千古不易

「……懐かしいな」
ぽつりと零したそれに、カウンター内でカクテルを作っていた彼女が顔を上げた。
「なあに、ジョニー?」
まっすぐに向けられた笑顔はドキッとするほどかわいい。
オレは照れた顔を隠すように店のあちこちに視線を散らして答えた。
「あ、いや、こうしてると昔を思い出して懐かしいな~と思ってさ」
しみじみそう言うと、彼女―― ティファちゃんはクスッと笑ってから、止まっていた手を再び動かしてカクテル作りの作業に戻った。



ここはかつての七番街にあったセブンスヘブンではなく、エッジに構えた新生セブンスヘブン。
七番街のときのような酒場一色といった感じはなく、小綺麗に纏められた今の内装はカフェバーといった感じに近い。
けれど、店の中に漂う雰囲気や彼女がカウンターの中でカクテルを作る姿があの頃を思い出させて、柄にもなくノスタルジックな気分に浸ってしまったのだ。

彼女が新生セブンスヘブンを構えてもう二年近くになるけれど、オレがここに来たのは実は今日が初めてだった。
以前から彼女には「遊びに来て」と誘われてはいたが、照れとかもあってオレはずっと足を踏み入れられずにいたのだ。
七番街にいた頃はそれこそ毎日のように通い詰めていたのに……と、自身に苦笑する。
そんなオレが今日この店に入ったとき、すでに先客がいた。
『よおジョニー、とうとう自慢の店が潰れて本家に職願いに来たか?』
そうからかったのはオレの店の元常連客たち。
元とつくのは今ではすっかりオレの店には寄りつかなくなったからだ。
奴らはオレの店―― ジョニーズヘブンで毎日なんの目標も持たずにただ日々を過ごしていた。
オレはそうした奴らに夢や希望、自分が店を構えるまでに至った経緯を懇々と話して聞かせてやったのだ。
そして奴らはその話の中に出てくる彼女という人物に興味を抱き、そしてここを訪れ、今ではすっかりこの店の常連になったという。
そうした客は他にもたくさんいるらしく、ティファちゃん曰わく「店がこうして繁盛してるのもジョニーのおかげ」などと言った。
でもオレはそんなことないと断言する。
確かにきっかけを作ったのはオレかもしれないけど、でもその客たちを常連にまでさせたのはやっぱりティファちゃんの力だ。
彼女が作る美味い酒と料理、そして何より彼女の人柄が客たちを通いつめるほどまでにさせたのだ。



「はい、お待たせ」
そう言われて目の前に出されたカクテルは昔からオレが好んで飲んでいたもの。
おまかせでオーダーしたオレにそれを出してくれたことがめちゃくちゃ嬉しかった。
「覚えててくれてたんだ!」
「ジョニーは昔からこれが好きだったよね?」
それはティファちゃん特製オリジナルカクテル。
滑らかな舌触りの中にピリッとした刺激のある、ちょっときつめのカクテルだ。
早速、懐かしいそれを一口喉に流し込む。
うん、昔と変わらない味。
「うまい!」
「ふふふ、ありがと。あっ、なにか食べるものも用意したほうがいいかな?」
「うん、それもティファちゃんのおまかせでいい?」
「はい。じゃあちょっと待っててね」
そう言ってティファちゃんは今ある食材にざっと目を通して思案すると、次に必要なそれらをチョイスして調理を始めた。

オレはティファちゃんが料理をする姿を眺めているのが昔から好きだった。
迷いのない手際の良さは見ていても気持ちがいいし、なにより彼女は楽しそうに作る。
料理は好きだと言う彼女のそんな姿を眺めながら、”きっといい奥さんになるんだろうな”と想像し、そしてそこからオレの妄想も広がるのだ。

キッチンにはエプロン姿の可愛いティファちゃん。
そうした横にはもちろんオレがいる。
「今日の夕飯は?」とオレが聞けば、ティファちゃんは嬉しそうに言うんだ。
「あなたの大好きな唐揚げよ」
「どれ、一口味見」
「もう、ジョニーったらダ~メ!」

なーんてな!
ひさしぶりのあははうふふな妄想はこっぴどく恥ずかしい。
誰が知るでもないそんな妄想にひとり照れまくり、きついカクテルを思わず一気飲み。
直後、喉を直撃した強い刺激にむせかえり、心配したティファちゃんに「大丈夫! 大丈夫!」と赤い顔をして言ったのは”今日の失態その1”だったかもしれない。
まあそれはともかく、そんなラブラブな未来図を描いていたあの頃だったが、今現在それを現実にやっているであろう男はオレじゃなくて金髪のツンツン頭野郎。
と、そんな奴の姿を今日はまだ一度も見てないことに気づいた。
「ティファちゃん、クラウドは?」
「うん、まだ仕事中」
どうりで平穏なわけだ。と、思ったその時――


「それは好都合だぞ、と」
オレの背後から声がした。
「あら、これまた珍しいお客さま」
ティファちゃんの顔に懐かしい人を見るような笑顔が滲む。
振り返ると、そこには赤い髪をしたチャラチャラ風な男とスキンヘッドにサングラスといった強面な男の二人組がいた。
雰囲気からして只者ではないと感じて訝しげに見る。
しかし奴らはそんなオレを気にする風でもなく、オレと同じカウンター席に座った。
「よかったな相棒。しばらくは気兼ねなく酒が飲めそうだぞ、と」
先の赤髪が意味ありげにニヤニヤとその相棒を見ると、相棒と呼ばれたスキンヘッドはその強面には到底似合わない赤い顔をした。
それを見てオレはすぐにピンときた。
―― コイツもティファちゃんのことが好きなんだって
そういった輩に今まで何度もしてきた威嚇するオスの獣のごとく睨んでいると、そんなオレとは正反対にティファちゃんはすべてを受け入れる女神のような笑顔をふたりに向ける。
「なにか飲む?」
「俺はおまかせでいいぞ、と」
変な喋り口調の赤髪がそう言うと、ティファちゃんはスキンヘッドに目を移した。
「ルードは?」
「……同じく、おまかせで」
まともにティファちゃんから視線を向けられて、ルードと呼ばれた男はさらに顔を赤らめた。
そうしたふたりに向かってティファちゃんはクスッと笑う。
「了解したぞ、と」
赤髪野郎の変な喋り口調もティファちゃんが言うととても可愛い。
しかしそんな風に軽口を言い合うほど親しい仲とはいったいどういった関係だろうか?
そうしたオレの視線にティファちゃんが気づいて、改めてふたりとの関係を説明してくれた。
「ふたりはレノとルード。昔は私たちの旅の邪魔ばかりする困った人たちだったけど、」
「今はお友だちだぞ、と」
言葉尻を被せるように赤髪の男レノという奴がにやりと笑って言う。
それに対してティファちゃんは目を丸くした後、くすりと笑って言った。
「まあそういうことにしておくわ。レノ、ルード、彼はジョニー。私の大切なお客さまよ」
私の大切なお客さま!!
ティファちゃんの口から出たそのなんとも耳に心地よいフレーズを頭の中で何度もリピートさせる。
そうしてにやけた顔さながら「ども」などと初対面のふたりに軽く会釈をした。
すると……
「どうやら、おまえと同士みたいだぞ、と」
赤髪野郎がこそりとスキンヘッドにささやいたのが聞こえた。
言われたスキンヘッドはサングラス越しからオレを見定めるようにじっと見ている。
物言わないその視線。
威圧的でとても怖いんですけどッ!?
そう思った直後、今まで微動だにしなかったそのスキンヘッドがいきなり右手を動かした。
ひいっ! 殴られる!!
思わず身をすくめる。が、スキンヘッドの右手はオレの目の前で止まっていた。
「へっ?」と素っ頓狂な声を出すオレにスキンヘッドは「どうも……」と言った。
しばらく見つめ合い(見つめ合いたくなかったが)、ようやくのことそれが挨拶の握手だとわかった。
見た目よりもずいぶんと礼儀正しいこの男にほっと胸を撫でおろしながら、オレも右手を差し出してそれに応える。
そんなオレたちを見てティファちゃんは嬉しそうに笑ってから料理を作り始めた。
そこへ、「ティファ、お手伝いするよ」の声とともに店の奥にある階段からデンゼルとマリンが顔を出した。



この子らを見るのもずいぶんと久しぶりだ。
前に見たときよりも背が伸びたように見える。
子どもは成長が早いな~と、オレは遠い親戚のおじさんのごとく目を細めた。
「宿題は終わったの?」
「もちろん!」
「じゃあ、お願いしようかな」
「はーい、任せて」
そうした会話は親子そのもの。
ティファちゃんと子どもたちの間に血の繋がりがないことは知っている。けれど、こうして見ていると全然違和感がなかった。
そこに血よりも濃い絆だとか信頼だとかが見えて、それを日々の生活で築きあげたのだと思ったら、陰ながら応援していた身としては胸に熱いものが込み上げてくる。
そんなふうにオレが感慨にふける中、デンゼルがふいにオレたちが並ぶカウンターへと目を向けて言った。
「クラウドが見たら不機嫌になる顔ぶれだね」
おい、こら待て! どういう意味だそれは!!
胸を熱くさせた感慨は憤慨へと変わる。
「デ、デンゼル! お客さまに失礼でしょ」
ティファちゃんが慌ててそう言ったけれど、デンゼルは悪びれた様子もみせずに平然と言う。
「本当のこと言っただけだよ。な、マリン?」
「う~ん、そうだね。失礼だけどデンゼルの言うとおりかも」
「ほらな?」
そんなふたりを相手にティファちゃんはあたふたとしながらオレたちに謝り、そしてこれ以上余計なことは言わせないようにと、お手伝いを促した。


相変わらず口だけは達者な子どもたちだったが、この小さな助っ人の登場は店の中の雰囲気をさらに和やかにさせた。
飲んでいた客たちはふたりを見るや顔を綻ばせている。
この店独特の和やかな雰囲気は、ひとえにデンゼルとマリンふたりの功績と言えるのかもしれない。
そんなふうに思うオレのそばにデンゼルがすっと寄って来た。
「とうとうあの店、つぶれた?」
「つ、潰れてねーよ!」
子ども相手に鼻息荒くそう言いながら、ついでに前言撤回もしておく。

そんなやりとりをしながらも、オレはティファちゃんの美味しい料理をつまみながら酒を飲み、最初は胡散臭いと思った二人組ともティファちゃんを介して楽しいひとときを過ごせた。
あ~ほんと、この店はその名のとおり天国だよなと、その天国にふさわしい天使ティファちゃんをうっとり見つめて酔いしれる。
と、オレの天使がふいに店の入り口に視線を向けた。
その顔にひときわやわらかな笑顔を滲ませる。
そして同時にデンゼルとマリンの声が重なった。
「あ、クラウド。おかえりなさい!」
げっ! もうご帰宅かよ……



沈む気持ちそのままに振り返ると、クラウドは出迎えてくれたデンゼルたちの頭を撫でながらこちらに歩みを進める。
「おかえりなさい、クラウド」
「ああ、ただいま」
ティファちゃんの一段とやさしい微笑みに、クラウドの顔が僅かにやわらかくなったのをオレは見逃さない。
改めて言いたくもないが、そんなふたりは恋仲の関係だ。
無意識に醸し出すふたりの甘やかな雰囲気に軽く嫉妬していると、おそらく今までティファちゃんしか目に入ってなかったであろうクラウドが、今やっとといった感じでオレたちの存在を認めた。
途端、やわらかだった表情はどこへやら露骨にイヤな顔をする。
「今日はずいぶんとタチの悪い客ばかりだな」
それに対して「ほら言ったろ」と、デンゼルの声が聞こえたような聞こえなかったような。
「お友だちに対して失礼だぞ、と」
赤髪のレノがそう言い、オレとルードがうんうんと大きくうなずく。
そんなオレたちにクラウドは冷ややかな一瞥をくれながら、ふんと横を向いた。
「俺、上にいるから」
ティファちゃんにそう言って、クラウドは階段のある奥へと向かう。
「もうクラウドったら、せっかくみんなが遊びに来てるのに失礼よ。それにごはんだってまだでしょ?」
「コイツらが帰ったら食べる」
「もう! クラウド!」
そんなティファちゃんの咎める声を無視して、クラウドは階段の奥へと消えた。
その後ろ姿を見ながらティファちゃんは深く嘆息して腰に手を当てる。
「デンゼル、マリン、ちょっとだけお店お願い」
そう言ってティファちゃんは階段を上って行った。
おそらく、クラウドをここへと連れ戻しに行ったのだろう。
ふん、ほっとけばいいのに。


そう思っていると、カウンターに入ったマリンが少し大人びた口調で言うのだ。
「クラウドは子どもみたいなとこあるからね」
まったく、子どものマリンに言われてりゃ世話ねえなと思いながらも聞き返す。
「いつもあんな感じなの?」
「そうだよ。わがまま言ってティファを困らせてるんだから」
「結局クラウドはさ、ティファに甘えたいだけなんだよな」
話に加わったデンゼルがやや呆れた感じでそう付け足し、オレは歯ぎしりギリギリ二階へと続く階段を睨んだ。
あ~の~や~ろ~!
今、二階でどんなふうに甘えてやがるんだ!?
自棄気味に酒を呷る。
そんなオレの前で、マリンが「あ、そうそう」と言いながら目を輝かせて続けた。
「甘えてるといえばね、クラウドはときどきティファと一緒に寝てるんだよ」
思わぬ衝撃発言に飲んでいた酒をとなりにいたスキンヘッドと共に吹き出した。
やはり同士。わかる、わかるぜ。今のは不意打ちでやられたよな?
そんなオレらに「きったないな~」とデンゼルがぼやきながら、マリンに顔を向けた。
「見たのか?」
「うん。この前ね、わたし怖い夢みて寝られなくなったからティファの部屋に行ったの。いっしょに寝てもらおうと思って。そしたらクラウドのほうが先にティファと寝てたんだ。きっとクラウドも怖い夢みたんだよね」
怖い夢だと? いい夢心地の間違いだろ。
「ふ~ん、クラウドもほんと子どもみたいだな」
あまり興味なさげにデンゼルがそう言うと、唯一この会話を楽しんでいるレノがにやりと笑った。
「じゃあこの分だと風呂も一緒に入ってるな、と」
ふ、風呂だと! それだけはマジで勘弁してくれ。
そんなオレの願いが届いたのか、マリンが首を横に振る。
「ううん、お風呂は別々だよ」
「そこまでクラウドは子どもじゃないよな?」
「うん、クラウドはわたしたちと入ってるもんね」
無邪気な子どもたちの会話に、レノはそんな意味じゃないんだけどなと苦笑して終わった。
オレとルードはこれ以上のダメージはいらないと胸を撫で下ろす。
そうした中で、でもまあ……とオレは密かに諦めに似たため息を零した。
一緒に暮らしてるんだもんな。
いくらオレがイヤだからと目を逸らしたところでデンゼルたちが言ったことは現実。
ならばせめてと……

「ティファちゃんはどんなパジャマ着てるの?」
一緒に寝ることができないのなら、せめてティファちゃんと同じ柄のパジャマでおそろい気分を味わおう!
そう思って聞いたオレを哀れむような目で見ないで欲しい。
しかしマリンは素直ないい子。
そんなオレを蔑むような目はせずにニコッと笑って答えてくれた。
「ティファはパジャマ着ないよ」
「えええええっ!?」
これまた盛大に飲んでいた酒を吹き出す。
もちろん顔を真っ赤にするルードと、何気にオレたちの会話に聞き耳を立てていた他の客たちとともに。
「Tシャツを着てるの」
「あ……、な、なんだ、そういうことね」
早とちりでいかがわしい妄想に各々気を落ちつかせる。が、デンゼルがさらなる妄想の材料を提供してくれた。
「あれって、クラウドのシャツだよな?」
「な、なにっ!?」
「うん。クラウドのシャツは大きいから楽だって言ってたよ」
デンゼルとマリンの無邪気な会話をよそに妄想炸裂。
大きめの男のシャツを着るティファちゃんだなんて、それなんという男のロマン!
上に着るものが大きいんだから下は当然なにも履いてないよな!?
いや、絶対に履いてない!
ていうか、オレなら履かせない!!
イヤッホー! 妄想万歳!
と喜びつつも、それがクラウドのシャツだということが萌えを半減させる。
そうした中、二階からティファちゃんと続いてクラウドが下りて来た。



「ありがと、デンゼル、マリン」
「クラウドの機嫌なおった?」
「ん、まあ…ね」
ティファちゃんは苦笑いながら、後ろを歩いて来たクラウドを見る。
そのクラウドは帰って来た時に身につけていた重々しい防具やらを外した軽装で、オレらから少し距離を置いた同じカウンター席に腰を下ろした。
この、むっつりスケベめ……
相変わらずニコリともしない澄ました顔のクラウドを心の中で罵る。
「じゃあ、みんなで楽しくね」
そう言ってティファちゃんはクラウドの酒を用意し、それを受け取ったクラウドは変わらず面白くなさそうな顔で酒を呷った。
そこへデンゼルがやって来て、わざわざクラウドに言うのだ。
「なあクラウド、ライバルたちとお酒を飲む気分は?」
「……ライバル?」
酒を呷る手が止まり、クラウドはちらりとオレたちに視線を投げる。
そうしてから、何事もなかったかのように素知らぬ顔で再び酒を飲みながらデンゼルに言った。
「デンゼル、ライバルというのは同じレベルに立って初めてライバルというんだ」
どういう意味だよ、それ!
そんなオレの心の声が聞こえたか、クラウドは続けて言った。
「こんな奴らと俺が同レベルには見えないだろ?」
おいクラウド! 聞き捨てならねえな!
「そうだったね、ごめんクラウド」
こらデンゼル! おまえは素直に同意しすぎだ!
「まあでも、確かに女争奪戦で言うなら白黒はっきりついてるからライバルとは言えないよな、と」
待て待て赤髪野郎! おまえの相棒が涙目だぞ、と。
三者それぞれに心の中でつっこんではみたが、しかしこればかりはレノの言う通りだ。なんも言えねえ。

そうやって少しばかり気分が沈んだオレ(とルード)にレノが言う。
「なら、ここは酒場らしく酒の勝負をしてみるのはどうかな、と」
それにはオレやルードばかりか、先まで興味なさげにしていたクラウドまでもがその発言者に顔を向けた。
一手に注目を浴びてレノはにやりと笑う。
「ルールは簡単。最後まで酔いつぶれずにいた奴の勝ちだぞ、と」
なんともばかばかしい勝負。が、しかし、
「おお、やってやるぜ!」
オレは即座に乗った。
とてもくだらない勝負事だと思うけど、男の本能ともいうべき闘争心がオレを黙らせない。
なにより、オレはクラウドに負けたくなかったのだ。
どんなことでもいい、一度はアイツに勝ってみたいと男の勝負魂に火がついた。
「ルードはどうするんだ、と」
レノが聞くと、ルードは表情ひとつ変えずにうなずく。
「問題ない」
返ってきたそれにレノはにやりとうなずき返し、残るひとりを見た。
「やるのかな、と」
一同見守る中、クラウドはややしてうなずいた。
「ああ、かまわない」
正直、オレは驚いた。
まさかクラウドがこのようなくだらない勝負事に乗るとは思わなかったからだ。
そしてそれはレノやルードも同じだったらしく、目を疑うようにクラウドを見る。
そばにいたデンゼルも驚いたのだろう。その服裾をツンツンと引っ張って言った。
「えっ、クラウドやるの?」
「まあな。悪いがデンゼル、ボトル用意してくれないか。もちろんティファには内緒でな」
最後の一言に苦笑いを含ませたのは、こんなことをしようとしていることが彼女にバレたら当然説教をくらうとクラウド自身わかってのことだろう。
その彼女は他の客たちを相手に談笑していて、こちらの馬鹿げた計画には気づいていない様子。
デンゼルはそれを見ながらこっそりとカウンターの中に入り、言われた通りにボトルをオレたちに用意してくれた。
「じゃあ勝負開始だぞ、と」
レノの合図とともにオレたちは酒を呷った。



オレの予想では酒に強そうだと思ったのはルードだ。
しかし、オレも酒には相当強いと自信がある。
一番わからなかったのはクラウドだ。
強そうにも見えるし、弱そうにも見える。
そうやって相手の観察をしながらも、オレはティファちゃんに気づかれやしないかと内心ハラハラしていた。
しかしティファちゃんは時折こちらの様子を見るようにするも、事情を知らない彼女の目には“なかよく飲んでいる”と見えているようで笑っていた。
それはおそらく、クラウドがみんなと一緒に飲んだりしていることが嬉しいからなのだろう。
でなけば帰宅したとき、わざわざクラウドをここに座らせるようなことはしないはずだ。
人付き合いが下手なクラウドに対しての彼女の愛情――
そんな彼女の愛を受け、彼女に自分のシャツを着せて、そのうえ一緒に寝てるだと!?
なんだか段々とムシャクシャしてきた。
オレは自棄酒と化したそれにピッチを上げる。

「……彼女と一緒に寝ているそうだな?」
不意にそう言ったのはオレじゃない。
顔を上げて見れば、オレのとなりに座るルードがクラウドにそう聞いていた。
しかもルードの顔はいつの間にか真っ赤だ。
もちろん質問の内容に対して頬を染めているというような、そんなかわいいレベルのものじゃない。
酔って絡んでいるのだ。
絡まれたクラウドはルードを冷ややかな視線で一瞥しながら酒を呷る。
「だから?」
この野郎、あっさりと認めやがったな!!
質問したわけじゃないオレが悔しさで歯ぎしりする。
そうしたオレを無視してルードはさらにクラウドに絡んだ。
「風呂も一緒に入っているのか?」
「想像に任せるよ」
肯定もしなけりゃ否定もしない。それはすなわち、入っていると認めているようなもんだ。
ここまでくると怒りよりも羨ましさで身体が震える。
すると突然ルードが勢いよく立ち上がり、手に持っていたグラスの酒を一気に呷った。
そのあまりに突飛な行動に一同唖然としていると……
「俺の、俺の夢!!」
そう叫んだあと、ルードはそのまま後ろへとひっくり返ってしまった。
まるで茹で蛸のような酔っぱらいルードを見て、オレは心の底から同情する。
それはオレの夢でもあったよ、と。

「ど、どうしたのよ!?」
騒ぎに気づいたティファちゃんがびっくりした顔のまま慌ててかけ寄り、レノは倒れた相棒に苦笑する。
「ルード敗退だな、と」
そう言ってルードを肩に担ぐと、オレらに向かってニヤリと笑った。
「残りの勝負、ちゃんと決着つけろよ、と」
店を後にするレノたちを見て、ティファちゃんはますます困惑した顔だ。
「なんなの勝負って?」
「……」
オレとクラウド、そしてオレらのために酒を運んでは様子を見ていたデンゼルが口を噤む。
そんな何も言わないオレたちにティファちゃんはさらに語調を強めた。
「勝負ってなに?」
「あ、あの……」
おずおずと、そう最初に口を開いたのはデンゼルだった。
何も知らないティファちゃんに罪悪感を抱いたのだろう。
だけど、それでも先のクラウドとの約束があるからはっきりとは言い出せない。
ちらちらとクラウドの様子を窺うようにしながらティファちゃんに対して申し訳なさそうにしている。
するとクラウドがそんなデンゼルに苦笑しながら、その頭をくしゃくしゃっとやさしく撫でて言った。
「酒の飲み勝負をしてたんだ。デンゼルは関係ない」
「飲み勝負?」
ティファちゃんの表情が一段と険しくなる。
「ああ、男同士の勝負だ」
臆面もなくクラウドがそう言うから、ティファちゃんはとうとう頬を膨らませた。
「もう! なにが男同士の勝負よ! ほらデンゼル、こんな勝負に付き合うことないわ。もう上に行って休みなさい」
そう言ってティファちゃんは事情を知らないマリンと、オレたちを気にするように振り返り歩くデンゼルの背中を二階へと促した。



あ~あ、ティファちゃん怒らせちゃった……
そうさせた原因でもあるオレは気持ち沈む。
そしてそれはクラウドも同じだろうと思って奴を見ると、意外にもクラウドは悠々閑々と酒を飲んでいた。
「お、おい、いいのか? ティファちゃん怒っちゃったぞ」
レノとルードの席が空いた分、オレはクラウドのそばへと詰め寄り、声を潜めながら言った。
しかしクラウドは変わらず悠然とした様で言う。
「大丈夫だ。ティファはやさしいからすぐ許してくれる」
「そう…かな……」
再びティファちゃんに視線を戻すと、賑やかだった店内はいつの間にか大部分の客がいなくなっていて、彼女はオレを除いた最後の客の会計をしていた。
オレらに見せた厳しい表情ではなく、いつもの明るい笑顔で最後の客を見送っている。
確かにティファちゃんはやさしいもんな。
きっとクラウドの言うとおり、すぐに許してくれるのだろう。
と、ここで、今クラウドに軽くノロケられたと気づく。
「おいクラウド、今のは寂しい独り身のオレに対して当てつけか!?」
牙を剥かんばかりにクラウドへと振り返ると、なんと奴はグラスを握りながらうつらうつらと舟を漕いでいてオレを拍子抜けさせた。
「ティファは……ほっぺにチュッてすれば…なんでも許して…くれるんだ」
なんとも幸せそうに言ってくれながら、クラウドはとうとうカウンターに突っ伏して眠ってしまった。
「なんだよ、おまえ酔ってたのかよ……ていうか、またノロケたな?」
傍目には絶対にわからないクラウドの酔い方に呆れながらオレは深いため息を零した。


「あ、クラウド寝ちゃったの!?」
最後の客を店先まで見送り、店の扉にクローズ札を下げて戻ってきたティファちゃんはクラウドを見てそう言った。
「もう、今からお説教だったのに」
「ご、ごめんね、ティファちゃん……」
オレがクラウドの代わりに謝る。
するとティファちゃんは可愛らしいほっぺをぷくっと膨らませてオレを軽く睨んだ。
「お酒はゆっくりと味わって、楽しむためのものよ」
酒を提供している側として至極当然な言い分。いや、これは酒に限らず飲食を営む経営者として通ずる思いだ。
オレだってあんな小さな店だけど客たちに憩いと安らぎをと思い、店を開いたのだ。
忘れていたわけじゃないけれど、でも今のこの時はそれを忘れていたのは確か。
その場のノリで、しかも先陣きって参加したことを恥ずかしく思った。
「うん。ほんとそうだよね。ごめん」
同じ経営者として自身の意識の低さに肩身を狭くする。
そうしたオレを見て、ティファちゃんはクスッと笑ってうなずいた。
「じゃあ、お説教はこれでおしまい」
そう言ってから、今度はその顔に無邪気な笑みを浮かべる。
「ねえ、ジョニーはまだ飲める?」
「え? う、うん、大丈夫だけど……」
「じゃあ一杯だけ私に付き合ってくれる?」
「も、もちろんだよ!」
ティファちゃんと一緒に飲めるなら、たとえ酔ってたって大歓迎!
一杯どころか一生付き合います!
そう言うと、ティファちゃんは「大袈裟なんだから」と笑いながらカウンターの下にしまってあったブランケットを取り出し、それを眠ってしまったクラウドにそっと掛けた。
その温もりを感じたのか、クラウドは気持ちよさげに唸りながら「ティファ…ごめん…」と寝言を呟く。
「謝るくらいならしないでよね」
ティファちゃんは苦笑いながらクラウドの鼻をきゅっとつまみ、そうされても眠り続ける奴にとてもやさしく微笑んだ。
そんなティファちゃんを見ていたら胸がぎゅっと詰まった。
なんていうか、すごく切なくなったんだ。
ああ、本当にクラウドのこと好きなんだなって。
もう幾度となく思ったそれも、今回ばかりはやけに痛く胸に沁みるのは飲み過ぎたアルコールのせいだろうか。



新しいグラスとボトルを用意したティファちゃんはオレのとなりに座った。
オレは失恋さながら切ない顔を悟られないようにと、慌てて作り笑いをする。
「クラウドは酔うといつも寝るの?」
「ん、結構強いほうだから滅多にないけどね。でも、今日はみんなと飲んで楽しかったみたいだから気が緩んだのかな?」
「楽しいって顔には見えなかったけど?」
ちょっと苦笑いながらそう言うと、ティファちゃんも苦笑した。
「そうね、確かに表情だけを見たらそうかも。でも本当に一緒に飲みたくないって思ったら、クラウドは私がどんなに言ったって絶対ここには降りてこなかったと思うから」
ふと、デンゼルたちが言ってたことを思い出した。
「手のかかる子ども?」
「そ、誰よりも手のかかる大きな子ども」
そう言いながらも、ティファちゃんは母性愛溢れるやさしい顔で笑った。
「ねえティファちゃん、もうひとつ聞いていい?」
「ん、なあに?」
酒を一口、美味しそうに仕事後の一杯を味わうティファちゃんをそっと見つめる。
「どうしてまたこの店を開こうと思ったの?」
ティファちゃんはふとオレを見た。そう聞いた意味を探るように。
オレは慌てて補足する。
「あ、いや、そのなんて言うか……あの頃と同じ店を開くっていうのは…その…」
―― 辛くなかった?
最後のそれだけは言葉に出来ずに口を噤む。

グラスの中で揺れる氷の音だけが静かになった店内でやけに大きく響く。
そんな中、ティファちゃんがゆっくりと話はじめた。
「うん……、私もはじめは迷ったの。あの頃を思い出して辛くなるだけなんじゃないかって」
やっぱりそうだよな、と思う。
彼女がセブンスヘブンを再開させたと聞いたとき、いろいろな苦境を乗り越えての力強い生き様にオレは深く感動した。でも同時に、同じ店を開くことは、あの頃の楽しかった思い出を鮮明に呼び起こして辛いと感じるだけではないのかと。
彼女の性格を考えると特に、だ。
表情が曇ってしまった彼女を前にして、こんな聞くまでもないあたりまえのことを問うようにしたことを後悔する。
けれど、そうするオレにティファちゃんは「だけどね、」と言った。
「クラウドが言ったの。やってみればいいって。それでも辛かったらやめればいいんだって」
その時のことを思い出したのか、ティファちゃんはふわりと笑ってオレを見た。
「一度店を開いたら、そう簡単に投げ出すなんてできないじゃない? だけどクラウドはそれをさらっと言ったの。本当になんてことないって感じで」
ティファちゃんは一息ついて、それから目の前にあるグラスを見つめて言った。
「無責任な言葉って人は言うかもしれないけど、でも私はその言葉で気持ちが楽になった」
そう言って、最後に笑った彼女の笑顔はとても綺麗だった。
そしてオレは今ここにきて、彼女とクラウドふたりの関係を本当の意味で知り得た気がした。
今までは正直、ティファちゃんばかりがクラウドのことを支えているのだと思っていたのだ。
当然オレはそんなクラウドにいい気はしていなかった。
けれど、実はその裏でクラウドは男としてちゃんと彼女を支えていたのだ。
辛かったらやめればいいと簡単に言えるのは、それだけ彼女を支えて守っていける自信があるからこその台詞。

「……まいったな」
完敗とばかりに苦笑うオレを見て、ティファちゃんはきょとんとした顔をしている。
そんな彼女にオレは言った。
「オレさ、ずっとティファちゃんのこと好きだったんだよ」
初めて彼女に自分の気持ちを打ち明けた。
彼女は驚いたようにオレを見ていたけど、そのまま続けた。
「クラウドが現れてからはティファちゃんとの仲に嫉妬してた。なんでこんな奴が、ってね」
「えっと、あ、あの…ジョニー?」
ティファちゃんは困った顔でオロオロとしている。
そんな姿もまた可愛くて、その彼女と一緒にいられるライバルをやっぱり今も羨ましいと思ったりもする。
けれど――
「でも今は、クラウドと一緒に頑張ってるティファちゃんが大好きだ」
今のオレの正直な気持ちをまっすぐ彼女の瞳を見つめて言った。
すると、それまで落ち着かなげにしていた彼女の動きがピタリと止まり、その大きな瞳でじいっとオレを見つめる。
そうしてから、その頬を嬉しそうなピンク色に染めて彼女は笑った。
「ありがとう、ジョニー」



昔と変わらない彼女の笑顔。
その笑顔を陰で支えるライバルの存在。
オレはそうしたものすべてを受け入れて、この先もずっと彼女を想うのだ。


サイト三周年記念小説です。
一周年、二周年と同じくジョニー視点のお話。
彼視点で書くお話はどれも楽しく書いていました。
千古不易【永遠に変わらないこと】
発売したときから7が好き。これからもずっと好き。

(2008.09.22)
(2018.09月:加筆修正)

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