Wデート

「ゴールドソーサーの無料チケット?」
飛空艇の中にある小さな厨房。
そこで夕飯の準備をしていたティファの目の前に、ユフィが四枚のチケットをチラつかせた。
「そっ! シドが貰ったんだって」
「ふ~ん。で?」
「一緒に行こうよ」
「ユフィと二人で?」
食器を手早く食卓に並べながらティファがクスクス笑ってそうからかうと、ユフィはその頬を盛大に膨らませた。
「四枚あるんだよ? クラウドも誘ってさ! ねえ行こう」
「な、なんでクラウドなのよ」
それまで片手間に話を聞いていたティファが、ここで初めて忙しなく動かす手を止めた。そうする顔はほんのりと赤い。
クラウドとティファが付き合ってることは周知の通りなのだが、当の本人たちだけが未だ内密の交際をしていると思い込んでいる。
ユフィはそんなティファを気にせず、話を続けた。
「いいからいいから、ね! 行こう?」
「いいけど……四枚でしょ? あと一人は?」
「ん? うん……ヴィンセントは……どうかな?」
「なんでヴィンセント?」
何気なく聞いたそれはユフィの顔を少し赤くさせた。
そしてそれをごまかすかのように、いつもよりもオーバーな身振り手振りで話しはじめる。
「ほ、ほら、シドやバレットはこんなの興味ないだろうし、ナナキは今コスモキャニオンに帰ってるし、リーブは忙しいだろうからさ」
一気に捲し立てるユフィを見て、ティファは含んだ笑いをした。
「ふ~ん、ヴィンセントね~」
「な、なんだよ……」
慌てて視線を逸らせるユフィがティファには可笑しかったが、これ以上からかうのはかわいそうに思って止めた。
「わかったわ。じゃあクラウドには私から言っておく。だからヴィンセントにはユフィ、お願いね?」
「ちょ、ちょっと待って!? ティファが言ってよ!」
「や~よ。ちゃんと自分で誘いなさいよね」
ティファは全てお見通しと言いたげに、顔を真っ赤にするユフィの額をちょんと突っついた。



その日の夜、ティファはクラウドの部屋でゴールドソーサーの話を持ち出した。
「ふ~ん、別に俺はかまわないけど……」
そう言ってから、クラウドはふと疑問に思ったことを口にする。
「ユフィはヴィンセントのことが好きなのか?」
「う~んどうかな、好きっていうよりも気になるって感じじゃない?」
ハッキリと本人の口から“好き”と聞いたわけではないからティファは曖昧に濁した。
けれども女の勘でそうだろうという確信はあった。
一方のクラウドは、ユフィに恋愛するというイメージをまったく抱いていないため、ティファからそう言われてもいまいちピンとこない。
「ふ~ん、あのユフィがねー……」
「そんなに意外?」
「まあ意外といえば意外だけど、案外あのふたりはそれで調和がとれそうな気がする」
過去のことに囚われすぎてストイックに生きるヴィンセントと底抜けの明るさを持つユフィ。
そんな相対するふたりはちょうどいい関係を築けるのではないかとクラウドは思った。
「うん、私もそう思う。きっとユフィなら――
そう言って、ティファは楽しそうにふたりのことをあれこれと語り出す。
そんな楽しそうなティファを見るのはクラウドにとって微笑ましいものなのだが、如何せん話題が楽しくない。
だから……
「なあ、もうあいつらの話はいいだろ?」
そう言って、クラウドはティファの頬をやさしく包みながら自分の方へと向かせて、くちびるを重ねた。



一方その頃、話題にされていたユフィは未だヴィンセントに話を切り出せないでいた。
先程からヴィンセントの部屋の前を行ったり来たりと落ち着きがない。
普段のノリで切り出そうと思っても、意識しすぎてできないのだ。
「ううっ、ティファのイジワル!」
この場にいない彼女に恨み言をこぼしたその時――
「なにをしているんだ、ユフィ」
突然開いた扉からヴィンセントが姿を現した。
心の準備ができていないユフィは慌てる。
「あ、あのさ、ゴールドソーサーのチケットが四枚あるんだけど、その……」
そこまでは言えたものの、肝心な部分は言えないで口ごもる。
いつもは分かりやすいぐらいストレートな物言いをするユフィが今は歯切れの悪い言い方をしている。
いつもと違うその様子にヴィンセントが不思議に思いながら見つめていると、その視線に耐え切れなくなったユフィが捨て鉢に口を開いた。
「そう! クラウドがどうしても行きたいって言うからさ、ヴィンセントもどうかなって」
「クラウドが? 珍しいな」
勘の鋭いヴィンセントにこれ以上突っ込まれたら困ると、ユフィは半ば強引に話を切り返した。
「あーもう! 細かいことはどうでもいいからさ! 行くの? 行かないの? どっち?」
誘われているというよりも脅されているといった感が強いが、それでもいつものらしさを見せたユフィを見てヴィンセントはふっと笑みを零す。
「ああ、私でよければかまわないが」
あんたがいいんだよ!―― などとは口が裂けても言えないが、それでも取り敢えずヴィンセントを誘えたことにユフィはほっと胸を撫でおろした。



久しぶりに訪れたゴールドソーサーは変わらずのにぎやかさをみせていた。
家族連れやカップル、友達同士のグループなど皆が楽しそうに遊んでいる。
そんな中に入れば、クラウドたちも日常生活からの開放感で自然と笑顔も多くなり、ことユフィのはしゃぐ様は年相応らしくて他の三人を和ませた。
そして一行は観覧車に乗るため、その順番待ちをしている列に並ぶ。

観覧車はカップルに人気のあるアトラクションなのか、それを待つ人たちのほとんどが男女の二人組だ。
そうした周りの面々を見て、ユフィは少し不安になる。
というのも、ユフィは当然のように観覧車には四人で乗るつもりでいるのだが、みんな(特にクラウド)は二人一組で乗るつもりだとしたら……
もし二人一組となった場合、クラウドは絶対にティファと乗るだろう。
となると、自分は必然的にヴィンセントと乗ることになる。
あの狭い密室空間にふたりっきり。
それは今のユフィにはあまりにもハードルが高かった。
「ねえ、観覧車は当然四人で乗るんだよね?」
おそるおそるユフィがみんなにそう聞くと、三人は微妙な顔つきになった。
ゴンドラの最大定員数は一応四人。
でもそれを律儀に守るつもりなど一切なかったクラウドは冷ややかな視線をユフィに向ける。
「大の大人が四人で乗るのか?」
いつもよりも低いその声にイヤミが含まれている。
「いいじゃん、楽しくて……」
誰もそうは思わないだろうことはユフィ本人がいちばん分かっていたため、そう呟いた声は当然ハリがない。
そしてそんなユフィの意見をクラウドは無情にもバッサリと切り捨てた。
「観覧車はふたりで乗るもんだ。俺はティファと乗る」
そう言ってクラウドは、そのままティファの手を引いてゴンドラに向う。
それに焦ったユフィは思わず、ティファの腕を引っ張り、代わりに自分がゴンドラの中に飛び乗った。
「きゃっ!?」
「ティファ!!」
ふたりの声が重なった時、ゴンドラの扉は閉まり、そのままクラウドとユフィを乗せてゆっくりと動き出した。
「おまえ、なにしてんだよ!」
「あはは、え~っと、つい……」
バツが悪そうな乾いた笑い方と脱力感誘うユフィの言い訳。
クラウドはその通りに肩を落として脱力した。



一方、取り残されたティファとヴィンセント。
そのふたりの前にゴンドラの扉が開かれて、係員に乗降を促される。
「このまま乗らずにクラウドたちを待つか?」
ヴィンセントがティファを気遣ってそう言ったが、ティファは首を横に振りながら微笑んだ。
「ううん、せっかくだし乗ろうよ」



「ヴィンセントとティファ、一緒に乗っちゃったね?」
ゴンドラのガラスに張り付き、置き去りにしてきたヴィンセントたちを見ていたユフィが、何台か後のゴンドラに乗り込んだふたりを見てそう呟いた。
ユフィと同じようにガラスに張り付いて未練たらしく離れゆく恋人を見ていたクラウドは、となりにいるのが予定外なユフィを忌々しげに睨む。
「あのな、おまえがそうさせたんだろ!?」
呆れた顔に苛立たしさを加えてそう言い、クラウドはふて腐れたように席に座る。
それでもユフィはガラスに張り付いたまま、ふたりの乗ったゴンドラを見ていた。
ヴィンセントのことを意識し過ぎての行動。
咄嗟のこととはいえ、それはあまりにも子どもっぽい行動のように思えてユフィは落ち込んだ。
そしてさらに、今のユフィの目に映るヴィンセントとティファの姿が気持ちをより沈ませる。
落ち着いた佇まいを見せる大人なヴィンセントと、綺麗だなといつも憧れて見ているティファ。その二人の雰囲気が似合って見えたのだ。
「お似合いだね、ヴィンセントとティファって」
ひとりごとのように無意識で呟くそれはクラウドをムッとさせた。
「……おい」
「あっ! ごめん! そういう意味じゃなくて……」
自分のことしか考えていない失言に気づいて、ユフィは慌てて謝り、そしてうなだれたまま席に座った。
向かいの席に座るそんなユフィを見てクラウドはため息をつくと、窓から見える景色に視線を移した。
「ヴィンセントのこと、好きなのか?」
オブラートにも包まない単刀直入な聞き方にユフィが素早く顔を上げる。
からかわれるのかと思ってクラウドを見たが、そう聞く彼からそれは感じられなかった。
だからユフィは正直に言った。
「……好きというか、気になるっていうか……」
しどろもどろとした言い方にクラウドは苦笑する。
「いつもの調子でいけばいいだろ?」
「人事だと思って……」
赤くした顔で恨めしげに見られて、クラウドはさらに苦笑した。
「そんなんじゃないけど、まあいつもの方がユフィらしいってこと」



「あ、なんか楽しそう……」
遠くに見えたクラウドたちのゴンドラを眺めてティファが少し寂しそうに呟くと、ヴィンセントはふっと笑った。
「クラウドはティファといる時がいちばん楽しそうに見える」
言われて頬を染める彼女を見てヴィンセントは微笑み、その笑みをゆるりと自嘲するような笑みに変えて外の景色に目をやりながら呟いた。
「ユフィは私と乗るのが嫌だったのかもしれないな」
そう言うヴィンセントの横顔から切なさのようなものを感じて、ティファは首を横に振ってそれを否定した。
「そうじゃないわ。ユフィはきっと恥ずかしかったのよ。ヴィンセントかっこいいから」
「私が?」
「そうよ。ヴィンセントかっこいいもん」
こんなにも整った顔立ちをしているのに本人が無自覚なことにティファは驚く。
だからそんな彼にもっとたくさんの良いところを伝えてあげたくなった。
「かっこいいだけじゃないよ。ヴィンセントはやさしいし、大人の魅力に溢れてて紳士的だし……」
次々と称賛の言葉を連ねるティファにヴィンセントは苦笑した。
「ティファ、それ以上褒めるのは勘弁してくれ。おまえからそう言われたとクラウドに知れたら、私は確実にあいつから闇討ちに遭う」
ティファには冗談に聞こえても、ヴィンセントにとっては割と本気なそれにふたりは顔を見合わせて笑った。



「俺はもう一度ティファと観覧車に乗るからな」
ヴィンセントたちが降りて来るのを待っている間、壁に背を預けて腕を組んでいたクラウドがそう言った。
ユフィは驚いて、そんなクラウドをまじまじと見る。
「え、また乗るの!? あんたも好きだねー」
「あのな、誰が邪魔したと思ってるんだ!?」
クラウドに睨まれて、ユフィは自分に責任があったことを笑ってごまかした。
けれど、すぐさま自分に与えられる状況を把握して、慌ててクラウドの腕を掴んで引っ張った。
「ちょ、ちょっと待って! その間、あたしたちはどうすればいいんだよ!」
「どこかで適当に時間潰してればいいだろ?」
ニヤリとクラウドに笑われてユフィが困ったように俯いた時、ヴィンセントとティファが観覧車から降りて戻って来た。
クラウドは壁から背を離し、大きなストライドでティファに近づくと、その彼女の腕を取って言った。
「ティファ、もう一回観覧車に乗るぞ」
「えっ!? ちょ、ちょっとクラウド!?」
訳が分からず焦るティファはクラウドに手を引かれるまま、再び観覧車乗り場へと連れて行かれる。
そんなふたりを見たヴィンセントは、ややして小さく笑い出した。
「クラウドは分かりやすいな」
そう言って、となりにいるユフィに目を向けた。
「ここでクラウドたちを待っていても仕方がない。ユフィ、行きたい所はあるのか?」
聞かれてユフィはブンブンと首を振る。
そうする姿にヴィンセントが苦笑うと、辺りをぐるりと見回してベンチを指さした。
「なら、あそこで待つとするか。ユフィ、先に行っててくれ」
そう言い残して、ヴィンセントは指さしたベンチとは逆の方向へと歩いて行った。
その場にポツリとひとり残されたユフィは、とりあえず言われた通りにそのベンチへ向かう。
そうしてしばらくおとなしく待っていたけれど、一向に姿を見せないヴィンセントにユフィはだんだんと不安になった。
あたしと一緒にいるのが嫌でどこか行ったのかな……
そんなネガティブな考えに頭が垂れ下がったその時――



「ユフィ、待たせたな」
落ちついた低いその声にパッと顔を上げると、彼の手にはアイスクリームと紙コップがあった。
「腹が減って元気がないのだろ?」
アイスを差し出されながらふっと笑われて、ユフィは赤くした頬を膨らませた。
「な、なんだよ。人をガキ扱いして」
「違うのか? じゃあ、これはいらないんだな?」
そう言って手にするアイスに目をやりながら、ヴィンセントにしては珍しいにやりとからかうような笑みを浮かべた。
だけど、そうした表情のなかにあるやさしい眼差しがユフィをドキドキとさせる。
そんな自分の気持に正直な心音を隠してプイッと横を向いて言った。
「……いる」
明らかに笑いを噛み殺した顔のヴィンセントからアイスを受け取り礼を言う。
そうしてから、ふっとヴィンセントを見た。
「ヴィンセントはアイス食べないの?」
「私は甘いものは苦手だ」
そう言ってヴィンセントは、ユフィのとなりに座って紙コップに入った珈琲を飲んだ。
自分は食べないアイスクリームをこうしてわざわざ買ってきてくれた気持ちが嬉しくて、ユフィはその甘さをゆっくりと味わった。
しかしそれと同時に、自分は子ども扱いされているのだと思うと気持ちが沈んだ。
浮き沈みを繰り返す気持ちを隠して、となりに座るヴィンセントをそっと盗み見る。

漆黒の髪の間から見える真紅の瞳。
遠くを見据えるその静かな佇まいは、自分との年齢の差をひどく感じさせてとなりにいるのが不釣合いにさえ思えた。
どんな女の人なら彼のとなりに違和感なくいられるのだろう。
そう考えるユフィの脳裏に、一度だけ見た女性が思い浮ぶ。
聡明で綺麗な大人の女性―― ルクレツィア。
ヴィンセントが過去に愛した女性。
そしてその女性の存在は、今もなおヴィンセントの心を捕らえて離さない。
自分とは似ても似つかないその女性を羨ましく思って、ユフィは小さくため息をついた。
「どうかしたのか?」
ヴィンセントにそう聞かれて、ユフィは思わず本音をこぼした。
「あたし子どもっぽいよね? ティファや……ルクレツィアみたいになりたい」
食べ終えたアイスクリームの包み紙を手の中でぎゅっと握り締めてそう言う。
そんなユフィをヴィンセントは黙って見ていたが、ややしてその瞳をやわらかにして静かな声で言った。
「ユフィはユフィだ。誰かと比べる必要はない」
ヴィンセントの言葉はユフィをハッとさせた。
誰かと比べることで卑屈になっていたことに気付かされたのだ。
それはとても愚かで恥ずかしいこと。
そんなことを愚痴っぽく呟いてしまったことをユフィは後悔する。
けれどヴィンセントは、そう思うユフィにやさしい口調で話を続けた。
「それと、私はおまえが気にするその子どものような明るさにずいぶんと救われている」


旅を共にするうちに知った彼の苦悩。
その苦悩のなかに秘められた彼のやさしさにユフィは惹かれた。
そんな彼のために自分は何もしてあげられないと思っていたのに、ありのままで接していたことは彼の心を少しでも軽くしていた。
その言葉だけでも十分うれしいことなのに……
「だからユフィ、おまえはそのままでいい」
今のままでいいとまで言ってくれたヴィンセントにユフィは満面の笑みで応える。
「ヴィンセント、ありがとう」
他の誰かと比べて背伸びをするのは止めようと思ったユフィの顔は、太陽のように明るい笑顔だった。
そして今日やっと見られた自然のままの彼女の笑顔にヴィンセントは目を細める。
「まあその元気さも、少々度が過ぎる時もあるが……」
付け加えられたそれに、ユフィは文句を言いながらヴィンセントに詰め寄る。
そうされるヴィンセントの表情は穏やかで、ゆとりある笑みを浮かべながらユフィの文句を聞き流している。
そしてその彼は、自身がそんな彼女に心惹かれ始めていることにまだ気付いていなかった。


2006年ユフィ誕生日記念小説です。
書いててとても楽しかったお話です。ユフィの天真爛漫さが大好き。

(2006.11.18)
(2018.10月:加筆修正)

Page Top