最後の確認

キスをしながら、白いシーツの海に彼女の身体をやさしく沈める。
波打つように広がった艶やかな黒髪。
宵闇のなかで聞く二人分の重みが加わったベッドの軋み。
そのすべてが扇情的。
はやる気持ちを抑えながら、額にかかる前髪をそっと撫であげる。
すると彼女がおずおずと口を開いた。
「あ、あのね、戸締まり、し忘れたかも……」



―― はじまった
いつものそれが可笑しくて、吹き出したいのをすました顔の下に隠す。
用心深い彼女がそれをし忘れたことなど今まで一度もない。
しかし、これから始まる行為を前にすると彼女は途端に心配性になるのだ。
「さっきしたろ?」
そう言いながら、緩やかな弧を描く形良い額にそっと口づけた。
その口づけで身をすくませた彼女がぎこちなくうなずく。
「そ、そうだったね……」
それを聞きながら、唇をやわらかな頬へと移す。
するとまたもや彼女の上擦った声。
「ガ、ガスの元栓の確認は忘れたかも……」
「それもちゃんとしてた」
チュッ―― と、わざと音をたてた口づけが彼女の頬を赤く染めた。
同じようにもう片方の頬にもして、そして心配事ばかり呟く唇を指でそっとなぞる。
「み、店の電気…」
「俺が消した」
最後までは言わせず即答。そのまま唇を重ねた。

「他には?」
口づけた後、潤んだ瞳にそう問うと、彼女はベッドサイドに備え付けられた今この部屋唯一の小さな灯りに目を向けた。
「……消さない?」
控えめにそう聞いてきた彼女に俺はにやりと笑み返して首を横に否んだ。
「これは消さない」
一瞬、物言いたげに口を開きかけた彼女だったが、すぐにあきらめの色を瞳に映してそれっきり口を噤んだ。
「恥ずかしい?」
彼女のシャツのボタンに手をかけて、それをひとつずつゆっくり外しながらそう聞くのは、我ながら相当意地が悪いと苦笑する。
されるがままの彼女は、紅潮させた顔を横に向けて俺の視線から逃げた。
「うんって言っても、消してくれないんでしょ?」
「うん、残念だけど」
再度、自身に苦笑した。
彼女の頬が一段と赤く染まる。
それに満悦しながらシャツの前身頃をひろげると、素早い動きで胸を両腕で覆い隠された。

俺を煽るだけでしかないそんなしぐさ。
急き立つ気持ちを堪えて、やさしくその腕を取りながら彼女に最後の確認をする。
「他にし忘れたことは?」
思い巡らし彷徨う瞳。
そして行きついた先の困ったような表情。
「もうない……かも」
ぽつりとそう呟かれて、思わず口元が緩んだ。
「それじゃ……」
合図とばかりにそう囁くと、彼女の身体がビクッと震えた。
それを目の端でとらえながら、逃げる隙を与えないように白く細い首筋に顔を埋める。
鼻先くすぐる甘い匂いの誘い。
それは焦らされた分だけ強く情欲を刺激された。

早くも理性を手放してしまいそうなそんな俺に、彼女がふたたび待ったをかけた。
「あ、あのね、クラウド」
「……なに?」
俺にとって長く感じた沈黙の後、彼女は最後の確認をした。
「……好き?」
”私のこと”と言わないところがなんとも彼女らしく、俺は絹糸のような黒髪をやさしく撫でながら、決まりきっていることを伝えた。
「好きだよ、ティファ」
それを確認できた彼女は、うれしそうにはにかんだ笑顔を見せる。
そして、すらりとした白い腕を伸ばして遠慮がちに俺の頬にそっと触れた。
ぞくっとするほど艶やかなそのしぐさに見惚れていると、そんな俺に彼女が一言。
「私も、好き」



―― ライト消しておけばよかったな
この時ばかりは後悔する。
だって、カッコ悪いだろ?
ティファのたったその一言で、俺はすました顔を彼女以上に紅潮させたのだから。


余裕かまして最後はクラウドの負け。

(2008.01.20)
(2018.09月:加筆修正)

Page Top