回想録

「今までに何度か、自分が女だってことが嫌だなって思ったことがあるの」
ふと甦る過去の記憶。
追憶の中そう呟くと、クラウドは目を見開いて私を見つめた。
そんなふうにクラウドが驚くのも無理はない。
だって私は今し方まで彼に抱かれ、彼からの愛を女の本能のまま身体中で感じ、恍惚としていたのだから。
―― 抱かれるのが嫌だった?
口に出しては言わないけれど、クラウドはそんな顔をしていた。
共々快楽に溺れた後にそう言われたら、そんな不安を抱くかもしれない。
悪気はなかったけれど、そんな顔をするクラウドが可笑しくてクスクスと笑い、そういう意味じゃないと誤解を解いた。
クラウドはほっとしたように息をついた。
「どうしてそう思ったのか聞いてみたい」
ベッドを軋ませながら片肘をつき、身体を私のほうに向けて甘やかに笑ってそう言う。
そうするクラウドのしぐさひとつひとつに男の色香を感じ、それにドキドキとする私はやっぱり女だと思った。
「あまり面白くないよ?」
「ティファのこと、たくさん知りたいんだ」
髪をやさしく撫でながらそう言うクラウドに、私は昔のことを思い返しながら言葉を紡いだ。



幼いころの私は家のなかで遊ぶよりも、外で遊びまわることのほうを好んだ。
女の子とおままごとをするのではなく、男の子と探検ごっこ。
木登りをすれば、私よりも上へと行く男の子たちに負けまいと懸命に木をよじ登る。
そうして同じ高さからの眺めを得て満足するような、そんな負けず嫌いな子どもだった。その頃はあまり男の子だからとか女の子だからということを気にしていなかったように思う。

「うん、たしかにあの頃のティファはそこら辺の男と区別がつかないくらいおてんばだったな」
クラウドがそんなふうにからかう。
男と区別がつかないはひどいと、私は叩いてもびくともしなさそうな彼の胸をトンと叩いた。



そんな私でも、10歳くらいの頃から身体のほうに変化が現れはじめた。
女の子から女へと変わりはじめる思春期。
同世代の女の子と比べて背が伸びるのが早かった私は、その成長期を迎えるのも早かった。
やっていることや考えることはまだ子どもなのに、身体は自分の意思とは関係なくどんどん変わる。
少しずつ膨らんでいく胸、全体的に丸みを帯びていく身体。
それらが妙に生々しく感じて、お風呂に入るたびに嫌な気分になった。
生理が始まったのもその頃くらいからだ。
普通なら一番身近にいる母親に相談したりするんだろうけど、ママを早くに亡くしていた私にそんなことを相談できる身近な大人の女の人はいなくて……
だけどそんな私を気にしてくれたのは、隣りに住むクラウドのお母さんだった。
初めての生理も、初めてのブラジャーもクラウドのお母さんが教えてくれた。
今でもとても感謝している。


「全然知らなかった」
クラウドが知らないのは当然のことで、私は極力クラウドがいないときを見計らって彼のお母さんのところへ相談しに行ってた。
幼いころから知ってはいても、やっぱりクラウドは男の子だったから。
そんなふうにクラウドの目を避けて家にお邪魔していたけれど、クラウドが偶然居合わせてしまった時もある。
でも彼のお母さんは自分の息子を外に追いやった。
訳もわからないまま母親に追いやられるクラウドを見て申し訳なくする私に、全然かまわないのよと明るく笑う、クラウドのお母さんはそんな人だった。



その頃から男の子たちと外で遊びまわることは減って、代わりに女の子たちとおしゃれの話に花を咲かせたり、小さい頃から習っていたピアノを弾く時間が増えた。
だけどそうした変化は私だけではなく、周りの男の子たちにも訪れていた。
男の子たちは皆、都会に憧れを抱き、そろってミッドガルへ行くようになった。
私はそういうことができる男の子を内心とてもうらやましく思っていた。
もし自分が女の子じゃなければ、きっとみんなと同じことをしていたと思う。

そしてとうとう隣りの家の男の子までもが村を出て行くと言い出した。
当時クラウドのお母さんとは仲良くしていても、クラウド本人のことはあまり知らなかった。
人と接するのが苦手なタイプなのかなと思っていたし、実際クラウドが誰かと仲良くしているところもあまり見たことがなかった。
だから、クラウドから呼び出されたときは正直おどろいた。

クラウドからミッドガルへ行くと聞かされて、他の男の子たちからも散々聞いたそれにまたかと思った。
男の子たちがミッドガルへ行きたがる理由は皆同じ。
―― こんな田舎じゃ何もできない
だから私はつい愚痴っぽく言ってしまった。
『みーんな村を出て行っちゃうのね』って。
本音はさみしかった。
どんな理由であれ、みんなは自分で決めた道を着々と進んで行ってる。
そんな中、自分だけがひとり取り残されて、そして忘れ去られていくような感じがしてさみしかった。
クラウドはみんなとは違うと言った。
英雄セフィロスのようなソルジャーになりたいからだと。
そういうことにあまり詳しくない私でも、その英雄の名前は知っていた。

その頃には戦争も下火で、かつてほどソルジャーの活躍場面は見られなかったけれど、それでもなにかあれば彼の名前は活躍したヒーローとして必ず話題になった。
テレビや雑誌、新聞などでも彼のことを大きく取り上げ、見た目も良かった英雄に男の子たちだけでなく女の子たちも騒いでいたのを覚えている。
かっこよくて、とても強い人。
そんなふうになりたいと言ったクラウドに私はあるお願いをした。
―― 私がピンチのときは助けに来てね
男の子と対等でいたいと思う一方で、自分だけのヒーローに守られたいと思う女の子的な願望。
自分の中の女の子の部分がそう言ったのか、或いはそう約束することで私のことを忘れないで欲しいと無意識に思って言ったのか、正直あまり覚えていない。
それでもクラウドは満天の星空の下で約束をしてくれた。



「本当に俺のことなんて、なんとも思ってなかったんだな」
恋心からではなく、単純にお姫様とヒーローという図に憧れての発言だったことが毎回クラウドにこう言わせた。
この話をするたび、クラウドはいつも子どものように拗ねる。
だからヒーローの約束話をした時は、この後に続く話と必ずワンセットにして話をしなければならない。



この約束を境に、私はクラウドを意識し始めていた。
村で姿を見ることはないのに、ふと考えるのはクラウドのことばかり。
今頃ソルジャーになるための訓練をしているのかな?と考えてみたり、村を出た男の子たちは手紙をくれるのに、どうしてクラウドはくれないのだろうと悩んだり。
そんなとき、学校で女の子たちと恋愛の話になった。
『ティファは好きな男の子いる?』と聞かれた。
私は男の子を好きになるという感情がよく分からなくて聞き返すと、友人たちはそんな私に呆れながらも教えてくれた。
―― その人のことばかり考えてしまうこと
私は答えた。
『……うん、いる』って。

私はいつの間にかクラウドに恋をしていた。
そう自覚をしてからは、以前よりももっとクラウドのことを考えた。
今までは読むこともなくパパに手渡すだけだった新聞も、クラウドが活躍する記事が載っているかもしれないと隅から隅までくまなく目を通した。
都会の情報に詳しい友人がいれば、その都会での最新情報を逐一洩らさず聞いたりした。
そして夏休みの長期休暇。その休みを利用してミッドガルへ遊びに行ってもいいかとパパにお願いをしたことがある。
パパからの答えはダメだの一点張りで、そのことで滅多にしない親子喧嘩までした。
それくらい私の大部分をクラウドが占めていた。



「もっと言って」
さっきまでの拗ねた顔は一転、嬉しそうに笑ってそう言うクラウドに私は顔を熱くした。



パパがダメだと言う理由は様々あったみたいだけれど、いちばんの理由は私が女の子だからということだった。
女の子であるが故の危険。
今でこそパパの心配する意味がわかるけれど、当時はまだ浅はかな考えを持つ子ども。女の子であることのくやしさが勝っていた。
そんな時、世界を旅しながら格闘技を伝授しているザンガン師匠との出会いがあった。
男の子と同等の力を身につければいいのではないか。
そんなことまで考えていた私はすぐに弟子入りをお願いした。
パパは”女の子が格闘技だなんて”と反対するかと思ったけれど、以外にも快く賛成してくれた。
危険から身を守る護身術にちょうどいい、というのが理由だった。
そんな動機で始めた格闘技だったけれど、もともと身体を動かすことが好きだったのもあって、私はいつの間にか格闘技に夢中になっていた。
その身につけた格闘術が、この先いろいろな形で役立つとはこの時の私には想像できるはずもなかったけれど……


忘れたくても忘れられない悪夢。
あの事件の後、気づけば私はミッドガルの病院にいた。
私をここまで連れてきたのはザンガン師匠だと病院の先生から聞いた。
けれど、その師匠は私が目を覚ました時にはすでにいなかった。

大切なことは何も覚えていない。
そんな私が覚えていたことといえば、燃えさかる炎の熱さ、大切なものをたくさん失った悲しみ、それを奪った者への憎しみ。
そんな事件にまきこまれた私の心の傷はいつまでたっても癒えない。
けれど身体の傷は完治する。
病院にいる理由のなくなった私は見知らぬ土地をさ迷わなければならなかった。

行く宛てもなければ、帰る場所もない。
そんなふらふらとする私にやさしく声をかけてくるのは、女という身体が目的の男たちだけ。
下心いっぱいのギラギラした目。
女という獲物しか嗅ぎ分けられない鼻。
甘い言葉でだまそうといやらしく歪む口元。
女というには完全じゃない発育途上の身体でも、そうした対象として見る男たちに私は嫌悪し、自分がそんな対象の女であることがとてつもなく嫌になった。



片肘をついたままの体勢で話を聞いていたクラウドが、空いていた片方の手でシーツを掴み、それを私の肩まで引き上げる。
そうしてそのまま私の肩を抱いて髪のなかに顔を埋め、彼は切なくやり切れないような吐息を零した。
クラウドの大きな手が子どもをあやすように私の肩をやさしくなで続ける。
それは無意識に身体を強ばらせて話していた私の力を抜かせてくれた。



身につけた格闘術は自分自身を守るのに役立った。
習いたての技でも男たちが15の小娘だと高を括っていた分、それは十分に効果があった。
だけどそれは対ひとりの場合。
複数の男たちに囲まれた。
手に持つナイフで逃げることを阻まれ、技を出そうにも威圧的な空気が身体を竦ませ、助けを呼ぶ声は恐怖で一言も発せない。
そんな時、助けてくれたのがバレットだった。
数人の男たちをあっという間に片付ける彼はまさに救世主。
にも関わらず、私はいつまでも震えていた。


「私、この人にどこかへ売り飛ばされちゃうって思ったの」
そう言うと、クラウドはクッと肩を揺らせて笑い出した。
「ああそうだな、俺もティファの立場だったら間違いなくそう思っただろうな」


バレットの炭鉱仕込みの屈強な身体と鋭い眼差しが、15の私を怯えさせた。
そんな私の様子に気づいたバレットは、困った顔をしながら頭をわしわしとかいて言ったのだ。
『取って食おうなんて考えてねえから安心しな』と。
そうした不器用な笑顔に私はやっと人心地につき、心から安堵した。
そのバレットはあれこれと詮索せずに、『こんな所でウロウロしてないでさっさと帰りな』とだけ言ってその場を去ろうとした。
私は必死に縋った。
帰る家なんてどこにもない。
見知らぬ土地で、初めて本当に私のことを心配してくれた彼と離れてしまったら、私はこの先どうすればいいのかなんて分からなかった。
だから必死だった。
そうする私にバレットはしばらく考えた後、料理は出来るのかと聞いてきた。
大好きだったママのそばにいつもいた私は料理をする作業も見ていたし、ママが亡くなってからはクラウドのお母さんがたくさん教えてくれた。
力の限りうなずく私を見て、じゃあうちで働けとバレットはアジトへ案内してくれた。



バレットは反神羅組織アバランチのリーダーだった。
神羅のせいで何もかも失った私は、この組織に属することになんの迷いもなかった。
そうした私の仕事は、アジトも兼ねている酒場セブンスヘブンで客の相手をしながらの情報収集。
バレットは私を女だからという理由で甘やかしはしなかった。
かといって、過酷な労働を強いられたわけでもない。
自分と対等な人間として接してくれたのだ。それがとても嬉しかった。
そんな感じのバレットだったけれど、それでも彼は私に対して結構細やかな気遣いをしてくれていたのだと思う。
小さな組織とはいえ、それらしい活動はしていたのに、私をその仕事に就かせるようなことはしなかった。
一人の人間として尊重はしてくれていたけれど、考えがまだ未熟な年齢だった私がこの先、直接アバランチの活動をしたことによって後悔する日がくるかもしれないと考えてのことだったのだろう。



そんな生活を五年続けた。
五年の月日は私に一人で生きていく強さを身に覚えさせ、代わりに誰かに甘えるという概念を捨てさせた。
それでよかった。
私に仲間はいても、弱音を吐いて甘えることのできる身内はもういない。
肩肘を張って生きていくしか道はなかったから、自分を弱くさせる甘えは必要なかった。
だから……初めは戸惑った。
旅の途中、クラウドがエアリスにするみたいに、私にもやさしく手を差し伸べてくれたりすることに――



「確かに、ティファはよくそんな顔をしてたよな」
そんな場面場面を思い出したのか、クラウドは苦笑した。
「エアリスは嬉々として甘えてたし、ユフィに至っては図々しいくらいだったのに、どうしてティファだけはそんな困ったような顔するんだろうって不思議だった」

クラウドにやさしくされるのはとても嬉しかった。
だけど強さを身につけた私には、やさしくされることが不釣り合いに思えた。
でもそんなことを考える私はきっと可愛くなかったと思う。
実際、人からの好意に素直に甘えることのできるエアリスやユフィは、女の私から見ても素直で可愛く見えた。
そんな私の卑屈な考え方が顔に出ていたのだとしたら、それはすごく恥ずかしいことだ。

そう思って口を噤むと、クラウドが小さく笑って言った。
「俺はそんなティファを可愛いと思ったよ」
びっくりしてそう言うクラウドを見ると、彼はやさしい笑顔で続けた。
「はじめはイヤなのかと思ったけど、でも見てるうちにわかった。ティファは甘えることが下手なんだって」
クラウドがそんなふうに私のことを見ていたことに驚いた。
それと同時にうれしさが込み上げてくる。
私は言葉を忘れ、ただただクラウドを見つめた。
けど、クラウドにはそんな視線が照れくさかったのか、そうする私を自分の胸に引き寄せることで私の視線から逃げた。
「可愛かったよ。真っ赤な顔してどもりながら言うありがとうとか」
からかうようなそんな口調に顔を上げると、ニヤリと笑うクラウドの顔。
けれど、その瞳の奥はイジワルしきれていないやさしい輝きがあった。
そんな瞳でからかわれたら、私は胸がときめいてしまって一瞬の内に顔を火照らせてしまう。
するとクラウドがクッと笑いだして、
「そう、そんな顔」
「もう!」
可笑しそうに笑うクラウドから逃れようと、私は抱かれる腕の中でもがく。
だけどクラウドは一向に力を緩めてくれない。それどころか、さらに深く私を胸のなかに閉じ込めた。
そうされて緩めることをしない腕に抱かれていても、私の身体は痛くなかった。
大切なものを扱うようにやさしく、けれどしっかりと抱きしめられていた。
私はクラウドの腕から逃れることをあきらめて、彼の胸の中でおとなしくした。
そんな私の耳にクラウドのやわらかな声が聞こえた。
「なあティファ、今でも自分が女だってこと嫌だと思ったりするのか?」

―― もうなかった
それは、今となりにいるクラウドのおかげだ。
クラウドが私に女であることの幸せをたくさん教えてくれた。
私は首を横に振った。
言葉にしたら涙が零れそうで、そうした。
なのに、クラウドも何も言わずに私の頭をずっとずっと撫でる。
その手から伝わる彼のやさしさに、顔を埋めていたクラウドの胸を濡らした。
頭上でクラウドがふっと笑ったのを感じた。
―― 泣くなよ」
これ以上はないくらいのやさしい声。
髪をなで続ける大きな温かい手。
注がれ続ける愛情に涙が溢れて止まらない。
私をこんなにも涙もろくさせたのもやっぱりクラウドで、私はそうさせる彼の胸をいっぱい濡らした。


甘え下手なティファがいちばん萌える。

(2007.08.29)
(2018.09月:加筆修正)

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