Photograph

赤や黄色に色づいた葉がひらひらと舞い、殺風景だった公園が鮮やかに彩られる秋。
サクサクと葉を踏み鳴らして歩く音に混じって聞こえるのはシャッター音。
肌を掠める少し冷たい風。
揺れる枝葉の間から射すやわらかな陽光。
ふたりでのんびりと過ごす昼下がりの散歩に顔は自然とほころび、そうした顔のまま黄金色に輝く銀杏の木を見上げた。



―― ティファ」
呼ばれて振り返ると、直後カシャと響いたシャッター音。
目を瞬かせた私に、カメラを少し横にずらせて顔を見せたクラウドが得意げに微笑んだ。
「ベストショット」
イタズラっぽい笑顔と不意打ちの撮影。
意味を解したと同時に恥ずかしさで顔が熱くなった。
「今、絶対に変な顔してた!」
もみじ以上に顔が赤くなっていると自覚しながらクラウドに詰め寄ると、彼は楽しそうに笑いながら「そんなことない」と言う。
「ウソ、変な顔してたよ」
「本当に変な顔してないって」
そう言いながら―― カシャ
クラウドはまた私に向けてシャッターを切った。
「もう! 変なときばかり撮らないで」
「今日のテーマは“自然”だから」
一端のカメラマンみたいなことを言う。
「それなら私がクラウドの自然な姿を撮ってあげる」
そう言って私がカメラに手をのばすよりも一瞬早く、クラウドはそれを持つ右手を高々と掲げた。
「撮られるのはいやだ」
「もう、私ばっかりずるい!」

そうして始まったカメラの取り合い。
「貸して」
「やだ」
そんな言葉の応酬を繰り返しながら、私はカメラを奪うために必死で手をのばし、そうする私の手を楽々と交わすクラウドはカメラを上に掲げたり背後に隠したりする。
いつまでたっても埒があかない攻防戦。
もしかして、からかわれて遊ばれてる?
と、思った答えはクラウドの顔を見れば一目瞭然。
にやりと笑う彼のその顔に私は頬を膨らませた。
「もう! クラウドなんてしらない!」
カメラの取り合いを止めて近くにあったベンチに座り、ぷいっと横を向いて知らんぷりを決め込む。
そうした態度ほど拗ねていたわけではないけれど、彼はご機嫌を窺うように笑みかけてきた。
「ティファ、なにか飲む?」
「……温かいココアが飲みたい」
そう言った私にクラウドは苦笑いでうなずくと、あれほどまで頑なに取られまいとしていたカメラをあっさりと私に託した。
「了解、じゃあちょっと待ってて」
そう言って、少し離れた場所にある自動販売機へと向かって歩く。
そんな彼を見送りながら、私は黒いカメラをそっと持ち直した。



クラウドが写真を趣味とするようになったのは、デリバリーの仕事を始めて少ししてから。
配達をしていた先で知り合った年配の男性から、このカメラを譲り受けたのだ。
趣味でやっている写真だとその年配の男性は言っていたみたいだったけど、その昔の若い頃は結構名の通ったカメラマンだったことは後から知った話。
クラウドはその方の撮った写真に心動かされて写真の魅力にとりつかれた。
またその男性も熱心に写真を見るクラウドのことが嬉しかったようで、数あるカメラの中のひとつを彼に譲り渡したのだ。
それからというもの、クラウドは配達の途中であったり、こうした休日を利用して写真を撮っている。



手にしてみると意外と重いそのカメラのファインダーを覗く。
四角いフレームのなかに一枚の絵を見るように、カメラマン気取りさながらゆっくりと視点をずらした。
そうしたレンズ越しに捉えたものは、歩道の両サイドに並ぶ銀杏並木とその真ん中を歩くクラウドの後ろ姿。
黒い服を着たクラウドと銀杏の黄色い葉とのコントラストがとても絵になっていて、迷わずシャッターを切った。
これだと思えるものをカメラに収めた満足感と仕上がりを想像する楽しみ。
クラウドが写真に夢中になるのが少し分かるような気がした。

そういえば―― と、ふと思う。
子どもたちと一緒に撮った写真はあるけれど、クラウドがひとりで写っている写真を私は一枚も持っていない。
そしてふいに閃いた名案。
私は辺りを見まわし、身を潜められるような場所を探した。
そうして適当な場所を見つけて、いそいそとそこへ身を隠す。
そんなふうにかくれんぼをするように息を潜めていると、程なくして飲み物を手にしたクラウドが帰って来た。
その彼は、ベンチにいない私を探すようにキョロキョロと辺りを見まわしている。
そうする姿を見守りながら、隠れている位置に対してクラウドが背を向けたとき、私は彼の名前を呼んだ。
―― クラウド」
振り返った彼に向かって、すかさずシャッターを切る。
―― カシャ
「ベストショット」
驚くクラウドに、私はさっきのお返しとばかりに同じセリフを言った。

撮られるのが本当に苦手そうなクラウドは、顔を少しだけ赤くさせながら口を尖らせる。
「ティファ、ずるいぞ」
そんなふうに恥ずかしそうにしながら拗ねるクラウドが可笑しくて、私は笑いを堪えず彼の前に立った。
「じゃあ今度は不意打ちじゃないのをもう一枚!」
カメラを構えてそう言うと、クラウドはカメラのレンズから顔をそむけながらベンチに座った。
「やだ」
「そんなこと言わずに、ね?」
「ティファ、しつこいぞ」
缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲むと、クラウドはまたカメラから顔をそらせるように横を向く。
「お願い、こっちむいて笑って」
子どもを諭すようにやさしく声をかけてみるけれど、クラウドは硬く口を閉ざしてそっぽを向いたままだ。
そうなると、なんとしてでも欲しいと思う笑顔の一枚。
クラウドが笑ってくれそうなことを必死に考えた。
そして……
「ねえクラウド、今日の夕飯はね、クラウドの大好きなシチューだよ?」
子ども騙しのような甘言が効を奏したのか、クラウドの顔がふっと綻んでこっちに向いた。
「なんだよ、それ」
呆れたような苦笑い。
それでも気を緩ませたやわらかい笑顔は、私にシャッターを切るのも忘れさせてファインダー越しに惚けさせた。
そうする隙をつかれて私は歩み寄ってきた彼にカメラを取り上げられ、代わりに温かいココアを手の中に収められる。
「もうおしまい」
そう言ったクラウドはカメラを取り戻してホッとしたような顔をし、そうして再びベンチに腰を下ろした。

頬に残る火照りを気にしながら、私も彼のとなりに座る。
写真に収めることは出来なかったけれど、私の記憶にしっかりと焼き付けたクラウドの笑顔。
手にした温かいココアと一緒に、私の心は幸せのぬくもりに包まれた。
けれど、それに水を差すようなクラウドの意地悪な一言。
「不意打ちの写真は没収な」
「え? ダメよダメ。大きく引き伸ばしてお店に飾るんだから」
意地悪には意地悪で返した。
クラウドはウソだろと言わんばかりに目を見開く。
「そんなの飾ったりしたら、客、減るぞ」
そうぼやかれたけれど、私は逆に女のお客様が増えそうだと思ったことは内緒だ。
「じゃあ私の部屋に飾る。それならいいでしょ?」
そう言った瞬間、クラウドの頬にさっと赤みが差した。
照れくさそうにするその顔を私はすかさず記憶という名のカメラでシャッターを切る。


形には残らないフォトグラフ。
でもそれはいつまでも色褪せない心のアルバムに――


ACのセブンスヘブンにあるたくさんの写真はクラウドが撮影したもの、と勝手に妄想し、そこから考えたお話です。
撮られるのはイヤそうなクラウドだけど撮るのは好きなんだと思う。主にティファの写真をこっそりとw

(2007.12.01)
(2018.10月:加筆修正)

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