冬の贈り物

―― 苦手だ
眩しいくらいのきらびやかな照明。
漂うおこがましい雰囲気。
加えて、女性店員の本音を隠した仮面のような営業スマイル。
一度捕まってしまったら最後。機関銃のような勢いであれやこれやと商品を勧められ、何かを買うまでは絶対に離してくれそうにない―― そんな恐怖を感じるのは俺だけだろうか?
だけど、この難関をクリアしないことには俺のクリスマスはない。



ここ数週間、俺は女性用のジュエリーを取り扱うこの店になかなか足を踏み入れられずにいた。
そんな俺が精々できたことと言えば、仕事の帰りにこうして店の外側から中の様子を偵察することぐらい。
しかしクリスマスを目前に控えた今、いつまでもこうしているわけにもいかないのだ。
それで今日こそは―― と意を決したはずなのに、俺は往生際悪く三十分くらいは店の周りを無駄にウロウロしている始末だ。
「よし!」
そう口にして自身を奮い立たせ、一度大きく深呼吸をしてから店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ」
(早い、早すぎる! まだ扉を開けただけだぞ!?)
先行き不安に駆られながら店に入ると、ひとりの女性店員と目が合った。
俺は直感的にマズイと判断し、すぐさま視線を外した。
頼むから一人で選ばせてくれ!と、近寄るなオーラを体中からめいっぱい放って店員から離れたショーケースを覗く。
が、空気の読めないその店員はいそいそと俺のところへやって来た。
「彼女さんへのクリスマスプレゼントをお探しですか?」
(……なぜあんたに俺の諸事情を打ち明けなければならない?)
そう言いたいのは山々だったが、そこはぐっと堪えて「はい」とだけ返す。
そしてそのままショーケースに視線を戻して、再びかまうなオーラを放った。
なのに……
「やっぱり!」
(やっぱり?)
はしゃいだ感じのその声に、俺は必要以上のリアクションは見せずに目線だけを上げる。
するとその女店員は両手を合わせてひとり納得顔でうなずいていた。
「もうじきクリスマスですものね!」
(察しがついてるならいちいち聞くなよ)
これも心の中だけにしまっておく。
「お客様、数日前から店の前をウロウロされてましたよね?」
(なっ!?)
「いつ店の中に入ってくれるのかなーって毎日思ってたんですけど、」
(ちょ、ちょっと待て!)
「今日ようやく決心なされたんですね!」
俺にとって恥ずかしい醜態を全て吐ききった女店員はご満悦。俺は顔面蒼白。
速攻店を出て行きたかったのは言うまでもないが、女店員はそんな俺にまったくお構いなしに話を続けた。
「苦手ですか? こういう店に入ること」
「……ええ、まあ」
「ですよね~。気恥ずかしいのかな? でも彼女のためなら”えいっ!”って感じ?」
女店員はひとり楽しそうだ。
そのテンションの高さにたじろいでいると、やっと本題に入ってくれた。
「ところで商品はもうお決まりですか?」
「い、いやまだ……」
「う~んそうですかー。指輪とかピアス、ネックレスいろいろありますけど……」
俺の意見を聞いているようで聞いていない、そんな女店員に流されまいと、とりあえずの意思表示はしておいた。
「今回は指輪ではなく、ピアスかネックレスを……」
「あっ、なるほど! 指輪はスペシャルな日までとっておくってやつですね!」
なんとも得意げな顔。
しかも、憶測でしかない考えをあたかもそうだと決めつける女店員に開いた口が塞がらないほどの脱力感を覚える。
大体なんなんだ、そのスペシャルな日って!?
婚約指輪のことを言ってるのか?
それなら心配無用だ。すでにそういった意味を込めた指輪は贈っている。
というよりも、あんたには全く関係ない話だ。
そしてもうひとつ言っておくと、俺はおしゃべり相手を探しにここに来たわけじゃない。
そう思う気持ちを雰囲気で察してくれたのか、女店員は両手を口元を当てて恥ずかしそうに言った。
「やだ、私ったら一人でしゃべりすぎ。これじゃあゆっくり商品を選べないですよね?では、私は邪魔にならないようにしてるので何かあったらお気軽に声を掛けて下さい」
しゃべりすぎだと一応は自覚しているらしい女店員はそう言って、俺のそばから離れてくれた。
拷問のような口撃からようやく逃れられて、俺は心の奥底から安堵の息をそっと吐く。そうして気持ちあらたに再びショーケースに視線を落とした。



ティファはどういった物が好みだろうか?
彼女が普段身につけているアクセサリーを思い浮かべてみる。
派手なものは見たことがない。うん、ティファはどちらかというとシンプルでさりげないものを持っているな。
シンプルだけどどこか上品さの漂うもの。
そうしたアクセサリーは控えめな彼女の雰囲気にとても似合っているといえる。
そんなティファの姿を思い浮かべて、思わず目元口元を緩ませたその時……
「お客様、これなんてどうですか?」
「うわっ!!」
いつの間にやら、あの女店員が俺の目の前に立っていた。
驚きのあまり思わず変な声を出してしまった。
いやそれよりも、いま俺がとてつもなくだらしない顔をしていたところは見ていないだろうな?
確認するように女店員に目をやったが、営業スマイルのせいでその真意は分からない。
ていうか、一人で商品を選ばせてくれるんじゃなかったのか?
自分の言ったことなどすでに忘却の彼方であろう店員に一瞥をくれてやりながらも、一応は勧められたピアスを見る。

それは大ぶりのダイヤモンドが中央に一つ、そしてそのまわりを取り巻くように小粒のダイヤモンドが散りばめられたピアス。
確かに華やかで綺麗ではあったが、彼女には派手すぎるように思えた。
「少し派手すぎるかな……(値段もな)」
ちらりと見えた値札に関しての感想は心の中に留めておく。
「そうですか? これくらい華やかなほうがいいと思ったんですけど」
絶対の自信があったのか、女店員が残念そうな顔をする。
それを見て、俺はなぜか勝ち誇ったような気分になった。
ティファは華やかさをアクセサリーで補う必要はないんだ。
なぜなら、生まれ持ったその容姿だけでじゅうぶん華やかだからな。
なんて、決して口にすることは出来ない歯の浮くようなセリフも心の中でならすらすらと言える。
「もう少し控えめな感じの……」
そう口にした時、ショーケースの端に飾られていたひとつのピアスに目が止まった。

雪の結晶をあしらったピアス。
トップには上品なパールが一粒、そこから細い鎖に吊るされたホワイトゴールドで施された六角形の雪の結晶。
全体的に繊細なそのピアスがティファの雰囲気にとても似合いそうだと、一目見て気に入った。
星空とかが大好きな彼女のことだ。きっと雪の結晶も好みに違いない。
そうやって俺が食い入るようにそれを見つめていると、女店員の声が聞こえた。
「あ、これお気に召しました?」
そう言ってショーケースの扉を開けてピアスを取り出してくれた。
どうぞとの言葉と共にその品に触れてみる。
控えめに揺れたピアスは照明の光を受けてキラキラと輝き、本物の結晶のような儚い繊細さを醸し出す。
「可愛いですよね~。冬に贈るプレゼントとしては最高のモチーフだし、女の人はこういうの大好きですよ。もちろん私もですけど」
最後の余計な一言はともかく、店員の言った言葉は俺に購入を決めさせる最後の一押しとなってくれた。



クリスマス用にラッピングされるのを見つめながら、これを贈ったときのティファの姿を想像した。
箱を開けた途端、大きな瞳をさらに大きくして驚き、そして嬉しそうに笑いながら可愛いとか綺麗とか言うだろうな。
その後はほんのりと赤く染まった顔でありがとうと言うんだ、きっと。
もしかしたらお礼のキスもくれたりなんかして……
いやいや、過剰な期待は禁物だ。
なんせティファは恥ずかしがり屋さんだ。もじもじと俯くのが精いっぱいだろう。
うん、そうだな、そうする彼女はきっと愛らしくて、俺はそんな彼女をそっと抱きしめずにはいられないだろうな。

一通りのイメージを膨らませて、心は早くもクリスマス気分最高潮。
そんな俺を現実に引き戻す女店員の声が耳に触れる。
「お客様、今ならクリスマスカードもサービスでお付けしていますが、いかが致しましょうか?」
「クリスマスカード?」
「はい。愛のメッセージなど添えられてはどうでしょう。特にお客様は口下手そうですし」
「……」
「このピアスをつけて本物の結晶を見に行こう……なんてね!」
そう言って女店員は、先ほどの脳内シミュレーションの俺のようにひとりはしゃぐ。
「いや、カードは結構です」
丁寧に、だけどきっぱりと断りを入れながら、しかしその台詞は頂戴しようと心密かに思った。



店を出ると、街はすっかりと宵闇に包まれていた。
連なる店のショーウィンドウや街路樹をイルミネーションが華やかに彩り、クリスマス気分を盛り上げる。
彼女のことだけを考えた時間。
そんな時間を過ごした今の俺は、寒い季節のはずなのにとても暖かい。
どこからともなく流れるクリスマスソングに耳を傾けながら、買ったばかりのプレゼントを握り締めて、彼女が待つ家路へと急いだ。


2007年クリスマス記念小説です。
タイトルがお歳暮の話みたいにみえるけどクリスマスの話。

(2007.12.23)
(2018.10月:加筆修正)

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