秘密

深い森を抜けたそこは陽が燦々と降りそそぐ見渡す限りの平原の地。
視界も広いその場所を休息の場と決めた一行は、思い思いに身体を休めていた。
遮るものはなにもない澄み切った青い空。
その開放感をシドはくわえた煙草の煙とともに吐き出し、そうして先程から地図とにらめっこをしている男の背に声をかけた。
「なあクラウドよお、これからどーすんだ?」
するとすぐに「とりあえずはゴールドソーサーだ」と、地図を見入る姿勢はそのままに声だけが返ってきた。
動きに無駄もなければ返ってきた答えも無駄なく簡素。
シドは頭をわしわしと掻きながら煙草を揉み消すと、すぐさま二本目の煙草に火を点けて言った。
「そうじゃなくてよ、そのゴールドソーサーに今日中に辿り着くのは無理なんだから今日はどこに泊まるんだっての」



シドが仲間入りした後、ユフィのマテリア騒動などで本来の目的から逸れたところはあったが、それも収まりがついた今、クラウドたちは旅の基軸であるセフィロスを追っている。
そのセフィロスが古代種の神殿へ向かっているとの情報を得て、その聞き慣れない土地の名に更なる情報を探していたところ、その地はキーストーンなるものが必要だということがわかった。しかしそのキーストーンは一足違いでゴールドソーサーの園長であるディオの手に渡ったことを知る。
古代種の神殿。
キーストーン。
そしてセフィロスの目的。
不明な点は多々あったが、必要だとされるキーストーンが文字通りの鍵となってすべてを明らかにしてくれるだろうと皆の意見が一致したところで、まずはキーストーンの譲渡交渉をするために目的地をゴールドソーサーへと移した。
そうしてひたすら進むこと数日。
手に入れたタイニーブロンコは海の浅瀬を渡るボートへと成り下がってしまったが、移動の足としては大いに役立ってくれた。けれど、陸地ではその価値はないに等しく、結局のところ移動の大半は以前と変わらず自分たちの足。
そしてまたその目的地が広大な地にあることと道すがら街らしい街がないこともあって、一行はここ数日野営を余儀なくされていた。



「この感じだと今夜もテントを張って野宿か?」
シドに代わってそう聞いたのは、クラウドの見る地図に頭を寄せて一緒に経路の確認をしていたバレットだった。
それに対して速攻で不満の声をあげたのはユフィ。
「えーまた野宿?もう勘弁してよ~」
黙っていればそこそこ可愛い顔を心底イヤそうに歪める。
そんな風に露骨に態度で表したのはユフィだけだが、勘弁して欲しいと思うのは皆も同じだ。しかしそこは自分たちの置かれている状況を考えると皆は暗黙の了解に徹する。
だからそうした中でのユフィの態度は状況を読めない子どもみたいで一際目立ち、それにはこの一団では年長者の部類に入るバレットが一喝する。
「おめえひとりわがまま言うんじゃねえ!」
「なにさ、思ったことを正直に言っただけじゃん!」
小憎らしいことを口にしてユフィはバレットに向かってベェーと舌をつき出し、そしてとなりにいた年上の女性に甘えるようにすり寄った。
「なあ、エアリスは野宿と宿屋だったらどっちがいい?」
そんな二択を迫られたら……
「それはもちろん、宿屋よ」
エアリスでなくても皆がそう言うだろう。それなのにユフィは自分の意見はみんなの総意とばかりにパッと顔を輝かせて言った。
「だろ!やっぱそうだよね。ほらほら、あたしだけじゃないじゃん!」
まるで鬼の首を取ったようにバレットに向かって踏ん反り返る。
そうされたバレットは当然のことながら「そんな聞き方、汚ねえぞ!」と噛みついた。

互いに折れる気なしの睨み合い。
こうした子どもの意地の張り合いみたいなケンカはこの一行にとっては別段珍しくもない光景で、ただそれをやり合う人物が毎回違うだけのいつものことだ。
だから誰一人として本気で仲裁に入ったりすることはしない。
しかしそれでもいつまでもほったらかしに出来るほど無関心でもいられなくて……
「街がないのなら仕方あるまい」
皆から少し離れた場所で腕を組み、静観していたヴィンセントがその姿勢のまま今回の仲裁役として口を挟んだ。
その彼のそばにいたケット・シーが、「ヴィンセントはん、そんなんでもちゃんと話聞いてはるんですなー」と、常に無関心装い風な彼に対してぽろりと感想を洩らす。
そんなヴィンセントのそれを仲裁ではなく援護と受け取ったバレットは、ユフィに負けじと身体を大きく仰け反らせて勝ち誇った顔をして言った。
「そうだそうだ、街がねえんだから文句言ったってしょうがねえんだよ!」
形勢逆転、今度はユフィが歯ぎしりをしたその時、それまで地図に首ったけだったクラウドが顔をあげた。
「いや、街ならこの先少し歩けばある」
ユフィはもとより、皆が期待に満ちた視線をクラウドに向けた。
そうした皆からの視線を受けながらも、クラウドは変わらず淡々と続ける。
「ただかなり小さい街みたいだし、宿屋があるかは分からないな」
喜び勇むもつかの間、皆がそっとため息をこぼした。しかしユフィだけはその僅かな希望にすがる。
「あるよ、ある、絶対にある!」
その断定的な言い方がバレットには気に入らない。
「わからねえって言ってるだろ!」
「だったら行ってみようよ。行ってみなきゃわかんないじゃん!」
速攻でもっともなことを言い返されてしまい、バレットがまたもや言葉を詰まらせた。そうしたバレットをシドは横目で見ながら、ふたりの言い合いに終止符を打つように声を挟む。
「だな、ユフィの言うとおりだ。行ってみないことにはわからねえ」
「おっ、さすがおっさん!わかってんじゃん!」
「うるせえ、ガキは黙ってろ!」
調子づくユフィに悪態ついてから、シドはクラウドへと視線を移した。
「よしクラウド、とりあえずそこに行ってみようぜ」
尻に付いた草を払いつつシドが立ち上がり促すと、皆もそろって腰を浮かせた。
しかしクラウドがそんな皆の動きを静かに制する。
「いや、みんなでぞろぞろ行くのは得策じゃない。もしまた神羅の奴らがいたら面倒なことになるし」
これまでにも何度か神羅の人間に行く手を阻まれてきたクラウドたち。様々な情報からキーストーンが希少価値であるものには間違いなく、それを確実に手にしたい今、慎重に事を進めたいとクラウドは考えていた。
「じゃあどうすんだ?」
意気込み削がれてシドがそう聞き返すと、クラウドは考え込むように腕を組んだ。それに合わせるように仲間たちも口をつぐむ。

ひととき辺りがシンと静まり返る中、ふいに顔をあげたクラウドの瞳が黒髪の女性に向けられた。
「ティファ、今ある資金で宿屋には泊まれそうか?」
この一団の資金管理をしているのはティファだ。
そんな面倒な役目を皆が押し付けたわけではないが、セブンスヘブンの経営管理をしていたこととか、彼女のまじめな性格を認めてとのことからなのか、いつの間にかティファがその役目を担う形となっている。
そしてそのことについて文句を言うでもなく、皆の期待以上にきちんとその役を果たしている彼女は貴重品だけをまとめた小ぶりな荷物入れからそれを確認した。
「宿屋によるけど……んーギリギリかな?」
それを受けてクラウドは再び腕を組んだ。
そんな彼の思考に耽る様を皆がそっと見守っていると、程なくしてクラウドは腕を解いて顔をあげた。
「よし、じゃあまずは俺とティファで街まで行く。宿屋もあって神羅もいないと確認できたら連絡するから、それまでみんなはここで待機」
一団をまとめるリーダーらしいテキパキとした指示に皆は素直にうなずき同意した。



―― 面影はある
ティファはとなりを歩くクラウドの横顔をそっと見つめていた。
ニブルヘイムを出た頃と雰囲気は違えど、その顔立ちはティファの記憶にあるあの頃の彼と一緒だ。なのに、再会した時に感じた違和感を未だ拭えないでいる。
そしてその違和感はカームの宿屋で語られた彼の話によって更に強まった。
悪夢とも言うべき故郷での出来事。
それを語る彼の記憶と自分の記憶は寸分も違っていない。ただひとつの相違を除いては……
―― あの時クラウドはいなかった
自分の記憶も所々曖昧ではあったけれど、それでもどうしたってあの一連の出来事の中に彼の姿を見つけることが出来ないのだ。
カームで話を聞いて以降、クラウドとはその手の話はしていない。
確かめてみたいと思う気持ちはあったけれど、更なる記憶の違いを見せつけられたらと考えるとどうしても彼に確認をすることができなかった。



「俺、なんか変か?」
不意にクラウドからそう言われて、ティファは自分が彼をじっと見つめていたままなことに気づいて慌てて取り繕った笑顔を向けた。
「あ、ううん。ええっと、そう、ディオさん!私たちにキーストーン譲ってくれるかなって」
なんとかごまかしそう言うと、クラウドは怪訝そうにしていた表情を解いた代わりに今度は眉を少しばかり寄せて小難しい顔をした。
「どうだろうな。まあどっちにしても、ただってわけにはいかないだろうな」
「お金が必要ってこと?」
「金で済めばまだいいけど……」
そう言ってクラウドは困ったような苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
「あの園長のことだ、面倒な交換条件を出してきそうな気がする」
ティファは初めてゴールドソーサーに訪れたときに見た園長を思い返した。
風変わりな容姿と普通には話が通じない印象を受けた人物。
確かにそんな相手では一筋縄ではいかないだろうと、ティファも苦笑した。
「うん、それありえるかも」
「だろ」
思うところが一致して、ふたりは笑う。
それは一見、他愛もない会話。
皆の前ではクールに振る舞うところのあるクラウドだが、ティファに対しては比較的気さくな態度をとることが多い。それは同郷者で昔からの顔なじみだからだろうとティファはそう思っている。
しかしこうした時にもティファは頼りない記憶を手繰り寄せてふと考えるのだ。
私たちは昔からこんな風に笑って話をしたりしていた?――



辿り着いた街はクラウドが言った通りの小さな街だった。
数軒の民家と申し訳程度に並ぶ商店。そうした街の中心にあたる広場には、手入れの行き届いた花壇と噴水がある。
小さいスペースながらも、ベンチなどが並ぶその場所がこの街に住む人たちの憩いの場であることはそこでのんびりと談笑している老人たちの姿で見てとれた。
大きな街にはない穏やかな光景。
そんなゆったりとした時間が流れる街中をふたりは歩いて回り、宿屋があることと神羅らしき人間がいないことを確認した。

「どうだ、泊まれそうか?」
一通り街を散策したあと、再び宿屋の前に戻って入り口に掲げられている料金表を前にクラウドがそう聞いた。
ティファは頭の中で素早く計算する。
今後の食費やアイテム補充などの雑費。それと万が一のための予備金。それらを考えると ――
「泊まれなくはないけど、この先かなり厳しいかも」
「そうか……」
そう言ったきり、クラウドは口をつぐんだ。
考え事をする時は決まってそうする彼の腕組む姿をティファはそっと見つめる。
沈思黙考するその表情は厳しく、それは宿屋に泊まることへの難色を示しているように見えた。
「今回は止めておく?」
相手の意を体してティファはそう聞いた。
しかしそのクラウドからの返答は思いもよらないものだった。
「ティファはどうしたい?」
「えっ、私?」
「そう、ティファ」
クラウドは腕を組んだまま、顔だけを向けてそう言った。
碧い瞳にまっすぐ見つめられている緊張感と、どういう返事を求められているのかという困惑。ティファは戸惑い気味に口を開く。
「う…ん、やっぱり今後のことを考えたら、」
そこまで言いかけた時、クラウドが首をやんわりと横に振った。
「そうじゃない。ティファはどうしたいか聞いてるんだ」
資金を管理する立場の意見ではなく、個人的な意見を聞きたいとするクラウドの様子にティファはますます困惑する。そしてその意図がわからないまま、ティファは迷いながらも彼が求めているであろう個人の意見を控えめに口にした。
「私は……宿屋に泊まりたい、かな」
ティファもエアリスやユフィと同じで、テントで野営するよりはシャワーなどが完備されている宿屋に泊まりたいというのが本音だ。
しかし言ってすぐに言い知れぬ不安と後悔がティファを襲う。
今の自分の発言がわがままを言っているように思えてきたのだ。
同じようなことをエアリスやユフィが言ってもそれは素直で可愛いと受け取れるのに、自分が言うとそれはそんな風に思えなかった。
呆れられただろうか?
ティファはそんな不安を胸にクラウドの反応を窺うようにそろりと顔をあげる。
しかしそこは予想に反して、ふっとやさしく笑うクラウドと目が合った。
「よし、じゃあ泊まろう」
「え、いいの?」
あまりの即決ぶりにティファは面食らい、きょとんとした顔のまま思わずそう聞き返した。するとクラウドはなんでもないと言いたげに肩を竦める。
「だってティファは宿屋に泊まりたいだろ?」
「それはそうなんだけど……」
本音はそうだからティファはぎこちなくうなずくも、「でも、それは私のわがままだから」と小さな声で付け加えた。
それに対してクラウドは頭を振った。
「別にわがままだと思わないよ。ユフィもそう言ってたし、それにたぶん他のみんなも同じだ」
そう言われても尚、ティファの顔は曇ったままだ。一番肝心なことが聞けていない。
―― クラウド自身はどう思っているのか?
そう思うティファの様子はクラウドにも伝わったのか「なに?」と促された。
「……クラウドも?」
おずおずとそう聞くと、クラウドは一瞬不思議そうに首を傾げた。
それからややして、その顔に合点がいったという風な笑みを浮かべる。
「ああ、俺の聞き方が悪かったな」
クラウドは照れ隠し気味に自分の頬をポリポリと掻いて言う。
「“俺は宿屋に泊まりたいけどティファはどう思う?”って聞けばよかったな」
それを聞いて、みるみるうちにティファの顔に笑みが広がった。不安が晴れて頬に明るい色が満ちる。
「なんだ、クラウドも泊まりたかったんだ。私はてっきり……」
早とちりした恥ずかしさもあってクスクスと控えめに笑ってそう言うと、それにつられたクラウドもきまり悪そうに笑った。
「ん、まあそこは一応みんなに無駄遣いはするなってえらそうに言ってる手前、な」
言いながら、格好がつかなさそうに頭を掻いた。
「資金がギリギリって言われてるのに泊まろうとは言いづらかったというか、ティファに後押ししてもらいたかったというか……」
ティファはとうとう我慢できずに吹き出した。
目の前にいるクラウドが、ぼそぼそと言い訳をする子どもみたいに見えたのだ。
普段の“頼りになるリーダー”のそんな姿はとても珍しくて可笑しい。
そして何よりティファは ――

ずっと大切にしてきた給水塔での約束
唯一、彼の記憶と相違のない思い出

今のクラウドにあの時の幼い彼の面影を感じて嬉しくなったのだ。



「ティファはこのまま部屋の予約をしてくれ。俺はみんなに連絡を入れてくる」
PHSを片手にいつものリーダーらしい口調でそう言うと、クラウドは広場の方へと歩いて行った。
大剣を背負うその後ろ姿を見送ってティファは宿屋に入る。
部屋はすべて空いているからと個室を勧められたが、そこはしっかりと資金を管理するティファ。贅沢は控え、三人部屋を三つ予約した。
そうして宿屋の主人から食事の時間やその他の決まり事などの説明を一通り受けて宿屋を後にする。クラウドが待っているであろう広場へと向かった。
しかしその広場には、街に入ったときに見かけた老人たちの姿以外に人の姿はなかった。
どこかの武器屋にでも入っているのかもしれない。
新しい街に入れば必ずそうするクラウドを思って、ティファは噴水を囲むようにして設置されたベンチに座って彼を待つことにした。

程なくして、噴水の向こう側にある店からクラウドが出てきたのを見た。
そしてこちらに向かって歩いてくるその彼の手に新しい武器はなく……
「ほら、ティファ」
そう言われて差し出されたのは、彼には少し不釣り合いに見えたクレープだった。
「ど、どうしたの?」
「クレープは嫌いか?」
「そうじゃなくて……」
クラウドはどちらかというと甘いものは苦手なタイプだ。その彼がこうしたものを買ってきたことがまず珍しい。
ティファが戸惑ったままでいると、クラウドはそんな彼女の様子にはお構いなしにクレープを彼女の手の内に収める。そうしてからティファのとなりに座って自分のぶんのクレープをほおばりながら言った。
「互いに面倒な役を担ってるんだ、たまにはこういうのもいいだろ?」
手渡されたクレープを見ながら、ティファは彼の言ったことの意味を考えた。
それはリーダー役とか資金管理をする自分たちへのご褒美ということだろうか?
真意を確かめるようにクラウドを見つめると、その彼は目の前にある噴水を瞳に映しながら黙々とクレープを食べていた。
それはいつもの見慣れている至ってクールな横顔。
これほどの至近距離で見つめていればいやでも視線を感じているはずなのに、クラウドは動じるどころか表情ひとつ変えずに前方をずっと見据えていた。
でもティファは気付いてしまった。
そのクールな横顔から見える頬が、じわじわと赤く色づいていくことに。
それでも尚、澄ました態度を崩さない彼にティファは込み上げてくる笑いをこらえようとしたが失敗。肩が小刻みに震えた。
「ありがと、クラウド」
照れくささを隠してひたすらクールを装う彼に礼を言って、ご褒美をほおばる。
生クリームとチョコレートの甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しいね!」
ティファが子どもみたいにはしゃいだ声で言う。
そうしたティファの弾んだ声はクラウドの視線をようやくのこと動かした。
やっと目線を合わせてくれた彼にティファは満面の笑みで「ね?」と同意を得るように再度問うと、クラウドはそんなティファを見てふっと笑った。
「みんなには内緒だからな」
その言葉がまたティファの心をくすぐった。



「あれ?クラウドとティファから甘い匂いがする」
皆がこの街に到着した頃には、ふたりとも“内緒のご褒美”は食べ終わっていた。けれど、鼻が人一倍利くナナキに到着早々そう言われる。
クンクンと鼻を動かすナナキの姿を見て、バレるのではないかとティファは内心ひやひやしたのだが、クラウドはさして慌てる様子もなくさらりと言った。
「あそこにあるパン屋からだろ?さっきまでクレープ焼いてたみたいだからな」
「なんだ、そっかあ」
素直なナナキは自分の鼻よりもクラウドの言葉をあっさりと信じた。
そうしたナナキの横でユフィがクレーブという言葉にピクリと反応する。
「クラウド買って買って!」
一難去ってまた一難。クラウドは今度は面倒くさそうにため息をついた。
「なんで俺が……」
「だってリーダーだから」
当然とばかりに言ってのけるユフィを見て、クラウドはがっくりと肩を落とす。
「あのな、俺はおまえの腹を満たすリーダーになったつもりはないぞ。食いたいのなら自分で買ってこい」
「ちえっ、ケチ!」
それにはさすがにムッとしたクラウドだったが、すぐにあきらめたように肩を竦めた。この口が達者な小娘になにかを言ったところで、それは倍になって返ってくることはわかっていたからだ。
早々に取り合わないスタンスを決め込んだそんなクラウドを見て、エアリスがクスッと笑う。
「ほらユフィ、これ以上リーダーの機嫌を損ねさせないで。わたしが買ってあげるから、ね」
エアリスの助け舟によって難を逃れたクラウドがほっとする。そんな彼のそばでシドが豪然たる態度で言った。
「おいユフィ、オレ様の分も買ってこい」
「はあ!?普通逆だろ、年下のかわいい女の子に奢ってやろうって気はないわけ?」
「けっ!んなものは朝のトイレできれいさっぱり流してら」
これにはさすがのユフィも露骨に顔を歪める。
「はあ~、これだからオヤジはヤダヤダ!」
そう零してからエアリスの袖を引っ張りパン屋へと促す。
そうするユフィに苦笑いながら、エアリスはティファの手を取った。
「ティファも一緒に、ね」
甘いもの好きは女の子の特権とばかりにエアリスはティファも誘う。
そんな彼女に誘われるままに立ち上がったティファを見て、クラウドは目を丸くした。
また食べるのか?
そう言いたげな顔のクラウドにティファは笑って僅かに首を振った。
「クラウドはコーヒーでいい?」
甘いものを食べたあとはさっぱりとしたものを口にしたくなる。
ティファの意図を察したクラウドはふっと笑った。
「ああ、できればブラックで」
甘党ではないクラウドにクレープはかなり甘すぎたようだ。
苦々しく笑ってそう言うクラウドにティファはくすりと微笑んでうなずくと、エアリスとユフィと共にパン屋へと向かった。


甘いご褒美はふたりだけの秘密。
その彼に甘やかな恋心を抱いていることは ――
まだ彼女だけの秘密だ。


原作で描かれているストーリーとストーリーの間をいろいろと妄想するのがいちばん楽しい。

(2009.05.30)
(2018.09月:加筆修正)

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