クローバー

―― 三人姉妹みたいだね
旅の間、ナナキが言った言葉。
性格は全然違うけど、なかよしだよね。
ナナキにそう言われるたび、私はうれしくなった。



「ねえ、天気もいいし、今日はおやつ外で食べない?」
エアリスのそうした提案は、部屋でゴロゴロと退屈そうにしていたユフィの顔をパッと輝かせた。
「賛成! 賛成!」
よほど退屈していたのか、ユフィはそう言いながらベッドの上から素早く身体を起こし、今にも飛び出して行きそうな勢いで同意する。
そんなユフィを見て苦笑いしたティファも、先程から何度もあくびを噛み殺していた。
「宿屋の近くに美味しそうなパン屋さんがあったわ」
ティファのおやつ仕入れ先情報はユフィの顔をますます輝かせる。
そんな皆の意向が一致したのを見て、エアリスはゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ早速出発! でもその前に…」
「リーダーに報告!」
エアリスの言葉の続きをユフィが言った。
外出する時はたとえ近くでもリーダーのクラウドに報告をすることになっている。
だから三人は宿を出る前にクラウドの部屋に立ち寄った。

「クラウド、ちょっと出かけてくるね」
武器の手入れをしていたクラウドは、少し開けられたとびらから顔をのぞかせる三人に目をやった。
「三人だけで?」
「そうそう、あたしたち三人で外におやつ食べに行くんだ~」
ユフィが自慢げにそう言うと、クラウドと同室のナナキが「いいな~」と羨ましそうに呟いた。
「ごめんねナナキ、今日は女の子だけ。また今度一緒に、ね?」
エアリスにそう言われてナナキはうなずき、嬉しそうに尻尾を振った。
そんなナナキを見て小さく笑ったクラウドは女子三人に言う。
「あまり遅くなるなよ」
「は~い、いってきまーす」
三人同時にそろった声はクラウドとナナキを笑わせた。



そんな三人がまず向かった先は、おやつを調達するためのベーカリーショップ。
その店内は焼きたてのパンがメインで並ぶなか、クッキーやチョコレートなどのお菓子類も充実していた。
「うわぁ~、どれも美味しそうだよ!」
目を輝かせてユフィが言い、そうしてからあれもこれもと欲張って菓子を手当たり次第ティファが持つ買い物カゴに入れていく。
お金の管理をしているティファはそれを無駄遣いじゃない程度に調整しながら、不要だと思う菓子を棚に戻した。
戻された菓子を片手に文句を言うユフィと駄々をこねる子どもを諭すように説得するティファ。
そんな二人を横目に、エアリスは自分が欲しいと思った菓子をしっかりと買い物カゴに忍ばせていた。
そうしたいつもの賑やかな買い物をすませたあと、今度はエアリスが見つけたというお気に入りの場所へと向かう。


町から歩いて数分のところにある緩やかな丘を登ると、そこは見渡す限りの大草原。
視界を遮るものはなにもなく、遥かむこうには雄大な山々。
青い空に白い雲、そしてどこまでも続く緑のじゅうたん。
太陽の光でキラキラと輝くその果てのない草原を前にして、ティファとユフィは歓喜の声を上げた。
そうした二人のとなりでエアリスは得意げに笑っている。
「ね! ねえ! あの大っきな木の下で早くおやつにしよ!」
エアリスとティファの手を引っ張りながらユフィが言う。
そんな彼女にエアリスは苦笑いながら言った。
「じゃあ、三人であの木まで競争!」
楽しいことを提案するのはいつもエアリスだ。
そのエアリスのかけ声で三人は一斉に走り出し、大きな木を目指した。



シートを広げ、買ってきたばかりのおやつを食べながらするおしゃべり。
心地よい風に吹かれてのんびりと過ごすそんな穏やかな時間は、厳しい旅の途中であることを忘れさせた。
歳相応の他愛もない会話。
それはとても楽しい時間で、だから尚更、いま置かれている現状がティファの表情を曇らせた。
「旅が終わっても、こうしてまた三人でのんびりできるかな……」
ポツリとひとりごとのように呟いたティファの言葉は、エアリスとユフィの口を噤ませた。

それぞれが思う旅の目的とその終結。
小鳥のさえずりしか聞こえなくなったその沈黙を最初に打ち破ったのはユフィだった。
「やだな~ティファってば。そんなの当たり前じゃん!」
素直に明るい未来をイメージするユフィにエアリスも続けてうなずいた。
「ティファ、わたしたちはこういう時間、取り戻すための旅を続けているんでしょ?」
いたずらに不安に駆られて考えすぎてしまうティファを、エアリスとユフィは明るく前向きな言葉で鼓吹する。
「それに、わたしたちには頼もしいリーダーがいる、でしょ?」
含んだ笑みでウインクするエアリスにティファもつられて笑った。
そんな二人を見て、ユフィはこの旅に参加した頃から気になっていたことを聞いた。
「ねえ、前から思ってたんだけどさ、二人ともクラウドのこと好きなの?」
また一瞬の沈黙。
けれど、それをすぐに破ったのはエアリスのほうだった。
「うん! 好きよ」
明るく即答する。そんなエアリスとは対照的にティファは口ごもる。
ユフィは促すように聞いた。
「ティファは?」
「えっと、私は……」
二人の無言の圧力。
言うを待たない雰囲気にティファは顔をほんのり赤くしながら小さな声で言った。
「……うん、私も…好き」
それを聞いてエアリスは嬉しそうに笑い、ティファは恥ずかしそうにうつむいた。
そしてユフィは両腕を頭の後ろに組みながら、そんなふたりを交互に見て言う。
「ふ~ん、あのツンツン頭のどこがいいのかねー?」

ユフィの素朴な疑問だ。
クラウドのことを嫌いなわけじゃないけれど、エアリスやティファのようないい女ふたりに好かれるほどの男なのか、というところに疑問を抱いている。
そうしたユフィの言葉を受けて、エアリスとティファは顔を見合わせて苦笑した。
いま話の中心となっている人物が聞いたら、絶対にムッとした顔をするだろうと安易に想像できたからだ。
「そんなこと言ってるユフィだってわかんないよ~。今はそう思ってても気がついたらクラウドのこと好きになってた、なんて言うかも」
エアリスがそう言うと、ユフィは大げさにイヤそうな顔をしてみせた。
「ないない、絶対ない! あたし、あんなすかした男、好みじゃないもん!」
ユフィがそう言いながらクラウドがよくする肩をすくめるポーズをするものだから、エアリスとティファはさらに声をあげて笑った。
そうした中、エアリスがふと小さな声を上げる。
そして何かをみつけたのか、その場にしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
ティファとユフィがほぼ同時に声をかけると、エアリスは嬉しそうに見つけたそれを手に取ってふたりに見せた。
「ほら見て、四つ葉のクローバー」
「確か、それを見つけた人にはしあわせが訪れるって言われてるのよね?」

クローバーは主に三枚の葉からなっているものが一般的で、エアリスが見つけた四枚の葉をつけたそれはとても珍しいもの。
小さい頃にティファは母親にそう教えてもらった記憶を辿ってそう言った。
エアリスが嬉しそうにうなずくと、ユフィが羨ましそうな顔をする。
「いいな~いいな~。あたしもみつける」
そう言って、ユフィの四つ葉のクローバー探しが始まった。

エアリスとティファも初めはユフィと一緒になって探していたけれど、珍しいそれはなかなか簡単に見つけられるものではなく、次第にふたりの興味は野に咲く花へ移っていた。
ティファは花に詳しいエアリスにいろいろと教えてもらい、そしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


空高くにあった太陽は西に傾き、辺り一面をオレンジ色の夕陽が染めた。
「ユフィ、そろそろ帰ろ?」
あれからずっと四つ葉のクローバーを探し続けていたユフィにティファが声をかけた。
「やだ、まだ見つけてないもん。あたしも四つ葉のクローバーが欲しい」
物に対しての執着心が強いユフィは地を這うようにキョロキョロと視線を彷徨わせながら首を振る。
その姿から、見つけるまでは頑として動かないという気配が漂っていてティファは途方に暮れた。
すると、それを見ていたエアリスがふわりと笑う。
「ユフィ、わたしのあげる」
エアリスは四つ葉のクローバーをユフィに差し出した。
「え?……いいの?」
「うん。わたしはこっちのほうが好き」
そう言ってエアリスは、たくさんある三つ葉のクローバーをひとつ手に取った。
「それ普通のクローバーだよ?」
「そう、普通のクローバー。だけどね……」

ひとつの茎に三枚の葉。
わたしとティファとユフィ。
いつでも三人一緒。
三つ葉のクローバーを手にしたエアリスはそう言って笑った。
「ねえ、旅終わったら、また三人でこの場所、来ようね」



 * * * * *


「ティファ~、早く早く!」
「待ってよーユフィ」

あれから数年。
私たちの旅は終わった。
あの頃より少し大人になったユフィと一緒に約束の地を訪れた。
一人足りないとは思わない。
ふわりとそよぐやわらかい風に、彼女がそばにいることを感じることができたから。

あの頃と変わらない大きな木の下で私は大きく伸びをし、胸いっぱいに大地の香りを吸い込んだ。
枝葉の間から射し込む陽光は緑の大地に幾千もの光を射し、その枝先では小鳥たちのさえずりが聞こえる。
そんな自然の恵みを体中で感じていると、
「ティファ、ほら」
呼ばれて振り返ると、ユフィがニコニコと笑いながら三つ葉のクローバーを私に掲げてみせた。
ふたりで微笑み合う。



あなたを失ったあの日。
涙で目を真っ赤にしたユフィが私に言った。
『あたしがあのとき四つ葉のクローバー貰っちゃったから、こんなことになったんだ』
自分を責め、泣きじゃくる彼女を抱きしめて慰めた日も今は遠い昔。
忘れることは決してないけれど、涙で枕を濡らして夜を明かすことはもうない。
それはきっと彼女がいちばん望んでいたこと。


「あたしとティファとエアリス、だよね?」
三枚の葉一枚一枚にそう言うユフィがあの日のエアリスと重なった。
三人一緒。
いつまでも一緒。
彼女の声が聞こえたような気がした。

「ちょっとティファ、今日は泣くのナシって決めたでしょ?」
涙を零した私を見てユフィが責めた。
「……うん、ごめん」
「今日はさ、あたしたち三人の楽しいピクニックなんだから!」
そう言って、ユフィはくるりと私に背を向ける。
それから少しして空を見上げた。
「でも……少しだけなら、いいよ」
声のトーンを和らげてそう言ったユフィの姿は涙を零さないようにしているように見えた。
「うん、少しだけ、ね」
そうしてふたりで空を見上げる。
彼女が好きだった青い空は、今日も穏やかにそこにあった。


7の女の子はみんなかわいい。この三人の組み合わせがとても好き。

(2007.04.22)
(2018.10月:加筆修正)

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