振り返る先に見えるもの

「なあクラウド、おまえの好きな女のタイプって髪の長い子だろ?」
唐突にそう言われたクラウドの食事をする手がピタリと止まり、それをちらりと目にしながらザックスは続けた。
「黒髪のストレート!」
「……」
「図星か?」
返事がなくとも耳を赤くするクラウドのその反応は、ザックスをニヤリと確信得た笑みにさせた。



ソルジャーのザックスと一般兵のクラウドは勤務形態の違いから、出退勤の時間が重なることはあまりなかった。
それでも以前はよく時間を合わせて仕事帰りに夕飯を一緒にしたり、遊んだりしていたのだが、最近ではザックスのほうが何かと忙しく、そうすることもあまりなくなっていた。
そうした中、今日はそんな二人の帰宅時間が偶然重なり、どちらから言うでもなくミッドガルにある神羅傭兵所近くのダイナーに立ち寄ったのだ。
そこで夕飯をとりながら互いの近況を語り合ったりしていたとき、ザックスが不意にクラウドにそんな質問を浴びせた。



「やっぱりな」
ザックスは自分の推測があたったことに満悦しながらパンに手を伸ばし、それをちぎって食事の続きを始めた。

長い黒髪の女の子が好きなのではなく、好きになった子がそうだった――
正しく言えばそうなのだがと思いながらも、少なからず言い当てたザックスをちらりと盗み見ながらクラウドは聞いた。
「……どうしてわかった?」
「ん、おまえそういう子とすれ違うとき必ず振り返るから」
肩を竦め、パンを頬張りながら事もなげに言った。
ザックスの言ったそれはクラウドがミッドガルに来てからの癖だった。
故郷であるニブルヘイムにいる彼女がこの地にいるはずもない。そう分かっていながらも、クラウドは彼女に似た人がいると無意識にそうしていたのだ。
しかし当然のことながら、その振り返った先に彼女の姿を見ることはない。
そしてそれは期待を抱いた分だけ落胆も大きく、そのたびにため息と共に肩を落としていた。
そんな自らの情けない姿を思い出して、気持ち落ち込み頭を垂れるクラウドの耳にザックスの声が触れる。
「長い髪の女が好きなら紹介してやろうか?」
クラウドが顔を上げると、ザックスはメインのチキンを口いっぱいにしていた。
そうして邪気のない笑顔で返事を待っている。

どんな人に対しても隔たりを持たず、明るくオープンで積極的。
良く言えば社交性があり、悪く言えばどんなことにも首を突っ込まずにはいられない―― ザックスはそんな性格だ。
親切とお節介の紙一重なことをしていても、それを疎ましく思われないのはザックスの生まれ持った人柄の良さのおかげだろう。
そんなザックスだから、この地に来て知り合った人の数は同性異性年齢を問わず幅広く、ゴンガガという田舎出だと本人は言うが、本当はこのミッドガルが地元じゃないのかと疑うくらい街中でもよく声をかけられていた。
中にはどういった経緯で知り合ったんだ? と思うような人たちも多く見られ、その幅広さにクラウドは毎度舌を巻くほどだった。

そんなザックスからの申し出にクラウドは首を横に振る。
「いいよ」
「遠慮するなよ」
「別に俺は……」
そこまで言ってクラウドは口を噤み、その後に続く言葉を言おうか言うまいか迷った末、小さな声でぼそりと呟いた。
「……髪の長い子なら誰でもいいわけじゃないから」
言ってから、それを掻き消すように忙しなく食べ物を口の中にかき込む。
目線を合わせようともせずにそうするクラウドを見て、ザックスはその顔をニヤリとさせた。
「好きになった子がそうだった、か?」
返事をするよりも早く、赤くなった顔でザックスにバレた。
「なんだよクラウド、いつの間にそんな子できたんだ? 俺に紹介しろよ」
お互い彼女はいない―― そう思っていただけに、先を越された感がザックスの頬を軽く膨らませた。
そんなザックスを見てクラウドは小さくため息をつきながら、半ば投げやりな口調で答える。
「ここにはいないよ」
「へ? ここにはいないって……」
返された言葉の意味を考えるように、ザックスはぶつぶつとその言葉を繰り返し呟きながら自問する。
そんなふうにしばらく眉をしかめて難しい顔で考えていたザックスだったが、不意にその顔を上げてパッと明るくした。
「あーーっ! ニブルヘイム!!」
洒落た店ではない店内はそこそこの賑わいがあったにも関わらず、ザックスの大きなその声は周りにいた客たちの視線を一手に集めた。
食事と会話を中断させられた皆からの視線がクラウドの身を縮める。
そうして肩身を狭くさせながらクラウドは押し殺した声でザックスを咎めた。
「バ、バカ! 静かにしろよ!」
そう言われてもザックスはまったく気にする様子もなく、それどころかエラそうに椅子の背にドカッと凭れながら腕組みをして唸る始末だ。
「おまえ彼女いたのかー」
人の話をまったく聞かずの早とちりはいつものことで、クラウドはあからさまに大きなため息をついて付け足した。
「……彼女じゃないよ」
言って虚しくなった。
俺の彼女―― そう堂々と自慢できたのならどんなにいいだろうとクラウドは思う。
しかし現実はただの片思いだ。

再び談笑を始めた周囲のざわめきを遠くに聞きながら、クラウドはあまり考えたくなかったそれに憂鬱になった。
そうするクラウドをザックスは少しばかり気にとめたが、それでも滅多に聞くことのない色恋話のほうに気持ちが大きく勝った。
「で、どんな子だ?」
テーブルに身を乗り出すザックスはあまりにもあけすけで、聞きたくて聞きたくてしょうがないといった顔をする。
「可愛いのか? スタイルは? 同い年か? 年上か? 年下か?」
その遠慮のない質問攻めにクラウドはいささか閉口する。
「うるさいな、どうだって…」
「今でも好きなのか?」
言葉の先を折られて聞かれた最後の問いがクラウドの口をそのまま噤ませた。
二人の座るテーブルに沈黙が漂う。
クラウドからは否定も肯定もなく、また迷惑そうにする文句もなくなってしまい、さすがのザックスも憂いに沈んだ。
ただ黙って視線を落とし、意気消沈するクラウドに片思い特有の切なさをありありと感じて、ザックスは珍しく神妙な顔つきでぽつりと呟いた。
「そうか、今でも好きか……」
変わらず続く沈黙のなかで、クラウドは食べかけの肉やその付け合わせについていたポテトを口に運ぶでもなくフォークで意味もなく転がす。
そんな様子をザックスは目を和らげてみていた。


クラウドが傭兵所に入って一年。
この一年で何度か任務を共にしてきた。
小さなことにも手を抜かず、誰よりも一生懸命。だけどどこか要領の悪さは否めなくて、ついつい声をかけて世話を焼いてしまいたくなる。
話をすればいろいろと気が合い、今では親友と呼べる間柄だ。
親友でもあり、弟のような存在。
そんなクラウドはソルジャーになりたいと今頑張っている。

ザックスはひとり大きくうなずいてから、クラウドに笑顔を向けた。
「クラウド、ソルジャーになって彼女に会いに行かなきゃな!」
その明るい声音にクラウドは皿から視線を上げる。
目の前にはザックスの屈託のない笑顔。
そんなザックスを真っ直ぐ見つめた後、クラウドはその顔に年齢に見合った少年らしい笑顔を浮かべて力強くうなずいた。



店を出た頃には陽もすっかり落ちていた。
街を行き交う人々も、子供や主婦といった顔ぶれからサラリーマンやOLといった大人の顔ぶれに変わっている。
行き交う人々の層が変わるだけで街の雰囲気もガラリと変わってしまう。
大都市とはそんな街なのだと、ザックスもクラウドもミッドガルに来て知った。

「なあクラウド、俺これからスラムに行くんだけど一緒に来るか?」
人と待ち合わせをしていたザックスはクラウドにそう聞いた。
クラウドはザックスの言うスラム街にまだ一度も行ったことがない。
一癖も二癖もある者たちが多く潜む物騒さと色々な意味で人心を甘く惹きつけて惑わす街。それらが相半ばする街に興味がないと言えば嘘になるが、今のクラウドには遠くに感じる場所だった。
「いや、俺はいいよ」
返ってくる返事がなんとなく分かっていたザックスは軽くうなずく。
「ん、わかった。じゃあまた飯でも食おうぜ」
そう言って一度別れたザックスだったが、不意に思い立ち、すでに帰路へと歩み始めていたクラウドを呼び止めて駆けよった。
そうしてから怪訝そうにするクラウドの肩に腕を回してニヤリと笑う。
「なあクラウド、俺たち男ってのはどうしようもなく悲しい生き物だよな?」
持って回った言い方がクラウドをますます怪訝な顔にさせる。
それに答えようと、ザックスは肩に回した腕に力を込めてグイッと引きよせ、鼻先がくっつきそうなほどの距離で言った。
「好きな子を一途に想う気持ちとココは別物だってこと」
そう言って、クラウドの下半身を指差す。
すぐに意味を解したであろうクラウドの顔を見て、ザックスは更ににやけた顔で言った。
「必要に迫られたらいつでも俺に言えよ。可愛い子がたくさんいる店、連れてってやるからな!」
そんなことに先輩風を吹かせるザックスに呆れながらも、クラウドはつい笑ってしまう。
「バーカ! 余計なお世話だ」
「クラウド、それは強がりか? 我慢はよくないんだぞ?」
「うるさいな、俺のことはいいからさっさと行けよ」
苦笑するクラウドにそう言われて、ザックスは楽しそうに笑いながら軽く手を上げてその場を去った。



帰宅を急ぐサラリーマンの波をぬいながら駅に向かい列車に乗る。
その車中でザックスはつい先程の食事でのことを思い返していた。

付き合った女はたくさんいた。
しかしそれはクラウドのような想いのものかと聞かれたら『そうだ』と胸を張れる自信はない。
どれもその場その時の勢いとノリの付き合い。楽しいけれど後には何も残らない。名前すら思い出せない女もいた。
後腐れがなく楽な反面、そんな付き合い方は寂しいだけ。
そう気付いていながらもそんな付き合いを続けていたのは、本気で女に惚れたりすれば、クラウドのように焦がれるほどに思い悩んだり、眠れない夜を過ごしたりすることになるから。
来るもの拒まず去るもの追わずな付き合い方は自分が傷ついたり悩んだりしないための防衛策。
今日、クラウドを前にしてそんな自分が少しかっこ悪いと思った。

もやもやする思考に頭をかいて、それらを吐き出すようにため息をつく。
クラウドに感化され、恋愛のあり方について真面目に考える自分に自嘲した。
「らしくねーよな」
そうぽつりと呟いたザックスの言葉は列車の音にかき消された。



列車を降り、酒と煙草の匂いしかしないスラム街を歩く。
絡んでくる酔っ払いや、誘ってくる女を横目にやりながら足早に進んでいると、その街には不釣り合いな優しい香りがふわりとザックスの鼻を掠めた。
その香りに誘われるように振り返ると、すれ違った女の持つ籠の中に花があった。
過ぎ去るそれに目を向けた後、再び歩き始める。
しかしすぐに足が止まった。
何かがもう一度ザックスを振り返らせる。
けれど、振り返った先に花を持つ女の姿はもうなかった。


CC発売前の自分勝手な妄想。二人のやり取りを妄想するだけで楽しい。

(2007.09.09)
(2018.09月:加筆修正)

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