあと、いつものように一服するシドにそう言われる。
迷惑をかけているのは百も承知だったけれど、それでもティファは何も言えずにただうつむいた。
そんな姿を見ながらクラウドは大剣を背にしまい、ティファの前に立つ。
「ティファ、ちゃんと顔を上げて。本当は具合が悪いんじゃないのか?」
朝から様子がおかしいと思っていたクラウドはそう心配する。
周りにばかり気を遣い、自分のことはいつも後回しにするティファだからクラウドは今回一緒のパーティーにしたのだ。
体調が悪いわけではなかったティファは、これ以上はさすがに迷惑はかけられないと事の真相を打ち明ける。
「……今日、前髪を切ったの。だけど短く切り過ぎちゃって……」
ティファが口にしたそれは男ふたりにはなんとも理解し難いものであって、顔を見合わせたクラウドとシドは共に拍子抜けしたような微妙な顔をする。
そしてシドに至っては明らかに呆れたと言いたげな顔。
そう思う気持ちをそのまま口にしようとするシドをクラウドは素早く目で制し、とりあえず体調不良ではないことに愁眉を開いて言った。
「理由はわかった。けど、ティファはそうやってずっとうつむいて歩くつもりなのか?」
「……」
何も言わないティファにシドが二本目の煙草に火を付けて言う。
「違和感があるのは最初だけだろ? 見慣れりゃあどうってこともねえ。ティファ、顔上げてみろ」
するとティファは前髪を両手で押さえて隠しながら顔を上げる。
「……笑わない?」
そこまでするティファにシドとクラウドは思わず苦笑する。
「笑わねーよ」
「本当に?」
「ああ、笑わねーって」
「クラウドも?」
おずおずとそう聞くティファにクラウドもうなずいた。
「ああ、笑わない」
そんなふうにふたりに念を押してから、ティファはゆっくりと両手を前髪から離す。
それをクラウドとシドは固唾を飲んで見守った。

数秒の沈黙。
まともに顔を見られなかったティファは、何も言わないふたりが気になっておそるおそるその顔色をうかがう。
そのふたり顔は微妙に口角が上がっていて、ティファには笑っているように見えた。
途端にその顔を羞恥の色で真っ赤にする。
「ひどい! ふたりとも笑わないって言ったのに」
見せたことをひどく後悔し、ティファはじわりと浮かんだ涙と前髪を隠すようにしながら森の中へと走って行った。
「あっ! ティファ!!」
「お、おい!!」
男ふたりのあわてる声はティファを立ち止まらせることなく、それは森の中で虚しくこだまする。
クラウドとシドは互いにバツの悪い顔を見合わせた。

「……シド、なんで笑ったりしたんだ?」
クラウドから力ない言葉で責められて、シドは頭をワシワシとかいた。
「言っとくけどな、オレ様は可笑しくて笑ったんじゃねえぞ。そのなんだ、あいつがはじめに笑うなってあんまりにも念を押すからよ……」
そう言ってシドは同意を求めるようにクラウドを見る。
「そんなふうに言われちまったら、可笑しくなくても笑っちまうだろ?」
笑うなと念を押されれば笑いたくなるのが人間の心理。
シドの言うところを理解できなくもなかったクラウドは仕方なさそうにぼやいた。
「だからって……」
「あのなー、そういうおまえだって笑ってたんだろ?」
自分ばかり責められて納得のいかないシドはクラウドを睨む。
しかし言われたクラウドは、ムッとした顔でシドを睨み返した。
「俺は笑ったんじゃない。かわいいなと思って微笑んだんだ!」
クラウドは笑うと微笑むの違いを唱えた。
そうするクラウドをシドは呆れたように見返す。
「あのよぉ、そういうこっぱずかしいセリフはオレ様にじゃなくて本人に言ってやれよ」
顔を赤くするクラウドにシドは煙草をふかしながら続けた。
「ほら、早くティファを呼び戻しに行って来い」
シドにそう言われて、クラウドはティファを追うように森の中へと入って行った。



程なくしてティファの姿を見つけることができた。
とりあえずほっとするも、丸太に座るティファの後ろ姿がひどく落ち込んでいるのがわかった。
クラウドは彼女を不用意に傷つけてしまったことを強く感じた。
「……ティファ」
そっと声をかけたが、ティファの身体は一瞬小さく震えただけでこちらを振り返ろうとはしない。
クラウドは困ったように頭をかきながら言葉を続けた。
「ティファ、ごめんな。その、言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺たちは可笑しくて笑ったんじゃないんだ。その、なんて言うか……」
うまい言葉がみつからなくてクラウドは四苦八苦する。
そうした中、ティファがぽつり言った。
「……本当?」
「え?」
「本当に可笑しくない?」
声をかけてから初めて言葉を発したティファにほっとしながら、クラウドはその後ろ姿に微笑んだ。
「ああ本当だ。だからティファ、ちゃんと顔を見せて」
クラウドのやわらかい口調はティファをゆっくりと振り返らせる。
しかしまだ少しだけうつむきがちなその姿。
クラウドは座る彼女と目線を合わせるように片膝をついてティファの顔を覗き込んだ。
「かわいい」
いつもより少し短めな前髪も、恥ずかしそうにするそのしぐさも、すべてがクラウドにそう思わせた。
そしてなにより、今日初めてまともに見たティファの笑顔にクラウドはつられて笑みを零す。
「さあ、シドのところへ戻ろう。あまり待たせるとまたうるさいから」
今朝のことを言うそれは、ティファをくすくすと笑わせた。



「待たせたな、シド」
足下に数本の吸い殻を落として、待ちぼうけ顔でいたシドにそう言う。
シドはちらりとティファを見やり、そうしてから小さく安堵する息を零しながらニヤリと笑った。
「行くぞ、泣き虫ティファ」
そうからかって歩き出すシドに、ティファは顔を真っ赤にしながら抗議するようについて歩く。
そんなふたりにクラウドは苦笑いながら、後に続いてゆっくりと歩き出した。


旅の間、こんなふうなほのぼのとした一コマがあってもいいんじゃないかなと妄想したお話。

(2006.05.26)
(2018.10月:加筆修正)

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