愛情表現

―― すき
そう書き綴ったバレンタイン用のメッセージカードをティファはずっと見ていた。
自分で書いた彼への想い。
バレンタインという日に手作りのチョコを渡すのはこれが初めてではないが、メッセージカードを添えるというのは初めてだった。
一緒にチョコを作ったマリンがメッセージカードを添えていて、そのマリンにのせられて書いたはいいけれど、改めて文字にしたそれを見ていると……
「…なんだか照れちゃうよね」
誰に言うでもないひとりごとでさらに顔を赤らめて、ティファはこのカードを渡さない方向に決めた。
そうしたとき、閉店札を提げた店のとびらがカチャリと開く。
カードにしたためた想い人の帰宅だ。
ティファはすばやくメッセージカードを広げていた帳簿に挟んでパタリと閉じた。



「おかえりなさい、クラウド」
「ただいま、ティファ」
控えめにだけどやわらかにした瞳。
自分と子どもたちにはよく見せてくれるそのやさしい眼差しに、ティファもつられて笑み返す。
「ごはんまだでしょ? いま用意するから」
帳簿を片手に席を立ち、カウンターの中へと向かう。
そうする背中にクラウドから声がかかった。
「ティファ、伝票落ちたぞ」
「えっ?」
振り返ると、それを拾おうとして腰を屈めるクラウドの姿。
と同時に、床に落ちた白い紙を目にしてティファの顔は強張った。
「あっ! それは…」
落ちたのは伝票ではなく、渡さないと決めたメッセージカード。
彼より先に拾い上げたかったティファだが、時すでに遅く、クラウドが先にそのカードを手にしたことでティファの動きはそのまま止まった―― というよりも固まってしまった。
というのも、クラウドが屈んだまま手にしたカードを凝視していたからだ。
読まれ…た?
恥ずかしさで顔が火照るのを感じながらも、ティファはそれ以上動けない。
そうして、お互いの動きが止まったまま、なんとも言いがたい沈黙だけが店内に漂った。



そうした中、先にアクションを起こしたのはクラウドのほうだった。
ゆっくりと立ち上がるクラウドを見ながら、ティファはさらに身体を硬直させる。
このカードを見たクラウドはどんなリアクションをするのだろうか?
ティファに緊張が走る。
けれど……
「はい」
クラウドはそう言ってカードをティファに差し出した。
ずいぶんとあっさりしたリアクションにティファは拍子抜けする。
もしかして、そのあまりにも恥ずかしい落としものを見なかったこととして気遣ってくれているのだろうか?
それはそれで恥ずかしかったけれど、相手がそうしてくれているのだから自分も素知らぬふりを決めこむ。
本当は素早く取り返したかったそのカードの端をティファはそっと掴んだ。
「あ、ありがと」
けれど、クラウドはカードから手を放してくれなかった。
「……」
ティファは控えめにカードを引っ張ってみる。
しかしクラウドは変わらずカードを掴んだまま放さない。
ふたりの間にあるカード。
自分で書いた二文字の言葉がティファの羞恥心を煽る。
「あの……クラウド?」
「ん?」
「えっと……手、放してくれる?」
おずおずとそう声をかけながら、ティファは今の今まで恥ずかしくて見られなかったクラウドの顔をちらりと見る。
クラウドの顔はほんのりと赤い。
その素知らぬふりとはほど遠い、おもいっきり意識しているその顔にティファは顔から火が出るようだった。
そうしたティファの視線を意識したクラウドは、カードを掴んでいないもう片方の手で口元を覆い、そっぽを向く。
「ごめん、やっぱ無理」
「えっ?」
「見なかったふりしてあげたかったけど……」


―― こんな嬉しいもん見たら無理だ
最後のそれはとても小さな声で、ティファの顔をこれ以上にないくらい真っ赤にさせた。



食事を終えたクラウドは、ティファの作ったカクテルを飲んでいる。
そのテーブルの上にはチョコレート。
「……ねえクラウド、いいかげんそれ見るのやめてくれない?」
チョコよりも先に渡したあのカードをクラウドはずっと眺めているのだ。
そのクラウドがグラスを置き、チョコをひとくち頬張りながら言う。
「なあティファ、ここに“大”って書き足して」


2009年バレンタイン記念小話です。
クラウド嬉しくって仕方ないのです。

(2009.02.13)
(2018.09月:加筆修正)

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