熱帯夜

じっとりとした空気が肌にまとわりつく不快感。
それを紛らわすように何度か寝返りを打っていたが、そんな気休めな行為も無駄だと思ったクラウドは深いため息を吐いて起き上がった。
涼を求めて開けている窓も、カーテンを揺らせて入る風は生暖かい。
「……眠れないの?」
となりで眠るティファにそう声をかけられて、クラウドは力なくうなずいた。
「ああ、暑くて寝られない。ごめん、起こしちゃったな」
「ううん、私も同じだから」
そう言ったティファも目は瞑っていたが、やはり暑さのせいでなかなか寝付けないでいた。



今年の夏の暑さは例年になく厳しく、昼間のうだるような熱気は夜になった今も続いている。
シャツをパタパタと仰いで風を取り入れていたクラウドだったが、それでもあまり変わらない状況にとうとう着ていたシャツを脱ぎだした。
クラウドの体温は元々高い。だからこんな夜に着るシャツは熱を身体に篭もらせる邪魔なものでしかなかった。
シャツがない分、先ほどよりも幾分涼しくは感じる。
けれど、放熱しきれていない身体はまだ睡眠の妨げをしていた。
ベッドの上で肩を落とすクラウドを見て、ティファは思い出したように身体を起こす。そうして自分の長い髪をさっと纏めながら言った。
「クラウド、ちょっと待ってて」
ベッドを降りて部屋を出て行くティファを見送りながら、クラウドはサイドテーブルに置いていたミネラルウォーターに手を伸ばした。
先までは冷たかったその水も今ではぬるい。
それでもそのぬるい水で喉を潤した。
そうして額に滲む汗を拭いながら、またひとつため息を吐く。



「クラウド、これを首筋に当ててみて?」
そう言って部屋に戻ってきたティファから手渡されたタオルはひんやりと冷たい。
「どうしたんだ、これ?」
言われた通りに首筋にタオルを当てると、冷たいそれはクラウドの身体から徐々に熱を引かせ始めた。
「水に濡らしたタオルを冷蔵庫で冷やしておいたの。どう? 汗、引いてきたでしょ?」
「ああ、気持ちいいな」
手っ取り早く涼を得られたクラウドは満足そうにそう言い、タオルを首筋に当てたまま、うつ伏せに横になった。
暑さで眉間に皺を寄せていたクラウドの表情が和らいだのを見て、ティファはクスクスと笑う。
「眠れそう?」
そう聞きながらミネラルウォーターに手を伸ばし、コクっと喉を鳴らして水を飲む。
そんなティファをクラウドはぼんやりとしたまま見つめた。



夏場の彼女はパジャマの代わりにキャミソールとショートパンツを愛用する。
細い肩紐のキャミソールは首から鎖骨、華奢なラインを描く肩を惜しげもなく露わにし、フィット感ある生地は、その下にある胸の形をくっきりと浮き彫りにさせていた。そしてショートパンツからはまっすぐ伸びた長い足。
改めて見るとかなり大胆なその格好に、クラウドの身体は暑さからくる熱とは違った火照りを感じ始めていた。
そんな不埒な熱をクラウドが身体に蓄えているとは露とも知らないティファは、返事もなく、ただじっと自分を見る視線に困ったように笑った。
そうしたティファの前でクラウドがゆっくりと身体を起こす。
「ティファ、暑いだろ?」
その聞き方に不穏なものを感じたティファは気持ち身体を引かせた。
「だ、大丈夫、クラウドほど暑くないから」
「そうか?」
さっきまでの気だるそうな顔はどこへやら、クラウドはニヤリと笑って膝をつき、そのままじりじりとティファににじり寄る。
そうするクラウドから逃げるように、ティファはベッドの上でずるずると後退りをした。
「俺みたいに脱げば涼しいのに」
―― っ!?」
「なんなら俺が脱ぐの手伝ってやろうか?」
とうとう本音を露わにしたクラウドにティファは真っ赤な顔で首を横に振った。
「い、いい! 大丈夫だから!」
そう言った時にはすでにティファは逃げ場を失っていて、ベッドの上の壁際まで追い詰められていた。
まるで獲物を狙うような目付きのクラウドに、ティファは身体をガードするように自身の胸の前で腕を交差する。
「ダ、ダメ! この下、何も付けてないから」
寝るときはいつも上の下着を着けない。
そのことを焦った声で告げたが逆効果、クラウドの顔をさらにニヤつかせた。
「なにを今更」
それを恥じる間柄ではないだろうと言いたげに、クラウドの手が細い肩紐に伸びてそれを掴み下ろした。
「クラウドっ!」
そう責めるように名を呼んでもクラウドは止めず、さらにはガードされて邪魔だと思うティファの両手首を掴んで容赦なく左右に押し開かせた。
するりと肩から滑り落ちた肩紐が中途半端に左右の腕に留まる。
半端なそれのせいでキャミソールの前身頃はわずかに緩み、そこから胸の膨らみがちらりと見え、宵闇のなかに浮かぶその白い肌がクラウドをより刺激した。



眠れないほどの熱帯夜。
ならばと少しだけからかって遊ぶだけのつもりでいたのに、からかっておしまいにするにはティファはあまりにも妖艶だった。
惨敗とばかりにクラウドは自身に苦笑する。
そして意地悪な態度を改め、やさしくティファを抱きしめた。
「ティファの身体、熱いな?」
「だ、だってこんな夜だもん……クラウドだって熱いよ」
「俺のは……暑さのせいじゃないよ」
掠れた声でそう囁くと、ティファの声が一段とか細くなった。
「ね、寝ないの?」
「ああ、だから……」

――俺に付き合って
彼女を道連れにしながら、甘やかな熱に浮かされる夏の宵を過ごす。


スケベクラウドめ!

(2007.08.07)
(2018.10月:加筆修正)

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